第64話 町で見つけた不思議な音色と小さな露店
森から町へ戻る道は、行きよりもずっと短く感じた。
白雪は町の門をくぐると、くるりと振り返って森の方を見た。
「うーん……」
「どうしたの、白雪?」
隣を歩いていた黒羽が首を傾げる。
「さっきの青い光、もういないね」
「ああ、あの小さな光か」
ユウマも森の方へ目を向けた。
あの光は、森の中で白雪の周りをふわふわと漂っていた。敵意があるようには見えなかったけれど、何だったのかは結局分からないままだ。
「また会えるかな?」
「どうだろうな。あの辺りをもう一度調べてみるのもいいかもしれない」
「うん。でも、今日は町を見たい!」
白雪はあっさりと森に背を向けた。
「切り替え早いね……」
黒羽が小さく笑う。
「だって、町にも気になるものがいっぱいあるもん!」
白雪はそう言うと、町の大通りへ向かって歩き出した。
イベントまで、あと七日。
とはいえ、白雪にとってはまだ先の話だ。今すぐ準備を始めるより、目の前にある面白そうなものを見て回る方が楽しい。
大通りには、相変わらずたくさんのプレイヤーが行き交っていた。
武器を背負ったプレイヤー、採取道具を持ったプレイヤー、買い物袋を抱えたプレイヤー。露店の前で値段を相談している人たちもいる。
「露店、増えてない?」
「時間帯によって出している人が違うんじゃないかな。生産をしているプレイヤーが、自分で作ったものを売っているんだと思う」
黒羽の説明を聞きながら、白雪は露店を眺めていく。
薬草、木材、鉱石、料理、装飾品。並んでいるものは店によってさまざまだ。
「おっ!」
そのとき、白雪の足がぴたりと止まった。
「今度は何を見つけたの?」
「音!」
「音?」
白雪が指さした先には、小さな露店があった。
木の台の上に、細長い筒や小さな金属片、丸い石を組み合わせた飾りが並んでいる。
風が吹くたびに、それらが揺れて音を鳴らしていた。
ちりん。
ころん。
ふわん。
同じ場所から鳴っているとは思えないほど、いろいろな音が混ざっている。
「わあ……!」
白雪は露店に近づいた。
「いらっしゃい。気になるものがあったかい?」
露店の店主らしい男性プレイヤーが声をかけてくる。
「これ、何?」
「風鈴だよ。風が当たると音が鳴るように作ってあるんだ。素材によって音が違うんだよ」
「へえー!」
白雪は一つずつ顔を近づけて眺めた。
青い石がついたものは、涼しげな高い音。
白い貝殻がついたものは、少し柔らかい音。
小さな木片がぶら下がったものは、ころころと軽い音が鳴る。
「これ、全部違う音がするんだね」
「そうそう。金属や石、貝殻なんかを組み合わせているんだ。気に入ったものがあれば売るよ」
「これと、これと……あっ、こっちも!」
「白雪、全部買うつもり?」
黒羽が苦笑する。
「だって、音が違うんだもん!」
「置く場所はあるの?」
「うーん……」
白雪は少し考えた。
「考えてなかった!」
「でしょうね」
ユウマが呆れたように言った。
白雪はそれでも、露店の品を眺め続けている。
ふと、台の端に置かれた小さな風車が目に入った。
白い羽根に淡い青色の模様が描かれていて、風を受けるとくるくる回る。
「これも気になる!」
「それは風車だね。回るだけの飾りだけど、風の強さで回り方が変わるんだ」
店主が風車を手に取って、白雪に見せてくれた。
ふわりと風が吹く。
風車がくるくると回った。
「おおー!」
白雪の目が輝く。
「これ、ください!」
「毎度あり」
白雪は代金を支払い、風車を受け取った。
そして、さっそく手に持って歩き始める。
風が吹くたびに、風車が回る。
くるくる、くるくる。
「回ってる!」
「見れば分かるよ」
「でも、回ってる!」
「うん、そうだね」
黒羽は楽しそうに笑っていた。
ユウマは少し離れたところで、別の露店を見ている。
「お、こっちは武器の手入れ道具か」
並んでいるのは、武器の表面を磨く布や、刃を整えるための道具だった。
白雪もそちらへ向かおうとしたが、途中でまた足を止める。
今度は食べ物の露店だった。
「いい匂い!」
「今度は食べ物?」
「うん!」
露店では、串に刺した小さな焼き団子が売られていた。
白雪は店員から一本受け取ると、さっそく一口食べる。
「んー! 甘い!」
「それは何味?」
「甘い味!」
「……それは味の説明になってないよ」
黒羽が笑いながら、自分も一本買う。
白雪は二口目を食べながら、団子をじっと見つめた。
「これ、何でできてるんだろう?」
「普通の団子じゃないのか?」
「でも、ゲームの中だよ?」
「まあ、そうだけど」
ユウマも一本買って食べてみる。
「普通に美味いな。食べ物の種類も結構あるんだな」
「うん! また違うのも食べたい!」
白雪は残りを食べ終えると、露店の並びを見渡した。
すると、少し離れたところに小さな木箱が置かれているのが見えた。
中には、色とりどりの丸い飴のようなものが入っている。
「これも食べ物かな?」
白雪はそちらへ歩いていった。
「お客さん、それは飴玉だよ。果物の味がするんだ」
「果物!」
「味は何種類かあるよ。赤は木苺、青は水果、黄色は柑橘だね」
「水果って何?」
「この辺りの水辺で採れる果実だよ」
白雪は青い飴玉を一つ購入した。
口に入れると、ひんやりとした甘さが広がる。
「おいしい!」
「よかったね」
黒羽も一つ買い、ユウマは赤いものを選んだ。
「これ、味が違うんだな」
「うん! 青いのは冷たい感じがする!」
「果物の特徴が出ているんだろうな」
白雪は飴玉を口の中で転がしながら、露店の周りを見ていた。
そのとき、風車が少し強い風を受けて、勢いよく回り始めた。
くるくるくるくる!
