第80話 草原を走る白い影と小さな花の道
「あっ、待ってー!」
白雪は草原の向こうへ走っていった白い影を追いかけていた。
遠目には小さな白い動物のように見えた。
草の間をすばやく移動していて、時折、ぴょこんと背中らしきものが見える。
「うさぎかな? それとも別の生き物?」
白雪は目を凝らしながら走る。
白蒼の疾風の装備が風を受け、マントが背中で揺れた。
白い影は草の背丈が高い場所へ入り込む。
「あっ、見えなくなっちゃった!」
白雪は急いでその場所まで行き、草を左右に分けた。
すると、足元に小さな穴が開いていた。
「ん?」
穴の周囲には、白い毛が少しだけ残っている。
白雪はしゃがみ込み、穴を覗いた。
「ここに入ったのかな?」
奥は暗くてよく見えない。
手を差し込んでみると、ひんやりした風が指先に当たった。
「風が出てる……」
白雪は穴の周囲をぐるりと回る。
少し離れた場所に、白い花が一輪咲いていた。
「あっ、花!」
花びらは細く、先端が少しだけ青みがかっている。
風が吹くたび、花びらが同じ方向へ揺れていた。
《風先白花》を入手しました。
「きれいな花だね」
白雪は花を眺めてから、もう一度穴を見る。
白い影が出てくる気配はない。
「うーん。どこに行ったんだろう?」
そのとき、背後の草むらが揺れた。
がさっ。
白雪が振り返る。
そこには、先ほど追いかけていた白い生き物がいた。
「あっ! いた!」
生き物は丸い体に長い耳を持ち、背中には淡い青色の模様がある。
大きさは小型犬ほどで、ふわふわした毛並みが風に揺れていた。
生き物は白雪を見つめ、ぴょこんと跳ねる。
「かわいい!」
白雪が近づくと、生き物は少しだけ後ろへ下がった。
「怖くないよー」
白雪はしゃがみ込み、手を差し出す。
生き物は鼻を近づけ、くんくんと匂いを嗅いだ。
それから、白雪の手に鼻先をちょんと触れた。
「ふふっ。こんにちは!」
《風耳ラビット》を発見しました。
「風耳ラビットちゃん!」
名前を確認した白雪は、嬉しそうに笑った。
風耳ラビットは白雪の周りを一周すると、少し離れた場所へ跳ねていった。
「どこに行くの?」
ぴょん。
一度振り返る。
ぴょん、ぴょん。
「ついてきてってこと?」
白雪はすぐに立ち上がった。
「行く行く!」
風耳ラビットは草原を横切り、小さな丘の方へ向かっていく。
途中で何度も立ち止まり、白雪が追いつくのを待っていた。
「待ってくれてるんだね!」
やがて、丘の斜面にある岩の陰へたどり着いた。
そこには、小さな花がいくつも咲いていた。
白、青、淡い黄色。
色はばらばらだが、どれも風に揺れると花びらが少しだけ開いたり閉じたりしている。
「わあ! 花畑だ!」
白雪はしゃがみ込み、花を一つずつ眺めた。
《風耳草》を入手しました。
《丘青花》を入手しました。
《風揺実》を入手しました。
「いっぱいあるね!」
白雪は風揺実を手に取った。
小さな丸い実で、表面には白い筋が入っている。
匂いを嗅ぐと、ほのかに甘い香りがした。
「これも食べられるかな?」
白雪はほんの少しだけかじってみる。
しゃりっ。
甘さのあとに、舌の上で少しだけしゅわっとした感覚が広がった。
「わっ、変な感じ!」
もう一口。
今度は口の中に細かな泡が弾けるような感覚がした。
「おおー! 面白い!」
《風揺実》を食べました。
《満腹度》が少し回復しました。
《味覚》の熟練度が上昇しました。
白雪は残りを袋にしまった。
風耳ラビットは、そんな白雪の様子をじっと見ている。
「これ、おいしいよ!」
実をひとつ差し出すと、風耳ラビットは鼻を近づけた。
けれど、食べようとはしなかった。
「いらないの?」
風耳ラビットは少しだけ首を傾げる。
そのあと、花畑の奥へ跳ねていった。
「そっちは何があるのかな?」
白雪は後を追いかける。
花畑の奥には、岩と草に囲まれた小さな水場があった。
水はほとんどなく、地面が少し湿っているだけだ。
その中央に、淡い青色の小さな石が埋まっていた。
「石だ!」
白雪はしゃがみ込んで、周囲の土を指で払った。
石の表面には、風の流れのような模様が刻まれている。
