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第5話 森の奥で見つけた甘い誘惑

「今日は森の奥まで行ってみよう!」


 ELOにログインした雪乃は、昨日探索した森の入口に立っていた。


 目の前には、木々が生い茂る森が広がっている。


 昨日は大きな木に登ったり、キノコを食べて麻痺したり、ウサギのようなモンスターと戦ったりした。


 思い返すと、なかなか盛りだくさんな一日だった。


「今日は何があるかなぁ!」


 雪乃は双短剣を腰に装備し、森の中へ入っていった。


 歩き始めてすぐ、足元に小さな花が咲いているのを見つける。


「あっ、昨日のとは違う花!」


 しゃがみ込んで眺める。


 薄い紫色の花びらが、五枚ほど広がっている。


 中央には小さな黄色い部分があり、風が吹くたびにふわふわ揺れていた。


「かわいいねぇ」


 雪乃は花を横から見たり、上から覗いたりする。


 そして、一本だけ採取した。


『《紫陽花草》を入手しました』


「紫陽花草かぁ。名前もかわいい!」


 アイテム欄にしまい、再び歩き出す。


 ……と思ったら、今度は木の根元に小さな穴を見つけた。


「ん?」


 穴の中を覗き込む。


 暗くてよく見えない。


「何か住んでるのかな?」


 顔を近づけてみる。


 すると、奥から小さな音がした。


 カサッ。


「わっ!」


 雪乃は少し後ろへ下がった。


 もう一度覗く。


 今度は何も聞こえない。


「……いないのかな?」


 少し気になったが、穴の中に手を突っ込むのはやめておいた。


 昨日のキノコのこともある。


 雪乃なりに、ほんの少しだけ慎重になっているらしい。


「まあ、いっか!」


 すぐに別のものへ興味が移った。


 甘い匂いの正体


 森の中を歩いていると、どこからか甘い匂いが漂ってきた。


「……ん?」


 雪乃は立ち止まった。


 もう一度、鼻を動かす。


 甘くて、少し花のような香り。


「なんだろう?」


 雪乃は匂いのする方向へ歩き出した。


 木々の間を抜けると、小さな開けた場所に出た。


 そこには、低い木が何本か生えている。


 枝には小さな赤紫色の実がたくさんなっていた。


「わぁ! 実がいっぱい!」


 雪乃は木に近づいた。


 丸い実は、表面がつやつやしている。


 甘い匂いは、この実から漂っているようだった。


「これ、おいしそう!」


 一つ摘み取って、手のひらに乗せる。


『《森蜜実》を入手しました』


「森蜜実だって!」


 名前からして甘そうだ。


 雪乃は実を眺め、少しだけ考えた。


「食べてみようかな」


 ぱくり。


「んっ!」


 口の中に甘い果汁が広がった。


「おいしい!」


 思わず頬が緩む。


 甘くて、少しだけ酸っぱい。


 まるで果物のような味だった。


「これ好き!」


 雪乃は嬉しそうに実をいくつか採取した。


 そのうち一つを食べ、残りはアイテム欄にしまう。


『《森蜜実》を摂取しました』


『満腹度が回復しました』


『スキル《味覚》の熟練度が上昇しました』


「味覚?」


 雪乃は表示を確認した。


 どうやら、食べ物の味を感じたり、食べ比べたりする行動で熟練度が上がるらしい。


「へぇー! そんなスキルもあるんだ!」


 雪乃は自分の舌を少し出してみた。


「じゃあ、いろんなものを食べたら、もっと上がるのかな?」


 その言葉を聞いた人がいれば、少し心配になったかもしれない。


 また出会ってしまったキノコ


 森蜜実を採取した場所から少し離れたところに、倒れた木があった。


 木の幹には苔が生え、その周りにはいくつかのキノコが顔を出している。


「あっ、キノコ!」


 雪乃はすぐに近づいた。


 茶色いもの。


 白いもの。


 そして、黄色い斑点のあるもの。


「……あれ?」


 黄色い斑点のキノコを見つめる。


 どこかで見たことがある。


「これ、前にも見たような……」


