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第51話 池を泳ぐ小さな魚と水辺の大騒動

 翌日。


 白雪はログインすると、昨日見つけた大きな池へ向かっていた。


「今日はお魚を見る!」


 昨日、小鳥に案内されて小さな庭を見つけた。


 白い羽の小鳥や、泡を吹く水の生き物とも出会えたけれど、帰り際に見た魚のことも忘れていない。


 水面から勢いよく飛び出して、ぱしゃんと戻っていく小さな魚。


 あれが気になって仕方なかったのだ。


「どんなお魚かな。大きいのかな? 小さいのかな?」


 池に到着すると、白雪はさっそく水辺にしゃがみ込んだ。


 水面は穏やかで、木々の間から差し込む光がきらきらと揺れている。


 しばらく眺めていると、水の中に小さな影が現れた。


「あっ!」


 影は水草の間をすり抜け、白雪の目の前を横切っていく。


 銀色の身体に、青い線が一本。


 大きさは手のひらより少し小さいくらいだ。


「いたいた!」


 白雪が指を伸ばした瞬間、魚は素早く方向を変えた。


 すいっ。


「あれ?」


 もう一度、反対側から手を伸ばす。


 すいっ。


「速い!」


 魚は白雪の手を避けるように泳いでいく。


 もちろん、白雪も諦めない。


 右から手を伸ばし、左から覗き込み、少し離れた場所へ移動して待ち構える。


 しかし、魚はするりするりと逃げてしまった。


「むむむ……」


 白雪は頬を膨らませた。


 別に捕まえなければならないわけではない。


 ただ、近くで見てみたいのだ。


 そのとき、魚が水面近くまで上がってきた。


 ぱしゃっ!


「わっ!」


 小さな水しぶきが白雪の頬にかかる。


 魚はそのまま水中へ戻っていった。


「……水をかけられた!」


 白雪は濡れた頬を指で拭った。


「よーし。今度はこっちも!」


 何をするつもりなのか。


 白雪は水辺に落ちていた小さな丸石を拾い、少し離れた水面へ投げた。


 ぽちゃん。


 波紋が広がる。


 魚の影が動いた。


「おっ、反応した!」


 もう一度、今度は少し離れた場所へ石を投げる。


 ぽちゃん。


 魚は波紋の近くを泳いでいる。


「面白い!」


 白雪はしばらく、石を投げては魚の動きを眺めていた。


 ただし、夢中になりすぎて石を投げる方向が少しずつずれていく。


 ぽちゃん。


 ぽちゃん。


 ぽちゃん。


 最後の一投は、魚ではなく水辺の草に当たった。


「ありゃ」


 草が揺れ、その根元から小さな虫が飛び出した。


 白雪はそちらを見て、すぐに興味を移した。


「虫さんもいた!」


 魚の観察は、いったん終了らしい。


 ◆


 水辺の草をかき分けると、薄い青色の葉が何枚も重なっていた。


 葉の表面には細かな模様があり、濡れているように見えるのに、水滴はついていない。


「これ、なんだろう?」


 白雪は一枚だけ採取した。


《池青葉を入手しました》


 その近くには、白い小さな貝殻が落ちていた。


 拾い上げると、内側に淡い銀色の光が見える。


《銀縁貝を入手しました》


「貝だ!」


 白雪は貝殻を光にかざしてみた。


 角度を変えると、銀色の部分がきらりと光る。


「きれいだねえ」


 食べられるかどうかは分からない。


 けれど、これは貝殻のようなので、さすがにその場で口に入れたりはしなかった。


 さらに水辺を歩いていると、今度は小さな赤い実が水草の間に隠れているのを見つけた。


 丸くて、表面がつるつるしている。


「木の実かな?」


 指でつまんで匂いを嗅いでみる。


 甘い香りがした。


「いい匂い!」


 白雪は迷わず口に入れた。


 ぱくっ。


 最初はほんのり甘い。


 そのあと、舌の上で少しだけ酸味が広がった。


「おいしい!」


 もう一つ食べようとしたところで、実の表面に小さな泡が浮かんだ。


「ん?」


 口の中が、しゅわしゅわする。


 舌先がくすぐったいような感覚になった。


「わ、泡が出てきた!」


 白雪は驚きながらも、残りの実を眺めた。


 どうやら食べると口の中で泡が弾けるらしい。


「面白い味!」


 実を一つだけ採取して、インベントリにしまう。


《泡弾実を入手しました》


「泡弾実かあ。名前もかわいい!」


 その直後、白雪の視界に小さな表示が現れた。


《味覚の熟練度が上昇しました》


「あっ、また上がった!」


 白雪は嬉しそうに頷く。


 いろいろなものを食べているうちに、味を感じ取る感覚も少しずつ成長しているようだった。


 ただし、本人はそんなことより、泡弾実のしゅわしゅわした感覚が気に入ったらしい。


「もう一個食べたいな……」


 しかし、手元にあるのは採取した一つだけ。


 白雪は周囲を見回した。


 すると、少し離れた水草の陰にも、赤い実が見えた。


「あった!」


 近づこうとした瞬間。


 ぱしゃん!


