第54話 木漏れ日の広場の奥に広がる小さな花畑
森の中に、さらさらと水の流れる音が響いていた。
「今日はあっちに行ってみよう!」
白雪は、昨日見つけた木漏れ日の広場に立っていた。
大きな倒木の近くには、白い花や青い花が咲いている。昨日出会った、頭に葉っぱを乗せた茶色い生き物の姿は見えない。
「まだ寝てるのかな?」
倒木の下を覗き込んでみたが、暗くてよく分からなかった。
白雪は小さく手を振る。
「また来るね!」
それから、水路が続いている方向へ歩き始めた。
水路は広場の先で二つに分かれていた。
片方は昨日通ってきた池の方へ戻っている。もう片方は、木々の間を抜けてさらに奥へ続いていた。
「こっちはまだ行ってないね」
白雪は迷わず奥へ進んだ。
◆
水路沿いの道は、少しずつ細くなっていった。
地面には木の根が何本も飛び出していて、歩くたびに足元が変わる。
白雪は根を踏まないように避けたり、跨いだり、ときには上に乗ってみたりしながら進んでいた。
「この根っこ、長いねえ」
太い根が地面から浮き上がり、少し先まで続いている。
白雪はその上に乗ってみた。
とことこ。
根の上を歩いていく。
途中で枝が邪魔になり、身体を横にして通り抜けた。
「おっとっと」
根の先端は少し高くなっていて、そこから地面へ飛び降りる。
とんっ。
軽く着地した。
その直後、視界の端に小さな表示が現れた。
《足場感知の熟練度が上昇しました》
「あっ、上がった!」
白雪は表示を見て、嬉しそうに笑った。
最近は、こうして遊んでいるだけでもスキルが成長することがある。
「次は何が上がるかな?」
そんなことを考えながら、再び歩き始めた。
しばらく進むと、木々の隙間から淡い黄色の光が見えた。
「あれ? 光ってる?」
白雪はそちらへ向かう。
近づくにつれて、甘い香りが漂ってきた。
「いい匂い!」
木の枝をくぐり抜けた先には、小さな花畑が広がっていた。
◆
「わああ!」
白雪は思わず声を上げた。
そこには、淡い黄色や白、薄紫色の花がたくさん咲いていた。
花の高さは足首ほど。風が吹くと一斉に揺れ、花びらの間に溜まった光の粒がきらきらと舞い上がる。
花畑の中央には小さな岩があり、その周囲を細い水の流れが囲んでいた。
「ここ、すごくきれい!」
白雪は花畑の中へ入らず、まずは縁から眺めてみた。
花の間を、小さな虫が飛んでいる。
黄色い身体に、透明な羽。
花から花へ移動しながら、蜜を集めているようだった。
「ハチさんかな?」
近づいてみると、虫は白雪の方を向いた。
羽を細かく震わせる。
ぶんぶん。
「わっ」
白雪は一歩だけ後ろへ下がった。
以前出会ったハニービーのことを思い出したのだ。
あのときは近づきすぎて追いかけられた。
「今回は遠くから見よう」
白雪は少し離れた場所に座り、虫の様子を眺めることにした。
虫はしばらく白雪を気にしていたが、やがて花の蜜を集め始めた。
「お仕事中だね」
白雪は小さく頷いた。
花畑には、いろいろな花が咲いている。
白い花びらの中央が黄色いもの。薄紫色で、細長い花びらを持つもの。淡い青色で、下向きに咲いているもの。
「どれもかわいい!」
白雪は花畑の縁に生えていた白い花を一輪だけ採取した。
《陽花草を入手しました》
「陽花草かあ」
次に、薄紫色の花を採取する。
《紫雫花を入手しました》
その隣には、丸い葉っぱの上に小さな黄色い粒が乗っていた。
指で触れると、粒がぷるんと揺れる。
「これ、実かな?」
白雪はひとつだけ採取した。
《蜜露粒を入手しました》
手のひらに乗せてみると、透明な粒の中に黄色い光が浮かんでいる。
「きれい!」
白雪はしばらく眺めてから、インベントリへしまった。
◆
花畑の中央にある岩が気になった。
周囲の岩とは違い、表面が滑らかで、ところどころに小さな穴が開いている。
近づくと、岩の穴から風が抜ける音が聞こえた。
ふうう……。
「風が出てる?」
白雪は耳を近づけた。
ふうう……ぴゅう。
穴の大きさによって音が少しずつ違う。
「この前の岩みたい!」
以前、風の通る岩場で音を鳴らす岩を見つけたことがある。
白雪は岩の周りを一周してみた。
横には小さな穴が三つ。上には細長い穴が二つ開いている。
風が吹くと、それぞれの穴から違う音が鳴った。
ぴゅう。
ふう。
ひゅるる。
「面白い!」
白雪は穴の前に手をかざしてみた。
指の間を風が通り抜ける。
今度は手を少し離してみる。
音が変わった。
「おおっ!」
何度も手を動かして、風の音を変えて遊ぶ。
そのうち、岩の上に小さな白い羽根が引っかかっているのを見つけた。
「あっ、羽根!」
手を伸ばして取る。
《風穴鳥の羽根を入手しました》
「風穴鳥?」
どんな鳥なのかは分からない。
でも、羽根があるということは、この辺りに住んでいるのかもしれない。
白雪は岩の上を見上げた。
近くの枝には、小さな巣があった。
