第66話 白い石の道と丘に隠された小さな仕掛け
町へ戻った翌日。
白雪はログインすると、昨日買った風車を手に持っていた。
白い羽根に淡い青色の模様が描かれた、小さな風車。
風が吹くたびに、くるくると回る。
「今日も元気だね!」
白雪は風車に話しかけるように言った。
「風車に挨拶してるの?」
待ち合わせ場所にやってきた黒羽が、くすりと笑う。
「うん。昨日いっぱい遊んだから!」
「風車と遊ぶっていうのも不思議な話だな」
少し遅れてやってきたユウマが、白雪の手元を見た。
「今日はどこに行くんだ?」
「昨日の丘!」
「またあそこか?」
「うん。白い石が並んでたところ、もうちょっと見たい!」
昨日、丘の斜面で見つけた白い石の列。
表面には細い模様が刻まれていて、触れると少し冷たかった。
何かの道標なのか、それともただの飾りなのか。
白雪には分からなかったけれど、気になっていた。
「じゃあ、昨日の場所に行ってみようか」
「行こう!」
三人は町の門を抜け、草原へ向かった。
◇
草原には、今日も穏やかな風が吹いていた。
白雪は風車を掲げ、回る様子を眺めながら歩いている。
くるくる、くるくる。
「昨日より風が弱いね」
「そうかな?」
黒羽が周囲の草を見る。
「草の揺れ方は、昨日とあまり変わらない気もするけど」
「風車はそう言ってるよ!」
「風車が?」
「うん!」
ユウマは何か言いたそうにしたが、結局何も言わなかった。
しばらく歩くと、昨日フワリスを見つけた丘が見えてきた。
「あっ、あそこ!」
白雪は丘を駆け上がる。
「転ばないようにね」
「大丈夫!」
白蒼の疾風のブーツが草を蹴り、軽やかに斜面を登っていく。
丘の頂上に着くと、白雪は昨日の石が並んでいた場所へ向かった。
白い石は、昨日と同じように斜面に沿って並んでいる。
「こんにちは!」
白雪は一番手前の石に声をかけた。
「石に挨拶するのも定番になってきたね」
黒羽が笑う。
白雪は気にせず、石の表面を指でなぞった。
細い線がいくつも刻まれている。
よく見ると、線の形は石ごとに少しずつ違っていた。
「これ、全部違う模様だね」
「本当だ。こっちは丸い模様、こっちは線が三本……」
黒羽も隣の石を確認する。
ユウマは少し離れたところから、石の並びを眺めていた。
「並び方にも規則があるのかもしれないな」
「規則?」
「一定の間隔で置かれているとか、向きが決まっているとか」
「ふーん……」
白雪は石を見比べた。
それから、何となく一つ目の石を指で軽く叩いてみる。
こん。
「お?」
小さな音が鳴った。
もう一度叩く。
こん。
「音がする!」
「石だからね」
「でも、ちょっと違うよ?」
白雪は隣の石を叩いた。
こん、という音より少し高い。
さらにその隣を叩くと、今度は低い音がした。
「へえ……」
黒羽も試しに石を叩いてみる。
こん。
「確かに、石によって音が違うね」
「全部叩いてみよう!」
「全部?」
白雪は石の列を順番に叩き始めた。
こん。
こん。
こん。
こん。
音が少しずつ変わっていく。
白雪は途中で立ち止まり、首を傾げた。
「んー?」
「どうしたの?」
「この音、聞いたことある気がする」
白雪はもう一度、最初の石を叩いた。
こん。
次に二つ目。
こん。
そして三つ目。
こん。
「……あっ!」
白雪は風車を持ったまま、石の列を見渡した。
「これ、音が並んでる!」
「音が並んでる?」
「うん。前に森で聞いた音みたい!」
以前、森の中で風が岩の穴を通り抜ける音を聞いたことがある。
《音感》のスキルを得たときのことを思い出した。
白雪は一つずつ石を叩きながら、音の違いを確かめる。
高い音。
低い音。
その間の音。
並び方に意味があるのかは分からない。
ただ、聞いていると何となく気持ちがいい。
「もう一回!」
白雪は石を叩き始めた。
こん、こん、こん。
途中で、風が吹いた。
風車がくるくると回る。
そして、丘の斜面に生えていた草が一斉に揺れた。
その瞬間。
かすかに、石の奥から音が返ってきた。
――ちりん。
「ん?」
白雪が顔を上げる。
「今、何か鳴った?」
「聞こえたね」
黒羽も石の方を見た。
ユウマが一歩近づく。
「石の下か?」
白雪は音が聞こえた石の前にしゃがみ込んだ。
表面の模様を指でなぞる。
すると、模様の一部が淡く光った。
「わっ!」
白い石の列に、青白い光が順番に灯っていく。
最初の石から、次の石へ。
さらにその先へ。
光はゆっくりと丘の斜面を進んでいった。
「何かの仕掛けだったんだね」
黒羽が驚いたように言う。
「すごいな。音を鳴らすと反応する仕組みか?」
ユウマが石を見つめる。
白雪は目を輝かせた。
「もう一回やっていい?」
「今のが正解だったのかは分からないけど……」
「やってみよう!」
白雪は最初の石に戻った。
さっきと同じように、順番に石を叩く。
こん、こん、こん。
