第86話 岩の隙間の青い光と地下に隠れた小さな空間
「よいしょっと……」
白雪は岩の隙間に両手をかけ、少しだけ身体を傾けた。
隙間は狭いものの、白雪の身体ならなんとか通れそうだ。
「入れるかな?」
片足を差し込んでみる。
大丈夫そう。
白雪は身体を横向きにして、ゆっくりと岩の隙間を通り抜けた。
「おおっ!」
その先には、小さな空間が広がっていた。
天井は低く、壁には青白い石がいくつも埋まっている。
淡い光が周囲を照らし、地面には細かな砂が積もっていた。
「わあ、きれい!」
白雪は思わず声を上げた。
岩の隙間から入ってきた風が、空間の中を通り抜けている。
その風に合わせて、壁の青い石がかすかに光った。
「風が吹くと光るのかな?」
白雪は壁に近づいた。
青い石は、表面に細かな筋が走っている。
指先で触れてみる。
ひんやり。
「冷たいね」
白雪は石の周囲を眺めた。
少しだけ浮き出ている部分がある。
そこを指で押してみる。
こつん。
何も起きない。
反対側も押してみる。
こつん。
やっぱり何も起きない。
「うーん?」
白雪は首を傾げた。
そのとき、足元で小さな音がした。
ころん。
「あっ!」
振り返ると、青い石の欠片が砂の上を転がっていた。
白雪は拾い上げる。
《風洞青晶片》を入手しました。
「青い石の欠片だ!」
白雪は手のひらに乗せて眺めた。
透き通った青色で、光にかざすと内部に細い線が見える。
「きれいだねぇ」
袋にしまおうとしたとき、奥から再び音が聞こえた。
ころん、ころん。
白雪は顔を上げた。
「また何か転がってる!」
空間の奥には、少しだけ下へ続く坂道があった。
地面には砂が積もっていて、ところどころに小さな石が転がっている。
白雪は足元を確かめながら進んだ。
さらさら……。
砂が靴の下で動く。
「滑りそうだね」
一歩ずつ進んでいくと、壁の青い光が少しずつ強くなっていった。
坂道の先には、小さな丸い空間がある。
中央には、平たい岩が一つ置かれていた。
「あれ?」
白雪は近づいた。
岩の表面には、丸いくぼみがいくつもある。
その周囲には、小さな青い石が散らばっていた。
「何だろう。お皿みたい」
白雪は岩の周りを一周した。
すると、くぼみの一つに丸い石が入っているのを見つけた。
石は青白く光っている。
「これ、さっきの石と似てる!」
白雪はそっと触れた。
ころん。
石がくぼみの中で回転する。
その瞬間、壁の青い石が一斉に光った。
「わっ!」
低い音が空間に響く。
ごおお……。
床の砂が少しだけ舞い上がった。
白雪は驚いて一歩下がる。
すると、平たい岩の表面に細い線が浮かび上がった。
「模様が出てきた!」
線は丸いくぼみから外側へ伸び、壁の方へ続いている。
白雪はその模様を眺めた。
「これ、何かの道かな?」
白雪はくぼみの中の石をもう一度回してみた。
今度は反対方向。
ごとっ。
壁の一部から、小さな音がする。
そして、岩の隙間が少しだけ開いた。
「えっ!?」
白雪は目を丸くした。
壁の向こうには、さらに小さな通路が続いている。
「開いた!」
白雪はすぐに通路へ近づいた。
通路の先には、細長い空間があった。
壁には青い石が点々と埋まっていて、天井からは細い根が垂れ下がっている。
その根の先には、小さな白い粒がついていた。
「何だろう?」
白雪は一つ触れてみる。
ふわっ。
粒が揺れ、指先に軽い風が当たった。
「わっ、風が出た!」
もう一度触れる。
ふわっ。
今度は少し強く風が吹き、白雪の前髪が揺れた。
「面白い!」
白雪はあちこちの粒に触れてみた。
ふわっ。
ふわふわっ。
場所によって風の強さが違う。
「こっちは強いね!」
白雪が一番大きな粒に触れた瞬間、通路の奥から風が吹き抜けた。
ひゅうううっ!
