第57話 森を抜けた先に広がる風の草原
翌日。
白雪はログインすると、昨日最後に立っていた場所へ戻ってきた。
「よーし! 今日は草原に行くよ!」
目の前には、森の木々がまばらになった草地が広がっている。
その先には、風に揺れる緑色の草原。
遠くには小さな建物らしきものも見えていた。
「やっぱり、あれは建物だよね?」
白雪は目を細める。
屋根のような形がいくつか見える。森の中では見かけなかった景色だ。
「町かな? 村かな?」
どちらにしても、人がいる場所かもしれない。
白雪は少しだけ歩く速度を上げた。
……少しだけ、のはずだった。
「わっ!」
足元の草が風で大きく揺れた。
その草の間を、小さな黄色いものがぴょんっと跳ねていく。
「あっ、なに!?」
白雪はすぐにそちらを向いた。
黄色いものは、草の間を跳ねながら遠ざかっていく。
「待ってー!」
町へ向かっていたはずなのに、白雪はあっさり進路を変えた。
◇
草原の中を跳ねていたのは、小さな黄色い生き物だった。
丸い身体に長い耳。背中には薄い緑色の模様がある。
ウサギに似ているが、耳の先が花びらのように広がっていた。
「かわいい……!」
白雪が近づくと、生き物はぴょんっと跳ねて少し離れる。
また近づくと、また跳ねる。
「遊んでくれるの?」
もちろん、そんなつもりかどうかは分からない。
けれど白雪は、追いかけっこをしているような気分になった。
草原の起伏を越え、低い岩を回り込み、風に揺れる草の間を走る。
生き物は時々立ち止まり、白雪の方を振り返る。
「あっ、待って!」
白雪が跳び上がる。
生き物も跳ねる。
その瞬間、白雪は風を受けて身体を前へ押し出された。
「おおっ! 飛んだ!」
《風跳躍》を使ったわけではない。
草原を吹き抜ける風が、ちょうど背中を押してくれたのだ。
白雪はそのまま前方へ着地する。
しかし、生き物は小さな穴へと潜り込んでしまった。
「ああっ、入っちゃった!」
白雪は穴の前でしゃがみ込んだ。
穴は小さく、手を入れても届きそうにない。
「こんにちはー」
返事はない。
少し待ってみたが、出てくる気配もなかった。
「またね!」
白雪は穴の横にあった小さな黄色い花を一輪採取した。
《草原黄花を入手しました》
「お花もあった!」
さらに近くを探してみると、薄い緑色の葉が何枚も重なった植物が見つかった。
《風揺葉を入手しました》
葉を指でつまむと、風が吹いていないのに少しだけ揺れた。
「不思議な葉っぱだね」
白雪は葉をしまい、草原の先へ進んだ。
◇
少し進むと、草原の中に大きな岩がいくつか並んでいた。
岩の表面には、細い線のような模様がある。
白雪は一番近い岩に近づいた。
「これ、昨日拾った石に似てる!」
岩の模様は、風が通り抜ける方向に沿っているように見えた。
岩の間を風が吹く。
ひゅうう……。
小さな音が鳴った。
「おおっ!」
白雪は反対側に回り込んだ。
今度は少し低い音。
さらに隣の岩へ移動すると、音が変わる。
「ここは高い音!」
白雪は岩の間を行ったり来たりした。
風の強さが変わると、音も少しずつ変化する。
しばらく遊んでいると、岩の根元に淡い青色の石が落ちていることに気づいた。
「これも拾っていいのかな?」
拾い上げると、表面には細い白い筋が入っていた。
《風鳴石を入手しました》
その近くには、少し透き通った草が生えている。
《風透草を入手しました》
「きれいな草!」
白雪は葉を光にかざしてみた。
薄い緑色の葉の向こう側が、少しだけ透けて見える。
「これ、食べられるのかな?」
葉を一枚ちぎって、口元へ運ぶ。
……ぱくっ。
「あむ……」
少し噛んでみる。
「んー……」
味はほとんどない。
少し青臭く、最後にわずかな甘みが残った。
「食べられるけど、あんまりおいしくないかも」
白雪は残りを採取してアイテム欄へしまった。
そのとき、岩の上から小さな影が飛び立った。
「あっ!」
淡い青色の羽を持つ鳥だった。
羽ばたくたびに、周囲の風がふわりと動く。
鳥は岩の上を一周すると、草原の奥へ飛んでいった。
「鳥さんもいるんだ!」
白雪は鳥を見送った。
