第56話 風の丘の向こうに見つけた新しい景色
風の丘の頂上。
白雪は、丘の上に立って遠くを眺めていた。
「おおー……!」
目の前には、森の木々が広がっている。
けれど、今まで見てきた景色とは少し違っていた。
丘の向こう側では木々の数が徐々に少なくなり、その先には草原らしき場所が見える。さらに遠くには、薄く青い山並みまで続いていた。
「森の外かな?」
白雪は目を細めた。
ここまでずいぶん長い間、森の中を歩き回っていた気がする。
池を見つけたり、滝を見つけたり、温泉に入ったり、不思議な生き物と遊んだり。
振り返れば、寄り道ばかりの冒険だった。
「向こうも面白そう!」
白雪はすぐに丘を下り始めた。
もちろん、普通に歩いて下りるつもりはない。
「こっちの方が早そう!」
斜面に生えている草を踏み、岩を蹴り、木の根を足場にして軽やかに進んでいく。
途中で少し大きな岩があった。
「んー……」
白雪は岩の前で立ち止まり、少し考えた。
右側には細い道がある。左側は草が生い茂っていて、通れるかどうか分からない。
そして岩の上には、小さな白い花が咲いていた。
「……あっ、お花!」
進む方向を決めるより先に、白雪の興味は花へ移った。
岩に手をかけてよじ登る。
白い花の周りには、小さな青い粒がいくつも付いていた。
「これ、実かな?」
指先でそっと触れてみる。
すると、花の根元にあった青い粒がころりと転がった。
「あっ!」
落ちる前に手で受け止める。
小さな丸い粒は、表面が薄く透き通っていた。
「きれい!」
白雪はしばらく眺めてから、アイテムとして回収した。
《風露の実を入手しました》
「風露の実……。食べられるのかな?」
白雪は実を持ち上げ、じっと見つめた。
青くて透明感がある。見た目はおいしそうだ。
ぱくっ。
「あむ……」
口の中で、ぷちっと実が弾けた。
「んっ!」
最初に広がったのは、ほんのりとした甘さ。
その後、冷たい風が吹き抜けるような爽やかさが口いっぱいに広がった。
「おいしい!」
もう一粒食べようとして、白雪は手を止めた。
「……あれ? なんか涼しい?」
身体の周囲を風が通り抜けるような感覚がある。
少しだけ身体が軽くなった気もする。
白雪はその場でぴょんと跳ねた。
「おおっ!」
いつもより少しだけ高く跳べた。
ただし、風の丘で身につけた《風跳躍》ほど大きな変化ではない。
「これも風の実だからかな?」
詳しいことは分からない。
でも、おいしかったので満足だった。
白雪は残りの実を採取し、岩から飛び降りた。
そのまま丘の斜面を下りていく。
途中、風が吹くたびに草が同じ方向へ倒れていく場所があった。
「わあ、草がみんな同じ向き!」
白雪は草の流れに合わせて走ってみる。
風が背中を押してくれる。
白蒼の疾風の装備が軽く揺れ、白いマントがふわりと広がった。
「気持ちいいー!」
走って、跳んで、着地する。
また走って、岩を踏み台にして跳ぶ。
風が吹く方向へ身体を傾けると、いつもより遠くまで進めた。
そんなことを繰り返しているうちに、白雪は丘の麓へとたどり着いた。
◇
丘の麓には、背の低い草が広がっていた。
森の中よりも日当たりがよく、地面には小さな花が点々と咲いている。
「わあ、ここもきれい!」
白雪は草むらへ入っていった。
足元には黄色い花。
少し離れた場所には、薄い水色の花。
そのさらに奥には、丸い石がいくつも転がっていた。
「お花がいっぱい!」
まずは黄色い花を一輪採取する。
《丘黄花を入手しました》
次に水色の花。
《風水花を入手しました》
「風水花……?」
名前に風が入っている。
白雪は花を鼻に近づけた。
ふわり。
ほのかに甘い香りがした。
「いい匂い!」
花をしまい、次は丸い石へ向かう。
石は白っぽく、表面に細い青い線が入っていた。
白雪は一つ拾い上げる。
「これ、模様がきれいだね」
《風紋石を入手しました》
別の石も拾ってみる。
こちらは少しだけ黄色がかっていた。
《丘砂石を入手しました》
「石もいろいろあるんだねえ」
白雪は二つの石を並べて眺めた。
どちらも形が違う。
丸いものもあれば、少し平たいものもある。
特に平たい石は、手のひらにちょうど収まる大きさだった。
「……これ、飛ぶかな?」
白雪は石を持ち上げた。
目の前には少し広い草地がある。
その向こうには小さな水たまりのような場所も見えた。
「えいっ!」
腕を振り、石を投げる。
石は草地を越えて、地面に一度跳ねた。
ころころころ……。
「あっ、跳ねた!」
白雪は石が転がっていくのを追いかけた。
石が止まった場所には、小さな虫がいた。
青い殻を持った、丸っこい虫だ。
「こんにちは!」
白雪が近づくと、虫はぴたりと動きを止めた。
少しの間、白雪を見つめる。
そして、地面の隙間へと潜ってしまった。
「あっ、行っちゃった」
白雪は地面を覗き込んだ。
小さな穴がある。
