第76話 小さな穴の奥に隠れていた風の通り道
「もうちょっと奥があるのかな?」
白雪は草原に開いた小さな穴を覗き込んでいた。
穴は人が入れるほど大きくない。
けれど、奥から風が吹いてくる。ときどき白い綿毛まで飛び出してくるのだから、何かがあるのは間違いなさそうだった。
「うーん……」
白雪は穴の周りに落ちていた小石を拾った。
先ほど一つ投げ入れたとき、奥から転がる音が返ってきた。
もう一度、今度は少し大きめの石を入れてみる。
ころん、ころん……。
「おお。さっきより音が長い!」
石が奥へ転がっていったらしい。
白雪は穴の入口に顔を近づけ、耳を澄ませた。
ひゅうう……。
風の音に混じって、かすかに何かが揺れる音が聞こえる。
「中に何かあるね!」
どうにかして奥を見たい。
白雪は穴の周囲を調べ始めた。
入口の上には草が生えている。左右には小さな石が並び、少し離れたところには、さっき見つけた風綿草も生えていた。
「この石、さっきの場所にもあったような……」
白雪は石を一つずつ触ってみる。
右側の石は冷たい。
左側の石は少し温かい。
そして、入口のすぐ横にある平たい石だけ、表面に細い溝が刻まれていた。
「これ、模様かな?」
指先で溝をなぞる。
すると、穴の奥から風が強く吹き出した。
ふわっ!
「わっ!」
白雪の髪が大きく揺れる。
風は一瞬で弱まり、再び静かになった。
「今の、反応したのかな?」
白雪はもう一度、平たい石に触れる。
今度は何も起こらない。
「んー?」
石を少し押してみる。
動かない。
反対側から押してみる。
それでも動かない。
白雪は首を傾げた。
「じゃあ、こっちかな?」
今度は溝に沿って指を滑らせる。
カチッ。
小さな音がした。
直後、地面の下から風が流れ始める。
ひゅううう……!
穴の周囲に生えていた草が、一斉に同じ方向へ傾いた。
そして、入口のすぐ横にあった土が少しだけ沈み込んだ。
「あっ!」
白雪が覗き込むと、穴の入口がほんの少し広がっていた。
人が通れるほどではない。
けれど、奥から吹いてくる風は明らかに強くなっている。
「おおー! 開いた!」
白雪は嬉しそうに手を叩いた。
穴の入口が広がったことで、中の様子が少しだけ見えるようになった。
奥には細い通路が続いている。
壁は土と石でできていて、ところどころに淡い青色の鉱石が埋まっていた。
「きれいな色!」
白雪は入口に手を差し入れてみる。
指先が届く範囲には、何もなかった。
もう少し奥を見ようと体を低くする。
しかし、頭を入れるには狭すぎる。
「うーん。入れないね」
白雪はしばらく考えた。
それから、近くに落ちていた細い枝を拾う。
「これなら届くかな?」
枝を穴に差し込み、壁を軽く叩いてみる。
こん。
こん。
音が違う場所があった。
そこだけ空洞になっているようだ。
白雪は枝を左右に動かし、空洞の位置を確かめる。
すると、枝の先に何かが引っかかった。
「ん?」
ゆっくり引き抜く。
先端には、小さな青い石がついていた。
《風穴青石》を入手しました。
「わあ! 石が取れた!」
白雪は青石を光にかざした。
透き通った青色の中に、白い筋が一本走っている。
「これ、風が通るところにあったんだね」
そのまま枝をもう一度差し込んでみる。
今度は、奥から小さな葉っぱが引っかかって出てきた。
《風穴葉》を入手しました。
「葉っぱもあった!」
白雪は袋にしまう。
そのとき、通路の奥から何かが動く音が聞こえた。
ころころ……。
「ん?」
白雪が耳を澄ませる。
ころん。
何かが転がってきた。
そして、入口のすぐ近くまで来たところで止まった。
白雪は手を伸ばし、それを拾い上げる。
小さな白い丸石だった。
表面には、風車のような模様が刻まれている。
《風輪石》を入手しました。
「これも石だ!」
白雪は嬉しそうに眺める。
どうやら、穴の奥にはまだ何かがあるらしい。
「もっと見たいなぁ」
けれど、今の入口からではどうしても入れない。
白雪は少しだけ頬を膨らませた。
「あとちょっとなのに」
そのとき、頭上から小さな鳴き声がした。
「きゅっ」
見上げると、風綿リスが岩の上に座っていた。
「あっ! 風綿リスちゃん!」
風綿リスは白雪を見下ろし、何度か尻尾を揺らす。
それから、穴の近くへぴょんと飛び降りた。
「ここに来たことあるの?」
風綿リスは穴の入口に鼻を近づけた。
ふすふす。
そして、少し離れた場所へ移動する。
そこには、白雪がまだ触っていない小さな石があった。
風綿リスはその石に前足を乗せる。
ころん。
石が少し傾いた。
カチッ。
「えっ?」
白雪が振り返る。
穴の入口の周囲で、何かが動いた。
地面に隠れていた小さな石板が浮かび上がり、入口の一部がさらに開いていく。
ゴゴゴ……。
土が崩れないように、石の壁が左右へ引っ込んだ。
「わああ!」
