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第85話 風に揺れる草原と地面の下の小さな足音

「こっちも楽しそう!」


 白雪は丘を下り、風に揺れる背の高い草原へ向かっていた。


 草の高さは白雪の腰ほどまであり、風が吹くたびに大きく傾いている。


 さらさらさら……。


 まるで草原そのものが波打っているようだった。


「わあ、すごい!」


 白雪は草の間へ入っていく。


 視界の下半分が草で隠れてしまうけれど、それもなんだか面白い。


「かくれんぼできそうだね!」


 誰かと遊んでいるわけでもないのに、白雪は一人で楽しそうに歩いていた。


 草をかき分ける。


 少し進む。


 また草をかき分ける。


 そのとき、足元から小さな音が聞こえた。


 かさっ。


「ん?」


 白雪は立ち止まる。


 もう一度、足元を見る。


 何もいない。


「気のせいかな?」


 一歩進む。


 かさかさっ。


 今度は、はっきり聞こえた。


 白雪はしゃがみ込み、草を左右に分けてみる。


 すると、地面に小さな穴が開いていた。


「穴だ!」


 穴の周囲には、細かな土が盛り上がっている。


 白雪は耳を近づけた。


 かりかり……。


 奥で何かが動いているようだ。


「何か住んでるのかな?」


 指を入れようとしたところで、穴の奥から土が少しだけ崩れた。


 さらさらっ。


「あっ!」


 白雪は慌てて手を引っ込める。


 穴の中から、小さな鼻先が現れた。


 ぴくぴく。


 白い鼻。


 その後に、丸い顔が続く。


 現れたのは、手のひらほどの小さな生き物だった。


 身体は薄い茶色で、頭には短い葉っぱのような耳がついている。


「あっ、かわいい!」


 白雪が声を上げると、生き物はすぐに穴の中へ引っ込んだ。


「あー! 隠れちゃった!」


 白雪は穴の前に座り込んだ。


 逃げてしまったのなら仕方ない。


 そう思ってしばらく待っていると、別の場所の草が揺れた。


 かさっ。


 白雪がそちらを見る。


 少し離れた地面に、また小さな穴が開いていた。


「そっちにもいるの?」


 その穴から、先ほどと同じ生き物が顔を出す。


「いた!」


 白雪は嬉しそうに手を振った。


 生き物は鼻をひくひくさせ、白雪を見つめている。


 《草穴モグラ》を発見しました。


「草穴モグラちゃん!」


 白雪が名前を呼ぶと、草穴モグラは一度だけ頭を出し、すぐに引っ込んだ。


「恥ずかしがり屋さんなのかな?」


 白雪は穴の近くに腰を下ろした。


 しばらくすると、草穴モグラが再び顔を出した。


 今度は口に小さな葉っぱをくわえている。


 それを穴の外へ置くと、また土の中へ戻っていった。


「葉っぱ?」


 白雪は葉っぱを拾い上げた。


 小さな丸い葉で、表面には細い筋がいくつも走っている。


 《土眠り葉》を入手しました。


「土眠り葉……?」


 名前を見て、白雪は首を傾げた。


 葉っぱを鼻に近づけてみる。


 土のような、少し甘いような香りがする。


「どんな味なんだろう?」


 白雪は葉っぱの端をほんの少しだけかじった。


 もぐ。


「……ん?」


 味はほとんどない。


 けれど、噛んでいるうちに、まぶたが少し重くなるような感覚がした。


「ふぁ……?」


 白雪は目をぱちぱちさせた。


 《土眠り葉を食べました》

 《状態異常:眠気》


「えっ?」


 急に眠気が押し寄せてくる。


 白雪は慌てて袋から状態異常回復薬を取り出した。


「わわっ、眠くなってきた!」


 薬を飲む。


 少しすると、頭がすっきりしてきた。


 《状態異常:眠気が回復しました》


「ふぅ……。眠くなる葉っぱだったんだ」


 白雪は手の中の葉っぱを見つめる。


「危なかったねぇ」


 そのとき、システムメッセージが表示された。


 《睡眠耐性の熟練度が上昇しました》


「あっ、耐性が上がった!」


 白雪は嬉しそうに笑った。


「眠くなるものを食べると上がるんだね!」


 すでに何度か眠気を経験している白雪は、少しずつ睡眠耐性を身につけていた。


 ただし、まだ眠気を完全に防げるわけではない。


「次はもうちょっと気をつけよう!」


 そう言いながら、白雪は残りの葉っぱを袋へしまった。


 草穴モグラは穴から顔を出し、白雪の様子を見ている。


「これ、ありがとうね!」


 白雪が手を振ると、草穴モグラは小さく鼻を動かした。


 白雪は草穴モグラの穴の周囲を調べ始めた。


 地面には、小さな穴がいくつもある。


 そのうちの一つから、細い草が顔を出していた。


「こっちは何かな?」


 白雪は草を引っ張らず、周囲の土を少しだけ払う。


 すると、根元に小さな白い実がついていた。


 《土根の実》を入手しました。


「実だ!」


 白雪は匂いを嗅いだ。


 先ほどの土眠り葉とは違い、こちらは甘い香りがする。


「これは食べられるかな?」


 白雪は一口かじってみた。


 しゃりっ。


 ほのかな甘みが広がる。


 その後に、少しだけ土の香りが残った。


「うん。こっちはおいしい!」


 《味覚》の熟練度が上昇しました。


 白雪は残りを袋へしまった。


 すると、草穴モグラが穴から出てきた。


 今度は逃げずに、白雪の足元をくんくんと嗅いでいる。


「もしかして、土根の実が好きなの?」


 白雪は実を一つ地面に置いた。


 草穴モグラはそれを口にくわえると、穴の中へ持ち帰ってしまった。


「あっ、持っていった!」


