第65話 風車を追いかけて見つけた小さな丘
翌日。
ELOにログインした雪乃は、町の広場に立っていた。
白い髪がふわりと揺れる。
手には、昨日買った小さな風車。
「よし!」
白雪は風車を顔の前に持ち上げた。
くるくるくる。
今日も風を受けて、白い羽根が元気よく回っている。
「……やっぱり回るね!」
誰に言うでもなく、白雪は満足そうに頷いた。
そこへ、黒羽とユウマがやってくる。
「おはよう、白雪」
「おはよう!」
「朝からそれを持ってるのか」
ユウマが風車を見て言った。
「うん! 今日はこれと一緒にお散歩するの!」
「風車と散歩?」
「そう!」
「……まあ、白雪らしいね」
黒羽は苦笑した。
イベントまで、あと六日。
三人は今日も一緒に遊ぶことになっていたが、特に行き先は決めていない。
「森に行く? それとも町の外を少し歩いてみる?」
黒羽が尋ねる。
「風が吹いてる方!」
「行き先を風に決めてもらうのか……」
「うん!」
白雪は風車を持った手を少し高く上げた。
風車は町の外へ向かって、くるくると回っている。
「じゃあ、今日はそっちに行ってみようか」
「おう」
三人は町の門を抜けた。
◇
町の外には、草原が広がっていた。
遠くには森が見え、反対側には緩やかな丘が続いている。
草原を吹き抜ける風は、町の中よりも少し強かった。
白雪の風車が勢いよく回る。
「おおー! 速い!」
白雪は風車を持ったまま、草原を歩き始めた。
風が吹く。
くるくるくるくる!
風が弱まる。
くる……くる……。
また風が吹く。
くるくるくる!
「面白い!」
「風の強さが分かりやすいね」
黒羽が隣を歩きながら言った。
「うん! 風が強いといっぱい回る!」
「当たり前のことを楽しそうに言うなあ」
ユウマは呆れたように笑う。
白雪は気にせず、風車を持って歩き続けた。
しばらくすると、風が横から吹いてきた。
風車の羽根が斜めに傾く。
「あれ?」
白雪は風車を少し傾けてみた。
すると、回転の速さが変わった。
「こっち向きだと速い!」
「風を受ける角度で変わるんだね」
「じゃあ、こっちは?」
今度は反対側へ傾ける。
回転がゆっくりになった。
「遅くなった!」
「実験してるみたいだな」
「実験じゃないよ。遊んでるの!」
「そこは違うんだな」
ユウマが笑った。
白雪は風車をくるくる回しながら、草原の中を進んでいく。
その途中、小さな黄色い花が風に揺れているのを見つけた。
「あっ、花!」
白雪はしゃがみ込んだ。
《風揺花》
細い茎の先に、小さな黄色い花が咲いている。
風が吹くと、花びらが左右に揺れる。
「かわいいね」
白雪は一輪だけ採取した。
《風揺花》を入手しました。
そのすぐ近くには、白い綿毛のようなものが転がっていた。
「……綿?」
白雪が指先でつつく。
ふわり。
綿毛は風に乗って浮かび上がった。
「あっ!」
白雪は立ち上がった。
綿毛は草の上をふわふわと飛んでいく。
「待ってー!」
「白雪?」
黒羽が呼び止めるより早く、白雪は綿毛を追いかけていた。
軽装のブーツが草を蹴る。
白蒼のマントが風を受けて揺れた。
綿毛は地面すれすれを飛んだかと思えば、風に乗ってふわりと上昇する。
「もうちょっと!」
白雪は跳び上がった。
指先が綿毛に届きそうになる。
しかし、あと少しのところで風向きが変わった。
「あっ、そっち!?」
綿毛は横へ流れていく。
白雪も方向を変えて追いかけた。
「……何やってんだあの子」
近くで草原を歩いていたプレイヤーが、思わず足を止めた。
「何かを追いかけてるみたいだけど……」
「モンスターか?」
「いや、綿毛じゃないか?」
黒羽とユウマは、その後ろを歩いていた。
「いつものことだな」
「うん。楽しそうだからいいんじゃない?」
黒羽は小さく笑った。
やがて綿毛は、草原の小さな丘へ向かって飛んでいった。
白雪は丘の斜面を駆け上がる。
頂上に着いたとき、綿毛は草の間にふわりと落ちた。
「あった!」
白雪が手を伸ばす。
しかし、触れる直前に、綿毛が再び浮かび上がった。
「ええっ!?」
綿毛の正体は、白い小さな生き物だった。
丸い体に短い足。背中には綿毛のような柔らかい毛が生えている。
生き物は白雪の手を避けるように、ぴょんと跳ねた。
「あっ、動いた!」
白雪は目を丸くした。
生き物は丘の草むらに隠れ、こちらの様子をうかがっている。
《フワリス》
「フワリス?」
白雪はしゃがみ込んだ。
「こんにちは!」
もちろん、返事はない。
フワリスは少しだけ顔を出して、白雪の手にある風車を見つめていた。
「これ、気になるの?」
白雪は風車を少し動かしてみる。
くるくるくる。
フワリスの耳がぴくりと動いた。
もう一度。
くるくるくる。
フワリスは草むらから出てきて、風車に近づいた。
「おお……!」
白雪は動かないようにして、風車をゆっくり回した。
フワリスは鼻先を近づける。
その瞬間、風が吹いた。
風車が勢いよく回り、フワリスの背中の綿毛がふわっと舞い上がった。
「わっ!」
白雪は驚いて手を止めた。
フワリスはくるりと向きを変え、丘の反対側へ走っていく。
「あっ、待って!」
今度は追いかけず、白雪はその場にしゃがんだまま見送った。
草むらの奥で、フワリスが一度だけ振り返る。
それから、小さな白いものを草の上に残していった。
「何か落とした?」
白雪が近づくと、それは小さな綿毛の塊だった。
《フワリスの綿毛》を入手しました。
「ふわふわ!」
白雪は綿毛を指先でつまんだ。
「柔らかいね!」
「さっきの生き物の毛かな」
追いついた黒羽が隣にしゃがむ。
「たぶんそうだね。自然に抜けたものを置いていったのかも」
「じゃあ、プレゼントかな?」
「そう思っておこうか」
白雪は嬉しそうに綿毛をしまった。
◇
丘の上は、草原を見渡せる場所だった。
風が吹くたびに草が波のように揺れている。
白雪は風車を掲げた。
くるくるくるくる!
