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第50話 池の向こうに広がる小さな秘密の庭

 白い羽の小鳥が、池の向こうへ飛んでいった。


「待ってー!」


 白雪は水辺から身を乗り出し、小鳥の姿を追いかける。


 小鳥は淡い青色の翼を広げ、池の上を滑るように飛んでいた。時折、水面すれすれまで降りては、何かを確かめるように首を傾ける。


 その先には、木々の間を縫うように続く細い道があった。


「道がある!」


 白雪はさっそく池の周囲を回り始めた。


 水の中を進めば近そうだけれど、さすがに深さが分からない。以前のように水中を探検するのも楽しそうだが、今は小鳥が気になる。


 池の縁に沿って歩いていると、水面から顔を出した平たい石がいくつも並んでいる場所を見つけた。


「おっ、石が並んでる!」


 ひとつ目の石に足を乗せる。


 ぐらり。


「わわっ!」


 慌てて両腕を広げ、身体の傾きを戻す。白蒼の疾風のブーツが石の表面を捉え、なんとか踏みとどまった。


 次の石へ、ぴょん。


 その次へ、ぴょん。


 石と石の間隔は少しずつ違っている。大きく跳ばなければ届かない場所もあれば、足を伸ばすだけで渡れる場所もあった。


「こっちは近い!」


 白雪は石の上を跳び移りながら、池の向こうを目指す。


 途中、水面から小さな魚が飛び出した。


「わっ、魚!」


 魚は白雪の足元を通り抜け、ぱしゃんと水へ戻っていく。


 白雪は思わずその動きを目で追った。


「今の、すごい跳んだね!」


 もう一匹、今度は少し離れた場所で魚が跳ねる。


 白雪はしばらく水面を眺めた。


 ……追いかけたい。


 でも、小鳥も気になる。


「うーん……あとでね!」


 名残惜しそうに魚へ手を振り、再び石を渡り始めた。


 最後の石から岸へ飛び移ると、そこには細い獣道のような道が続いていた。


 道の両側には背の低い草が生え、ところどころに白い花が咲いている。


「わあ、こっちもお花がある!」


 白雪はしゃがみ込んだ。


 花びらは五枚。中心は淡い水色で、風が吹くたびに小さく揺れている。


 指先でそっと触れると、花びらの表面に小さな水滴が浮かんだ。


「水が出てきた!」


 不思議に思って近づいてみると、花びらの上に溜まった水滴が、ころんと転がって葉の上へ落ちた。


 白雪はその様子をしばらく眺めてから、ひとつだけ花を採取した。


《水雫花を入手しました》


「水雫花……かわいい名前!」


 さらに道の先へ進むと、今度は細長い葉を持つ草が群生していた。葉の先端には透明な粒がついている。


 風が吹くと、その粒が揺れて、きらきらと光った。


「こっちは何だろう?」


 白雪は一本だけ採取する。


《露鳴草を入手しました》


 採取した草を手に持ち、軽く振ってみる。


 ちりん。


「えっ?」


 もう一度振る。


 ちりん、ちりん。


 葉先についていた透明な粒が触れ合い、小さな鈴のような音を鳴らした。


「音がする!」


 白雪は面白くなって、何度も草を揺らした。


 ちりん、ちりん、ちりん。


 しばらくひとりで音を鳴らしていると、頭上から小さな鳴き声が聞こえた。


「ぴぃっ」


「あっ!」


 見上げると、先ほどの白い小鳥が近くの枝に止まっていた。


「いた!」


 小鳥は白雪を見下ろし、首を左右に傾けている。


「待ってたの?」


「ぴっ」


「そうなの?」


 もちろん返事の意味は分からない。


 けれど、小鳥はすぐに枝から飛び立つと、道の奥へ向かっていった。


「また行っちゃった!」


 白雪は露鳴草をしまい、再び追いかけた。


 ◆


 道を進んでいくと、木々の間隔が少しずつ広くなってきた。


 やがて視界が開け、小さな草原のような場所に出る。


「わあ……!」


 そこは、木々に囲まれた小さな庭のような空間だった。


 地面には柔らかな草が広がり、白や淡い青、薄い黄色の花があちこちに咲いている。中央には大きな石がひとつあり、その周囲を小さな水路が円を描くように流れていた。


 水路の水は澄んでいて、底にある白い小石までよく見える。


 そして、その中央の石の上に、先ほどの小鳥が降り立った。


「ここに来たかったんだね!」


 白雪が近づくと、小鳥は逃げることなく、石の上で羽を整えている。


 近くで見ると、身体は白く、翼には淡い青色の羽が混じっていた。尾羽の先には銀色のような光沢がある。


「きれいな鳥だねえ」


 白雪は少し離れた場所にしゃがみ込んだ。


 無理に触ろうとはしない。これまでにも、近づきすぎると逃げてしまう生き物を何度も見ている。


 だから今は、眺めているだけで十分だった。


 小鳥はしばらく白雪を見ていたが、やがて中央の石から飛び降り、水路の縁へ移動した。


 そこでくちばしを水につける。


「お水飲んでるの?」


 白雪も水路へ近づいた。


 水路の幅はそれほど広くない。手を伸ばせば向こう側に届きそうだ。


 水の流れは穏やかで、底には丸い石や小さな貝殻が見える。


「何かあるかな?」


 白雪は水路の中を覗き込んだ。


 白い石の隣に、薄い青色の小さな結晶が落ちている。


 手を伸ばして拾い上げる。


