第58話 森を抜けた先にあった初めての町
草原を吹き抜ける風が、白雪の白いマントをふわりと揺らす。
「町はまだかなー?」
昨日見つけた看板の道を進み始めてから、しばらく経っていた。
道の両側には緑色の草が広がり、ところどころに小さな花が咲いている。
森の中とは違って、遠くまで見渡せるのが気持ちいい。
白雪は道の上を歩きながら、時々足元の花を眺めたり、飛んでいる虫を目で追ったりしていた。
そのとき。
「あっ!」
前方に何かが見えた。
木でできた柵。
その向こうには建物がいくつも並んでいる。
屋根は赤や茶色、青などさまざまで、建物の間には人影も見えた。
「わああ! 町だ!」
白雪は思わず駆け出した。
近づくにつれて、町の様子がはっきりしてくる。
入口には大きな木の門があり、その両脇には石造りの壁が続いていた。
門の近くでは、何人ものプレイヤーが立ち止まって話をしている。
その中には、武器を背負った人や、ローブを着た人、荷物をたくさん抱えた人もいた。
「人がいっぱい!」
白雪は少しだけ速度を落とした。
今まで森の中では、ほとんど一人で行動していた。
モンスターや小さな生き物はたくさんいたけれど、こうして大勢のプレイヤーが集まっている場所を見るのは初めてだった。
門の近くまで来ると、周囲の視線が少しだけ集まった。
「お、あの子の装備……」
「白い装備に青い装飾か。見たことないな」
「武器も双短剣か?」
そんな声が聞こえてくる。
白雪は自分の服を見下ろした。
「……変かな?」
白い軽装衣に、青い宝石の装飾。
背中には白いマント。
手には白と淡い青色の双短剣。
森の中で何度も見てきた装備なので、白雪には特別変わったものには思えなかった。
「かわいいからいいよね!」
そう言って、白雪は門をくぐった。
◇
町の中は、想像していたよりもずっと賑やかだった。
「いらっしゃい! 新鮮な野菜だよ!」
「武器の手入れなら任せてくれ!」
「ポーションの補充はこっちだ!」
通りにはいくつもの店が並んでいる。
食べ物を売っている店、道具を売っている店、装備を扱う店。
プレイヤーだけでなく、NPCらしき住人たちも行き交っていた。
「すごいねえ……!」
白雪はきょろきょろと辺りを見回した。
森の中で見つけたものとは、まったく違う景色だ。
石畳の道。
木造の建物。
窓辺に飾られた花。
建物の間を通り抜ける風。
どこを見ても気になるものばかりだった。
「あっ、あれは何だろう?」
通りの端に、小さな露店が出ていた。
並んでいるのは、色とりどりの石や木の実、花の種など。
白雪は自然とそちらへ近づいた。
「こんにちは!」
「おや、いらっしゃい。旅の人かい?」
店主のNPCが笑顔で声をかけてくる。
「うん! これって何?」
白雪が指さしたのは、青い透明な石だった。
「ああ、それは水晶片だよ。川の近くで採れることがあるんだ」
「へえー!」
白雪は石を眺めた。
森の中でも似たようなものを拾ったことがある。
「これ、買えるの?」
「もちろんだよ」
値段を聞くと、白雪は少し考えた。
アイテム欄には、森や川で拾った素材がたくさん入っている。
今すぐ必要というわけではない。
「うーん、今日は見てるだけにする!」
「そうかい。またいつでもおいで」
「うん!」
白雪は店主に手を振って、その場を離れた。
露店を通り過ぎた先には、大きな噴水があった。
中央には、剣を持った人物の像が立っている。
噴水の周囲にはベンチが並び、何人ものプレイヤーが休憩していた。
「わあ、水が出てる!」
白雪は噴水に近づいた。
水が落ちる音が心地よい。
縁に手をついて、上から流れてくる水を眺める。
水面には青空が映っていた。
「きれいだねえ」
白雪はしばらく水を眺めていた。
その様子を見ていた近くのプレイヤーが、隣の友人に声をかける。
「初心者かな?」
「どうだろう。装備は見たことないけど」
「さっき門を入ってきた子だよな。あの双短剣、ちょっと気になるな」
白雪はそんな会話に気づいていない。
水面に浮かんでいた小さな花びらを指でつついていた。
すると、花びらがくるりと回る。
「おおっ!」
白雪は少しだけ嬉しくなった。
そのまま噴水の周りを一周してから、次の通りへ向かった。
◇
町の中央から少し離れると、建物の雰囲気が変わった。
大きな店が並ぶ通りから、少し落ち着いた雰囲気の場所へ出たのだ。
そこには小さな工房がいくつか並んでいた。
建物の前には木材や金属の板、布などが置かれている。
奥からは金属を叩く音が聞こえてきた。
カン、カン、カン。
「何の音だろう?」
白雪は音のする方へ近づいた。
そこには鍛冶工房があった。
扉は開いていて、中ではNPCの職人が金属を叩いている。
「わあ、武器を作ってる!」
白雪は入口から覗き込んだ。
職人は熱した金属を何度も叩き、形を整えていく。
火花が散る。
「すごい……!」
白雪はしばらく見入っていた。
自分の双短剣も、こうやって作られたのだろうか。
そんなことを考えながら、今度は隣の工房を覗いてみる。