「あっ、すごい!」
白雪は風車を持ったまま、風が吹いてくる方向へ顔を向けた。
大通りの先から、細い風が抜けている。
「こっちから風が来てる!」
「風の通り道かな?」
黒羽もそちらを見る。
白雪は風車を持ったまま、風の流れを追いかけるように歩き出した。
「白雪、どこ行くんだ?」
「風が来るところ!」
「また始まった……」
ユウマは苦笑しながら、黒羽と一緒に後を追った。
大通りから少し外れた路地には、建物の間を抜ける風が吹いていた。
白雪の風車が、さっきよりも速く回る。
その先には、小さな木製の看板がぶら下がっていた。
風が吹くたびに、看板が揺れて小さな音を鳴らす。
からん、ころん。
「ここも音がする!」
「建物の間を風が通っているんだね」
黒羽が周囲を見回す。
白雪は看板の下にしゃがみ込み、風が通り抜ける隙間を覗いた。
「何かあるかな?」
「何かって?」
「何か!」
「答えになってないよ」
白雪は隙間を覗き込んだまま、しばらく動かなかった。
やがて、小さな葉っぱが風に乗って転がってくる。
「あっ」
白雪は葉っぱを拾い上げた。
淡い青緑色で、縁が少し透き通っている。
「これ、初めて見る葉っぱ!」
アイテム名が表示された。
《風抜け葉》
「風抜け葉……」
白雪は葉っぱを指先でくるりと回した。
「風に飛ばされてきたのかな?」
「そうかもしれないね。路地の奥に植物があるのかも」
「見に行こう!」
白雪は立ち上がり、路地の奥へ進もうとした。
「待って。そっちは行き止まりかもしれないよ」
「行き止まりだったら戻ればいいよ!」
「まあ、そうだけど……」
黒羽が小さく笑う。
路地の奥には小さな空き地があった。
壁際には背の低い草が生え、建物の隙間から差し込む光が地面を照らしている。
その草の中に、淡い青緑色の小さな花が咲いていた。
「わあ、花!」
白雪はしゃがみ込む。
《風抜け花》
そっと花に触れると、花びらが風に揺れた。
白雪はしばらく眺めていたが、やがて一輪だけ採取した。
《風抜け花》を入手しました。
「これ、さっきの葉っぱと同じ色だね」
「同じ植物なのかな?」
「どうだろう?」
白雪は花を手のひらに乗せて、風に当ててみる。
花びらが小さく揺れた。
それだけで、白雪は満足そうに笑った。
「きれい!」
「それだけで満足なんだね」
「うん!」
その後、三人は路地を抜けて大通りへ戻った。
空は少しずつ夕方の色に変わり始めている。
「今日はもうログアウトするか?」
ユウマが尋ねる。
「そうだね。イベントまでまだ時間もあるし、今日はこの辺でいいんじゃないかな」
黒羽も賛成した。
「うーん……もう少し見たいけど……」
白雪は風車をくるくる回してから、二人を見た。
「また明日も遊べる?」
「もちろん」
「予定が合えばな」
「じゃあ、またね!」
白雪は二人に手を振った。
その日の冒険は、ここで終わり。
森で見つけた青い光のことも、町で買った風車のことも、まだまだ気になることはたくさんある。
でも、白雪は急がない。
明日になれば、また何か面白いものが見つかるかもしれないから。
◇
現実世界。
ヘッドギアを外した雪乃は、ベッドの上でゆっくりと伸びをした。
「ふわぁ……」
今日は森を歩いて、町で買い物をして、風車を買った。
特別なことは何もなかったけれど、楽しかった。
スマートフォンを手に取ると、舞からメッセージが届いていた。
『今日はありがとう。風車、気に入った?』
雪乃はすぐに返信する。
『うん! くるくる回って楽しい!』
少しして、優真からもメッセージが届いた。
『明日は森に行くのか?』
『まだ決めてない! 面白そうなものがあったらそっちに行く!』
『相変わらずだな』
雪乃はその言葉を見て、くすっと笑った。
明日、どこへ行くかはまだ分からない。
でも、それでいい。
白雪の冒険は、いつだって気まぐれなのだから。




