第52話 水辺に浮かぶ丸い葉っぱと小さな挑戦
池の魚が気になっていた。
昨日も見た銀色の魚。水面から勢いよく跳ねる姿が、どうにも頭から離れない。
「今日も跳ねてるかな?」
ログインした白雪は、森の中を軽い足取りで進んでいた。
白蒼の疾風のブーツが地面を蹴り、白いマントが風に揺れる。
途中で見つけた小さな花に目を留めたり、木の根元に生えていたキノコを覗き込んだりしながら、昨日の池へ向かう。
もちろん、寄り道は忘れない。
「このキノコ、昨日のとは違うね」
茶色い傘に白い斑点があるキノコだった。
白雪はしゃがみ込んで、傘の裏側を覗いてみる。
「うーん……食べられるのかな?」
指先で軽く触ってみる。特に変化はない。
匂いを嗅いでみると、土のような香りがした。
「今日はやめておこうかな」
別に食べたいものがないわけではない。今は池の魚の方が気になっているのだ。
白雪はキノコを採取して、インベントリにしまった。
《白斑キノコを入手しました》
「また今度ね!」
誰に向かって言ったのか分からない挨拶をして、再び歩き始めた。
◆
池に到着すると、水面には木々の影が映っていた。
白雪は昨日と同じ場所にしゃがみ込む。
「お魚さーん!」
呼んでみる。
当然、返事はない。
水面をじっと眺めていると、草の陰から銀色の影が現れた。
「あっ!」
すいっ。
魚は白雪の目の前を通り過ぎていく。
「いた!」
さらに、少し離れた場所で別の魚が跳ねた。
ぱしゃん!
「おおっ!」
昨日と同じように、魚たちは水面から飛び出している。
白雪はしばらくその様子を眺めていた。
すると、池の反対側から小さな鳴き声が聞こえた。
「ぴぃっ」
「あれ?」
顔を上げると、淡い青色の翼を持つ白い小鳥が枝に止まっていた。
「あっ、この前の鳥さん!」
小鳥は白雪を見つけると、枝から飛び立った。
そして池の水面を越え、少し離れた水辺へ向かっていく。
「またどこかに行くの?」
白雪は立ち上がり、小鳥を追いかけた。
池の縁を回っていくと、水辺に大きな丸い葉っぱがいくつも浮かんでいる場所に出た。
「わあ、葉っぱがいっぱい!」
葉っぱは濃い緑色で、中心が少しだけくぼんでいる。大きさは白雪の顔よりも大きい。
その上には、小さな水滴がいくつも乗っていた。
風が吹くと水滴が葉の上を転がり、縁から水面へ落ちていく。
ぽちゃん。
「面白い!」
白雪は葉っぱのひとつに触れてみた。
ぷるん。
思ったより弾力がある。
「乗れるかな?」
白雪は水辺に足を置き、葉っぱに体重をかけてみた。
ぐにゃり。
「おっと!」
葉っぱが沈み込む。
慌てて岸へ戻ると、葉っぱはゆっくり元の形に戻った。
「乗れそうで乗れないね」
白雪は別の葉っぱを観察した。
こちらは少し大きく、縁が厚くなっている。
「こっちはどうかな?」
今度は片足だけ乗せてみる。
ぷるん。
葉っぱは少し沈んだが、先ほどよりもしっかりしていた。
「おっ!」
もう片方の足も乗せる。
ぐらり。
「わわっ!」
白雪は両腕を広げてバランスを取った。
葉っぱは水面に浮かんだまま、ゆっくり揺れている。
「乗れた!」
白雪は嬉しそうに笑った。
しかし、喜んでいる間にも葉っぱは揺れ続けている。
少し身体を傾けると、葉っぱも傾く。
反対側に重心を移すと、今度は逆向きに揺れた。
「おお……これ、難しい!」
白雪は足元を見ながら、慎重に身体を動かした。
葉っぱの上に乗ったまま、なんとか姿勢を保つ。
そのとき、隣の葉っぱに小さな虫が止まった。
「あっ、虫さん!」
思わずそちらへ顔を向ける。
ぐらっ。
「わああっ!」
葉っぱが大きく傾いた。
白雪は水の中へ落ちる寸前で跳び上がり、隣の葉っぱへ飛び移った。
ぽよん!
今度はそちらが大きく沈む。
「きゃっ!」
結局、白雪は水の中へ落ちた。
ばしゃん!
