第69話 小さな泡の住人と水路の奥の光
翌日。
白雪はログインすると、すぐに町の門へ向かった。
手には、いつもの小さな風車。
風が吹くたびに、白い羽根がくるくると回っている。
「今日は水路に行くよ!」
待ち合わせ場所にいた黒羽へ、白雪は元気よく宣言した。
「昨日の泡を吐く子に会いに行くんだね」
「うん! また泡で遊びたい!」
少し遅れてやってきたユウマも、二人の会話を聞いて頷いた。
「昨日の水路か。あの辺りはまだ見ていない場所も多そうだったな」
「そうなの!」
「じゃあ、今日は水路の周辺を少し調べてみようか」
黒羽の提案に、白雪はすぐに頷いた。
「行こう!」
イベントまで、あと二日。
探索祭の開催が近づいているが、三人は今日も特別な目的を決めずに町の外へ向かった。
◇
草原に出ると、白雪は風車を持ち上げた。
くるくるくる。
「今日も回ってる!」
「風があるからね」
黒羽が笑う。
白雪は風車を眺めながら、昨日の水路へ向かった。
水路の近くまで来ると、さらさらと水の流れる音が聞こえてくる。
「あっ、ここ!」
白雪は水辺へ駆け寄った。
水面を覗き込む。
けれど、昨日の小さな生き物は見当たらなかった。
「あれ? いないね」
「水草の陰に隠れているのかもしれないよ」
黒羽が水路の周囲を見回す。
白雪はしゃがみ込んで、水面をじっと眺めた。
ぷくっ。
「あっ!」
小さな泡が一つ浮かび上がった。
ぷくぷくっ。
続いて、二つ、三つ。
水草の間から、白い丸い体が顔を出す。
「いた!」
白雪が手を振ると、生き物は小さな青いひれを動かして近づいてきた。
背中には淡い緑色の葉っぱが一枚。
白雪の前まで来ると、ぷくっと泡を吐き出した。
「こんにちは!」
白雪は笑顔で挨拶する。
生き物はもう一つ泡を吐いた。
ぷくっ。
「今日はこれで遊ぼう!」
白雪は《泡操作》を使い、泡をゆっくり持ち上げた。
泡は水面から離れ、白雪の目の前に浮かぶ。
生き物はその泡を見上げ、くるりと回った。
「ふふっ、追いかけてる!」
白雪が泡を少し右へ動かす。
生き物も右へ泳ぐ。
今度は左へ。
生き物も左へ。
まるで遊びに夢中になっているようだった。
「すっかり仲良くなったみたいだね」
黒羽が微笑む。
「うん!」
白雪は泡を二つ並べて、少しずつ回転させた。
泡がくるくると回る。
生き物はその下を泳ぎ、時々自分でも泡を吐き出した。
ぷくっ。
ぷくぷくっ。
「いっぱい出てきた!」
白雪は泡を一つずつ動かし、小さな輪を作ってみる。
生き物は輪の中をくぐった。
「おおー!」
白雪は嬉しそうに声を上げた。
その様子を、少し離れた場所にいたプレイヤーが見ていた。
「またあの子、変なことしてるな」
「泡を動かして遊んでるのか?」
「水のモンスターと遊んでるように見えるけど……」
「攻撃されないのか?」
白雪は周囲の声に気づかず、泡遊びを続けていた。
◇
しばらく遊んでいると、生き物は急に水路の奥へ向かって泳ぎ始めた。
「あれ?」
白雪が顔を上げる。
生き物は少し進んでから振り返り、また奥へ泳いでいく。
「ついてきてってことかな?」
「どうだろうね。何か見つけたのかもしれないよ」
黒羽が言った。
「行ってみよう!」
三人は水路に沿って歩き始めた。
水路は草原の低い場所を流れていて、ところどころに石や草が生えている。
生き物は途中で何度か立ち止まり、白雪たちが追いつくのを待っているようだった。
「本当に案内してくれてるみたいだね」
黒羽が言う。
「うん! どこに行くんだろう?」
水路は少しずつ細くなり、やがて草に覆われた岩場へ続いていた。
生き物は岩の隙間に入っていく。
「あっ、そこに入れるの?」
白雪はしゃがみ込んで覗いた。
隙間は狭いが、奥から水の音が聞こえる。
さらに、かすかな青い光が見えた。
「光ってる!」
白雪は目を輝かせた。
「また何かありそうだね」
黒羽も隙間を覗き込む。
