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第68話 草原の水辺と小さな泡の住人

 翌日。


 ELOにログインした白雪は、町の広場で風車をくるくると回していた。


「今日もいい風!」


 白い羽根が軽やかに回る。


 その様子を見ていた黒羽が、隣で笑った。


「本当に気に入ったんだね、その風車」


「うん! 回るところが好き!」


「昨日の石の仕掛けは、もういいの?」


「また今度見に行くよ!」


 白雪はあっさり答えた。


 石の板から風が吹き上がった仕掛けは、まだ気になっている。けれど、今すぐ確かめなければならないわけでもない。


 今日だって、何か面白いものが見つかるかもしれないのだ。


「今日はどこに行こうか?」


 黒羽が尋ねる。


「草原!」


「昨日も草原だったけど?」


「昨日とは違うところに行く!」


 そこへユウマがやってきた。


「おはよう。今日は草原か?」


「うん!」


「なら、少し違う方向へ行ってみるか。昨日の丘とは反対側にも道があっただろ」


「そっちに行こう!」


 三人は町の門を抜け、草原へ向かった。


 イベントまで、あと三日。


 探索祭の開始が近づいているが、白雪は相変わらず気ままな散歩を楽しんでいた。


     ◇


 草原を歩き始めてしばらくすると、白雪は足元に生えている草に目を留めた。


 細長い葉の先に、小さな水滴がついている。


「あっ、水!」


 白雪はしゃがみ込んだ。


《朝水草》


 葉の表面には透明な水滴がいくつも並んでいる。


 指先で一つ触れると、ころんと丸くなって葉から落ちた。


「わあ、丸い!」


 白雪は落ちた水滴を指で受け止める。


 そのまま口元へ運んだ。


「ん。冷たい!」


「それ、飲めるんだね」


 黒羽が隣から覗き込む。


「うん。水の味!」


「水だからね」


 ユウマが苦笑する。


 白雪は朝水草を一本だけ採取した。


《朝水草》を入手しました。


 さらに進むと、草の間に淡い紫色の小さな花が咲いていた。


《露紫花》。


 花びらの中心には、透明な粒がついている。


「これもきれい!」


 白雪は花を眺めてから、一輪だけ採取した。


 その先には、低い木が一本生えていた。


 枝には小さな黄色い実がいくつもついている。


「何の実だろう?」


 白雪は一つを手に取った。


《草原蜜実》。


 少しだけ甘い香りがする。


 白雪は匂いを嗅ぎ、ほんの少しだけかじってみた。


 しゃくっ。


「んー! 甘い!」


 中には柔らかな果肉が詰まっていて、噛むと蜜のような甘さが広がる。


「おいしいよ!」


「じゃあ、俺も一つもらおうかな」


 ユウマも実を一つ取って食べる。


「確かに甘いな」


「でしょう!」


 白雪は満足そうに頷いた。


 《草原蜜実》をいくつか採取し、持ち物にしまう。


 すると、少し先から水の音が聞こえてきた。


「ん?」


 白雪が顔を上げる。


 さらさら。


 草の向こうから、細い水音が聞こえる。


「水がある!」


 白雪は音のする方へ歩き出した。


     ◇


 草をかき分けた先には、小さな水路があった。


 草原の低い場所を流れる、幅の狭い水の通り道だ。


 水は浅く、底に白い小石が見える。


「わあ、きれい!」


 白雪は水辺にしゃがみ込んだ。


 水の中には、丸い石や細い水草が揺れている。


《草原川石》。


 《細水草》。


 白雪は手を伸ばし、水の中から丸い石を一つ拾い上げた。


「つるつる!」


 石の表面は滑らかで、手の中で転がすと気持ちいい。


 続いて細水草を採取する。


《細水草》を入手しました。


 そのとき、水面に小さな泡が浮かんだ。


 ぷくっ。


「あれ?」


 もう一つ。


 ぷくっ。


 水路の少し先で、泡がいくつも浮かび上がっている。


「何かいるのかな?」


 白雪は水面を覗き込んだ。


 泡はゆっくり流れてきて、白雪の目の前で弾けた。


 ぷちん。


「わっ!」


 水しぶきが鼻先にかかる。


 白雪は目をぱちぱちさせた。


「今、何か飛んできた!」


「魚か何かがいるのかもしれないね」


 黒羽も水面を覗き込む。


 そのとき、水草の間から小さな影が現れた。


 白い丸い体。


 頭には淡い緑色の葉っぱが一枚ついている。


 体の横には小さな青いひれがあり、水の中をすいすいと泳いでいた。


「あっ、生き物!」


 白雪が指を近づける。


 生き物はぴたりと止まり、白雪を見上げた。


 そして。


 ぷくっ。


 小さな泡を一つ吐き出した。


「泡だ!」


 白雪の目が輝く。


 生き物はもう一つ泡を吐く。


 ぷくっ。


 泡は水面から浮かび上がり、風に押されてゆっくり流れていった。


「かわいい!」


