第73話 草原を吹き抜ける風と小さな石の隠し道
「ばいばーい!」
白雪は水辺にいた小さな水の生き物に手を振った。
青いヒレをぱたぱたと動かした生き物は、ぷくぷくと泡を浮かべながら水の中へ潜っていく。
「また遊ぼうね!」
返事の代わりなのか、水面に大きな泡がひとつ浮かんだ。
白雪は満足そうに頷くと、腰につけた採取用の青い袋を確認する。
「えへへ。今日はいっぱい見つけたね」
袋の中には、石や草花、木の実などが入っている。イベント用に買ったものだが、すでに何がどれだけ入っているのか、本人にもよく分からなくなっていた。
それでも、まだ袋には余裕がある。
白雪は立ち上がり、池の向こうに広がる草原を眺めた。
風が吹くたびに、草が波のように揺れている。
その向こうには、ところどころ岩が顔を出している小高い丘があった。
「あっちも気になる!」
目的地を決めたわけではない。
ただ、なんとなく気になった。
それだけで白雪は走り出した。
「ふふっ、今日はどんなものがあるかなー!」
白と淡い青の装備が風を受け、白蒼のマントがひらりと揺れる。
軽やかな足取りで草原を駆け抜けていく白雪。
その様子を遠くから見ていたプレイヤーが、思わず声を上げた。
「またあの子だ!」
「さっき池のところにいた子?」
「そうそう。今度は丘の方に走っていったぞ」
「何か見つけたのかな?」
「いや、ただ走ってるだけに見えるけど……」
イベント中のプレイヤーたちは、周囲の探索に夢中だ。
それでも、白雪の独特な行動は少しずつ目立ち始めていた。
本人はまったく気にしていない。
「んー?」
丘の手前まで来た白雪は、足を止めた。
草の間に、いくつか小さな石が並んでいる。
大きさは手のひらほど。色も形もばらばらで、特別珍しいものには見えなかった。
けれど、その並び方が少し気になった。
「石が並んでる……」
しゃがみ込んで、一つ目の石に触れる。
ころん。
「普通の石だね」
二つ目。
ころん。
「こっちも普通?」
三つ目。
ころん。
「んー……」
白雪は三つの石を順番に触ったあと、少し考え込んだ。
そして、今度は逆の順番で触ってみる。
ころん、ころん、ころん。
すると。
――カチッ。
「ん?」
足元から、小さな音が聞こえた。
白雪は地面を見下ろす。
さっきまで何もなかった草地に、細い線が浮かび上がっていた。
「わっ! なにこれ!」
線は石の周囲を囲むように伸び、草の下に隠れていた円形の石板を描き出していく。
やがて、石板の中央に小さな風の模様が浮かんだ。
ふわっ。
足元から風が吹き上がる。
「わあっ!」
白雪の髪とマントがふわりと持ち上がった。
その直後、石板の一部がゆっくりと沈み込む。
ゴゴゴ……。
地面が揺れ、丘の斜面に隠れていた石の扉が姿を現した。
「おおー!」
白雪は目を輝かせた。
扉の向こうには、人ひとりが通れそうな細い道が続いている。
「道があった!」
どうして石を触っただけで開いたのか。
白雪は深く考えなかった。
それよりも、向こう側が気になって仕方がない。
「行ってみよう!」
石の道は、丘の内側を通る短い通路だった。
壁には小さな穴がいくつも開いていて、そこから風が流れ込んでいる。
ひゅう、ひゅう。
風が通るたび、壁の穴から笛のような音が鳴った。
「わあ……音がする!」
白雪は壁に近づき、耳を澄ませる。
穴の大きさによって音が違うらしい。
小さな穴は高い音、大きな穴は低い音。
「こっちはぴーって鳴る!」
別の穴に近づく。
「こっちは、ふーって感じ!」
白雪は穴の前を行ったり来たりしながら、音を聞き比べた。
そのとき、壁の隙間から小さな白い羽根が飛び出してきた。
「あっ!」
羽根は風に乗り、通路の奥へふわふわと飛んでいく。
白雪はすぐに追いかけた。
「待ってー!」
通路の先は、小さな空洞になっていた。
天井の一部が開いていて、そこから日差しが差し込んでいる。
中央には、風を受けてくるくる回る小さな石柱。
その周囲には、白い羽根のような葉をつけた草が生えていた。
「かわいい草!」
白雪はさっそく近づいてみる。
葉は風が吹くたびにくるりと回り、まるで小さな羽根が踊っているようだった。
「これ、回るんだね」
そっと指で触れる。
くるん。
葉が一回転した。
その瞬間、草の根元に淡い光が集まる。
《風羽草》を入手しました。
「風羽草……!」
白雪は採取した草を袋にしまい、周囲を見回した。
石柱の近くには、小さな青白い石が落ちている。
拾い上げると、表面に風の模様が刻まれていた。
《風紋晶》を入手しました。
「これもきれい!」
さらに、空洞の隅には小さな白い花が咲いていた。
《丘風花》を入手しました。
白雪は花を眺めてから、ふと思いついたように石柱の周囲を一周した。
風の流れが変わる。
ふわっ。
体が少しだけ軽くなったような感覚がした。
「ん?」
もう一度回る。
今度は石柱の反対側から風が吹き、白雪のマントが反対方向へなびいた。
「おもしろい!」
白雪は何度か周囲を走り回った。
