第82話 草原に響く風鈴の音と小さな風の遊び場
「うーん……どうやったら入れるかな?」
白雪は、風鈴花の種が転がってきた小さな穴の前にしゃがみ込んでいた。
入口は細く、手を入れることはできても、身体を通すのは難しそうだ。
「もうちょっと広かったら入れるのに」
穴の周囲にある岩を指で押してみる。
びくともしない。
「固いねぇ」
白雪は別の角度から穴を覗いた。
奥からは、相変わらず小さな風の音が聞こえている。
ひゅう……ちりん……。
「んー?」
白雪は耳を近づけた。
風の音に混じって、何かが転がるような音も聞こえる。
ころころ、ころん。
「石が転がってるのかな?」
白雪は近くに落ちていた小枝を拾い、穴の中へ差し込んだ。
先端を左右に動かしてみる。
こつん。
「あっ、当たった!」
枝を少し持ち上げる。
すると、奥から小さなものが転がってきた。
ころん。
白雪の足元で止まったのは、白い小石だった。
「石だ!」
拾い上げてみると、表面には細かな穴がいくつも開いている。
《風穴小石》を入手しました。
「穴がいっぱいあるね」
白雪は石を耳元に持っていった。
ふうっ。
小さく息を吹きかける。
ぴゅう。
「わっ、音が鳴った!」
もう一度吹いてみる。
ぴゅう、ぴゅう。
「笛みたい!」
白雪は石をくるくる回しながら、いろいろな方向から息を吹きかけてみた。
音の高さが少しずつ変わる。
「こっちは高い音だ!」
しばらく夢中になっていた白雪だったが、ふと穴の奥へ目を向けた。
「もしかして、これも中にあったのかな?」
枝をもう一度差し込む。
今度は先ほどより少し奥へ伸ばしてみた。
こつん。
ころころ。
しかし、何かに引っかかったらしく、それ以上は動かない。
「うーん。届かないなぁ」
白雪は枝を引き抜いた。
そのとき、穴の中から小さな風が吹き出した。
ふわっ。
白雪の前髪が揺れる。
風は頬を撫でるように通り過ぎ、近くの草を揺らした。
「気持ちいい風!」
白雪は両手を広げた。
もう一度風が吹く。
今度は少しだけ強い。
マントがふわりと浮かび、白雪の身体が軽く押された。
「おおっ!」
白雪はその場で一歩踏み出した。
すると、足元に落ちていた小さな白い綿毛が風に乗って舞い上がった。
「あっ、綿毛!」
綿毛は白雪の目の前を通り過ぎ、丘の向こうへ飛んでいく。
白雪はその行き先を目で追った。
「どこまで飛ぶのかな?」
穴のことは一旦忘れ、白雪は綿毛を追いかけ始めた。
丘の向こうには、背の低い草が広がっていた。
風が吹くたび、草の先が同じ方向へ傾いている。
白雪が近づくと、綿毛は地面すれすれまで下がり、草の間をふわふわと移動していった。
「待ってー!」
白雪は走る。
けれど、綿毛は風に押されて少し先へ進んでしまう。
「速いなぁ!」
走る速度を上げる。
白蒼の疾風の装備が風を受け、白いマントが後ろへ流れた。
綿毛は小さな岩の上を越え、その向こうへ消えていく。
白雪も岩を飛び越えようとした。
ぴょん!
