第84話 草原の風車とくるくる回る小さな仕掛け
「んー……次はどっちに行こうかな?」
白雪は風耳ラビットと別れ、草原の中を歩いていた。
空を見上げると、太陽は少し傾き始めている。
探索祭の一日目も、そろそろ後半に入っているようだった。
「まだ明るいね!」
白雪は特に時間を気にすることなく、目の前に広がる草原を眺めた。
遠くには小さな丘がいくつもあり、その向こうには森が見える。
風が吹く。
さらさらさら……。
草が一斉に揺れた。
「あれ?」
白雪は足を止めた。
少し離れた丘の上で、何かがくるくると回っている。
最初は鳥かと思った。
けれど、よく見ると同じ場所で回り続けている。
「風車かな?」
白雪はそちらへ向かって歩き始めた。
丘の頂上には、背の低い草に囲まれた小さな木の柱が立っていた。
柱の先には、四枚の薄い板が取り付けられている。
風が吹くたび、板がくるくると回った。
「やっぱり風車だ!」
白雪は近づいて、下から眺める。
板は木でできているようだが、ところどころに青い模様が刻まれていた。
「これ、誰かが作ったのかな?」
柱の周囲を一周してみる。
近くには、小さな木片がいくつか落ちていた。
白雪は一つ拾い上げる。
《風車の木片》を入手しました。
「部品かな?」
もう一つ拾う。
こちらは薄い板状で、端に小さな穴が開いていた。
《風車の羽根片》を入手しました。
「やっぱり壊れた部品なのかな?」
白雪は風車を見上げた。
四枚の板のうち、一枚だけ少し傾いている。
風が吹くと回るものの、ときどき引っかかるように止まってしまう。
「うーん……」
白雪は柱の根元を調べた。
小さな木の箱が取り付けられている。
箱には細い溝があり、そこへ何かを差し込めるようになっていた。
「ここに入れるのかな?」
白雪は拾った木片を箱の近くへ持っていく。
けれど、形が合わない。
「違うみたい」
次に羽根片を差し込んでみる。
すっと入った。
「おっ!」
白雪が手を離すと、箱の中で小さな音がした。
かちっ。
それから、風車が少しだけ動いた。
くるん。
「回った!」
白雪は嬉しそうに風車を見上げた。
ただ、まだ回転は不安定だった。
風が弱まると、すぐに止まってしまう。
「もう一つ何かいるのかな?」
白雪は箱の周囲を探した。
草の間に、小さな青い石が埋まっている。
《風車青石》を入手しました。
「あっ、石だ!」
白雪は石を箱の近くへ持っていった。
すると、箱の表面に刻まれた模様が淡く光る。
「おおっ!」
石を溝に近づけると、ぴたりとはまった。
かちん。
風車の羽根がゆっくり動き始める。
くるくる……。
今度は止まらない。
風が吹くたび、羽根が軽やかに回転する。
「わあ! 直った!」
白雪はその場で拍手した。
風車の周囲に小さな光が浮かび上がる。
《風の仕掛けを作動させました》
《イベントポイントを獲得しました》
「あっ、またポイント!」
白雪はメッセージを見て、にこにこと笑った。
「直してよかったね!」
風車は回り続けている。
その音に気づいたのか、近くの草むらから小さな生き物が顔を出した。
丸い身体に、細長い尻尾。
風車の羽根が回るたび、尻尾がぴくぴく動いている。
「あっ、生き物!」
白雪はしゃがみ込んだ。
生き物は風車を見上げ、それから白雪を見る。
「こんにちは!」
白雪が手を振ると、生き物は草むらから出てきた。
身体は淡い茶色で、耳の先だけ白い。
小さな前足には、木の実のようなものを抱えている。
《風車ネズミ》を発見しました。
「風車ネズミちゃん!」
白雪が名前を呼ぶと、風車ネズミは前足の木の実を抱え直した。
「それ、食べ物?」
白雪が近づくと、風車ネズミは少しだけ後ろへ下がる。
けれど、逃げる様子はない。
白雪は手を伸ばさず、その場で眺めることにした。
風車ネズミは木の実をかじり始めた。
かりかり。
「おいしそうだねぇ」
白雪は自分の袋を開ける。
中には、これまで採取した木の実や草がいくつも入っていた。
「私も何か食べようかな」
取り出したのは《風丘青実》。
一口かじる。
しゃりっ。
「うん、おいしい!」
その間も、風車ネズミは木の実を食べていた。
食べ終わると、風車の柱の根元へ移動する。
そして、木の箱の下にある小さな穴へ入っていった。