すると、石柱の根元にあった小さな石が転がり、壁際のくぼみに入り込む。
コトン。
カチッ。
「えっ?」
壁の一部が少しだけ開いた。
中にあったのは、小さな木箱。
白雪は両手で取り出し、蓋を開ける。
中には、淡い緑色の小さな結晶がひとつ入っていた。
《風巡りの欠片》を入手しました。
「わあ! 宝物みたい!」
大きな宝箱ではない。
特別な装備でもない。
それでも、白雪にとっては十分に嬉しい発見だった。
その瞬間、システムメッセージが表示される。
《未発見の小規模地形を発見しました》
《イベントポイントを獲得しました》
「えっ、またポイント?」
白雪はメッセージを見て、首を傾げた。
「ここも初めての場所だったんだ!」
そう言うと、すぐに木箱をしまった。
ポイントよりも、見つけたものの方が気になっているらしい。
一方、北の森。
黒羽は木々の根元にしゃがみ込んでいた。
目の前には、地面に半分埋まった小さな石がある。
「……この石、周囲の土と色が違う」
周囲を確認すると、少し離れた場所にも同じような石が見つかった。
黒羽は順番に石を調べていく。
ただし、むやみに触れることはしない。
周囲の木の根、地面の傾斜、風の流れ。
仕掛けがある可能性を考え、ひとつずつ確認していた。
「なるほど。こっちから押すと……」
石を軽く押す。
カチッ。
地面の奥で音がした。
黒羽はすぐに後ろへ下がる。
すると、木の根が絡み合った場所の一部がゆっくりと動き、隠れていた小さな空間が現れた。
「やっぱり仕掛けだった」
中には、紫色の葉をつけた植物と、小さな鉱石があった。
《根紫草》を入手しました。
《根陰鉱》を入手しました。
「どちらも未登録……ポイントになりそうね」
黒羽は周囲をもう一度確認する。
そのとき、背後の茂みが揺れた。
「来たわね」
現れたのは二体の小型モンスター。
黒羽は短剣を構え、片方の攻撃を誘うように一歩だけ前へ出た。
相手が飛びかかってくる。
その瞬間、横へ身をずらす。
もう一体が追撃しようとしたところで、黒羽は木の根を利用して位置を変えた。
二体の動きが重なる。
「そこ」
短剣が一閃。
一体が倒れ、残った一体も続けて仕留めた。
《モンスター討伐ポイントを獲得しました》
「悪くないわね」
黒羽は短剣をしまい、地図を確認した。
まだ調べていない場所は多い。
焦る必要はない。
ひとつずつ、確実に見つけていけばいい。
山岳地帯では、ユウマが岩場を駆け上がっていた。
目の前にいるのは、岩のような甲羅を持つ大型モンスター。
《ロックタートル》。
動きは遅いが、甲羅は硬く、正面からの攻撃はほとんど通らない。
「だったら、隙を狙うだけだ!」
ユウマは剣を構え、ロックタートルの突進を誘う。
地面を削りながら、巨大な体が迫ってきた。
横へ飛び退く。
ロックタートルが岩壁にぶつかり、動きを止めた。
「今だ!」
ユウマは甲羅の隙間から見えた脚へ斬りかかる。
一撃、二撃。
モンスターが体を揺らし、ユウマを振り払おうとする。
「うおっ!」
後ろへ跳び、岩の上に着地。
直後、ロックタートルが再び動き出した。
「まだ倒れないか!」
ユウマは息を整え、剣を握り直す。
何度か攻撃を繰り返し、ようやくロックタートルの体力を削り切った。
《ロックタートルを討伐しました》
《イベントポイントを獲得しました》
「よし!」
ユウマは剣を下ろし、少しだけ笑った。
戦闘によるポイントは順調に増えている。
しかし、周囲を見渡すと、まだ見たことのない岩山がいくつも続いていた。
「……探索も忘れないようにしないとな」
そう呟き、ユウマは次の岩場へ向かった。
その頃、イベント会場のランキング表示を見ているプレイヤーたちの間では、少しずつ話題が広がっていた。
「現在の上位、また順位が動いてるぞ」
「討伐でポイントを稼いでるプレイヤーもいるな」
「探索で一気にポイントを取ってる人もいるらしい」
「白い装備の双短剣の子、また新しい場所を見つけたみたいだぞ」
「えっ、また?」
「さっきまで池にいたと思ったら、今度は丘の中だって」
「どういうルートで動いてるんだ……?」
イベント用の情報表示には、発見された地形の一部が記録されている。
その中に、新たな小規模地形の発見情報が追加されていた。
白雪という名前を見て、何人かのプレイヤーが顔を見合わせる。
「本人は狙ってるのかな?」
「どうだろうな……」
「なんか、狙ってる感じがしないんだよな」
その頃、当の本人はというと。
「この葉っぱ、風が吹くと回るんだよねー」
空洞の中で、風羽草を手に持ってくるくる回していた。
「こっち向きだとどうなるんだろ?」
風が吹く。
葉が回る。
白雪も一緒に回る。
くるん。
「わっ、目が回った!」
自分で回っておいて、少しふらつく。
そして、何事もなかったかのように笑った。
「えへへ。楽しい!」
探索祭の一日目は、まだ終わらない。
白雪は再び石の通路を抜け、草原へと戻っていった。
次に何が見つかるのか。
本人にも、まったく分かっていなかった。




