第75話 風に飛ばされた綿毛と草原の小さな住人
「あっちかな?」
白雪は空を見上げながら、風に乗って飛んでいった綿毛を追いかけていた。
白い綿毛は、ふわふわと揺れながら草原の上を漂っている。
風が吹くと右へ流れ、弱まるとゆっくりと下へ落ちていく。
「待ってー!」
白雪は走る速度を少し落とし、綿毛の動きを目で追った。
速く走りすぎると、風に流されて見失ってしまう。
だから、綿毛がどちらへ向かうのかを見ながら追いかける。
「右、右……あっ、左!」
綿毛がふわりと方向を変えた。
白雪も慌てて向きを変える。
そのとき、草むらから小さな生き物が飛び出してきた。
「わっ!」
白雪は急ブレーキをかけた。
目の前にいたのは、丸い体に短い手足を持つ白い生き物。
背中には、綿毛のような柔らかい毛が生えている。
その生き物は白雪を見上げると、鼻をひくひくと動かした。
「こんにちは!」
白雪がしゃがんで挨拶すると、生き物は首を傾げた。
そして、ぴょこんと跳ねる。
「わあ、かわいい!」
白雪が手を伸ばすと、生き物は逃げることなく、指先に鼻を近づけた。
ふすふす。
「くすぐったいよ」
その間に、追いかけていた綿毛はさらに遠くへ飛んでいってしまった。
「あっ! 綿毛!」
白雪が空を見上げる。
すると、小さな生き物も同じ方向を見た。
ぴょん。
生き物は一度跳ねると、綿毛の飛んでいった方向へ走り始めた。
「あれ? そっちに行くの?」
ぴょん、ぴょん。
「待ってー!」
今度は綿毛ではなく、生き物を追いかけることになった。
小さな生き物は、草の間を器用に走り抜けていく。
白雪もその後を追いかける。
「速いねー!」
生き物は時々立ち止まり、白雪が追いつくとまた走り出した。
まるで遊んでいるようだった。
やがて、草原の一角にある低い岩のそばで止まる。
そこには、白い綿毛がいくつも集まっていた。
「わっ! いっぱいある!」
風に飛ばされてきた綿毛が、岩のくぼみに溜まっているらしい。
白雪が近づくと、小さな生き物は綿毛の中に顔を突っ込んだ。
ふすふす、ふすふす。
「なにしてるの?」
生き物が顔を上げる。
鼻の周りに綿毛がついていた。
「ふふっ。いっぱいついてるよ」
白雪は指先で綿毛を取ってあげた。
生き物は気持ちよさそうに目を細める。
その様子を見て、白雪は岩のくぼみに手を伸ばした。
ふわふわ。
触ってみると、とても柔らかい。
「これ、草なのかな?」
綿毛の根元を探ると、小さな植物が岩の隙間に生えていた。
《風綿草》を入手しました。
「風綿草!」
白雪は一つ採取して、残りはそのままにしておいた。
さらに、岩の裏側には小さな青い実がいくつか実っている。
《風丘青実》を入手しました。
「こっちもある!」
ひとつ手に取り、匂いを嗅いでみる。
甘い香りがした。
「おいしそう……」
白雪は少しだけかじった。
ぱきっ。
口の中に、爽やかな甘さが広がる。
「おいしい!」
《風丘青実》を食べました。
《満腹度》が少し回復しました。
「この実、好きかも!」
もうひとつ食べようとしたところで、小さな生き物が白雪の手元を見つめていた。
「食べたいの?」
白雪は実をひとつ差し出す。
生き物は鼻を近づけ、くんくんと匂いを嗅いだあと、ぱくりと食べた。
「おいしい?」
ぴょこん。
どうやら気に入ったらしい。
白雪は嬉しそうに笑った。
しばらく生き物と遊んでいると、背中の綿毛がふわりと浮き上がった。
「ん?」
生き物の体が、風に持ち上げられるように少しだけ浮く。
そして、ぽよんと地面に着地した。
「わあ! 浮いた!」
白雪も真似をして、その場で軽く跳んでみる。
もちろん、自分の体が浮くわけではない。
「どうやってるんだろう?」
生き物はもう一度跳ねた。
今度は少し高く浮かび、ゆっくりと着地する。
白雪はその動きをじっと見つめる。
背中の綿毛が風を受け、落ちる速度を緩めているようだった。
「ふわふわのおかげかな?」
白雪は生き物の背中に触れようとした。
しかし、綿毛は思ったよりも繊細で、指先で触れるとふわりと逃げてしまう。
「あっ、逃げちゃった」
生き物は気にする様子もなく、また跳ねた。
白雪も一緒に跳ぶ。
ぴょん。
ぽよん。
ぴょん。
ぽよん。
いつの間にか、二人で跳ね比べをしていた。
「えへへ、楽しい!」
そのとき、システムメッセージが表示される。
《生物の動きを観察しました》
《新しいスキル《跳躍観察》を習得しました》
「えっ?」
白雪はメッセージを見て、目を瞬かせた。
「跳躍観察……?」
どうやら、生き物の跳ね方を何度も見ていたことが関係しているらしい。
「観察するとスキルになるんだね!」
白雪は新しいスキルを確認してから、小さな生き物を見た。