白雪のマントが大きく揺れる。
その風に乗って、細かな青い粉が舞い上がった。
「わあ!」
粉は光を反射しながら、空間の中を漂っている。
白雪は手を伸ばした。
指先に触れた粉が、ふわりと消える。
その直後、システムメッセージが表示された。
《風洞の空気の流れを観察しました》
《《風流観察》を習得しました》
「あっ、新しいスキル!」
白雪は嬉しそうにメッセージを確認した。
「風の流れが分かるのかな?」
試しに目を閉じてみる。
頬に当たる風。
髪を揺らす風。
足元を通り抜ける風。
それぞれの流れが、少しだけ感じ取りやすくなった気がした。
「おおー。なんとなく分かる!」
白雪は満足そうに頷いた。
そのとき、通路の奥で小さな影が動いた。
ちょこちょこ。
「あれ?」
白雪が目を向けると、青い石の陰から小さな生き物が顔を出した。
身体は丸く、透明感のある淡い水色。
背中には、小さな風車のようなひれがついている。
ひれが動くたび、周囲の砂がふわりと浮かんだ。
「わあ! 生き物!」
白雪はしゃがみ込んだ。
生き物は白雪を見つめ、少しだけ後ろへ下がる。
「こんにちは!」
白雪が手を振る。
生き物は首を傾けた。
それから、背中のひれをくるくると回した。
ふわっ。
小さな風が白雪の頬を撫でる。
「ふふっ。風を出せるんだね!」
白雪が手を伸ばすと、生き物は少しだけ近づいてきた。
指先に鼻先をちょんと触れる。
《風洞フウリ》を発見しました。
「フウリちゃん!」
白雪は嬉しそうに笑った。
フウリは白雪の周囲を一周すると、通路の奥へ移動した。
「どこに行くの?」
フウリは振り返り、背中のひれをくるくる回す。
白雪はすぐに立ち上がった。
「ついていっていいの?」
フウリは返事の代わりに、もう一度風を起こした。
「行ってみよう!」
フウリの後を追うと、通路の先に小さな水たまりがあった。
水は透明で、底には青い石が沈んでいる。
その周囲には、細い白い草が生えていた。
「水もあるんだ!」
白雪は水辺にしゃがみ込む。
水面には、青い光がゆらゆらと映っていた。
《風洞水草》を入手しました。
「草もあった!」
白雪は一本だけ採取した。
その近くには、小さな青い実も落ちている。
《風洞の青実》を入手しました。
「実だ!」
白雪は実を手に取る。
表面は少しだけざらざらしていて、冷たい。
匂いを嗅いでみる。
ほんのり甘い香りがした。
「これ、どんな味かな?」
白雪は少しだけかじってみた。
しゃりっ。
最初は甘い。
けれど、すぐに舌の奥がひんやりしてきた。
「んっ?」
もう一口かじる。
ひんやり。
今度は口の中だけでなく、喉の奥まで冷たくなるような感覚が広がった。
「つめたっ!」
白雪は目を丸くした。
その直後、指先まで少し冷たくなっていく。
《風洞の青実を食べました》
《状態異常:冷え》
「えっ、冷えちゃった!」
白雪は慌てて袋から状態異常回復薬を取り出す。
飲み終えると、少しずつ身体の冷たさが引いていった。
「ふぅ……びっくりした」
《状態異常:冷えが回復しました》
《冷え耐性》の熟練度が上昇しました。
「あっ、耐性が上がった!」
白雪はメッセージを確認する。
「冷たくなる実だったんだねぇ」
白雪は残りを袋へしまった。
フウリは水辺でくるくると回っている。
「フウリちゃんはこれ食べるの?」
白雪が青実を見せると、フウリは近づいてきた。
けれど、食べようとはしない。
代わりに、水面へ小さな風を送った。
ふわっ。
水面に波紋が広がる。
白雪はその様子を見て、にこっと笑った。
「水も動かせるんだね!」
その頃、北の森では黒羽が先ほどの水の仕掛けから離れ、別の通路を調べていた。
水が流れ込んだ空間には戻らず、根の隙間をたどって外へ出る。
「水が引くまで待つより、別の場所を調べた方がよさそうね」
森の中を進んでいると、木々の間に細い石の柱が立っているのが見えた。
柱は三本。
それぞれに違う模様が刻まれている。
黒羽は少し離れた場所から観察した。
「何かの目印かしら……」
柱の周囲には、踏み固められた地面がある。
誰かが何度も通ったような跡だ。
黒羽は足跡の向きを確認し、柱の裏側へ回った。
そこには小さな石板が埋め込まれていた。
「これは……」
石板には、三本の線が描かれている。
黒羽は周囲の柱を見比べた。
それぞれの模様は、石板の線と同じ形をしている。
「順番があるのかしら」
黒羽はすぐに触れず、まずは周囲を調べることにした。
山岳地帯では、ユウマが大型モンスターと対峙していた。
巨大な岩の身体を持つモンスターは、広場の中央でゆっくりと腕を振り上げる。
「来るか!」
ユウマは横へ走る。
岩の腕が地面を叩き、周囲に破片が飛び散った。
「くっ……範囲が広い!」
ユウマは攻撃の届かない場所へ移動し、モンスターの側面へ回り込む。
剣を振る。
ガキン!
硬い音が響く。
だが、表面に小さな傷がついただけだった。
「やっぱり硬いな……!」
ユウマは一度距離を取った。
相手の身体には、いくつかの岩の継ぎ目がある。
そこを狙えば、少しはダメージを与えられそうだ。
ユウマは次の攻撃を待つ。
焦らず、隙を見つける。
大型モンスターが再び腕を振り上げた。
ユウマはその動きを見極め、今度は懐へ踏み込んだ。
「そこだ!」
継ぎ目へ向けて剣を振り抜く。
ガキッ!
岩の一部が欠けた。
「よし!」
ユウマはすぐに距離を取る。
戦闘はまだ続きそうだった。
風洞の水辺では、白雪がフウリと遊んでいた。
フウリが風を起こすたび、水面に小さな波紋が広がる。
白雪も手を水面に近づけて、波紋を作ってみた。
「こうかな?」
指先で水をちょんと触る。
ぽちゃん。
波紋が広がる。
フウリが背中のひれを回す。
ふわっ。
波紋が少しだけ大きくなった。
「おおっ! 一緒にできた!」
白雪は何度も水面を触り、フウリと波紋を作って遊んだ。
そのうち、フウリが水たまりの端へ移動した。
そこには、小さな青い石が沈んでいる。
白雪は水に手を入れて拾い上げた。
《風洞水晶》を入手しました。
「きれいな石!」
水から引き上げると、表面に小さな水滴がついていた。
白雪は石を袋へしまう。
その瞬間、システムメッセージが表示された。
《未発見の生物を発見しました》
《イベントポイントを獲得しました》
「あっ、ポイント!」
白雪はフウリを見た。
「フウリちゃんのおかげだね!」
フウリは背中のひれをくるくる回した。
白雪はもう一度、水面を覗き込む。
水たまりの奥には、さらに細い水路が続いているようだった。
「こっちにも行けるのかな?」
白雪は立ち上がり、水路の先を覗き込んだ。
まだ知らない場所が続いている。
探索祭の一日目は、少しずつ夕方へ近づいていた。
けれど、白雪の冒険はまだ終わりそうになかった。