「巣だ!」
中には何も見えない。
白雪は巣に触れず、少し離れて眺めた。
そのとき、頭上から小さな鳴き声が聞こえた。
「ぴぃっ」
見上げると、白い小鳥が枝に止まっていた。
身体は白く、翼の先に淡い黄色の羽根がある。
「あっ、小鳥さん!」
小鳥は白雪を見下ろし、首を傾けた。
そして、枝から飛び立つと花畑の奥へ飛んでいった。
「待ってー!」
白雪は慌てて後を追いかけた。
◆
小鳥が飛んでいった先には、花畑のさらに奥へ続く細い道があった。
白雪は花を踏まないように、道の上を進んでいく。
すると、地面に小さな黄色い実が落ちているのを見つけた。
「あっ、木の実!」
周囲を見上げると、枝の上に同じ実がいくつもなっていた。
白雪は落ちていた実を拾い、匂いを嗅いでみる。
甘い香りがする。
「食べてみよう!」
ぱくっ。
噛んだ瞬間、甘い果汁が口いっぱいに広がった。
「甘い!」
さらに、少しだけ花のような香りが鼻に抜ける。
「これ、おいしい!」
白雪はもう一つ食べた。
今度は少し酸味があり、後味がさっぱりしている。
《花香実を入手しました》
「花香実かあ。いい名前!」
白雪は残りをいくつか採取して、インベントリへしまった。
そのとき、頭上の枝が揺れた。
がさっ。
「あれ?」
白雪が顔を上げると、白い小鳥が枝の上にいた。
くちばしには、小さな実をくわえている。
小鳥はそれを枝の上に置き、白雪を見た。
「それ、くれるの?」
小鳥は首を傾ける。
白雪が手を伸ばすと、小鳥は枝から飛び立った。
置かれた実を拾ってみる。
淡い黄色で、表面に小さな白い斑点がある。
「こっちも実だ!」
白雪はひとつだけ採取した。
《小鳥の贈り実を入手しました》
「ありがとう!」
小鳥は少し離れた枝に止まり、短く鳴いた。
白雪はその姿を眺めていたが、すぐに別のものが気になった。
小鳥が止まっている枝の根元に、ふわふわした白い苔が生えていたのだ。
「わあ、ふわふわ!」
白雪は苔を指先で触ってみる。
柔らかく、少しだけ弾力がある。
そっと採取する。
《綿風苔を入手しました》
「これ、触り心地いいね!」
白雪は指先で何度も撫でてから、インベントリへしまった。
◆
花畑の奥へ進むと、小さな水たまりがあった。
水面には花びらがいくつも浮かんでいる。
白雪はしゃがみ込み、花びらを一枚拾った。
淡い黄色で、触ると少しだけ温かい。
「不思議な花びら」
水たまりの縁には、同じ花が咲いていた。
白雪は一輪だけ採取する。
《陽だまり花を入手しました》
その隣には、細い茎に小さな実がぶら下がっている。
実は透明で、中に小さな光が入っているように見えた。
「これもきれい!」
白雪が触れると、実がふわりと揺れた。
採取すると、光は消えずにそのまま残った。
《光露の実を入手しました》
「光ってる!」
白雪は実を手のひらに乗せ、何度も角度を変えて眺めた。
食べられるのだろうか。
気にはなったが、今はまだ採取したばかりだ。
「あとで食べてみようかな」
そう言って、インベントリへしまった。
そのとき、近くの草むらが揺れた。
かさかさ。
白雪が振り向くと、そこから小さな茶色い生き物が顔を出した。
頭には葉っぱが一枚。
「あっ!」
昨日、木漏れ日の広場で出会った生き物に似ている。
「こんにちは!」
生き物は白雪を見て、少しだけ近づいてきた。
白雪は木陰青実をひとつ取り出し、地面に置いた。
「これ、食べる?」
生き物は実をくんくんと嗅ぎ、ぱくりと食べた。
「おいしい?」
頭の葉っぱがぴょこんと揺れる。
「ふふっ」
白雪は笑った。
生き物は食べ終わると、白雪の足元を一周し、草むらへ戻っていった。
「またね!」
白雪はその背中を見送った。
◆
気づけば、空が少しずつ夕方の色に変わっていた。
「もうこんな時間!」
白雪は花畑をもう一度見回した。
今日の収穫は、陽花草、紫雫花、蜜露粒、風穴鳥の羽根、花香実、小鳥の贈り実、綿風苔、陽だまり花、光露の実。
思っていたよりたくさん集まった。
「今日はお花がいっぱいだったね!」
花畑の中央では、風が吹くたびに花が揺れている。
白雪はその様子をしばらく眺めた。
ここはまた来たい場所だ。
花もきれいだし、小鳥もいる。頭に葉っぱを乗せた生き物も来るかもしれない。
「また遊びに来るね!」
白雪は花畑に手を振った。
帰り道、ふと森の向こうを見る。
木々の隙間から、遠くに少し開けた場所が見えた。
今まで歩いてきた森とは、木の並び方が違う。
「向こうも気になるなあ……」
白雪は少しだけ足を止めた。
今すぐ行ってみたい気持ちはある。
けれど、今日はもう帰る時間だ。
「明日、行ってみよう!」
新しい行き先が決まった。
白雪は白蒼の疾風のマントを揺らしながら、木漏れ日の広場へ戻っていった。
森の奥には、まだまだ知らない場所が隠れている。
白雪の冒険は、今日も終わらない。