追いかけようか少し迷ったが、今度は別のものが目に入った。
岩の隙間に、小さな白い花が咲いている。
「こっちも気になる!」
結局、鳥を追いかけるのは後回しになった。
花を採取すると、《風白花》を入手した。
◇
さらに草原を進むと、小さな水辺が見えてきた。
浅い水たまりのような場所だ。
周囲には背の低い草が生えていて、水面には小さな葉が浮かんでいる。
「お水だ!」
白雪は水辺へ近づいた。
水は透き通っていて、底の石まで見える。
しゃがみ込んで覗き込むと、小さな魚が泳いでいた。
「あっ、魚!」
白雪は指先を水につけた。
魚は驚いたように方向を変え、草の陰へ隠れてしまう。
「逃げちゃった……」
水辺を少し歩いてみると、白い丸い実が浮かんでいた。
拾い上げると、水滴のような模様が表面にある。
《水草の実を入手しました》
「水草の実……?」
白雪は実を眺めた。
少し柔らかい。
匂いを嗅いでみると、ほんのり甘い香りがした。
「食べられそう!」
ぱくっ。
「んっ、甘い!」
噛むと水分がじゅわっと広がった。
甘さは控えめだが、後味がすっきりしている。
「おいしいね!」
もう一つ採取しようとしたとき、水面がぽこっと膨らんだ。
「ん?」
白雪が覗き込む。
水の中から、小さな生き物が顔を出した。
丸い白色の身体に、淡い青色の背びれ。
頭の上には小さな葉が一枚乗っている。
「こんにちは!」
生き物は白雪を見つめたあと、ぷくっと頬を膨らませた。
そして、小さな泡を吐き出した。
ぽわん。
「あっ、泡!」
白雪はすぐに《泡操作》を使った。
浮かんだ泡を指先で動かす。
泡はふわふわと水面の上を漂い、生き物の目の前でくるりと回った。
生き物は泡を見上げる。
ぽわん、ぽわん。
今度は二つの泡を吐き出した。
「わあ、増えた!」
白雪は泡を二つ並べて、ゆっくり回転させた。
生き物は楽しそうに水面を跳ねた。
その拍子に、水しぶきが白雪の頬にかかる。
「きゃっ! 冷たい!」
白雪は笑いながら、水辺に手を入れた。
しばらく泡で遊んでいると、生き物は水の中へ潜っていった。
「あれ? 帰っちゃうの?」
水面が静かになる。
その代わりに、白い葉のようなものが水辺に残されていた。
「これ、くれるの?」
拾い上げる。
《水泡葉を入手しました》
「ありがとう!」
もちろん、相手に伝わったかどうかは分からない。
白雪は水辺に向かって手を振った。
◇
水辺を離れると、草原はさらに広くなっていた。
森の木々はもう背後に遠ざかっている。
前方には細い道が伸び、その先に建物の姿が見えた。
今度は屋根だけでなく、建物の壁らしきものも見える。
「おおっ! やっぱり建物だ!」
白雪は少し足を速めた。
道は踏み固められていて、草原の中を緩やかに続いている。
ところどころに石が並び、誰かが通った跡もある。
「ここを歩いていけば着くのかな?」
白雪は道の上を歩いた。
森の中とは違い、視界を遮る木がない。
遠くまで見渡せるのが新鮮だった。
しばらく進むと、道の脇に木製の標識が立っていた。
「看板?」
白雪は近づいて文字を確認した。
そこには、町の名前と方向を示す矢印が書かれていた。
「町……!」
ようやく、目的地らしいものが見つかった。
白雪は看板の先を見た。
道はそのまま草原を抜け、遠くの建物へ続いている。
「もう少しだね!」
嬉しそうに歩き出す。
……が、数歩進んだところで、道の脇に小さな青い花が咲いているのを見つけた。
「あっ、青いお花!」
白雪は当然のように足を止めた。
しゃがみ込んで花を眺める。
花びらの先には、小さな水滴がついていた。
「きれいだなあ」
採取すると、《道端の青花》を入手した。
白雪は満足そうに立ち上がる。
「よし! 今度こそ町に行こう!」
そう言って、今度は寄り道せずに歩き出した。
草原を吹き抜ける風が、白いマントを揺らす。
森で過ごした時間は長かった。
けれど、森の外にもまだまだ知らないものがある。
白雪は遠くに見える建物を眺めながら、楽しそうに歩いていった。
「町にはどんなものがあるのかな?」
答えは、もうすぐ分かる。
白雪の冒険は、少しずつ新しい場所へと広がっていく。




