第8話 森で見つけた甘い香りと小さな冒険
「今日はどこに行こうかなぁ」
ELOにログインした雪乃は、森の中で大きく伸びをした。
昨日は小川を見つけて、泡が出る不思議な石や、水辺にいるモンスターと出会った。
今日は何が見つかるだろう。
「よし! とりあえず歩こう!」
目的地は決めない。
気になったものがあれば立ち止まり、面白そうな場所があれば寄り道する。
それが雪乃の冒険だった。
甘い匂いの先には?
森の中を歩いていると、ふわりと甘い香りが漂ってきた。
「……ん?」
雪乃は足を止める。
花の匂いだろうか。
それとも果物?
「なんか甘い匂いがする!」
鼻を動かしながら、匂いのする方へ進んでいく。
木の根元を通り、少し背の高い草をかき分ける。
すると、小さな花畑が広がっていた。
「わぁ!」
白や薄桃色の花が、地面いっぱいに咲いている。
風が吹くたびに花が揺れ、甘い香りが広がった。
雪乃はその場にしゃがみ込む。
「きれいだねぇ」
一輪摘み取ってみる。
『《森香花》を入手しました』
「森香花だって!」
花を近づけて、もう一度匂いを嗅ぐ。
「やっぱりいい匂い!」
さらに周囲を見てみると、花の間に小さな黄色い粒が落ちていた。
「ん? これ何?」
拾い上げると、指先に少しだけ甘い液体がついた。
『《花蜜の粒》を入手しました』
「花の蜜かな?」
雪乃は指先についた液体を眺める。
ほんの少しだけ。
ぺろっ。
「……!」
甘い。
思っていたよりもずっと甘かった。
「おいしい!」
雪乃は嬉しそうに笑った。
花畑の中を探してみると、同じ粒がいくつか落ちている。
「いっぱいある!」
雪乃は夢中になって拾い集めた。
その途中、花の中で小さな羽音が聞こえた。
ぶんぶん。
「ん?」
目を向けると、黄色と黒の縞模様をした小さな虫が飛んでいた。
丸い身体に透明な羽。
『ハニービー』
「ハチさんだ!」
ハニービーは花の上を飛び回っている。
雪乃が近づくと、こちらを向いた。
「こんにちは!」
ハニービーは返事をする代わりに、ぶんっと飛んできた。
「わっ!」
雪乃は慌てて後ろへ下がる。
ハニービーはそのまま花の上へ戻っていった。
「びっくりしたぁ……」
どうやら、近づきすぎると攻撃してくるらしい。
雪乃は少し距離を取って、花畑を眺めた。
「かわいいけど、近づきすぎちゃだめなんだね」
それでも、花畑は気に入った。
「また来ようっと!」
木の上の丸いもの
花畑を離れ、森の中を歩いていると、太い木の枝に丸いものがくっついているのを見つけた。
「……何だろう?」
遠くからではよく見えない。
雪乃は木の根元に近づいた。
丸いものは茶色く、表面が少しざらざらしている。
「木の実かな?」
手を伸ばしても届かない。
「うーん……登ろう!」
雪乃は木の幹に手をかけた。
以前よりも登るのが上手になっている。
枝に手をかけ、足を乗せて、少しずつ上へ進んだ。
そして、丸いものの近くまでたどり着く。
「おおっ!」
それは木の実ではなかった。
小さな巣のようなものだった。
枝や葉っぱが集められ、丸く形作られている。
「鳥さんのお家かな?」
中を覗こうとしたところ、巣の奥で何かが動いた。
ぴくっ。
「……あっ」
小さな鳥が顔を出した。
青い羽根。
昨日見かけた鳥によく似ている。
「わぁ! 青い鳥さん!」
雪乃が嬉しそうに見つめていると、鳥は小さく鳴いた。
ぴいっ。
「かわいい!」
もう少し近づこうとした瞬間、鳥は羽ばたいて巣から飛び出した。
「あっ!」
驚いた雪乃は、思わず枝にしがみつく。
鳥は木の向こうへ飛んでいった。
「行っちゃった……」
巣の中には何も残っていない。
雪乃は邪魔をしないよう、そっとその場を離れた。