「あっ、そこがお家なの?」
白雪は穴を覗き込む。
中から、かすかに音が聞こえた。
かりかり。
「まだ何か食べてるのかな?」
白雪は少し待ってみた。
すると、風車ネズミが穴から顔を出した。
口には、小さな青い粒をくわえている。
それを白雪の足元へ置いた。
ころん。
「くれるの?」
風車ネズミはすぐに穴へ戻ってしまった。
白雪は青い粒を拾い上げる。
《風車の実》を入手しました。
「ありがとう!」
白雪は穴に向かってお礼を言った。
返事はない。
けれど、風車の羽根は相変わらずくるくると回っていた。
その頃、北の森では黒羽が水辺の戦闘を終えていた。
水棲モンスター二体を岩場へ誘い込み、一体ずつ倒した黒羽は、周囲の安全を確認している。
《水辺獣》を討伐しました。
「これで落ち着いたわね」
黒羽は水場の奥へ進んだ。
岩の間には、青い水晶のようなものが埋まっている。
《根水晶片》とは違い、表面が滑らかで透明感がある。
《清水晶片》を入手しました。
「別の種類ね」
黒羽は採取したものを袋にしまう。
水場の奥には、細い水路が続いていた。
水路の幅は狭く、普通に歩いて進むことはできそうにない。
「先へ続いているようだけど……」
黒羽は水路の周囲を調べた。
少し離れた場所に、木の根が何本も絡み合った場所がある。
その根の隙間から、かすかな光が漏れていた。
「また隠し空間かしら」
黒羽は周囲を確認してから、根の隙間へ近づいた。
探索は順調だった。
ただし、イベントポイントを稼ぐために無理をするつもりはない。
見つけたものを調べ、危険があれば退く。
それが黒羽の探索方法だった。
山岳地帯では、ユウマが岩棚の上で休憩していた。
先ほどの岩角獣との戦闘で消耗した体力を回復させている。
「なかなか手強かったな」
ユウマは剣を眺めた。
刃に傷はない。
装備の耐久度も問題なさそうだ。
周囲には、同じように探索を続けるプレイヤーが何人かいた。
「山の奥は強いモンスターが多いな」
「でも、ポイントは稼ぎやすいぞ」
「俺たちももう少し奥へ行ってみるか」
そんな会話が聞こえてくる。
ユウマは水を飲み終えると立ち上がった。
「俺も、もう少し進むか」
岩棚の先には、細い道が続いている。
その奥から、低い音が響いていた。
ごご……。
「今度は何だ?」
ユウマは剣を構え直し、慎重に進んでいった。
白雪は風車の周囲を歩いていた。
風車はまだ回っている。
羽根が回るたび、柱に取り付けられた小さな木片が揺れて、かすかな音を鳴らしていた。
からん、からん。
「これもいい音!」
白雪は柱の近くへ顔を寄せる。
木片の一つには、小さな穴が開いていた。
その穴を風が通り抜けると、少し高い音が鳴るらしい。
「笛みたいだね!」
白雪は穴の近くで息を吹きかけてみた。
ふうっ。
ぴゅう。
「おおっ!」
もう一度吹く。
ぴゅう、ぴゅう。
風車の音と重なって、少し不思議な音楽のように聞こえた。
白雪は楽しくなって、いくつかの木片を順番に鳴らしてみる。
ぴゅう。
からん。
ぴゅう、からん。
「ふふっ。面白い!」
そのとき、風車の羽根が急に速く回り始めた。
くるくるくるっ!
「わっ、速くなった!」
風が丘の上を通り抜け、草が一斉に揺れる。
風車の柱から小さな光がいくつも浮かび上がった。
《風車の音を変化させました》
《音の仕掛けを発見しました》
《イベントポイントを獲得しました》
「あっ、またポイント!」
白雪は嬉しそうにメッセージを眺めた。
「音を鳴らすの、楽しいね!」
風車はしばらく回り続けていた。
やがて風が弱まり、羽根の回転もゆっくりになっていく。
白雪は満足そうに頷いた。
「またね、風車さん!」
そう言って歩き出そうとしたとき、足元に何かが転がってきた。
ころん。
「あれ?」
拾い上げると、小さな木の輪だった。
《風車の木輪》を入手しました。
「これも落ちてたんだ!」
白雪は木輪を袋へしまった。
それから、丘の向こうを見つめる。
遠くの草原では、風に揺れる背の高い草が、波のように動いていた。
「あっちも楽しそう!」
白雪はすぐに走り出した。
探索祭の一日目は、まだ終わらない。
草原の風は、今日も白雪を知らない場所へと運んでいく。