着地する直前、横から風が吹く。
「わっ!」
身体が少し横へ流れた。
けれど、白雪は空中で足を動かし、なんとか姿勢を整える。
とんっ。
無事に着地した。
《風乗り》の熟練度が上昇しました。
「あっ、上がった!」
白雪はメッセージを見て、嬉しそうに笑った。
「風に押されても大丈夫だったね!」
そのまま綿毛の行方を探す。
すると、岩の陰に小さな白い生き物がいた。
丸い身体に短い足。
背中には、ふわふわした綿毛のようなものがついている。
生き物は白雪に気づくと、身体を丸めた。
「あれ? こんにちは?」
白雪が近づくと、生き物はぴょんと跳ねた。
背中の綿毛がふわりと舞い上がる。
「あっ、さっきの綿毛!」
白雪はしゃがみ込んだ。
生き物は警戒するように少し離れた場所へ移動する。
「待って待って。追いかけないから!」
白雪はその場に座り込んだ。
生き物はしばらく白雪を見ていたが、やがて草を食べ始めた。
「何を食べてるの?」
足元を見ると、小さな白い草が生えていた。
《風綿草》を入手しました。
「草だ!」
白雪は一本だけ採取し、残りはそのままにしておいた。
生き物は草を食べ終えると、今度は岩の上へ跳び乗った。
ふわっ。
背中の綿毛がまた舞い上がる。
「わあ、飛んでいった!」
白雪は綿毛を目で追う。
今度は風に乗って、少し高い場所まで浮かんでいった。
「すごいねぇ」
生き物は白雪を見下ろすように、岩の上で丸くなった。
《風綿モモン》を発見しました。
「風綿モモンちゃん!」
白雪は名前を確認して、にこにこと笑った。
一方、北の森では黒羽が探索を続けていた。
根の奥にある水場から戻った黒羽は、周囲の木々を注意深く観察している。
「この辺り、少し地形が不自然ね」
木の根が地面から浮き上がり、その下に細い隙間ができていた。
黒羽はその隙間を覗き込む。
中は暗く、奥行きがありそうだった。
「通れるかしら」
周囲の枝を避け、身体を低くして進む。
隙間の先には、小さな空間が広がっていた。
天井からは根が垂れ下がり、地面には乾いた葉が積もっている。
黒羽は足音を抑えながら進んだ。
そのとき、葉の下で何かが動いた。
「……いるわね」
黒羽は短剣を抜く。
葉の隙間から現れたのは、小さな獣型モンスターだった。
一体。
その後ろにも、もう一体いる。
黒羽はすぐに攻撃せず、相手の動きを観察した。
二体は同じ方向へ進もうとしている。
「なら、こっちね」
黒羽は近くに落ちていた枝を蹴り、片方の注意を引いた。
獣が枝の方へ向かった瞬間、もう一体の横をすり抜ける。
短剣が素早く閃いた。
一体目が振り返る前に、黒羽は距離を取っている。
「二体同時に相手をする必要はないわ」
木の根を利用して進路を分け、順番に攻撃する。
やがて二体は光の粒になって消えた。
黒羽は周囲を確認する。
《森獣》を討伐しました。
「よし。先へ進めそうね」
黒羽は短剣をしまい、空間の奥へ歩き出した。
山岳地帯では、ユウマが岩獣との戦闘を続けていた。
大きな岩の身体に、短い角が二本。
動きは遅いが、一撃が重い。
「くっ……!」
岩獣の腕が振り下ろされる。
ユウマは横へ跳び、攻撃を避けた。
地面が揺れ、小さな岩片が飛び散る。
「まともに受けるのは危険だな」
ユウマは距離を取りながら、相手の動きを見た。
岩獣は腕を振るたびに、身体の横にある岩の隙間が開く。
「そこが弱点か?」
ユウマは一度攻撃を誘い、振り下ろされた腕の下をくぐり抜けた。
剣を振る。
ガキン!
