第87話 風洞の水路と水の中に隠れた小さな道
「この先、どうなってるのかな?」
白雪は風洞の水辺にしゃがみ込み、細い水路を覗いていた。
水路は岩の隙間へ続いている。
幅は狭いが、水はゆっくりと流れていた。
「入れるかな?」
白雪は片手を水につけてみる。
ひんやり。
水深は浅く、手首が少し濡れる程度だった。
「これなら歩けそう!」
白雪は水路の中へ片足を入れた。
ちゃぷっ。
足首まで水に浸かる。
もう片方の足も入れ、ゆっくりと進んでみた。
「冷たいけど、気持ちいいね!」
フウリは水辺から白雪を見ている。
「フウリちゃんも来る?」
白雪が振り返ると、フウリは背中のひれをくるくる回した。
ふわっ。
小さな風が起きる。
「来ないのかな?」
白雪は少し残念そうにしながら、水路の奥へ進んだ。
水路は岩の間を曲がりながら続いていた。
天井は低く、ところどころから水滴が落ちてくる。
ぽたっ。
ぽたっ。
白雪は水滴が落ちる場所を避けながら進んだ。
そのとき、足元に何かが当たった。
ころん。
「あれ?」
水の中を覗き込む。
小さな丸い貝が転がっていた。
白雪は拾い上げる。
《風洞小貝》を入手しました。
「貝だ!」
貝殻は淡い青色で、表面に白い筋が入っている。
白雪は耳元へ持っていった。
「何か聞こえるかな?」
しばらく耳を澄ませる。
特に音はしない。
「普通の貝かな?」
白雪は貝を袋にしまった。
さらに進むと、水路の幅が少し広くなった。
その先には、小さな水たまりがある。
水面には青い光が揺れていた。
「わあ、きれい!」
白雪は水たまりの縁にしゃがみ込む。
水の中には、細長い白い魚のような生き物が泳いでいた。
尾びれの先が淡く光っている。
「あっ、お魚!」
白雪が指先を水につけると、生き物は近づいてきた。
くるり。
白雪の指先の周りを一周する。
「かわいいねぇ」
生き物は水面から少しだけ顔を出した。
《風洞水魚》を発見しました。
「風洞水魚ちゃん!」
白雪は嬉しそうに笑った。
風洞水魚は白雪の指先に鼻先を触れさせると、水の中へ戻っていった。
「もう少し遊びたいなぁ」
白雪は水面を指でなぞる。
風洞水魚はその動きを追いかけるように泳いだ。
白雪はしばらく水魚と遊んでいた。
すると、水魚が突然、水たまりの奥へ泳いでいった。
「あっ、どこ行くの?」
水魚は水面から尾びれを出し、ぴしゃりと跳ねた。
白雪はその方向を覗き込む。
水たまりの奥には、岩の下へ続く小さな隙間があった。
「そこに行くの?」
水魚は隙間へ入り、少ししてから戻ってきた。
そして、また隙間へ入っていく。
「ついてきてってことかな?」
白雪は隙間を覗いた。
水は浅い。
けれど、入口はかなり低く、身体をかがめなければ通れそうにない。
「よいしょ……」
白雪は腰を落とし、岩の下へ身体を滑り込ませた。
水が服の裾に触れる。
少し進むと、頭上の岩が高くなった。
「通れた!」
その先には、小さな水の空間が広がっていた。
壁には白い鉱石が埋まり、床には細かな砂が積もっている。
水は中央の浅い窪みに集まっていた。
「こんな場所があったんだ!」
白雪は周囲を見回した。
水面には、小さな泡がいくつも浮かんでいる。
ぷくっ。
ぷくぷくっ。
泡は水面に上がると、ぱちんと弾けた。
「泡だ!」
白雪は水の中へ手を入れ、泡をすくおうとした。
けれど、泡は指の間をすり抜けてしまう。
「あっ、逃げちゃった!」
今度は両手で囲んでみる。
ぷくっ。
泡が手のひらに触れた。
ぱちん。
「わっ!」
小さな水しぶきが跳ねる。
白雪は思わず笑った。
「捕まえるの難しいね!」
そのとき、足元に白い草が生えているのを見つけた。
《泡水根》を入手しました。
「根っこみたいな草だね」
さらに水の中には、小さな青い粒が沈んでいた。
《泡水晶粒》を入手しました。
白雪はそれを袋へしまった。
その直後、水の窪みから大きな泡が浮かび上がった。
ぷくうっ。
「おっ?」
泡は白雪の目の前まで上がってくる。
そして、ぱちんと弾けた。
ぱしゃっ!