「ここ、風が強いね!」
「丘の上だからかな」
黒羽が周囲を見回す。
丘の向こうには、さらに小さな丘が続いていた。
その斜面には、白い石がいくつか並んでいる。
「あれ、何だろう?」
白雪はすぐにそちらへ歩き出した。
「今度は石?」
「うん!」
白い石は、自然に並んだというより、誰かが置いたような形をしていた。
一つ一つの間隔は少しずつ違う。
白雪は石の間を歩いてみる。
すると、足元の草が風に揺れ、石の表面に薄い模様が浮かんだ。
「お?」
白雪はしゃがみ込んだ。
石には細い線が刻まれている。
指でなぞると、ひんやりとした感触が伝わった。
「模様があるね」
「古い道標かもしれないな」
ユウマが石を眺める。
「この先に何かあるのかな?」
「分からないけど、少し続いているみたいだね」
黒羽が先を確認した。
白雪は石を一つずつ見ながら、並びに沿って歩いていく。
やがて石の列は、丘の斜面にある小さなくぼみで途切れていた。
そのくぼみには、淡い青色の草が生えている。
《風青草》
白雪は一本だけ採取した。
《風青草》を入手しました。
そのとき、丘の上から強い風が吹き下ろしてきた。
風車が勢いよく回る。
くるくるくるくるくる!
白雪のマントが大きく広がった。
「わあっ!」
白雪は思わず両手を広げた。
風を受けて、体が少し軽くなる。
そのまま一歩踏み出すと、足元の草が揺れた。
「今、ちょっと浮いた!」
「風に押されたんじゃない?」
「もう一回!」
白雪は少し後ろへ下がり、風が吹くのを待った。
そして風が吹いた瞬間、軽く跳び上がる。
ふわり。
ほんの一瞬だけ、いつもより高く跳べた気がした。
「おおー!」
「《風跳躍》を使ったの?」
「ううん。普通に跳んだよ!」
「装備の効果もあるかもしれないね」
黒羽は白雪の装備を眺めた。
白蒼の疾風の装備は、もともと移動や跳躍を助ける効果がある。
風の強い場所なら、その感覚も少し違ってくるのだろう。
白雪は何度か跳びながら、風車の回転を眺めていた。
その様子を見ていたユウマが、ふと丘の向こうを指さした。
「おい。あそこ、何かいるぞ」
「ん?」
丘の斜面に、小さな影が動いていた。
白い体に、淡い青色の羽根。
先ほどのフワリスとは違う、小鳥のような生き物だ。
小鳥は風に乗るように斜面を滑り、草の上に降り立った。
「あっ、小鳥!」
白雪が近づこうとすると、小鳥はすぐに飛び立った。
しかし、遠くへは行かず、少し先の石の上に止まる。
「ついてきてほしいのかな?」
「たまたまじゃない?」
黒羽が答える。
白雪は小鳥を見つめた。
小鳥は一度だけ鳴き、丘の向こうへ飛んでいく。
「行っちゃった」
「追いかける?」
「うーん……」
白雪は風車を見た。
まだくるくると回っている。
「今日はこっちで遊ぶ!」
「小鳥より風車なんだね」
「うん!」
黒羽は笑った。
その後、三人は丘の上でしばらく風を感じながら過ごした。
白雪は風車を回し、草の揺れを眺め、時々フワリスが隠れていた草むらを覗いた。
フワリスはもう姿を見せなかったけれど、白雪は満足そうだった。
◇
やがて、三人は町へ戻ることにした。
白雪の持ち物には、《風揺花》《風抜け葉》《風抜け花》《フワリスの綿毛》《風青草》が増えていた。
どれも、特別な目的があって集めたものではない。
ただ、目に入ったから拾っただけ。
「白雪、今日もいろいろ拾ったね」
「うん!」
「何に使うかは決めてるの?」
「決めてないよ!」
「だと思った」
黒羽は楽しそうに笑う。
ユウマは風車を見て、少し呆れたように言った。
「結局、今日は風車を持って歩いただけだったな」
「違うよ!」
白雪はすぐに首を振った。
「フワリスにも会ったし、花も見つけたし、石も見たよ!」
「そうだったな」
「それに、風車がいっぱい回った!」
「それが一番大事なのか?」
「うん!」
白雪は風車を高く掲げた。
くるくるくる。
今日も、白い羽根は風を受けて回っていた。
イベントまで、あと六日。
探索祭のことを考えているのは黒羽とユウマくらいで、白雪の頭の中は、今日見つけたフワリスと風車のことでいっぱいだった。
明日は何に出会えるだろう。
それは、明日になってからのお楽しみだ。