硬い音が響いた。
岩の隙間に刃が入り、少しだけ亀裂が走る。
「効いてる!」
岩獣が身体を揺らし、ユウマを押しつぶそうとする。
ユウマはすぐに後退した。
一度、二度。
攻撃の隙を見極めながら、同じ場所へ斬撃を重ねていく。
やがて岩獣の身体に大きな亀裂が走った。
最後の一撃を入れると、岩獣は崩れるように光の粒となって消えた。
《岩角獣》を討伐しました。
《イベントポイントを獲得しました》
「よし……!」
ユウマは剣を下ろし、息を整えた。
その様子を少し離れた場所で見ていたプレイヤーたちが声を上げる。
「今の岩獣、結構強かったよな?」
「一人で倒したぞ」
「山岳地帯であの大きさのモンスターを相手にするのか……」
ユウマは周囲の声に気づいたが、特に反応せず、岩獣がいた場所を調べ始めた。
足元には、細長い灰色の鉱石が落ちていた。
「これは……?」
《岩角の欠片》を入手しました。
「素材か。持って帰るか」
ユウマはそれを袋にしまい、さらに奥へ進んでいった。
草原では、白雪が風綿モモンを眺めていた。
風綿モモンは岩の上で身体を丸めたり、背中の綿毛を揺らしたりしている。
「ねえねえ、その綿毛って触ってもいい?」
白雪が手を伸ばす。
風綿モモンは少しだけ身体を引いた。
「あっ、ごめんね」
白雪は手を引っ込めた。
すると、風綿モモンは岩から降りて、白雪の足元まで近づいてきた。
そして、背中を少しだけ白雪の方へ向ける。
「……触っていいの?」
そっと指先を伸ばす。
ふわっ。
綿毛は思っていたより柔らかく、触れた瞬間に少しだけ浮き上がった。
「わあ! ふわふわ!」
白雪は目を輝かせる。
風綿モモンは嫌がる様子もなく、地面に座り込んだ。
「かわいいねぇ」
白雪が背中を撫でると、綿毛がふわふわと揺れる。
そのうち、風綿モモンは白雪の膝の上へ前足を乗せた。
「ん?」
鼻先が白雪の腰にある袋へ近づく。
「これが気になるの?」
白雪が袋を開くと、中には採取した木の実や草が入っていた。
風綿モモンはその中から、小さな丸い実に鼻を近づけた。
「あっ、これ?」
白雪は実を取り出す。
《風丘青実》だった。
「食べたいのかな?」
風綿モモンは鼻をひくひくさせている。
白雪は実を半分に割り、片方を地面に置いた。
風綿モモンはそれを口にくわえると、少しずつ食べ始めた。
「おいしい?」
返事の代わりに、背中の綿毛がふわりと揺れる。
白雪も残った半分を眺めた。
「これ、私も食べてみようかな」
口に入れてみる。
しゃりっ。
甘さは控えめで、少しだけ青い香りがした。
「うん。さっぱりしてる!」
《味覚》の熟練度が上昇しました。
白雪は満足そうに頷いた。
そのとき、風綿モモンが突然立ち上がった。
ふわっ!
背中の綿毛が大きく舞い上がる。
風に乗った綿毛は、白雪の頭の上を越えて草原の先へ飛んでいった。
「あっ、また飛んでいった!」
白雪は立ち上がり、綿毛を追いかける。
風綿モモンも、ぴょこぴょこと後を追ってきた。
綿毛は草の間を抜け、小さな窪地へ落ちていく。
白雪がそこを覗き込むと、窪地の底には白い草が一面に生えていた。
「わあ……!」
風に揺れるたび、草の先から小さな綿毛が舞い上がる。
《風綿草原》を発見しました。
「ここ、綿毛がいっぱい!」
白雪は窪地へ降りていった。
草の間を歩くと、綿毛が身体にまとわりつく。
髪にも、マントにも、白い綿毛がくっついていく。
「わっ、いっぱいついた!」
白雪は髪を軽く振った。
綿毛がふわふわと舞い上がる。
「ふふっ。雪みたい!」
その様子を見ていた風綿モモンも、白雪の足元を跳ね回った。
白雪はしばらくその場で遊んでいた。
イベントのポイントを確認することも、ランキングを見ることも忘れている。
ただ、目の前にある綿毛が面白かった。
やがて風が吹き、窪地の綿毛が一斉に空へ舞い上がる。
白い粒が草原の上を流れていく。
「わあ……きれい!」
白雪は空を見上げた。
その向こうには、まだ見たことのない草原が広がっている。
「次はあっちに行ってみようかな!」
風綿モモンに手を振り、白雪は窪地を出た。
探索祭の一日目は、まだ終わらない。
白雪の知らない場所も、まだまだ草原のどこかに隠れているようだった。




