第90話 夕暮れに響く不思議な音
夕暮れの草原。
白雪は、風に乗って飛んでいく綿毛を追いかけていた。
「待ってー!」
もちろん、綿毛が待ってくれるはずはない。
ふわり、ふわり。
風に押されて右へ流れたかと思えば、急に上へ舞い上がる。
白雪はそれを追いかけ、草の間を走っていた。
「もうちょっと!」
手を伸ばす。
あと少し。
そう思った瞬間、綿毛は風に乗って白雪の頭上を越えていった。
「あーっ!」
白雪はその場でくるりと振り返る。
綿毛は草原の向こうにある、低い岩場へ流れていった。
「今度こそ!」
白雪は再び走り出した。
岩場に近づくと、地面の様子が少し変わった。
草の間に小さな石が増え、ところどころに細い亀裂が走っている。
綿毛はその亀裂の上を通り過ぎ、岩の隙間へ吸い込まれるように消えた。
「……あれ?」
白雪は岩の前で立ち止まった。
隙間は、人が一人通れるかどうかという大きさだ。
奥から、ひんやりとした風が吹いてくる。
「風が出てる」
白雪はしゃがみ込み、隙間を覗いた。
中は暗く、奥までは見えない。
しかし、風に混じって、かすかに音が聞こえた。
コロ……コロロ……。
「ん?」
耳を澄ませる。
コロロ……。
まるで、小さな石が転がっているような音だった。
「何の音だろう?」
白雪は少し考えたあと、隙間の周囲を調べ始めた。
岩の下に、小さな石がいくつも転がっている。
そのうちの一つを拾い上げると、表面に細い筋が入っていた。
「これ、模様かな?」
指でなぞってみる。
すると、石の筋が淡く光った。
「おおっ!」
白雪が驚いていると、隙間の奥から風が強く吹き出した。
ふわっ。
足元の草が揺れ、小さな綿毛が一つ飛び出してくる。
「わっ、戻ってきた!」
白雪は反射的に手を伸ばした。
今度はうまく捕まえられた。
「やった!」
手のひらの上で、綿毛がふわふわと揺れている。
けれど、綿毛はすぐに風に押されて手から離れた。
「……あっ」
白雪は少し残念そうに見送った。
そのとき、足元の岩が小さく震えた。
ゴトッ。
「え?」
もう一度。
ゴトゴトッ。
隙間の奥で何かが動いている。
白雪は少しだけ後ろへ下がった。
「もしかして、何かいるのかな?」
隙間を覗き込む。
暗闇の向こうに、青白い光が一瞬だけ見えた。
「……きれい」
危険かもしれないという考えよりも、光への興味が勝った。
白雪は岩の出っ張りに手をかけ、隙間の中へ身体を滑り込ませる。
狭い通路を少し進むと、足元が広くなった。
そこは小さな空洞だった。
天井には細い亀裂があり、そこから夕暮れの光が差し込んでいる。
壁には青白い鉱石が点々と埋まっていた。
「わぁ……!」
白雪は周囲を見回した。
空洞の中央には、丸い石がいくつも並んでいる。
その石の間を、風が通り抜けていた。
コロロ……コロロ……。
音の正体は、石だった。
風が吹くたびに、丸い石が少しずつ転がり、隣の石とぶつかっている。
「石が鳴ってるんだ!」
白雪はしゃがみ込み、石の動きを観察した。
一つの石が転がると、隣の石にぶつかる。
その振動が別の石へ伝わり、次々と音を鳴らしていた。
「面白いね!」
白雪は石を一つ持ち上げてみた。
すると音が止まった。
「あれ?」
石を元の場所へ戻す。
コロロ……。
「おおっ、鳴った!」
白雪は何度か石を持ち上げたり戻したりして遊んだ。
そのうち、石の隙間に小さな青い欠片が挟まっていることに気づいた。
「これは何かな?」
指先でつまみ上げる。
<システムメッセージ>
《鳴石の欠片》を入手しました。
「鳴石?」
白雪は欠片を耳元に近づけた。
小さく振ると、チリンと澄んだ音が鳴る。
「わっ、これも音がする!」
気に入ったのか、白雪は何度も振ってみた。
そのたびに、空洞の中へ小さな音が響く。
しばらく遊んでいると、天井の亀裂から吹き込む風が強くなった。
石が一斉に動き始める。
コロロロロ……!