顔に水がかかった。
「わっ、冷たい!」
白雪は目をぱちぱちさせた。
水の中から風洞水魚が現れ、尾びれを揺らしている。
「もしかして、今のフウリちゃんみたいに風を出したの?」
水魚は返事をするように、もう一度尾びれを振った。
ぷくっ。
今度は小さな泡が三つ浮かび上がる。
「すごい!」
白雪は泡を追いかけて、両手を伸ばした。
《泡遊び》の熟練度が上昇しました。
「あっ、上がった!」
白雪は嬉しそうに笑った。
その頃、北の森では黒羽が三本の石柱を調べていた。
石柱の模様と石板の線を見比べ、配置の関係を考えている。
「三本の柱を動かすのか、それとも触れる順番があるのか……」
黒羽は石柱の根元を確認した。
一番左の柱には、小さな溝がある。
中央の柱には丸いくぼみ。
右の柱には細い線が刻まれていた。
「それぞれ違う仕掛けね」
黒羽は石板をもう一度見る。
三本の線は、左から右へ向かって少しずつ高さが変わっている。
「順番というより、高さを合わせるのかしら」
黒羽は左の柱に手をかけた。
少し押す。
ごとっ。
柱がわずかに沈んだ。
続いて中央の柱に触れる。
こちらは回転する仕組みになっているようだ。
黒羽は模様の向きを石板に合わせて回した。
最後に右の柱を動かす。
かちっ。
石板の表面が淡く光った。
「正解だったみたいね」
地面の奥から低い音が響く。
ごごご……。
石柱の後ろにあった木の根が、ゆっくりと左右へ開いていった。
その向こうには、細い通路が続いている。
黒羽は短剣を構え、慎重に中を覗いた。
「まだ先があるのね」
彼女は周囲の安全を確かめてから、通路へ足を踏み入れた。
山岳地帯では、ユウマが大型モンスターの攻撃を避け続けていた。
巨大な岩の腕が振り下ろされる。
ユウマは横へ跳ぶ。
ドゴン!
地面が揺れ、岩片が飛び散った。
「くっ……!」
ユウマはすぐに距離を取った。
これまでの攻撃で、モンスターの身体にはいくつかの亀裂ができている。
ただし、まだ倒れる気配はない。
「もう少しだ……!」
ユウマは相手の腕の動きを見る。
大きく振りかぶる前に、肩の部分がわずかに沈む。
そこが攻撃の予備動作だった。
次の攻撃が来る。
ユウマは一歩だけ後ろへ下がり、岩の腕が通り過ぎるのを待った。
そして、すぐに踏み込む。
「ここだ!」
剣を振り抜く。
ガキンッ!
亀裂の入った部分が大きく崩れた。
モンスターの身体が傾く。
ユウマはその隙を逃さなかった。
もう一度、同じ場所へ斬撃を入れる。
大きな岩の身体が崩れ、光の粒となって消えていった。
《岩巨兵》を討伐しました。
《イベントポイントを獲得しました》
「よし……倒した!」
ユウマは剣を下ろし、息を整えた。
近くで見ていたプレイヤーたちから声が上がる。
「今の大型モンスターを倒したぞ!」
「一人で最後までやったのか!」
「攻撃をほとんど受けてなかったな」
ユウマは周囲の声に軽く手を上げて応えた。
それから、モンスターがいた場所を調べる。
地面には、灰色の大きな欠片が残っていた。
《岩巨兵の核片》を入手しました。
「これは使えそうだな」
ユウマは素材を袋にしまい、広場の奥を見た。
戦闘で崩れた岩の向こうに、細い通路が現れている。
「まだ続きがあるのか」
ユウマは剣をしまい、そちらへ向かった。
風洞の小さな水空間では、白雪が水魚と遊び続けていた。
泡を追いかけたり、水面を指で叩いたり。
そのたびに、水魚は尾びれを揺らして反応する。
「楽しいねぇ!」
白雪が笑う。
すると、水魚は水の窪みの奥へ泳いでいった。
「あれ? またどこか行くの?」
水魚は奥の壁に近づき、何度か尾びれを振った。
ぱしゃっ。
壁の下にあった小さな穴から、水が流れ出してくる。
「お水が出てきた!」
白雪は穴の前へ近づいた。
水の流れは細いが、少しずつ強くなっている。
その水に押されて、穴の中から小さな白いものが転がってきた。
ころん。
白雪は拾い上げる。
白い貝殻のような形をしていて、表面には青い模様がある。
《泡紋貝》を入手しました。
「貝だ!」
白雪は光にかざして眺めた。
そのとき、穴の奥からもう一つ何かが転がってきた。
ころころ。
今度は小さな丸い石だった。
《水路丸石》を入手しました。
「こっちも石!」
白雪は二つを袋へしまう。
水魚は水面から顔を出し、白雪を見つめていた。
「もしかして、これをくれたの?」
水魚は尾びれを一度だけ揺らした。
「ありがとう!」
白雪は水魚に手を振った。
その直後、システムメッセージが表示される。
《未発見の水路を発見しました》
《イベントポイントを獲得しました》
「あっ、またポイント!」
白雪は嬉しそうにメッセージを確認した。
それから、穴の奥を覗き込む。
水路はまだ続いているようだ。
けれど、入口は水魚が通れるほどの大きさしかない。
「うーん。私は入れないねぇ」
白雪は少し残念そうに頬を膨らませた。
水魚は水の中をくるりと回る。
「また遊びに来るね!」
白雪は水魚に手を振り、来た道を戻り始めた。
岩の隙間を抜け、風洞の水辺へ戻る。
そこではフウリが、相変わらず背中のひれをくるくる回していた。
「あっ、フウリちゃん!」
白雪が声をかけると、フウリは近づいてきた。
白雪はしゃがみ込み、そっと頭を撫でる。
「水の中にもお友達がいたよ!」
フウリは小さな風を起こした。
ふわっ。
白雪の髪が揺れる。
「ふふっ。今度は一緒に行けたらいいね!」
白雪は立ち上がり、風洞の入口を振り返った。
外の空は、少しずつ夕方の色に変わり始めている。
「そろそろ外に出ようかな」
白雪はフウリに手を振り、岩の隙間へ向かった。
探索祭の一日目は、終わりに近づいている。
それでも、草原にはまだ知らない場所が残っている。
白雪は出口へ向かいながら、次に見つけるものを楽しみにしていた。




