第70話 イベント前日と町のにぎやかな準備
翌日。
白雪がELOにログインすると、町の広場はいつもより賑やかだった。
普段からプレイヤーの多い場所ではあるが、今日は少し様子が違う。
広場の中央には大きな掲示板が設置され、その周囲には何人ものプレイヤーが集まっていた。
「明日からイベントだからね」
待ち合わせ場所で白雪と合流した黒羽が、掲示板を見ながら言った。
「いよいよ明日だな」
ユウマも掲示板に目を向ける。
そこには、イベントの開始時刻や参加方法、ポイントの獲得条件などが改めて表示されていた。
《未知なる大地の探索祭》
開催期間:ゲーム内三日間。
参加資格:自由参加。
探索、発見、採取、モンスター討伐などによってポイントを獲得できる。
上位入賞者には特別報酬が用意されている。
「明日から三日間か」
「うん。現実時間だと約一日になる予定だね」
黒羽が説明する。
イベント期間中はゲーム内時間の進み方が通常とは異なる。
ゲーム内で三日間過ごしても、現実ではおよそ一日ほどしか経過しない仕組みだ。
「じゃあ、イベント中はいっぱい遊べるね!」
「そういうことだな」
ユウマが頷く。
「でも、今回は個人戦だからね。ポイントも順位も個人ごとに集計されるよ」
「うん!」
白雪は掲示板を見上げた。
ランキングや報酬の説明も書かれている。
けれど、白雪が気になったのは別の部分だった。
「探索って、知らない場所を見つけてもいいんだよね?」
「そうだよ。新しい場所や珍しいものを見つけるとポイントになるみたい」
「じゃあ、いっぱい寄り道できるね!」
「……白雪の場合、いつもと変わらないんじゃない?」
黒羽が笑う。
「そうかな?」
「そうだと思うぞ」
ユウマも同意した。
白雪は少し考えたあと、にっこり笑った。
「じゃあ、明日もいつもどおり遊ぶ!」
「それが一番白雪らしいね」
◇
広場の周囲には、イベントに向けて準備をしているプレイヤーがたくさんいた。
採取道具を確認している人。
回復薬を買い足している人。
装備の耐久度を確認している人。
仲間同士で探索する場所を相談している人もいる。
「北側の森はまだ調べていない場所が多いらしいぞ」
「山の方は強いモンスターがいるらしい。討伐ポイントも狙えるんじゃないか?」
「珍しい鉱石が見つかる場所もあるって聞いたぞ」
そんな会話が聞こえてくる。
黒羽は周囲の話に耳を傾けていた。
「探索場所の候補は、いくつか考えておいた方がよさそうだね」
「私はまだ決めてない!」
白雪は元気よく答える。
「そうだと思った」
「気になるものが見つかったら、そっちに行く!」
「それなら、せめて回復薬の数くらい確認しておこうか」
黒羽が白雪の持ち物を確認するように促す。
白雪はメニューを開いた。
回復薬、状態異常回復薬、採取した植物、鉱石、石、木の実。
そして、いつ入れたのか分からないものまで、たくさん並んでいる。
「いっぱいあるよ!」
「……本当にいっぱいあるね」
黒羽が目を丸くした。
「これだけあれば大丈夫そうだな」
ユウマも頷く。
ただし、白雪の持ち物は種類が多すぎて、必要なものを探すのに時間がかかりそうだった。
「白雪、回復薬はすぐ使える場所に入れておいた方がいいよ」
「分かった!」
白雪は回復薬を取り出し、使いやすい場所へ移動させた。
その途中、見覚えのない小さな実が目に入る。
「あれ? これ何だっけ?」
「どれ?」
黒羽が覗き込む。
《水泡の実》。
「ああ、前に拾ったものだね」
「いつのだろう?」
「結構前じゃないかな」
白雪は実を眺めてから、持ち物に戻した。
「あとで食べよう!」
「今じゃないんだね」
「うん!」
準備は、これで終わりだった。
◇
「そういえば、明日はどうする?」
町の大通りを歩きながら、黒羽が尋ねた。
「私は個人で探索するつもり。自分のペースでポイントを稼ぎたいし、まだ知らない場所も多いから」