木から降りる途中、枝の間に白い羽根が落ちているのを見つけた。
「おっ!」
拾い上げる。
『《青羽鳥の羽根》を入手しました』
「青羽鳥っていうんだ!」
羽根を光にかざすと、青色がきらきらと輝いた。
「きれい!」
雪乃は大切そうにアイテム欄へしまった。
ちょっと変わった木の実
さらに歩いていると、今度は地面に大きな木の実が落ちていた。
丸くて、赤紫色。
表面には小さな点々がある。
「大きいねぇ」
雪乃は拾い上げた。
『《紫斑の実》を入手しました』
「紫斑の実……」
名前だけでは食べられるかどうか分からない。
雪乃は実を軽く押してみた。
少し柔らかい。
匂いを嗅いでみる。
甘い匂いがする。
「おいしそう!」
雪乃は一口かじった。
もぐもぐ。
「……ん?」
舌に少しぴりっとした刺激が広がった。
「わっ、辛い!」
甘いと思ったのに、後から強い刺激がやってくる。
雪乃は目をぱちぱちさせた。
「からーい!」
口の中が少し熱くなった。
慌てて水を飲む。
「ふぅ……びっくりした」
しばらくすると、舌の刺激は落ち着いた。
雪乃は残った実を眺める。
「甘いのに辛いんだね!」
もう一口食べようか迷ったが、今度はやめておいた。
「これは少しずつ食べた方がいいかも!」
そのとき、通知が表示された。
『スキル《味覚》の熟練度が上昇しました』
「おっ、味覚!」
雪乃は自分の舌を意識する。
「甘いとか辛いとか、もっと分かるようになるのかな?」
ちょっと面白そうだ。
雪乃は残った紫斑の実をアイテム欄へしまった。
ふわふわの小さな住人
森の中を歩いていると、足元の草むらが揺れた。
「ん?」
雪乃はしゃがみ込む。
草の隙間から、小さな耳が見えていた。
「……ウサギさん?」
そっと覗き込む。
そこにいたのは、白と茶色の毛をした小さな生き物だった。
丸い身体に短い足。
大きな耳がぴょこんと立っている。
『モリネズミ』
「ネズミさんだ!」
モリネズミは雪乃を見ると、草むらから飛び出した。
「わっ!」
雪乃は驚いたが、すぐに後を追った。
モリネズミは地面を走り、木の根の下へ潜り込もうとする。
「待ってー!」
雪乃はしゃがんで手を伸ばした。
しかし、モリネズミはすばやく方向を変えた。
「あっ、そっち!?」
雪乃も向きを変える。
モリネズミは木の根を回り、反対側へ走っていく。
「ふふっ、速いね!」
しばらく追いかけていると、モリネズミが急に立ち止まった。
その口には、小さな木の実がくわえられている。
「……あっ!」
雪乃は足を止めた。
モリネズミは木の実を地面に置くと、前足で押さえた。
どうやら食事中らしい。
「ごはん食べてたんだね」
雪乃は少し離れた場所にしゃがみ込んだ。
モリネズミは警戒しながらも、木の実を食べ続けている。
「おいしい?」
もちろん返事はない。
雪乃はしばらく眺めていた。
やがてモリネズミは食べ終わると、草むらの奥へ走っていった。
「ばいばーい!」
雪乃は手を振った。
すると、モリネズミがいた場所に小さなものが落ちているのを見つけた。
拾い上げると、木の実の殻だった。
『《小さな木の実の殻》を入手しました』
「殻だけ残していった!」
雪乃はくすっと笑った。
森の中の小さな段差
その後も雪乃は、森の中を気ままに歩き続けた。
木の根をまたいだり、石の上を歩いたり、草むらを覗き込んだり。
ふと、目の前に小さな段差が現れた。
「おっ?」
地面が少し高くなっている。
その上には、苔の生えた岩が並んでいた。
「登れるかな?」
雪乃は一番低い岩に足をかけた。
よいしょ。
次の岩へ。
ぴょん。
その次へ。
ぴょん。
「おおっ、簡単!」
今度は少し離れた岩へ飛び移ってみる。
ぴょん!