《庭水晶の欠片を入手しました》


「水晶だ!」


 その近くには、葉っぱの形をした小さな石もあった。


《葉形石を入手しました》


「こっちもかわいい!」


 白雪は拾ったものを順番に眺め、インベントリへしまった。


 そのとき、水路の反対側から、ころん、と小さな音がした。


 見ると、丸い白色のものが水面に浮かんでいる。


「……泡?」


 近づいてみると、それは泡ではなかった。


 白い殻のようなものを背負った、小さな生き物だった。身体は薄い水色で、頭の上には小さな葉が一枚生えている。


「あっ、水の子!」


 以前出会った水辺の生き物たちと似ているが、こちらは少し違う。


 丸い殻を背負い、ゆっくりと水路を進んでいる。


 白雪がしゃがんで見つめていると、その生き物は水面から顔を出した。


 ぷくっ。


 口元に泡が膨らむ。


 ぽわん。


 小さな泡がひとつ、空中へ浮かんだ。


「わあ!」


 白雪の目が輝く。


 泡はゆっくりと上昇し、中央の石の近くで弾けた。


「もう一回!」


 生き物は白雪を見て、もう一度泡を吹いた。


 ぷくっ、ぽわん。


 今度は少し大きな泡だった。


 白雪は《泡操作》を使い、泡をそっと動かしてみる。


 ふわり。


 泡は水路の上を横切り、白雪の目の前までやってきた。


「こんにちは!」


 泡に向かって挨拶する。


 もちろん返事はない。


 けれど、小さな水の生き物は泡を追いかけるように水路を進み、白雪の近くまでやってきた。


「遊ぶ?」


 白雪は泡を少し上へ動かす。


 生き物は水面から頭を出し、泡を見上げた。


 ぷくっ。


 もうひとつ泡が生まれる。


 白雪は二つの泡を並べ、ゆっくりと回してみた。


 くるくる。


 ふわふわ。


 小さな泡が二つ並んで動く様子は、まるで踊っているようだった。


「楽しいね!」


 白雪は夢中になって泡を動かした。


 その間、小鳥は中央の石の上から、じっとこちらを見ていた。


 ◆


 しばらく遊んでいると、水の生き物が水路の端へ移動した。


 そして、白雪の方へ何かを押し出す。


 ころん。


「あれ?」


 水路の縁に転がってきたのは、白い小さな羽根だった。


「羽根?」


 白雪が拾い上げる。


《水庭鳥の羽根を入手しました》


「水庭鳥?」


 白雪は小鳥を振り返った。


 小鳥は白雪を見つめたまま、枝へ飛び移る。


「もしかして、君の羽根?」


「ぴぃっ」


 返事のように鳴いたあと、小鳥は水路の近くへ降りてきた。


 白雪が羽根を見せると、小鳥は少しだけ首を傾ける。


「落ちてたのをくれたのかな?」


 そう言って羽根を大事にしまった。


 その直後、白雪の視界の端に新しい表示が浮かんだ。


《探索行動の熟練度が上昇しました》


「あっ、上がった!」


 白雪は嬉しそうに表示を眺める。


 何かを見つけたり、道を進んだり、こうして知らない場所に来たりすると、少しずつ何かが身についているらしい。


「今日はいっぱい見つけたね!」


 水雫花、露鳴草、庭水晶の欠片、葉形石、水庭鳥の羽根。


 並べてみると、なかなかの収穫だ。


 ただし、白雪にとってはアイテムの数よりも、ここで出会った小鳥や水の生き物の方が印象に残っていた。


 白雪は水路のそばに座り、もう一度泡を動かす。


 今度は泡を少しだけ高く浮かせてみた。


 ぽわん。


 泡は木の枝の間を抜け、葉っぱに触れて弾けた。


「失敗!」


 白雪は笑いながら、もう一度泡を作ってもらう。


 水の生き物は、まるでそれを待っていたかのように、ぷくぷくと泡を吹き始めた。


 小鳥も近くの枝で羽を休めている。


 木々に囲まれた小さな庭には、水の流れる音と、泡が弾ける音、そして小鳥のさえずりだけが響いていた。


「ここ、いい場所だねえ」


 白雪はそのまま、しばらくのんびり過ごした。


 ◆


 夕方になり、ログアウトする時間が近づいてきた。


 白雪は水路の生き物に手を振る。


「また来るね!」


 生き物は水面から顔を出し、ぷくっと小さな泡をひとつ浮かべた。


 小鳥も枝の上で鳴く。


「ばいばい!」


 白雪は来た道を戻り、池の石を渡って元の岸へ戻った。


 その途中、先ほど魚が跳ねていた場所を通りかかる。


 水面がきらりと光った。


「……あっ」


 白雪は足を止めた。


 魚が一匹、また水面から飛び出す。


 ぱしゃん!


「やっぱり気になる!」


 小鳥を追いかけていたときは我慢したけれど、今はもう帰るだけだ。


 白雪は池の縁にしゃがみ込み、水面をじっと眺めた。


 魚は少し離れた場所で跳ね、すぐに水の中へ消えてしまう。


「次は魚を見に来ようかな!」


 新しい目的ができた。


 もちろん、次に来たときには別のものが気になってしまうかもしれない。


 それでもいい。


 白雪にとって、この森はまだまだ知らないものでいっぱいなのだから。


 白蒼の疾風のマントを揺らしながら、白雪は森の奥へ続く道を振り返った。


「明日はどこに行こうかな!」


 今日もまた、森の中に新しいお気に入りの場所がひとつ増えた。

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