第77話 黄色い花畑と風に揺れる小さな実
「あの花、なんだろう?」
風穴から出てきた白雪は、少し離れた場所に咲いている淡い黄色の花に気づいた。
草原のあちこちに花は咲いているけれど、あの花は少し違う。
細長い茎の先に、小さな花がいくつも集まっている。風が吹くたびに、花が一斉に揺れていた。
「近くで見てみよう!」
白雪は駆け出した。
風穴で見つけたものを袋にしまったばかりなのに、もう次のものが気になっている。
花の近くまで来ると、甘くて爽やかな香りがした。
「いい匂い!」
しゃがみ込んで花を眺める。
花びらは五枚。中心には小さな黄色い粒が集まっている。
指先でそっと触れると、花が小さく揺れた。
《風鈴黄花》を入手しました。
「風鈴黄花……?」
白雪は名前を確かめるように口にした。
「風鈴みたいに揺れるからかな?」
もう一度、花を見る。
風が吹く。
さらさらと花が揺れ、かすかな音が聞こえた気がした。
「ん?」
耳を近づける。
ちりん……。
「わっ、音がする!」
花が揺れるたび、鈴を鳴らしたような小さな音が響いている。
白雪はその場にしゃがんだまま、しばらく花の音を聞いていた。
ちりん、ちりん。
風が弱くなると音も小さくなり、強く吹くと少しだけ大きくなる。
「かわいい音だねぇ」
そのとき、花畑の向こう側で何かが動いた。
草の間から、小さな丸いものがころころと転がってくる。
「あっ、実かな?」
白雪は手を伸ばして受け止めた。
淡い黄色の殻に包まれた、小さな木の実だった。
《風鈴の実》を入手しました。
「これも風鈴って名前なんだ!」
白雪は実を鼻に近づける。
甘い香りがする。
「食べられるかな?」
少しだけ迷ったあと、白雪は小さくかじってみた。
ぱきっ。
口の中に、甘さとほんの少しの酸味が広がる。
「おいしい!」
続けてもう一口。
しゃりしゃりとした食感で、後味はすっきりしていた。
「これ、好き!」
《味覚》の熟練度が上昇しました。
白雪は残りを袋にしまい、花畑の中を歩き始めた。
花畑は思っていたより広かった。
黄色い花だけでなく、白い花や薄い青色の花も混じっている。
その中を歩いていると、足元で小さな音がした。
ころん。
白雪が立ち止まる。
ころころ。
今度は少し離れた場所から聞こえた。
「ん? 何か転がってる?」
周囲を見回すと、草の間を小さな黄色い実が転がっていた。
風に押されているようだ。
白雪はその実を追いかける。
ころころ、ころころ。
実は花の根元を通り抜け、少し盛り上がった地面の向こうへ転がっていく。
「待ってー!」
白雪は追いかけて、地面の盛り上がりを越えた。
その先には、小さな窪地があった。
周囲を草に囲まれ、中央には浅い水たまりがある。
水面には黄色い花びらが浮かんでいた。
「わあ、水がある!」
白雪はしゃがみ込む。
水は透き通っていて、底の小石まで見える。
水たまりの縁には、小さな丸い葉がいくつも生えていた。
《風水葉》を入手しました。
「こっちは葉っぱ!」
葉の表面には水滴が乗っている。
白雪が指で触れると、水滴がころんと転がった。
「おもしろい!」
水滴を指先で追いかけていると、葉の裏側に小さな白い粒がついているのを見つけた。
《露珠の粒》を入手しました。
白雪は水たまりの中も覗き込んだ。
底には小さな魚が泳いでいる。
「あっ、魚!」
魚は白っぽい体に黄色い尾びれを持ち、水面近くをゆっくり泳いでいた。
白雪が指を近づけると、魚はすっと離れていく。
「逃げちゃった」
少し待ってみる。
魚は再び戻ってきた。
「こんにちはー」
もちろん返事はない。
白雪はしばらく魚を眺めていた。
すると、魚の尾びれが水面に触れ、小さな輪が広がった。
その輪に風が当たり、水面がきらきらと揺れる。
「きれい……」
白雪はその様子に見入っていた。
「おい、あそこに誰かいるぞ」
少し離れた草原を歩いていたプレイヤーが、窪地にいる白雪を見つけた。
「あの白い装備の子じゃないか?」
「また何か見つけたのか?」
「今度は水たまりを覗いてるみたいだな」
プレイヤーたちは近づいてみる。
白雪は水面を指でつついていた。
「何をしてるんだろう……」
「魚を見てるんじゃないか?」
「イベント中だよな?」
「そうだけど」
そのとき、水たまりの中から魚が跳ねた。
ぴしゃん!
