第74話 風の音を追いかけて見つけた小さな広場
「次はどっちに行こうかなー?」
丘の石の通路から草原へ戻った白雪は、両手を頭の後ろで組みながら辺りを見回していた。
さっき見つけた小さな空洞は、思っていたより面白い場所だった。
風が笛みたいな音を鳴らす通路に、くるくる回る草。小さな木箱まで見つかった。
「またああいう場所があるといいなぁ」
白雪は丘の斜面を下り、草原の奥へと歩いていく。
走るのも好きだけれど、こうしてのんびり歩くのも悪くない。
風が頬を撫で、草の匂いが鼻をくすぐる。
そのときだった。
ひゅううう……。
「ん?」
少し離れた場所から、笛のような音が聞こえてきた。
さっきの通路で聞いた音に似ている。
けれど、今度はもっと低く、長い音だった。
ひゅうう……ひゅるる……。
「風の音かな?」
白雪は耳を澄ませる。
音は一定ではない。強くなったり弱くなったり、時折、別の音が重なったりしている。
「なんか面白い音!」
気になった。
それだけで十分だった。
白雪は音のする方へ走り出す。
草原の先には、背の高い岩がいくつも並んでいた。
大きなものもあれば、人の背丈ほどのものもある。
岩の間を風が通り抜けるたび、さっきの笛のような音が鳴っていた。
「ここから聞こえてたんだ!」
白雪は一番近くの岩に近づき、ぐるりと回ってみる。
岩の表面には細長い穴がいくつも開いていた。
「穴があるね」
顔を近づける。
ひゅうっ!
「わっ!」
突然、穴から風が吹き出した。
白雪の前髪がふわりと持ち上がる。
「びっくりしたぁ……」
今度は少し離れた岩へ移動する。
こちらの穴は横向きに開いていて、風が通るたびに低い音が鳴る。
ぼおお……。
「こっちは低い音!」
隣の岩では、もっと高い音が鳴っていた。
ひゅるるっ。
「こっちは高い!」
白雪は岩の間を行ったり来たりしながら、音を聞き比べる。
そのうち、風が吹く方向に合わせて岩の周囲を走り回り始めた。
「こっちから吹くと、こっちが鳴るんだね!」
岩の隙間を通り抜ける。
風が背中を押す。
「わっ、速い!」
もう一度、少し離れた場所から走り込む。
今度は横から風が吹き、体がわずかに流された。
「おっとっと!」
白雪は足を踏ん張り、転ばずに着地する。
風は岩の間を抜けるたびに向きを変えているようだった。
しばらく遊んでいると、足元に小さな白いものが落ちているのに気づいた。
「ん? 羽根?」
拾い上げると、羽根の先端が淡い青色に染まっている。
《風鳴り鳥の羽根》を入手しました。
「鳥の羽根だ!」
白雪は羽根を光にかざす。
薄い青色が透けて、とても綺麗だった。
その直後、岩の上から小さな影が飛び立った。
「あっ!」
白い体に淡い青色の翼。
小鳥のような姿をした生き物が、風に乗って岩の上を滑るように飛んでいる。
「さっきの羽根の鳥かな?」
白雪はその小鳥を目で追った。
小鳥は岩の間をくぐり、少し離れた場所にある大きな岩の上へと止まる。
そして、こちらを振り返った。
「待ってー!」
白雪が近づくと、小鳥は再び飛び立った。
追いかける。
小鳥は高く飛ぶわけではない。風に乗って、岩の間をすいすいと移動している。
白雪も岩を足場にして跳び、距離を縮めようとする。
「もうちょっと!」
けれど、小鳥はひらりと方向を変え、白雪の手が届かないところへ逃げてしまった。
「むー。速いなぁ」
白雪が立ち止まると、小鳥は少し先の岩に止まった。
まるで、ついてきてと言っているようだった。
「もしかして、案内してくれるの?」
小鳥は首を傾げる。
「行ってみよう!」
白雪は再び走り出した。
小鳥を追いかけて岩場を抜けると、そこには少し開けた場所があった。
周囲を岩に囲まれた、小さな広場。
地面には短い草が生え、中央には丸い石がいくつも並んでいる。
風は岩場の外よりも強く、広場の中をぐるぐると回っていた。
「わあ……!」
白雪は広場の中央に立ち、両手を広げた。
ふわっ。
風がマントを持ち上げる。
もう一度、風が吹く。
今度は足元から吹き上がり、髪がふわりと舞った。
「なんだか浮きそう!」
もちろん、本当に浮くわけではない。
けれど、体が少し軽くなったような感覚がある。
白雪はその場でぴょんと跳んでみた。
ふわっ。
いつもより、ほんの少しだけ長く空中に留まった気がした。
「おおっ!」
もう一度跳ぶ。
今度は横から風が吹き、着地する位置が少しずれた。
「わわっ!」
白雪は空中で体をひねり、なんとか足から着地する。