 水面から魚が飛び出した。


「わっ!」


 魚は白雪の目の前を飛び越え、水草の向こうへ落ちていった。


「今の魚!」


 白雪は赤い実のことを忘れ、魚の落ちた場所へ走った。


 ◆


 魚が落ちた場所には、浅い水たまりのような窪みがあった。


 池と細い水路でつながっているらしい。


 白雪は水辺にしゃがみ込み、中を覗き込んだ。


 そこには、さっきの銀色の魚が二匹泳いでいた。


「あっ、二匹いる!」


 片方は少し大きく、もう片方は小さい。


 大きな魚が水底の石をつつくと、小さな魚も真似をするように近づいた。


「親子かな?」


 白雪は水面に顔を近づける。


 すると、小さな魚が白雪の顔を見上げた。


 ぱくぱく。


「こんにちは!」


 もちろん魚は返事をしない。


 けれど、口をぱくぱくさせる様子が可愛らしくて、白雪はしばらく眺めていた。


 そのとき、大きな魚が水面へ向かって勢いよく泳ぎ出した。


 ぱしゃん!


 小さな魚も続く。


 ぱしゃん!


 二匹が同時に跳ねた。


「わあっ! すごい!」


 白雪は思わず拍手した。


 さらに、少し離れた場所でも魚が跳ねる。


 ぱしゃん!


 また別の場所。


 ぱしゃん!


「いっぱい跳ねるね!」


 まるで魚たちが水面で遊んでいるようだった。


 白雪も真似をしたくなったのか、水辺に手を入れて水をすくう。


 ぱしゃっ。


 小さな水しぶきを作ってみた。


 魚は反応しない。


「むう……」


 もう少し大きく水をすくってみる。


 ぱしゃん!


 今度は水しぶきが高く上がり、白雪の顔にかかった。


「冷たっ!」


 自分でやっておいて驚いている。


 白雪は顔を拭きながら笑った。


「水遊びも楽しいね!」


 しばらく水をすくって遊んでいると、足元の石が少し滑った。


「わっ!」


 身体が前に傾く。


 白蒼の疾風のブーツが水辺の石を踏み直し、なんとか転ぶのを防いだ。


 けれど、片足は水の中に入ってしまった。


「……あ」


 白雪は足元を見た。


 ブーツは濡れているが、装備に異常はない。


 《自己修復》の効果もあって、装備の状態は問題なさそうだ。


「まあ、いっか!」


 白雪は気にせず、今度は水辺から少し離れた場所に座った。


 すると、目の前の草むらから小さな生き物が顔を出した。


 白い身体に、青い背びれ。


 丸い目をした、手のひらほどの小さな生き物だ。


「あっ、魚じゃない!」


 生き物は白雪を見ると、ぴょこんと草むらから出てきた。


 水辺に向かって歩いていく。


「どこ行くの?」


 白雪が後を追うと、生き物は水路の縁で立ち止まった。


 そして、背中の青いひれをぱたぱたと動かす。


 ぽんっ。


 小さな泡がひとつ、口元から出てきた。


「泡を出すの?」


 白雪は《泡操作》を使い、その泡をそっと持ち上げた。


 泡は生き物の頭上でふわふわと揺れる。


 生き物は泡を見上げ、首を傾けた。


「これ、欲しい?」


 白雪が泡を近づけると、生き物は口を開けた。


 ぱくっ。


 泡が弾ける。


 すると、生き物は嬉しそうに水路の中へ飛び込んだ。


 ぱしゃん!


「あっ、行っちゃった!」


 水の中を小さな影が泳いでいく。


 しばらくすると、今度は水路の向こう側から顔を出した。


 ぽんっ。


 小さな青い実が水面に浮かぶ。


「くれるの?」


 白雪はそれを拾い上げた。


《水泡の実を入手しました》


「ありがとう!」


 生き物は水面から顔を出したまま、しばらく白雪を見ていた。


 白雪は手を振る。


 生き物は小さな泡をひとつ浮かべると、再び水の中へ潜っていった。


「またね!」


 ◆


 夕方。


 白雪は池の周囲をもう一度歩き、見つけたものをインベントリにしまっていた。


 今日の収穫は、池青葉、銀縁貝、泡弾実、水泡の実。


 それから、魚が泳いでいる場所も見つけた。


「いっぱい見つけた!」


 白雪は満足そうに頷く。


 そういえば、泡弾実は料理に使えるのだろうか。


 水泡の実も、食べられるのかもしれない。


「今度、何か作ってみようかな?」


 そんなことを考えながら、白雪は池を眺めた。


 もちろん、今すぐ作るつもりはない。


 料理の方法も知らないし、そもそも何を作るかも決めていない。


 ただ、気が向いたら試してみたいと思っただけだ。


 水面では、銀色の魚がまた一匹跳ねた。


「おっ!」


 白雪の目がそちらへ向く。


 もう少しだけ見ていたい。


 けれど、今日はそろそろログアウトする時間だった。


「また今度ね!」


 白雪は池に手を振り、森の中へ戻っていった。


 次に来たとき、魚たちはまた跳ねてくれるだろうか。


 そんなことを考えながら、白雪は軽い足取りで森を駆けていく。


 今日もまた、予定にはなかった小さな発見が増えたのだった。

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