着地。
「できた!」
もう一度。
今度は少し高い岩へ。
ぴょん!
着地した瞬間、足元の苔が滑った。
「わわわっ!」
雪乃は両手を広げて、何とかバランスを取った。
そのまま岩の上に座り込む。
「びっくりしたぁ……」
足元を見てみると、苔がかなり滑りやすい。
「これ、気をつけないと危ないね」
雪乃は岩から降り、周囲を眺めた。
すると、岩の隙間に小さな紫色の花が咲いているのを見つけた。
「あっ、お花!」
近づいて摘み取る。
『《紫霞花》を入手しました』
「紫霞花だって!」
花びらを眺めていると、再び通知が表示された。
『スキル《足場感知》を獲得しました』
「わっ! 新しいスキル!」
雪乃はすぐに詳細を確認した。
足元の地形や、踏み込める場所を感じ取りやすくなるスキルらしい。
「さっき岩の上を歩いたからかな?」
雪乃は近くの岩へ足を乗せた。
さっきよりも、滑りそうな場所が少し分かる気がする。
「おおっ!」
もう一度、岩から岩へ移動してみた。
今度は滑らずに渡ることができた。
「便利だね!」
雪乃は満足そうに頷いた。
今日も寄り道だらけ!
気づけば、ログアウトの時間が近づいていた。
「えっ、もうそんな時間?」
雪乃は少し残念そうに周囲を見回す。
今日は甘い香りの花畑を見つけた。
青い鳥の巣も見た。
甘くて辛い木の実も食べた。
小さなネズミとも出会った。
そして、新しいスキルも覚えた。
「今日もいっぱい遊んだね!」
アイテム欄を確認する。
《森香花》
《花蜜の粒》
《青羽鳥の羽根》
《紫斑の実》
《小さな木の実の殻》
《紫霞花》
「いっぱい!」
それから、スキル欄を開いた。
新しく覚えたのは《足場感知》。
「足元が分かりやすくなるんだよね!」
雪乃は少し嬉しそうに笑った。
今日もレベルの数字はほとんど見ていない。
気になったものを見つけて、触って、追いかけて、食べてみる。
それだけで十分楽しかった。
「明日は何があるかなぁ」
雪乃はログアウトした。
現実世界・学校
「花畑を見つけたんだ」
昼休み。
雪乃の話を聞いた舞が、楽しそうに笑った。
「うん! すごく甘い匂いがしたよ!」
「それで、何か採れた?」
「森香花と、花蜜の粒!」
「花蜜?」
「ちょっと舐めたら、すっごく甘かった!」
優真が横から口を挟む。
「また何か食べたのか」
「うん!」
「今度は大丈夫だったのか?」
「大丈夫だったよ! でも、紫色の実は辛かった!」
「辛い実?」
「最初は甘いのに、後からぴりぴりするの!」
舞は少し考えてから言った。
「ゲームの食べ物って、味もいろいろあるんだね」
「うん! 今度はどんな味があるか探してみたい!」
「毒とか麻痺とかには気をつけてね」
「分かってるよ!」
雪乃は元気よく答えた。
少し間を置いてから、ぽつり。
「……たぶん!」
「たぶんって何だよ!」
優真の声に、舞が笑った。
雪乃もつられて笑う。
明日もまた、森へ行く。
まだ見たことのないものが、きっとたくさんあるのだから。