《落下制御》の補助もあって、転ぶことはなかった。
「風で動くの、面白い!」
そのまま何度か跳んでみる。
高く跳びすぎると風に流されるし、低く跳ぶとあまり変化がない。
どうやら、風の強さや向きによって動きが変わるらしい。
白雪はそれを確かめるように、広場の中を跳び回った。
その様子を、岩場の外から見ていたプレイヤーがいた。
「……あの子、何してるんだ?」
「跳んでるな」
「それは見れば分かるけど、なんであんなに何回も?」
「何かのギミックじゃないか?」
「いや、普通に遊んでるように見えるぞ」
プレイヤーたちは少し離れたところから様子をうかがっていた。
白雪はそんな視線に気づかず、広場の中央にある丸い石へ近づいていた。
石は全部で五つ。
大きさも形も少しずつ違う。
「これも何かあるのかな?」
白雪は一つ目の石に腰掛けてみる。
何も起こらない。
二つ目の石に触る。
何も起こらない。
三つ目に触れたとき、石の表面から小さな音が鳴った。
ぽん。
「ん?」
もう一度触る。
ぽん。
まるで、空洞のある木を叩いたような音だった。
白雪は他の石も叩いてみる。
ぽん、こん、ぽん。
それぞれ違う音が鳴る。
「楽器みたい!」
五つの石を順番に叩いてみる。
ぽん、こん、ぽん、こん、ぽん。
風が吹き抜けた。
すると、石の音が重なり、広場全体に澄んだ音色が響き渡った。
キィィン……。
「わあ!」
白雪が驚いていると、石の周囲に淡い光が浮かび上がる。
地面に細い模様が広がり、中央の石がゆっくりと沈んだ。
カチッ。
広場の端に、小さな穴が開く。
「また何か出てきた!」
白雪は迷わず近づいた。
穴の中には、小さな石のかけらがいくつか入っている。
《風鳴り石片》を入手しました。
「石だ!」
ひとつ取り出して耳元に近づける。
すると、かすかに風の音が聞こえた。
「これ、音がするんだね」
白雪は石片を袋にしまった。
その直後、システムメッセージが表示される。
《未発見の地形を発見しました》
《特殊な仕掛けを作動させました》
《イベントポイントを獲得しました》
「おおー! またポイント!」
白雪は表示されたメッセージを見て、嬉しそうに笑った。
イベント会場のランキング表示を見ているプレイヤーたちの間でも、広場の発見情報が話題になっていた。
「今度は岩場の広場か」
「しかも、仕掛けを動かしたらしいぞ」
「どうやって見つけたんだ?」
「知らない。岩の間で跳ね回ってたらしい」
「跳ね回ってたら見つかるものなのか……?」
「さあ……」
一方、別の場所では黒羽が小さな岩棚を調べていた。
「この辺り、風の流れが不自然ね」
岩の隙間から、一定の間隔で風が吹き出している。
黒羽は周囲の地形を確認し、風が抜ける方向を見極めた。
そして、近くにあった小さな木の枝を隙間に差し込む。
枝が風に押され、少しだけ動いた。
「やっぱり、奥に空間がある」
岩の一部を押すと、細い隙間が開いた。
中には小さな空間があり、淡い紫色の鉱石がいくつか埋まっていた。
黒羽は慎重に周囲を確認してから、採取を始める。
「こういう場所は、見落としやすいわね」
彼女は採取した鉱石を袋にしまい、地図に位置を記録した。
山岳地帯のユウマは、岩場の斜面で休憩していた。
先ほどの戦闘で少し体力を消耗している。
回復薬を使い、周囲を見渡す。
遠くに、岩山の頂上へ続く細い道が見えた。
「……あそこはまだ行ってないな」
戦闘相手を探すのもいいが、イベントは探索も重要だ。
ユウマは立ち上がり、剣を背負い直す。
「少し登ってみるか」
岩場を進み始めたところで、上から石が転がってきた。
「うおっ!」
横へ避ける。
続いて、岩の陰から小型モンスターが飛び出してきた。
「休憩は終わりかよ!」
ユウマは剣を抜き、迎え撃つ。
その頃、白雪は広場の端で、風に揺れる小さな草を見つけていた。
細い茎の先に、丸い綿毛のようなものがついている。
風が吹くたびに、綿毛がふわふわと揺れていた。
「これ、飛んでいきそう」
指先でそっと触れる。
ふわり。
綿毛がひとつ、風に乗って空へ舞い上がった。
「あっ、飛んでいっちゃった!」
白雪は空を見上げる。
綿毛は広場の外へ、ゆっくりと流されていく。
「待ってー!」
白雪はまた走り出した。
イベントポイントを稼ぐためでも、ランキングを上げるためでもない。
ただ、飛んでいった綿毛がどこへ行くのか気になったから。
探索祭の一日目は、まだまだ続いている。
そして白雪の寄り道も、まだ終わりそうになかった。