ユウマは周囲の岩を確認した。
「足元が滑りそうだ。気をつけろよ」
「うん!」
白雪は岩に手をつき、慎重に隙間をくぐった。
中は小さな空間になっていた。
水が浅く流れ、壁には淡い青色の石が埋まっている。
天井から落ちた水滴が、水面に小さな波紋を作っていた。
「わあ……!」
白雪は周囲を見回した。
青い石は、光を受けてきらきらと輝いている。
《水光石》
近くには、細い葉を持つ水草が生えていた。
《岩水草》
白雪は水草を一本だけ採取した。
《岩水草》を入手しました。
さらに、水の流れが壁の小さな穴へ吸い込まれている。
穴の奥には、青い光が見えた。
「あっ、あそこ!」
白雪が近づこうとすると、生き物が先に穴へ向かった。
ぷくっ。
小さな泡を吐き出しながら、穴の中へ入っていく。
「入れた!」
白雪は穴を覗き込んだ。
自分の体では入れそうにない。
しばらくすると、生き物が戻ってきた。
口元には、小さな青い粒がついている。
生き物は白雪の前まで来ると、それを水面へ落とした。
《水光粒》
「わあ、ありがとう!」
白雪は青い粒を拾い上げた。
小さくても、光を閉じ込めたようにきらきらしている。
「奥に何かあるのかな?」
黒羽が穴を覗く。
「水路が続いているのかもしれないね」
ユウマも周囲を調べた。
しかし、穴は狭く、人が入ることはできそうにない。
白雪は少し考えたあと、生き物を見た。
「また何かあったら教えてね!」
生き物はぷくっと泡を吐いた。
その泡は水面を漂い、白雪の指先に触れて弾けた。
「ふふっ」
白雪は笑った。
◇
小さな空間を出たあと、三人は水路の周辺をもう少し歩いてみた。
白雪は水辺に生えた草を眺めている。
そのとき、足元に小さな白い貝殻が落ちているのを見つけた。
「あっ、貝!」
拾い上げる。
《草原白貝》。
表面には淡い青色の線が入っている。
白雪は貝殻を耳に近づけた。
「音がするかな?」
しばらく耳を澄ませる。
さらさら……。
「水の音みたい!」
「近くに水路があるからじゃない?」
ユウマが笑う。
「そうかも!」
白雪は貝殻を持ち物にしまった。
その後、水辺に生えている小さな黄色い実を見つけた。
《水縁の実》。
白雪は一つ手に取る。
甘い香りがする。
「これも食べられるかな?」
「また食べるんだね」
黒羽が笑う。
「気になるから!」
白雪は小さくかじった。
しゃくっ。
「んー……甘い!」
少し酸味もあるが、後味はすっきりしている。
「おいしい!」
白雪は残りも食べた。
《味覚》の熟練度が上昇しました。
「あっ、また味覚が上がった!」
「いろいろ食べているからね」
黒羽は苦笑した。
白雪は水路を見つめた。
さっきの小さな生き物は、まだ近くにいるだろうか。
水草の間に泡が一つ浮かんだ。
ぷくっ。
「あっ!」
白雪は手を振った。
生き物は水の中から顔を出し、少しだけこちらを見ている。
「またね!」
白雪が声をかけると、生き物は小さく泡を吐き出した。
そして水草の奥へ戻っていった。
◇
やがて三人は町へ戻ることにした。
「今日の水路、思ったより奥まで続いていたね」
黒羽が言う。
「うん! 青く光る石もあったし、泡の子も案内してくれた!」
「水路の奥はまだ続いていそうだったな」
ユウマも振り返る。
「また行きたい!」
白雪はすぐに答えた。
「そうだね。イベントが終わったあとでも、ゆっくり見に行けるよ」
黒羽が言った。
イベントまで、あと二日。
探索祭の開始はもうすぐだ。
黒羽とユウマは、イベント中にどのように探索するかを少しずつ考えている。
一方の白雪は、今日出会った小さな泡の住人のことを考えていた。
次に会ったら、もっとたくさん泡で遊べるかもしれない。
それに、水路の奥にはまだ何かがあるかもしれない。
「明日は何をしようかな!」
白雪は風車をくるくる回しながら、楽しそうに町へ戻っていった。