「ありがとう!」
生き物は、ぴょこんと一度跳ねた。
その頃、草原の別の場所では、何人かのプレイヤーが白雪の姿を見つけていた。
「あれ、白い装備の子じゃないか?」
「そうだな。何か小さい生き物と遊んでるぞ」
「モンスターじゃないのか?」
「攻撃してくる様子はないみたいだな」
遠くから様子を見ていると、白雪は小さな生き物と一緒に跳ねていた。
「……何してるんだ?」
「さあ」
「イベント中だよな?」
「そうだな」
「ポイント稼ぎじゃないのか?」
「本人は楽しそうだけどな」
プレイヤーたちは苦笑しながら、その様子を眺めていた。
一方、白雪は小さな生き物の背中に綿毛がついているのを見つけ、そっと取っていた。
「これ、さっきの草の綿毛と同じだね」
生き物は気持ちよさそうに目を細める。
すると、白雪の前に小さなアイコンが表示された。
《風綿リス》を発見しました。
「あっ、名前が分かった!」
白雪は嬉しそうに名前を口にする。
「風綿リスちゃん!」
風綿リスは白雪の足元をくるりと回り、近くの岩の上へ跳び乗った。
そして、岩の隙間に鼻を突っ込む。
「ん?」
白雪も近づいて覗き込んだ。
岩の奥には、小さな木の実がいくつか転がっていた。
風綿リスはそのうちのひとつをくわえると、白雪の前に置いた。
「くれるの?」
ぴょこん。
白雪は木の実を拾い上げる。
《風綿の木の実》を入手しました。
「ありがとう!」
風綿リスは満足そうに跳ねると、草むらの中へ走っていった。
「あっ、待って!」
白雪が追いかけようとしたとき、風綿リスは振り返り、少しだけこちらを見た。
それから、草の中に隠れてしまった。
「またねー!」
白雪は手を振った。
一方、北の森。
黒羽は、木々の間にある小さな水場を調べていた。
水面には薄い膜のようなものが浮かび、風が吹くたびに揺れている。
「水の表面に何かあるわね」
黒羽は近くの枝を使って、そっと膜をすくい上げた。
《風水膜》を入手しました。
「水に関係する素材かしら」
袋にしまい、周囲を見回す。
水場の奥には、木の根が複雑に絡み合った場所がある。
その隙間から、かすかな光が漏れていた。
「また隠し場所?」
黒羽は周囲の足場を確認し、根を傷つけないように慎重に近づいていく。
一方、山岳地帯のユウマは、小型モンスターとの戦闘を終えていた。
「ふぅ……」
剣をしまい、回復薬を使う。
そのまま先へ進もうとしたところで、岩の上に小さな影が見えた。
鳥のような姿をしたモンスターが、こちらを見下ろしている。
「今度は鳥か」
ユウマが近づくと、鳥は岩の向こうへ飛び去った。
「逃げるのか?」
少し考えたあと、ユウマは鳥が飛んでいった方向を確認する。
その先には、まだ足を踏み入れていない山道が続いていた。
「……追ってみるか」
ユウマもまた、新しい場所へと進んでいった。
草原では、白雪が風綿リスの消えた草むらを眺めていた。
「また会えるかな?」
手の中には、風綿リスからもらった木の実がある。
白雪はそれを袋にしまい、周囲を見回した。
すると、少し離れた場所で、草が不自然に揺れていることに気づいた。
風は吹いていない。
それなのに、草の一部分だけがゆらゆらと動いている。
「……ん?」
白雪はしゃがみ込み、草の根元を覗き込んだ。
そこには、小さな穴が開いていた。
穴の奥から、かすかに風が吹いている。
「また穴だ!」
白雪は嬉しそうに目を輝かせる。
穴は人が入れるほど大きくはない。
けれど、奥には淡い光が見えていた。
「何があるんだろう?」
白雪は地面に手をつき、穴の中を覗き込む。
その瞬間、奥から小さな音が聞こえた。
ころん。
何かが転がったような音。
「石かな?」
白雪はさらに顔を近づけた。
すると、穴の奥から風が吹き出し、白い綿毛がひとつ飛び出してきた。
「あっ!」
それは、さっき追いかけていたものとよく似た綿毛だった。
白雪は両手で受け止める。
「ここから出てきたんだ!」
今度は綿毛を追いかけるのではなく、穴の中が気になり始めた。
白雪は穴の周りをぐるりと回り、入口の近くに落ちていた小さな石を拾う。
「これ、入るかな?」
石を穴に近づける。
ころん。
石は中へ転がっていった。
少し待つ。
ころん、ころん。
奥から音が返ってきた。
「わあ! 奥まで続いてる!」
白雪は楽しそうに笑った。
イベントポイントのことは、もう頭の片隅に追いやられている。
目の前にある不思議な穴。
その奥に何があるのか。
今の白雪にとっては、それが一番気になることだった。
「よーし。もうちょっと調べてみよう!」
探索祭の一日目は、まだ続いている。
そして白雪の寄り道は、また新しい場所へとつながろうとしていた。