《風流石》を入手しました。
「これ、模様がきれい!」
さらに、石の近くには小さな白い羽根が落ちていた。
《風耳ラビットの羽毛》を入手しました。
「羽毛?」
白雪は風耳ラビットを見る。
生き物の長い耳の内側には、柔らかそうな毛が生えていた。
「もしかして、耳の毛なのかな?」
風耳ラビットはぴょこんと跳ね、白雪の手元へ近づいた。
そして、羽毛に鼻先を近づける。
「これ、落ちてたよ」
白雪が羽毛を見せると、風耳ラビットは特に気にした様子もなく、再び花畑へ戻っていった。
そのとき、白雪の視界にシステムメッセージが表示される。
《未発見の生物を発見しました》
《イベントポイントを獲得しました》
「あっ、またポイント!」
白雪はメッセージを確認し、嬉しそうに頷いた。
「風耳ラビットちゃんのおかげだね!」
風耳ラビットは返事の代わりに、もう一度ぴょこんと跳ねた。
一方、北の森では黒羽が岩壁の仕掛けを調べていた。
岩壁の一部が動いたことで、奥に小さな通路が現れている。
「この先に空間があるみたいね」
黒羽は周囲の安全を確認してから、慎重に通路へ入った。
通路の先は小さな岩棚になっていた。
そこには紫色の鉱石がいくつか埋まっている。
《風紫鉱》を入手しました。
「新しい鉱石ね」
黒羽は採取した鉱石を袋にしまい、岩棚の奥を確認する。
さらに奥には、細い根が垂れ下がっていた。
その根の間から、かすかな光が見える。
「まだ続きがあるの?」
黒羽は少し考えたあと、根を傷つけないように横へ避けた。
その奥には、小さな空間が続いていた。
山岳地帯では、ユウマが隠し通路の中を進んでいた。
通路の先には、岩が崩れてできた小さな広場がある。
そこには、岩の体を持つ小型モンスターが二体いた。
「おっと……」
ユウマは剣を構える。
一体がこちらへ向かってきた。
正面から受け止めるのではなく、横へ避けて攻撃を誘う。
岩の腕が空を切る。
その隙に、ユウマは短く踏み込み、関節部分へ斬撃を入れた。
もう一体も動き出す。
「二体同時か!」
ユウマは距離を取り、岩場の段差を利用して位置を変える。
二体の動きが重なったところで、一体ずつ攻撃を加えていった。
やがて二体とも光の粒になって消える。
《岩小鬼》を討伐しました。
《岩小鬼の欠片》を入手しました。
《イベントポイントを獲得しました》
「よし。こっちも順調だな」
ユウマは息を整え、広場の奥を見た。
壁の一部に、何かが埋まっている。
「今度は何だ?」
近づいて調べると、小さな白い鉱石が見つかった。
《山白鉱》を入手しました。
「これも未発見か」
ユウマは袋にしまい、さらに奥を調べ始めた。
花畑では、白雪が風耳ラビットの後を追っていた。
生き物は花の間を跳ね回り、ときどき立ち止まっては白雪を待っている。
「ふふっ。追いかけっこだね!」
白雪は走り出した。
風耳ラビットは小さな岩を飛び越え、草むらの中へ入っていく。
白雪もその後を追う。
ぴょん!
白雪が岩を飛び越えた瞬間、足元の草が大きく揺れた。
「わっ!」
草の下に隠れていた小さな段差に気づかず、着地が少し乱れる。
それでも白雪は転ばず、体勢を整えた。
《足場感知》の熟練度が上昇しました。
「あっ、スキルが上がった!」
白雪は嬉しそうにメッセージを確認する。
風耳ラビットは少し先で待っていた。
「ありがとう! でも、そろそろ休憩しようかな」
白雪は近くの岩に腰掛けた。
風が吹き、花畑が一斉に揺れる。
ちりん……。
どこかで小さな音が鳴った。
白雪は顔を上げる。
「ん? 今の音、どこから?」
風耳ラビットも耳を立てた。
二人で音のした方を見る。
花畑のさらに奥。
岩の間に、淡い黄色の花が一輪だけ咲いていた。
その花は風が吹くたび、鈴のような音を鳴らしている。
「わあ……あそこにも花がある!」
白雪は立ち上がった。
風耳ラビットも、ぴょこんと跳ねる。
「行ってみよう!」
白雪はまた歩き出した。
イベントのランキングは、今も更新され続けている。
けれど、白雪の頭の中にあるのは、目の前の花のことだけだった。
探索祭の一日目は、まだまだ続いていく。