白雪の頬に水滴が飛ぶ。
「わっ!」
白雪は驚いて目をぱちぱちさせた。
魚は水の中へ戻り、何事もなかったように泳いでいる。
「びっくりしたぁ……」
プレイヤーたちは思わず笑った。
「楽しそうだな」
「ポイント稼ぎというより、普通に遊んでるように見える」
「それでポイントが入ってるんだから不思議だよな」
白雪は周囲の視線に気づかないまま、水たまりの縁を調べていた。
水たまりの奥には、小さな石が並んでいた。
白雪はそのうちの一つを拾い上げる。
丸くて、表面がつるつるしている。
《風水丸石》を入手しました。
「きれいな石!」
もう一つ拾おうとすると、石の下から小さな虫が出てきた。
「わっ!」
虫は白雪の指先を避けるように走り、近くの草の根元へ隠れた。
「こんにちは。びっくりさせちゃった?」
白雪は石を元の場所に戻し、虫が隠れた草を覗き込む。
その根元には、小さな黄色い花が咲いていた。
《水辺風花》を入手しました。
「こんなところにも花があるんだね」
花を採取して袋にしまう。
そのとき、風が吹いた。
窪地の草が一斉に揺れ、水たまりの表面に細かな波が広がる。
黄色い花びらが水面を流れ、窪地の端にある小さな穴へ吸い込まれていった。
「あれ?」
白雪は花びらの行き先を目で追う。
穴は水たまりのすぐ横に開いていた。
水が流れ込むほど大きくはないが、花びらは一枚ずつ穴の中へ入っていく。
「どこに行くんだろう?」
白雪は穴の前にしゃがみ込んだ。
奥からは、かすかに水の音が聞こえる。
ちゃぷ……ちゃぷ……。
「水があるのかな?」
近くに落ちていた細い草の茎を拾い、穴に差し込んでみる。
先端が何かに触れた。
こつん。
少し動かすと、今度は水に触れたような音がする。
ちゃぷっ。
「やっぱり水がある!」
白雪は目を輝かせた。
穴は狭く、手を入れることもできない。
けれど、奥には水が流れているらしい。
「どうしようかなぁ」
白雪は周囲を見回す。
穴の上には、細い根が何本も伸びていた。
そのうち一本に、小さな白い実がついている。
「これも採れるかな?」
手を伸ばして実を取る。
《風根の実》を入手しました。
白雪は実を眺め、少しだけかじってみた。
しゃりっ。
甘さは控えめで、ほんのりとした苦味がある。
「んー……ちょっと苦い」
それでも、食べられないほどではなかった。
「でも、さっきの風鈴の実の方がおいしいかな」
白雪は残りを袋にしまった。
一方、北の森では黒羽が木の根の奥にある空間へ入っていた。
根の隙間に隠れていたのは、小さな岩のくぼみだった。
中には紫色の鉱石と、細長い葉が生えている。
「ここも未発見の場所ね」
黒羽は周囲の足場を確認してから、慎重に採取を始める。
《根陰紫晶》を入手しました。
《根絡み葉》を入手しました。
「鉱石も葉も新しいもの……悪くないわ」
黒羽は地図を確認した。
探索した範囲は少しずつ広がっている。
ただ、まだ森の奥には未探索の場所が残っていた。
「一日目で全部回れるとは思っていないけれど……」
そう呟いて、次の場所へ向かう。
山岳地帯では、ユウマが岩場の上で小休憩を取っていた。
先ほど追いかけた鳥型モンスターは、岩山の向こうへ飛んでいってしまった。
その先には細い道が続いていたが、足場が悪い。
「無理に追いかける必要はないか」
ユウマは周囲を見渡す。
岩壁の途中に、少しだけ色の違う場所があった。
近づいてみると、岩の表面に小さな傷がいくつもついている。
「……何かが通った跡か?」
剣の柄で軽く叩いてみる。
こん。
一部分だけ、音が違った。
ユウマは岩の周囲を調べ始める。
戦闘だけではなく、こういう発見もイベントの得点につながる。
「ここも調べてみるか」
白雪は水たまりの穴をまだ覗き込んでいた。
「奥に何があるのかなぁ」
穴の中から、風がわずかに吹き出している。
水の音も聞こえる。
白雪はもう一度、細い草の茎を差し込んだ。
今度は少し奥まで届いた。
先端を左右に動かすと、何かに引っかかる。
「ん?」
ゆっくり引き抜く。
茎の先には、小さな青い葉が絡まっていた。
《水穴葉》を入手しました。
「あっ、葉っぱが取れた!」
白雪は葉を袋にしまう。
そして、穴の奥をもう一度覗いた。
暗くてよく見えない。
けれど、奥には淡い青色の光が見えた気がした。
「……あれ?」
目を凝らす。
光はすぐに見えなくなった。
白雪は少し考えたあと、にっこり笑った。
「また面白そうなところを見つけちゃった!」
イベントポイントのことは、すっかり忘れている。
今は、この穴の奥が気になって仕方がない。
白雪は周囲を見回し、入口を広げられそうな場所がないか探し始めた。
探索祭の一日目は、まだ続いている。
草原の小さな窪地には、まだ誰も知らない水の通り道が隠れているようだった。