「つ、冷たい!」
浅い場所だったので、身体が沈むことはなかった。
白雪は水の中に立ち上がり、濡れた前髪を手で払う。
「失敗しちゃった……」
けれど、すぐに笑顔になった。
「もう一回!」
◆
今度は葉っぱの上に長く立つことを目標にした。
最初は一枚の葉っぱに乗り、揺れに合わせて身体を動かす。
少し慣れてきたら、次の葉っぱへ移る。
ぴょん。
ぷるん。
ぴょん。
ぐらり。
水に落ちそうになりながらも、白雪は何度も挑戦した。
途中で葉っぱの縁に生えていた小さな花を見つける。
淡い青色の花びらが、水面に向かって開いていた。
「こんなところにもお花がある!」
白雪は葉っぱから降り、花を採取する。
《水浮花を入手しました》
その近くには、丸い粒のような実もあった。
薄い緑色で、表面には細かな水滴がついている。
「これは食べられるかな?」
白雪は実をひとつ採取し、軽く匂いを嗅いだ。
青っぽい香りがする。
少しだけ指先で押してみると、柔らかく弾力があった。
「気になる!」
ぱくっ。
口に入れると、最初はほとんど味がない。
少し噛むと、みずみずしい甘さが広がった。
「おいしい!」
さらに噛むと、ほんのりとした酸味が出てくる。
最後には、舌の上で小さな泡が弾けた。
「んんっ? また泡!」
白雪は目を丸くした。
先日食べた泡弾実とは違い、こちらは控えめなしゅわしゅわ感だ。
「こっちも面白い味!」
実をいくつか採取する。
《水浮実を入手しました》
白雪は水浮実を一つ手のひらに乗せ、光にかざしてみた。
透明感のある薄緑色がきれいだった。
「これ、何かに使えるかな?」
料理に使えるかもしれないし、そのまま食べてもおいしい。
今すぐ使い道を決める必要はない。
白雪は大切そうにインベントリへしまった。
そのとき、水面がぽこぽこと揺れた。
「ん?」
葉っぱの下から、小さな水色の生き物が顔を出した。
丸い身体に、背中には大きな葉っぱが一枚。
以前、池の近くで出会った泡を吹く生き物に似ている。
「あっ、こんにちは!」
生き物は白雪を見上げると、ぷくっと頬を膨らませた。
ぽわん。
小さな泡が浮かぶ。
「泡だ!」
白雪は《泡操作》を使い、泡をそっと持ち上げた。
泡は葉っぱの上をふわふわと移動する。
生き物はその泡を追いかけるように、葉っぱの下を泳ぎ始めた。
「こっちだよー」
白雪が泡を少し右へ動かす。
生き物も右へ。
今度は左へ。
生き物も左へ。
まるで追いかけっこをしているようだった。
白雪は笑いながら泡を動かす。
ぽわん、ぽわん。
生き物も次々に泡を吹いていく。
そのうち、一匹だけだったはずの泡が三つ、四つと増えていった。
「いっぱい出てきた!」
白雪は泡をまとめて、葉っぱの上に並べてみる。
小さな泡が水滴と一緒に揺れ、光を反射してきらきら輝いた。
生き物はしばらく泡を見つめたあと、白雪の近くまで泳いできた。
そして、水面から小さな葉っぱを押し出す。
「くれるの?」
白雪は葉っぱを拾い上げた。
《水泡葉を入手しました》
「ありがとう!」
生き物は一度だけ泡を吹くと、葉っぱの下へ戻っていった。
「また遊ぼうね!」
◆
その後も白雪は、水辺の丸い葉っぱで遊んでいた。
今度は葉っぱの上に乗って、少しだけ移動してみる。
風が吹くと葉っぱが揺れ、水面をゆっくり進んでいく。
「おおっ、動いてる!」
白雪は《白蒼の疾風》のブーツで葉っぱの中心を踏み、身体の揺れに合わせて姿勢を調整した。
葉っぱが右へ流れれば、左へ重心を移す。
左へ揺れれば、今度は右へ。
何度か繰り返すうちに、少しずつ揺れに慣れてきた。
《平衡歩行の熟練度が上昇しました》
「あっ、上がった!」
白雪は表示を見て、嬉しそうに頷く。
さらに、葉っぱから別の葉っぱへ飛び移ってみた。
ぴょん!
着地。
ぐらり。
身体が傾く。
すぐに姿勢を戻し、次の葉っぱへ。
ぴょん!
今度は成功した。
「できた!」
少しずつコツを掴んできたらしい。
ただし、調子に乗って大きく跳びすぎると、葉っぱが大きく揺れて水の中へ落ちてしまう。
それでも白雪は楽しそうだった。
「もう一回!」
何度目かの挑戦を終えた頃、池の向こうから小鳥の鳴き声が聞こえた。
「ぴぃっ」
顔を上げると、淡い青色の翼を持つ白い小鳥が枝に止まっている。
「あっ、またいた!」
小鳥は白雪を見て、翼を広げた。
しかし、今度は飛び立たず、枝の上で羽を休めている。
「今日はここにいるの?」
白雪が手を振ると、小鳥も小さく鳴いた。
その姿を眺めていると、空が少しずつ夕方の色に変わっていった。
「もうこんな時間!」
白雪は水辺から岸へ上がり、装備の状態を確認する。
水に落ちて濡れたけれど、装備に問題はない。
《自己修復》の効果もあり、白蒼の疾風はいつも通りの状態を保っていた。
「今日もいっぱい遊んだね!」
今日の収穫は、白斑キノコ、水浮花、水浮実、水泡葉。
それから、丸い葉っぱの上で遊ぶ方法も少し覚えた。
白雪は最後に水面を覗き込んだ。
銀色の魚が一匹、静かに泳いでいる。
「またね、お魚さん!」
魚は水草の向こうへ消えていった。
白雪は笑顔で手を振り、森の帰り道へ向かう。
明日は何を見つけられるだろう。
そんなことを考えながら、今日も白雪は森の中を自由に駆け回っていった。