今度は最後の石まで音を鳴らした。
すると、丘の斜面から小さな振動が伝わってきた。
ごとり。
石の列の先にあった地面が、ほんの少しだけ動く。
「おおっ!」
草の間に、小さな石の蓋が現れた。
その中央には、丸いくぼみがある。
「何か出てきた!」
「隠し場所かな?」
黒羽が近づいてくる。
ユウマは周囲を警戒するように見回した。
「罠じゃないだろうな?」
「うーん……」
白雪は石の蓋を覗き込む。
くぼみの中には、何も入っていない。
ただ、底に小さな模様が刻まれていた。
「これ、何だろう?」
白雪は指先で模様に触れた。
すると、石の蓋がゆっくり開いた。
中から出てきたのは、小さな青い石だった。
《風紋の小石》
「石だ!」
白雪は嬉しそうに拾い上げる。
手のひらに乗るほどの大きさで、表面には風が流れるような模様が刻まれている。
「これが仕掛けの中に入っていたんだね」
「何かに使うのかな?」
「分からない!」
白雪は小石をしまった。
そのとき、システムメッセージが表示された。
《音感》の熟練度が上昇しました。
「あっ、音感が上がった!」
「石を叩いて音を聞いていたからかな」
「そうかも!」
白雪はもう一度、石の列を眺めた。
最初はただの白い石だと思っていたのに、音を鳴らすと仕掛けが動いた。
何だか面白い。
「ねえ、他にもこういう場所あるかな?」
「あるかもしれないね。でも、全部が仕掛けになっているとは限らないよ」
「探してみたい!」
「白雪なら、気づかないうちに見つけそうだな」
ユウマが笑った。
◇
仕掛けを見つけたあと、三人は丘の周りを少し歩いてみることにした。
白雪は風車を持ちながら、草の間を覗いたり、石をひっくり返したりしている。
「何かないかなー」
「白雪、さっきの仕掛けを探しているの?」
「ううん。何か面白いもの!」
「そっちなんだね」
黒羽が笑う。
少し歩いたところで、白雪は小さな青い花を見つけた。
花びらの先が細く伸びていて、風が吹くとくるりと丸まる。
《風輪花》
「わあ、くるくるしてる!」
白雪は風が吹くのを待った。
ふわり。
花びらが少しずつ回るように揺れる。
「かわいい!」
一輪だけ採取する。
《風輪花》を入手しました。
そのすぐ近くには、丸い小石がいくつも転がっていた。
白雪は一つ拾い上げる。
《丘丸石》
「こっちは普通の石かな?」
手の中で転がしてみる。
つるつるしていて、少し重い。
「昨日の《風紋の小石》とは違うね」
「そうだね。こっちはただの小石みたい」
黒羽が答えた。
白雪は《丘丸石》を一つだけ持ち物に入れた。
その後、草むらの向こうから小さな鳴き声が聞こえてきた。
ぴぃ。
「あっ!」
白雪が顔を向けると、昨日見かけた白い小鳥が石の上に止まっていた。
淡い青色の羽根が、日差しを受けてきらりと光る。
「昨日の小鳥!」
白雪が近づこうとすると、小鳥は少しだけ首を傾けた。
そして、短く鳴いた。
ぴぃ。
白雪はその場にしゃがみ込む。
「こんにちは!」
小鳥はしばらく白雪を見ていたが、やがて石の上から飛び立った。
今度は遠くへ逃げず、近くの草地に降り立つ。
「近くに来てくれた!」
白雪が嬉しそうに言う。
小鳥は草の中を歩き、何かをついばんでいた。
その足元には、小さな羽根が一枚落ちている。
白雪は小鳥を驚かせないように、ゆっくり近づいた。
小鳥が飛び去ったあと、落ちていた羽根を拾う。
《丘風鳥の羽根》
「羽根だ!」
「さっきの小鳥のものかな」
「たぶん!」
白雪は羽根を大事にしまった。
小鳥は丘の向こうへ飛んでいき、姿が見えなくなった。
「また会えるといいね」
黒羽が言う。
「うん!」
◇
しばらく丘を散策したあと、三人は草原へ戻った。
白雪の持ち物には、今日見つけたものがいくつか増えている。
《風紋の小石》。
《風輪花》。
《丘丸石》。
《丘風鳥の羽根》。
どれも、何かの役に立つかどうかは分からない。
でも、白雪にとっては十分に楽しい発見だった。
「今日の石の仕掛け、面白かったね」
「音を鳴らすことで動く仕組みは珍しかったな」
ユウマが言う。
「ほかにも似たような仕掛けがあるかもしれないね」
黒羽も興味深そうだった。
「また見つけたい!」
「次はどんな仕掛けなんだろうな」
「音じゃなくて、ジャンプしたら開くとか!」
「それはありそうだね」
「石をいっぱい積んだら開くとか!」
「それは……どうだろう」
黒羽は少し考え込んだ。
白雪は楽しそうに笑いながら、風車を持ち上げる。
くるくるくる。
風車は今日も元気に回っていた。
イベントまで、あと五日。
探索祭のことを忘れているわけではない。
ただ、白雪にとっては、明日も明後日も、気になるものを見つけて遊ぶことが一番大切だった。
そして、そんな白雪の前には、まだまだ知らない景色が広がっている。
次はどんなものに出会えるのだろう。
白雪は風車を回しながら、町へ向かって歩き出した。