今度は、白雪がしゃがんで通れるくらいの大きさになった。
「風綿リスちゃん、すごい!」
風綿リスは得意げに胸を張ったように見えた。
白雪はその頭をそっと撫でる。
「ありがとう!」
風綿リスは満足したのか、白雪の手に鼻をこすりつけてから草むらへ戻っていった。
「よーし!」
白雪は入口の前に立った。
通路は狭いが、進めないほどではない。
中からは涼しい風が吹いている。
「ちょっとだけ見てこよう!」
白雪は腰を低くして、通路の中へ入った。
壁には青い鉱石が点々と埋まっている。
足元は土で柔らかく、ところどころに小さな石が転がっていた。
白雪は壁に手を添えながら、ゆっくり進む。
「思ったより長いね」
通路は緩やかに下へ続いていた。
途中には、風が吹き抜ける小さな穴がいくつもある。
ひゅう、ひゅう。
場所によって音が違う。
白雪は一つの穴に耳を近づけた。
ぴゅうう……。
「鳥の鳴き声みたい!」
別の穴では、低い音が鳴った。
ぼおお……。
「こっちは大きい音!」
そんなことをしているうちに、白雪は通路の奥へたどり着いた。
そこには小さな空間が広がっていた。
天井にはいくつもの穴があり、外から入った風が部屋の中を巡っている。
中央には、丸い石がひとつ。
その周囲には、淡い青色の草が生えていた。
「わあ……!」
白雪は目を輝かせた。
草は風が吹くたびに葉を広げ、閉じるように揺れている。
《風穴草》を入手しました。
さらに、壁際には小さな白い花が咲いていた。
《風穴白花》を入手しました。
「こっちもかわいい!」
白雪は花を眺めたあと、中央の丸い石へ近づいた。
石の表面には、いくつもの細い溝が刻まれている。
指で触れると、かすかに振動した。
「これ、動くのかな?」
両手で押してみる。
ぐっ。
石は少しだけ回転した。
その瞬間、天井の穴から吹き込む風の向きが変わった。
ふわあっ!
部屋の中に風が渦巻く。
白雪のマントが大きく広がった。
「わわっ!」
体が少し浮き上がる。
白雪は慌てて足を動かし、壁際へ移動した。
やがて風は弱まり、中央の石の表面に淡い光が浮かぶ。
《風向感知》の熟練度が上昇しました。
「あっ、スキルが上がった!」
白雪はメッセージを確認して、嬉しそうに笑った。
さらに、部屋の隅に小さな石のくぼみが現れている。
中には、青白い粒がいくつか入っていた。
《風晶粒》を入手しました。
「これもきれい!」
白雪はひとつを指先に乗せ、光にかざす。
すると、粒の中で小さな風の筋が動いたように見えた。
「不思議だねぇ」
しばらく眺めてから、袋にしまう。
その直後、システムメッセージが表示された。
《未発見の小規模地形を発見しました》
《イベントポイントを獲得しました》
「やった! また見つけた!」
白雪は両手を上げて喜んだ。
イベント会場のランキング表示を見ていたプレイヤーたちも、新しい発見情報に気づいていた。
「また白雪って名前が出てるぞ」
「今度は風穴だって?」
「さっきの丘の近くじゃないか?」
「どれだけ寄り道してるんだ……」
「しかも、同じ場所から続けて発見してるみたいだな」
「何か特別なルートでも見つけたのか?」
「いや、本人の行動を見た人によると、穴に枝を突っ込んでたらしい」
「枝?」
「そう。何してるんだって思ったら、そこからアイテムが出てきたとか」
プレイヤーたちは顔を見合わせた。
「……真似したら見つかるかな?」
「まず、あの子がどうやって穴を見つけたのかが分からないだろ」
「それもそうだな」
一方、白雪はそんな話題になっていることなど知らず、風穴の中をもう一度見回していた。
「ここ、面白かったなぁ」
中央の石をもう一度押してみる。
今度は風向きが少し変わるだけで、特別なことは起こらなかった。
「もう一回やっても同じかな?」
白雪は何度か石を回してみた。
そのたびに風が吹き、マントが揺れる。
「ふふっ。風がいっぱい!」
やがて白雪は風穴を出た。
外はまだ明るく、草原には柔らかな風が吹いている。
「いっぱい遊んだね!」
白雪は袋の中を確認する。
風穴青石、風穴葉、風輪石、風穴草、風穴白花、風晶粒。
それから、風綿草や風丘青実、風綿の木の実。
「今日もいろいろ見つけた!」
袋の中身は相変わらずまとまりがない。
けれど、白雪はそれを気にしていなかった。
そのとき、遠くからイベントの案内音が聞こえてきた。
《探索祭・一日目の中間ランキングを更新しました》
白雪の視界の端に、小さな通知が表示される。
「ランキング?」
白雪は少しだけ立ち止まった。
順位を確認すると、上位に自分の名前がある。
「へえ……」
一瞬眺めたあと、すぐに視線を戻した。
「それより、あっちの草が気になる!」
少し離れた場所に、風で揺れる淡い黄色の花が見えたのだ。
白雪はまた走り出す。
イベント一日目は、まだ終わらない。
そして、白雪の寄り道はまだまだ続いていく。