 白雪は楽しそうに笑った。


 その直後、周囲の地面が少しだけ盛り上がった。


 もこっ。


「ん?」


 白雪が見ていると、草の間から小さな土の山ができていく。


 もこもこっ。


 そして、少し離れた場所に新しい穴が開いた。


「わあ! 穴が増えた!」


 草穴モグラは、その穴から顔を出した。


 どうやら地下を移動しているらしい。


 白雪は穴と穴を見比べた。


「土の中ってつながってるのかな?」


 地面に耳を近づける。


 かりかり……。


 かさかさ……。


 いくつもの小さな音が、あちこちから聞こえてくる。


「すごい! いっぱい動いてる!」


 白雪はしばらく地面の音を聞いていた。


 すると、システムメッセージが表示された。


 《地中を移動する生物の行動を観察しました》

 《《地中音感》を習得しました》


「あっ、新しいスキル!」


 白雪は目を輝かせた。


「地面の下の音が分かるのかな?」


 もう一度、耳を澄ませてみる。


 かりかり……。


 少し離れた場所から、土を掘るような音が聞こえた。


「おおっ! あっちにもいる!」


 白雪は立ち上がった。


 そして、音のする方へ歩き始める。


 一方、北の森では黒羽が水場の奥にある根の隙間を調べていた。


 細い根が何本も絡み合い、その向こうから淡い光が漏れている。


 黒羽は周囲を確認してから、根の間へ身体を滑り込ませた。


 その先には、小さな岩の空間があった。


 天井から水滴が落ち、床には薄く水が広がっている。


「ここも水場につながっているのね」


 黒羽は足元を確認しながら進む。


 すると、岩壁の一部に細い溝があることに気づいた。


 溝の先には、丸い石がいくつも並んでいる。


「何かの仕掛けかしら」


 黒羽はすぐには触れず、周囲の岩を観察した。


 石の表面には、わずかに削れた跡がある。


 何度も動かされたようだった。


「動かせるのね」


 黒羽は一つの石に手をかけ、慎重に押した。


 ごとっ。


 石が少しだけ動く。


 その瞬間、岩壁の奥から水音が響いた。


 ごぼっ。


 黒羽はすぐに手を離した。


「水が流れ込んでいる……?」


 床の水が少しずつ増えていく。


 黒羽は退路を確認し、濡れた足場を避けながら出口へ戻った。


 仕掛けの先を調べるのは、水が引いてからでも遅くない。


「無理に進む必要はないわね」


 黒羽は位置を記録し、別の通路へ向かった。


 山岳地帯では、ユウマが岩棚の奥にある広場へ到着していた。


 そこには大きな岩がいくつも積み重なっている。


 先ほど聞こえた低い音は、岩の隙間から響いていた。


「この奥に何かいるのか?」


 ユウマは剣を構えた。


 ごご……。


 岩が揺れる。


 そして、積み重なった岩の間から、巨大な腕が現れた。


「うわっ!」


 岩の腕が地面を叩く。


 ユウマは後ろへ跳び、攻撃を避けた。


 現れたのは、岩を組み合わせたような大型モンスターだった。


「また岩系か!」


 モンスターの身体は大きく、腕の先には鋭い岩の突起がある。


 ユウマは距離を取り、相手の動きを観察した。


 先ほどの岩獣よりも動きは遅い。


 だが、攻撃範囲は広そうだった。


「焦らずいくか」


 ユウマは剣を構え直した。


 大型モンスターがゆっくりと腕を持ち上げる。


 その攻撃を避けるため、ユウマは広場の端へ移動した。


 探索祭の一日目は、まだ終わっていなかった。


 白雪は地中音感を頼りに、草原を歩いていた。


「こっちかな?」


 耳を澄ませる。


 かりかり……。


 今度は右側から音が聞こえた。


 白雪は草をかき分けて進む。


 すると、地面に小さな盛り上がりがあった。


「ここだ!」


 しゃがみ込んで見ていると、土が少しずつ動き始めた。


 もこっ。


 小さな鼻先が現れる。


「こんにちは!」


 草穴モグラだった。


「さっきの子かな?」


 白雪が手を振ると、草穴モグラは一度だけ顔を出し、すぐに土の中へ戻っていった。


「またねー!」


 白雪は立ち上がった。


 そのとき、少し離れた場所から、今までとは違う音が聞こえた。


 ごとっ。


 かりかり、かりかり……。


「ん?」


 白雪はそちらを向いた。


 草原の中に、小さな岩がいくつも並んでいる。


 そのうちの一つが、ほんの少しだけ動いたように見えた。


「石が動いた?」


 白雪は近づいてみる。


 岩の周囲には、土が細く盛り上がっていた。


 地面の下から何かが動いているようだ。


「もしかして、またモグラちゃん?」


 白雪はしゃがみ込み、岩の表面に手を置いた。


 ごとっ。


 今度ははっきりと岩が動いた。


「わっ!」


 白雪は手を離す。


 岩の下から、細かな土がこぼれ落ちた。


 そして、岩の向こう側に小さな隙間が現れる。


「穴ができた!」


 白雪は目を輝かせた。


 隙間からは、ひんやりとした風が吹いている。


 その奥には、淡い青色の光が見えた。


「えっ、何だろう?」


 白雪は身体を低くして、隙間を覗き込んだ。


 奥からは、かすかな音が聞こえる。


 ころん。


 ころころ。


「……何か転がってる?」


 白雪は少しだけ笑った。


 今日もまた、気になるものを見つけてしまった。


「よーし。ちょっとだけ見てみよう!」


 白雪は岩の隙間へ手を伸ばした。


 探索祭の一日目は、まだまだ続いていく。

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