「俺も個人で動く。強いモンスターがいる場所を探してみるつもりだ」
「そっか!」
白雪は二人の話を聞いて頷いた。
「白雪は?」
「私は……まだ分からない!」
「だと思った」
黒羽が笑う。
「でも、面白そうな場所があったら行くよ!」
「うん。それでいいと思う」
今回は個人参加型のイベントだ。
三人が一緒に行動する必要はない。
それぞれが自分のやり方で探索し、個人のポイントを獲得する。
イベント中に偶然出会うこともあるかもしれないが、基本的には別々に行動する予定だった。
「じゃあ、イベントが終わったら結果を見せ合おう」
「うん!」
「順位も楽しみだな」
ユウマは少し楽しそうに笑った。
「白雪は順位を気にしていなさそうだけど」
「うーん……」
白雪は少し考えた。
「面白いものが見つかったら嬉しい!」
「やっぱりそっちか」
ユウマは肩をすくめた。
◇
大通りを歩いていると、白雪は小さな露店の前で足を止めた。
木の台には、色とりどりの小さな袋が並んでいる。
「これ、何?」
「採取用の袋だよ。素材を入れておくと、種類ごとに分けやすくなるんだ」
露店の店主が説明してくれた。
「へえー!」
白雪は袋を手に取る。
白い袋、青い袋、緑色の袋。
それぞれに小さな模様が刺繍されていた。
「かわいい!」
「素材を分けるためのものだけど、普通の小物入れとしても使えるよ」
「これください!」
白雪は白い袋と青い袋を一つずつ購入した。
「白雪、整理する気になったの?」
「うん!」
「珍しいね」
「かわいいから!」
「そっちか……」
黒羽は笑いながら、袋を見つめた。
白雪はさっそく、白い袋に花や葉っぱを入れてみる。
青い袋には石や鉱石を入れた。
「おお、分かりやすくなった!」
「ちゃんと使ってるね」
「うん!」
白雪は嬉しそうに袋をしまった。
その後も三人は町を歩き、食料品や道具を眺めて過ごした。
イベント前日とはいえ、白雪にとってはいつもと変わらない楽しい一日だった。
◇
夕方。
三人は町の広場へ戻ってきた。
イベントの掲示板の前には、まだ多くのプレイヤーが集まっている。
「明日からか……」
ユウマが掲示板を見上げた。
「どんな場所が見つかるんだろうね」
黒羽も楽しそうに言う。
「きっと、面白いものがいっぱいあるよ!」
白雪は風車を取り出した。
広場を吹き抜ける風を受け、白い羽根がくるくると回る。
「白雪は明日、どこに行くか決めた?」
「まだ!」
「最後まで決めないんだね」
「だって、明日になったら何か見つかるかもしれないもん!」
白雪は笑った。
イベントのために特別な計画を立てるつもりはない。
気になったものを見つけたら近づいてみる。
面白そうな道があったら進んでみる。
知らない生き物がいたら、追いかけてみる。
白雪にとって、探索とはそういうものだった。
「じゃあ、また明日ね!」
「ああ。また明日」
「イベント、楽しもうね」
三人はそれぞれログアウトすることにした。
◇
現実世界。
雪乃はヘッドギアを外し、ベッドの上で伸びをした。
「明日からイベントかぁ……」
スマートフォンを手に取ると、舞からメッセージが届いていた。
『明日は別々に探索するけど、面白いものを見つけたら教えてね』
『うん! 舞も何か見つけたら教えてね!』
続いて優真からもメッセージが届く。
『明日は強いモンスターを探すつもりだ。白雪も気をつけろよ』
『はーい! 優真も頑張ってね!』
雪乃はスマートフォンを置き、天井を見上げた。
明日から三日間。
ELOの中では、未知なる大地を探す大きなイベントが始まる。
けれど、白雪はまだ知らない。
自分の何気ない寄り道が、たくさんのプレイヤーを驚かせることになるなんて。
「明日、楽しみ!」
雪乃は小さく笑った。
そして、明日の冒険を楽しみにしながら目を閉じた。