 白雪は泡を指でつついてみる。


 ぷにっ。


 泡が少しだけへこみ、ぽんっと弾けた。


「わあ!」


 生き物はその様子を見て、また泡を吐き出した。


「もう一回やって!」


 白雪は《泡操作》を使ってみる。


 ぷくっと浮かんだ泡が、白雪の指先に合わせてふわりと動いた。


 生き物は泡が動くのを見て、くるりと水の中で回った。


「見て! 動いたよ!」


「その子、泡が好きなのかな?」


 黒羽が微笑む。


 白雪は泡を水面近くでゆっくり転がした。


 生き物はその泡を追いかける。


 泡が右へ動けば、右へ。


 左へ動けば、左へ。


 まるで遊んでいるようだった。


 しばらく遊んでいると、生き物は水草の陰へ戻っていった。


「あっ、帰っちゃうの?」


 白雪が少し残念そうに見つめる。


 すると、生き物は水草の間から顔を出し、小さな泡を一つ吐き出した。


 ぷくっ。


 泡の中には、何か小さなものが入っている。


 白雪が手を伸ばすと、泡は水面近くまで流れてきた。


 ぷちん。


 泡が弾ける。


 手のひらに残ったのは、小さな青緑色の葉っぱだった。


《泡葉片》。


「くれたの?」


 白雪は水の中の生き物を見る。


 生き物は葉っぱを背中に乗せたまま、ゆっくりと泳いでいる。


「ありがとう!」


 白雪が手を振ると、生き物は一度だけ泡を吐き出した。


 ぷくっ。


 そして水草の奥へ隠れてしまった。


     ◇


 水路に沿って少し歩くと、流れが緩やかになっている場所があった。


 水辺には白い小石が集まり、その隙間から小さな花が顔を出している。


《水縁小花》。


 白い花びらの中心には、淡い青色の模様がある。


 白雪は一輪だけ採取した。


 さらに、水の中には小さな丸い貝殻が落ちていた。


《草原水貝》。


「貝もある!」


 白雪は水から拾い上げ、表面を眺めた。


 薄い白色で、縁には青い線が一本入っている。


「きれいだね」


 黒羽が言う。


「うん。これも持って帰ろう!」


 白雪は貝殻を持ち物にしまった。


 その後、白雪は水路の浅いところへ足を入れた。


 水がブーツの足元に触れる。


「冷たい!」


 白雪は片足を上げて、水を軽く蹴った。


 ぱしゃっ。


 水しぶきが飛ぶ。


 もう一度。


 ぱしゃっ。


「楽しい!」


「服が濡れるよ」


「ゲームだから大丈夫!」


 白雪は今度は両足で水を蹴った。


 ぱしゃん!


 水しぶきが少し大きく広がる。


 そのとき、水面に浮いていた小さな泡が白雪の足元へ集まってきた。


「あっ、泡!」


 白雪は《泡操作》を使う。


 泡を一つずつ動かし、水面に小さな輪を作った。


 ぷくぷく。


 泡が集まって、丸い輪になる。


 白雪が指を動かすと、輪が少しずつ形を変えた。


「おお……」


 黒羽が感心したように眺める。


「上手になってきたね」


「えへへ!」


 白雪は泡を水面から少しだけ浮かせた。


 風が吹く。


 泡がふわりと流される。


「あっ、待って!」


 白雪は慌てて泡を追いかけた。


 泡は水路の上をゆっくり進み、草の陰へ消えていく。


 白雪もその後を追いかけた。


「白雪、そっちは水路が細くなってるよ!」


「大丈夫!」


 草をかき分けた先には、小さな水たまりがあった。


 そこには先ほどの水生生物が、葉っぱの上に乗った泡を見つめていた。


「あっ、またいた!」


 生き物は白雪を見ると、ぷくっと泡を吐き出した。


 白雪は笑顔で手を振る。


「また遊ぼうね!」


 生き物は水たまりの中をくるりと回った。


 それから、草の奥へすいっと泳いでいった。


     ◇


 しばらく水路の周りを散策したあと、三人は町へ戻ることにした。


 白雪の持ち物には、《朝水草》《露紫花》《草原蜜実》《草原川石》《細水草》《泡葉片》《水縁小花》《草原水貝》が増えていた。


「今日もいろいろ見つけたね」


 黒羽が言う。


「うん! 泡を吐く子がかわいかった!」


「泡で遊ぶのが好きだったみたいだな」


 ユウマも笑う。


「また会えるかな?」


「同じ場所に行けば、いるかもしれないね」


「じゃあ、また行こう!」


 白雪は風車を持ち上げた。


 草原の風を受けて、白い羽根がくるくる回る。


 今日も特別な宝物を手に入れたわけではない。


 でも、小さな水辺で新しい生き物と遊べた。


 それだけで、白雪には十分だった。


 イベントまで、あと三日。


 探索祭が近づいている。


 けれど、白雪の頭の中は、今日出会った泡を吐く小さな住人のことでいっぱいだった。


 次に会ったら、もっとたくさん泡で遊べるかもしれない。


 白雪はそんなことを考えながら、二人と一緒に町へ戻っていった。

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