空洞全体が音に包まれた。
白雪は目を丸くした。
「すごい! さっきより大きな音!」
風の通り道が変わったのか、石の動きも少しずつ変化している。
その様子を眺めていると、通知が表示された。
<システムメッセージ>
未発見の自然現象を発見しました。
《鳴石の空洞》の発見ポイントを獲得しました。
《音感》の熟練度が上昇しました。
「またポイント!」
白雪は嬉しそうに笑った。
そのとき、空洞の奥に小さな穴があることに気づく。
穴の周囲には、白い綿毛がいくつも引っかかっていた。
「……あっ!」
白雪は思い出した。
追いかけていた綿毛は、ここへ入ってきたのだ。
「もしかして、まだ奥に続いてる?」
穴の前にしゃがみ込む。
中からは、弱い風が吹いていた。
けれど、外はもう夕暮れだ。
白雪は少しだけ迷ったあと、穴の中を覗き込んだ。
「……今日はここまでかな?」
イベントの残り時間も気になる。
ただし、順位を気にしているわけではない。
暗くなってから無理に進むより、明るいときにまた来た方が楽しそうだ。
「うん、また今度!」
白雪は穴の場所を覚えるように、周囲の岩の形を眺めた。
そして、空洞から外へ戻っていった。
北の森林。
黒羽は、根に覆われた通路を慎重に進んでいた。
通路は狭く、ところどころに木の根が垂れ下がっている。
足元には乾いた葉が積もり、壁には細い根が網のように広がっていた。
「……かなり奥まで続いているわね」
黒羽は周囲を確認しながら進む。
少し先に、広い空間が見えた。
そこへ入る前に、黒羽は足を止める。
床に細い線が走っていた。
罠かもしれない。
黒羽は短剣の先で、線の近くに落ちていた小石を押した。
カチッ。
直後、頭上から木の根が勢いよく落ちてきた。
ガサッ!
小石が根に絡め取られる。
「やっぱり」
黒羽は落ちてきた根の動きを観察した。
根はしばらくすると、ゆっくりと元の位置へ戻っていく。
「反応する範囲は床の線の内側……」
黒羽は壁際に寄り、根の動きを見ながら慎重に進んだ。
罠を避けて広間へ入ると、中央に大きな木の根が一本伸びていた。
その根の表面には、先ほどの壁と同じ模様が刻まれている。
「また模様……」
黒羽は根紋石片を取り出した。
近づけると、石片が淡く光る。
そして、木の根の模様もそれに反応するように光り始めた。
ゴゴゴ……。
広間の奥で、何かが動く音がした。
黒羽はすぐに短剣を構える。
根の隙間から、小さな獣型のモンスターが姿を現した。
全身が木の皮のようなもので覆われ、頭には枝のような角が生えている。
《根守り》
「……守護モンスターか」
黒羽は相手の動きを観察した。
正面から突っ込むのではなく、まずは攻撃範囲を見極める。
根守りが地面を蹴った瞬間、黒羽は横へ跳んだ。
鋭い枝が、先ほどまで立っていた場所を通り過ぎる。
「攻撃は直線的ね」
黒羽は相手の側面へ回り込み、短剣を振るった。
山岳地帯。
ユウマは岩の隙間に近づいていた。
ゴゴゴ……。
低い音は、さっきよりもはっきり聞こえる。
岩の隙間から砂が落ち、足元に小さな石が転がった。
「中に何かいるな」
ユウマは剣を構えたまま、少し距離を取る。
すると、隙間の奥から巨大な影が動いた。
ゴンッ!
岩の壁が大きく揺れる。
次の瞬間、隙間の一部が崩れ、灰色の腕が外へ飛び出した。
「うおっ!」
ユウマは後ろへ跳び、崩れてくる岩を避ける。
腕に続いて、岩でできた大きな頭が姿を現した。
《岩殻の守り手》
全身を岩の殻で覆った大型モンスター。
その身体には、山銀石に似た銀色の鉱石がいくつも埋まっていた。
「……またでかいのかよ」
ユウマは剣を握り直した。
イベント初日の最後に、思いがけない強敵と遭遇したらしい。
岩殻の守り手が腕を振り上げる。
ユウマは攻撃の軌道を見極め、横へ走った。
巨大な腕が地面に叩きつけられる。
ドォン!
岩が砕け、土煙が舞い上がった。
「硬そうだな……!」
ユウマは剣を構え、相手の動きを見つめる。
まだ夕暮れは終わっていない。
イベント初日の探索は、三人それぞれの場所で、もう少しだけ続いていく。