そこには布や糸がたくさん並んでいた。
「こっちは服を作ってるのかな?」
職人が布を広げ、針を動かしている。
白雪は自分のマントを見た。
白蒼の疾風の装備は、自己修復する特別なものだ。
けれど、服を作る作業そのものは少し面白そうだった。
「いつか作ってみるのもいいかも?」
今すぐやるつもりはない。
ただ、覚えておこうと思った。
そのまま歩いていると、今度は小さな料理店を見つけた。
店先から、焼きたてのパンの香りが漂ってくる。
「……いい匂い!」
白雪のお腹が小さく鳴った。
そういえば、ゲーム内で食べられるものは森の木の実や草ばかりだった。
町には、ちゃんと料理を作っている店もある。
「食べたい!」
白雪は店へ入った。
◇
料理店の中は、木のテーブルと椅子が並んだ落ち着いた雰囲気だった。
カウンターの向こうには、料理を作っているNPCの店員がいる。
「いらっしゃい。何にする?」
白雪は並んでいる料理を眺めた。
焼きたてのパン。
野菜のスープ。
肉料理。
果物の盛り合わせ。
どれもおいしそうだった。
「うーん……」
少し迷った末に、パンとスープを注文した。
テーブルに運ばれてきた料理から、湯気が立ち上っている。
「いただきます!」
まずはパンを一口。
外側は少し硬く、中はふんわりしている。
「あっ、おいしい!」
続いてスープを飲む。
野菜の甘みが広がり、温かさが身体に染み込んでいく。
「これもおいしい!」
白雪は嬉しそうに食べ進めた。
森で拾った木の実とは、また違うおいしさだった。
食事を終えると、店の外へ出る。
「町っておいしいものがいっぱいあるんだね!」
満足そうにお腹をさすった。
そして、また歩き始める。
◇
しばらく町の中を歩いていると、少し広い広場に出た。
そこには大きな掲示板が設置されている。
何人ものプレイヤーが掲示板の前に集まっていた。
「何かあるのかな?」
白雪は近づいてみた。
掲示板には、町の案内やお知らせ、NPCからの依頼などが貼られている。
その中には、周辺の地図もあった。
「おおっ、地図!」
白雪は地図を眺めた。
今まで自分が歩いてきた森や草原の位置も、簡単に示されている。
「ここが森で……こっちが草原……」
自分が歩いてきた場所を見つけると、少し嬉しくなった。
けれど、地図を見ているうちに、森の中にまだ知らない場所がたくさんあることにも気づく。
「まだまだいっぱいある!」
白雪の目が輝いた。
町に来たばかりなのに、もう森へ戻りたくなっている。
そのとき、近くにいたプレイヤーが話しかけてきた。
「君、森から来たの?」
「うん!」
「ずいぶん遠くまで歩いてきたんだね。あの辺りは探索してるプレイヤーも少ないんだよ」
「そうなの?」
「道から外れると、いろいろ見つかるらしいけどね」
「へえー!」
白雪は嬉しそうに頷いた。
「教えてくれてありがとう!」
そして掲示板から離れる。
頭の中では、すでに森のことを考えていた。
まだ行っていない場所。
見つけていない生き物。
知らない木の実。
気になるものがたくさんある。
「また森に行こうかなあ」
白雪は町の通りを歩きながら、そんなことを考えていた。
その途中で、道端に置かれた大きな木箱を見つけた。
「……これ、何が入ってるんだろう?」
白雪は箱の横から覗き込んだ。
中には布や木材、金属の部品が入っている。
どうやら店の荷物らしい。
「触っちゃだめだよね」
さすがに勝手に持っていくことはしない。
代わりに、箱の上にちょこんと座っている小さな鳥を見つけた。
「あっ、鳥さん!」
鳥は白雪を見ると、首を傾げた。
そして、ぱたぱたと羽ばたいて近くの屋根へ飛んでいった。
「またねー!」
白雪は手を振った。
◇
町の入口へ戻る頃には、すっかり時間が経っていた。
町の中を歩き回っただけで、ずいぶん楽しめた。
「町って面白いね!」
白雪は門の外に広がる草原を振り返った。
森へ続く道も見える。
町の中にも気になるものはたくさんあるけれど、森にもまだまだ行きたい場所がある。
「明日はどうしようかな?」
町をもっと見て回るのもいい。
森へ戻るのもいい。
どちらにしても、面白そうなものが見つかればそちらへ向かうだけだ。
白雪は笑顔で町の景色を見渡した。
その頃、広場では白い装備の双短剣使いについて話すプレイヤーがいた。
「さっきの白い装備の子、見た?」
「見た見た。あの装備、どこで手に入れたんだろうな」
「噴水の周りをずっと眺めてたぞ」
「装備は珍しいのに、行動はずいぶん自由だな」
そんな会話が交わされていることを、白雪は知らない。
彼女の頭の中は、明日どこへ行こうかということでいっぱいだった。
「次は、あの森の向こうも見てみたいな!」
こうして白雪は、初めて訪れた町での一日を終えた。
新しい場所を知ったことで、冒険の行き先はさらに増えていく。
けれど、白雪の行動が計画的になることは、きっとない。
気になるものを見つけたら、そこへ行く。
それが白雪の遊び方なのだから。




