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第78話 水たまりの下に続く小さな水路

「この穴、どうやったら広がるんだろう?」


 白雪は草原の窪地にしゃがみ込み、小さな穴を覗いていた。


 穴の奥からは、かすかに水の音が聞こえる。


 ちゃぷ……ちゃぷ……。


 ときどき淡い青色の光も見えるのだが、入口が狭すぎて中の様子はよく分からない。


「うーん……」


 白雪は穴の周りに生えている草をそっとかき分けた。


 すると、穴のすぐ横に小さな石が埋まっているのを見つけた。


「石がある!」


 指で押してみる。


 ぐっ。


 動かない。


 反対側から押してみる。


 やっぱり動かない。


「固いねぇ」


 今度は両手で掴んで、少しだけ引っ張ってみた。


 ぐらっ。


「おっ?」


 石がほんの少し動いた。


 白雪は力を入れ直す。


 ぐぐぐ……。


 ぽろっ。


 石が抜けた。


 その瞬間、穴の奥から水が流れる音が大きくなった。


 ちゃぷちゃぷちゃぷ……!


「わっ!」


 小さな穴から水が勢いよく流れ出してきた。


 白雪は慌てて後ろへ下がる。


 水は窪地の地面を伝い、浅い水たまりへと流れ込んでいった。


「わあ、水が出てきた!」


 水たまりの水位が少しずつ上がっていく。


 その水面に、青白い光が揺れた。


「やっぱり奥に何かあるんだ!」


 白雪は穴を覗き込む。


 さっきよりも水の流れがはっきり見える。


 入口はまだ狭いが、何かが流れてくるかもしれない。


 白雪は水たまりの中へ手を入れてみた。


 ひんやりと冷たい。


 指先に小さなものが触れた。


「あれ?」


 拾い上げると、透き通った青色の粒だった。


 《水穴晶片》を入手しました。


「おお! 流れてきた!」


 白雪は嬉しそうに粒を眺める。


 そのあとも水たまりの中を探してみると、小さな白い貝殻が見つかった。


 《水穴貝》を入手しました。


「貝もあるんだ!」


 白雪は水面を覗き込む。


 穴の奥から流れてくる水に混じって、何かがきらりと光った。


「今のは何かな?」


 白雪は水の流れを目で追った。


 水たまりの水が少しずつ増えると、周囲に生えていた水草も揺れ始めた。


 その中の一本が、他の草とは違う動きをしている。


 風が吹いていないのに、葉先だけがゆらゆらと揺れていた。


「この草、変だね」


 白雪は近づき、葉に触れてみる。


 すると、葉の表面から小さな泡が浮かび上がった。


 ぷくっ。


「泡だ!」


 もう一度触れる。


 ぷくぷくっ。


 今度は二つの泡が浮かび、水面で弾けた。


「面白い!」


 白雪は葉をそっと持ち上げてみる。


 水滴がころころと転がり、葉の先から落ちた。


 《泡水草》を入手しました。


「泡水草……泡が出る草なんだね!」


 白雪は採取した草を袋にしまった。


 そのとき、穴の奥から小さな影が流れてきた。


「ん?」


 水面に浮かんだのは、小さな丸い生き物だった。


 白い体に、淡い青色のヒレ。


 背中には水草のような葉がついている。


 第72話で出会った水辺の生き物によく似ているが、少しだけ小さい。


 生き物は水面から顔を出し、白雪を見た。


「こんにちは!」


 白雪が声をかけると、生き物はぷくっと泡を吹いた。


「わあ! かわいい!」


 生き物は水たまりの中をくるりと回り、白雪の指先へ近づいてきた。


 白雪が指を水につけると、鼻先でちょんと触れる。


「ふふっ。くすぐったいよ」


 生き物はそのまま水草の陰へ潜り、すぐに顔を出した。


 そして、穴の奥へ向かって泳いでいく。


「あっ、待って!」


 白雪は水たまりの縁を回り込んだ。


 生き物は穴の入口まで戻ってくると、そこで一度止まった。


 ぷくっ。


 大きな泡をひとつ吐き出す。


 泡は穴の中へ吸い込まれるように流れていった。


「もしかして、向こうに行けるの?」


 生き物はもう一度泡を吹いた。


 白雪は穴を覗き込む。


 水は流れているが、やはり人が通るには狭すぎる。


「うーん。私は入れないねぇ」


 白雪は残念そうに頬を膨らませた。


 そのとき、窪地の反対側にある草むらが揺れた。


 がさっ。


 白雪が振り向く。


 草の中から、小さな茶色のモンスターが現れた。


 《グラスラット》。


 草原に生息する小型モンスターで、普段は臆病だが、餌を取られそうになると攻撃してくる。


 グラスラットは水たまりにいる生き物を見つけると、勢いよく走り出した。


「あっ、危ない!」


 白雪は水辺の生き物を守るように前へ出た。


 グラスラットが飛びかかってくる。


 白雪は横へ跳ぶ。


 ひゅっ。


 攻撃が空を切る。


 すぐに反対側からもう一度飛びかかってきた。


「わわっ!」


 白雪は足元の石を踏み、体をひねって避ける。


 グラスラットは勢い余って水たまりの縁へ突っ込んだ。


 ばしゃん!