指を近づけてみるが、虫は戻ってこない。
「隠れちゃったね」
無理に掘り返すことはせず、そのまま立ち上がった。
そのとき、草むらの向こうから何かが飛び出してきた。
白い小さな生き物だ。
丸い身体に、淡い緑色の耳のようなものが付いている。
「あっ!」
白雪が声を上げると、生き物はぴょんっと跳ねた。
そして、また少し離れた場所へ移動する。
「待ってー!」
白雪は追いかけた。
生き物は速い。
草むらを抜け、低い岩の間を通り、木の根元へと向かっていく。
白雪も《白蒼の疾風》の脚力を使って追いかけた。
跳んで、着地して、また跳ぶ。
しかし、生き物は木の根元にある小さな穴へと潜り込んでしまった。
「ああっ、逃げられた!」
白雪は穴の前でしゃがみ込む。
中から、ちょこんと緑色の耳が見えた。
「こんにちはー」
返事はない。
「出てこない?」
少し待ってみたが、出てくる様子はなかった。
白雪は持ち物から《森赤実》を一つ取り出し、穴の前に置いた。
「これ、あげるね!」
そして、少し離れた場所に座って待つ。
しばらくすると、穴から小さな鼻が出てきた。
くんくん。
赤い実の匂いを嗅いでいる。
やがて、白い生き物はそっと外へ出てきて、実をくわえた。
「あっ、食べた!」
生き物は実を持ったまま、穴の中へ戻っていく。
「おいしかったらいいなー」
白雪は嬉しそうに立ち上がった。
また会えるかもしれない。
そう思いながら、次の場所へ向かった。
◇
草地を進んでいくと、地面が少しずつ硬くなってきた。
木々の間隔も広くなり、遠くまで見渡せるようになっている。
「おおー……」
白雪は足を止めた。
森の向こうに、広い草原が見えた。
風に揺れる緑の草。
その中を細い道のようなものが伸びている。
道の先には、何か小さな建物らしきものも見えた。
「家かな?」
白雪は目を凝らした。
まだ遠くて、はっきりとは分からない。
けれど、あそこには誰かが住んでいるのかもしれない。
「行ってみよう!」
白雪は草原へ向かって歩き出した。
ところが、数歩進んだところで足を止める。
「……あれ?」
道の脇に、丸いものが落ちていた。
近づいてみると、白い殻のようなものだ。
表面には淡い青色の模様がある。
「卵かな?」
拾い上げようとしたが、よく見ると殻の内側に小さな穴が開いていた。
すでに中身はないらしい。
「誰かが生まれた後なのかな?」
白雪は殻をそっと持ち上げた。
《風殻の欠片を入手しました》
「風殻の欠片!」
名前を確認すると、白雪はアイテム欄へしまった。
その直後、近くの草むらが揺れた。
ぴょこ。
白い小さな鳥が顔を出した。
羽の先が淡い青色で、頭には小さな羽飾りのようなものがある。
「あっ、鳥さん!」
鳥は白雪を見て、首を傾げた。
そして、草むらから飛び出すと、少し先の石の上へ移動した。
白雪が近づくと、また飛ぶ。
「待って待って!」
鳥は飛びながら、草原の方へ向かっていった。
白雪はその後を追いかける。
しかし、鳥は空を飛んでいる。
追いつけるはずもなく、すぐに距離が離れてしまった。
「速いなあ……」
白雪は少しだけ残念そうに見送った。
それから、鳥が飛んでいった方向を眺める。
草原の向こうには、細い道が続いている。
その道は、どこかへ向かっているようだった。
「……あっ!」
白雪は何かを思い出したように声を上げた。
「そういえば、まだ森の外に行ってない!」
ここまでずっと森の中を歩き回っていた。
そろそろ、別の場所も見てみたい。
白雪は草原へ向かって歩き始めた。
◇
その日の夜。
ログアウトした白雪は、ベッドの上で大きく伸びをした。
「ふわぁ……。今日もいっぱい歩いた!」
ゲーム内での冒険を思い返す。
風の丘を下りて、きれいな花を見つけて、石を拾って、白い生き物を追いかけて。
そして、森の外に続いていそうな草原までたどり着いた。
「次はあっちに行ってみようかな!」
雪乃は楽しそうに笑った。
その後、いつものように舞と優真へメッセージを送る。
『今日、森の外っぽいところを見つけたよ!』
少しして、舞から返信が来た。
『森の外? まだ森にいたの?』
『うん! いろいろあったよ!』
『いろいろって何?』
『花を見つけたり、石を投げたり、白い子を追いかけたり!』
『相変わらずだね……』
続いて優真からも返信が来る。
『そろそろ町に着くんじゃないか?』
『たぶん! 遠くに建物みたいなのが見えたよ!』
『ようやくか』
『でも、途中で気になるものがあったら寄り道するよ!』
『だろうな』
優真の返事は短かった。
舞からは、楽しそうなスタンプが送られてくる。
雪乃はスマートフォンを置くと、布団に潜り込んだ。
「明日はどんなものがあるかなあ……」
そんなことを考えながら、ゆっくりと目を閉じる。
明日もきっと、気になるものを見つけて寄り道するのだろう。
白雪の冒険は、まだまだ続いていく。