「わっ、水が!」


 白雪が驚いている間に、グラスラットは体勢を立て直して再び向かってくる。


「もう!」


 白雪は双短剣を抜いた。


 一撃目を避け、すれ違いざまに短剣を振るう。


 グラスラットの体に刃が当たった。


 それでも相手は止まらない。


 二度目の突進を、今度は少し高く跳んで避ける。


 白雪の体が空中へ浮かぶ。


 そのまま着地し、背後へ回り込んだ。


「そこ!」


 短剣を振り下ろす。


 グラスラットは光の粒になって消えた。


 《グラスラットを討伐しました》

 《グラスラットの毛を入手しました》

 《イベントポイントを獲得しました》


「ふぅ……」


 白雪は短剣をしまう。


「びっくりしたね」


 水たまりを見ると、小さな生き物は水草の陰に隠れていた。


 白雪が近づくと、ゆっくり顔を出す。


「もう大丈夫だよ!」


 生き物はぷくっと泡を吹いた。


 どうやら無事らしい。


 その様子を少し離れた場所から見ていたプレイヤーたちがいた。


「今の戦闘、見たか?」


「見た。水辺の生き物を守ったみたいだな」


「わざわざ前に出てたな」


「でも、動きはかなり速かったぞ」


「装備の効果もあるんだろうけど、あの回避はすごいな」


 白雪は水たまりの生き物と遊んでいる。


 戦闘が終わった途端、さっきまでの緊張感はどこかへ消えてしまったようだ。


「なんか、あの子って不思議だよな」


「うん。戦ってるときと、普段の様子が全然違う」


「本人はイベントの順位を気にしてないのかな?」


「さあ……」


 その頃、白雪は水たまりの中に手を入れ、小さな水草を揺らしていた。


「これ、泡が出るんだよ!」


 ぷくっ。


 生き物も泡を吹く。


「おおー! おそろい!」


 水たまりの水位がさらに上がると、穴の入口付近に小さな石がいくつも浮かんできた。


 白雪はそれを一つずつ拾っていく。


 《水穴晶片》を入手しました。

 《水穴丸石》を入手しました。


「また石!」


 拾った石の中には、表面に細い線が刻まれたものもあった。


 白雪はその石を指でなぞる。


「これ、模様があるね」


 すると、石の表面が淡く光った。


 水たまりの奥で、何かが動く。


 ごぼっ。


 小さな泡がいくつも浮かび上がり、穴の入口から流れ出してきた。


 その泡は水面を漂いながら、窪地の端へ向かっていく。


「あっ、泡が流れてる!」


 白雪は泡を追いかけた。


 泡は水たまりの縁にある小さな溝へ入り、そのまま草の根元へと消えていく。


「どこに行くんだろう?」


 白雪は溝の先を覗き込む。


 そこには、細い水の流れが続いていた。


 どうやら水たまりから流れ出た水が、草の下を通って別の場所へ向かっているらしい。


「水路かな?」


 白雪はその流れを追ってみることにした。


 水路は草の根元を通り、少しずつ低い場所へ続いている。


 途中には小さな石が並び、ところどころに水草が生えていた。


 《水流草》を入手しました。


 さらに少し進むと、草の間に小さな青い花が咲いていた。


 《水路青花》を入手しました。


「この花、きれい!」


 白雪が花に触れると、花びらに乗っていた水滴が一つ落ちた。


 ぽちゃん。


 その音に反応したのか、水路の奥から小さな泡がいくつも浮かび上がってきた。


「わあ、また泡!」


 白雪はしゃがみ込んで泡を追いかける。


 泡は草の下を抜け、少し先にある岩の隙間へ吸い込まれていった。


 その隙間から、淡い青色の光が漏れている。


「……あっ!」


 白雪は顔を近づけた。


 岩の向こうには、まだ見たことのない空間が続いているようだった。


「また何かありそう!」


 白雪は嬉しそうに笑った。


 イベントポイントのことも、ランキングのことも、今は気にならない。


 目の前にある不思議な水路。


 その先に何があるのか。


 それが知りたくて仕方なかった。


 探索祭の一日目は、まだ続いている。


 白雪は青い光の漏れる岩の隙間へ、そっと手を伸ばした。

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