 雪乃は首を傾げた。


 少し考える。


 そして、アイテム欄を開いた。


 《黄斑キノコ》。


「……あっ!」


 思い出した。


 前に食べて、麻痺状態になったキノコだ。


「そうそう! これ食べたら手が動かなくなったんだった!」


 雪乃は目の前のキノコを見つめた。


「へぇー、同じのが生えてるんだね」


 ここで普通なら採取して終わりだろう。


 しかし、雪乃は違った。


「……これ、前よりおいしく感じるかな?」


 一瞬、沈黙。


「いや、麻痺したんだった!」


 ちゃんと思い出した。


 それでも、キノコの味が気になって仕方ない。


「ちょっとだけなら……」


 雪乃はキノコを採取した。


 そして、ほんの少しだけ口に入れる。


 もぐもぐ。


「んー……」


 やっぱり少し甘い。


 その直後。


『状態異常:麻痺』


「あっ」


 雪乃の身体がぴたりと止まった。


「……あ」


 ゆっくりと、雪乃は表示を見つめる。


「麻痺……」


 数秒後。


「ああああっ! これ麻痺するんだった!!」


 今さら思い出した。


「忘れてたぁ!」


 雪乃はその場に座り込んだ。


 身体が思うように動かない。


「うぅ……また動けない……」


 しばらくすると、麻痺状態が解除された。


『状態異常:麻痺が解除されました』


「ふぅ……」


 雪乃は肩を落とした。


「またやっちゃった……」


 そして、手元に残ったキノコを見つめる。


「でも、やっぱりちょっと甘いんだよね」


 反省しているようで、していない。


『《麻痺耐性》の熟練度が上昇しました』


「おっ!」


 雪乃は顔を上げた。


「麻痺耐性が強くなった!」


 説明を確認すると、麻痺状態になりにくくなっているようだ。


「すごいねぇ!」


 雪乃は嬉しそうに笑った。


 そして、キノコをアイテム欄にしまう。


「これはもう食べない方がいいかなぁ」


 少しだけ考えたあと、付け足す。


「……たぶん!」


 その言葉に、どれほどの信頼性があるかは分からない。


 森の中の小さな水場


 さらに森の奥へ進むと、木々の間から水の音が聞こえてきた。


 さらさら。


「ん?」


 雪乃は音のする方向へ向かった。


 そこには、小さな水場があった。


 岩の間から水が流れ落ち、浅い水たまりを作っている。


「わぁ! 水だ!」


 雪乃は近づいて、しゃがみ込んだ。


 水面に自分の顔が映っている。


 白い髪。


 青い瞳。


「おお、映ってる!」


 指先で水面をつつく。


 ぽちゃん。


 波紋が広がり、顔が揺れた。


「ふふっ」


 今度は両手で水をすくってみる。


 冷たい。


「ひゃっ! 冷たい!」


 思わず手を引っ込めた。


 それでも面白くなり、何度か水をすくって遊んでいた。


 すると、水場の端に小さな魚が泳いでいるのを見つけた。


「あっ! 魚!」


 魚は銀色の身体をしていて、水の中を素早く動いている。


「捕まえられるかな?」


 雪乃は手を伸ばした。


 しかし、魚はすいっと逃げてしまう。


「あっ、待って!」


 もう一度。


 今度は両手で挟むようにする。


 魚は手の隙間をすり抜けた。


「むむ……」


 雪乃は真剣な顔になった。


「絶対捕まえる!」


 何度も挑戦する。


 しかし、なかなか捕まらない。


 そのうち、雪乃は水場の中に膝まで入ってしまっていた。


「あとちょっと!」


 魚が近づいてきた。


 今だ。


 雪乃は両手を水の中へ入れる。


 ぱしゃっ!


「やった!」


 手の中には、小さな魚がいた。


『《森小魚》を入手しました』


「捕まえたー!」


 雪乃は嬉しそうに魚を眺めた。


 小さな銀色の魚は、手の中でぴちぴち跳ねている。


「わぁ、かわいい!」


 そのままアイテム欄にしまう。


『スキル《水辺採取》を獲得しました』


「おっ! またスキル!」


 どうやら、水場で魚を捕まえたことが条件になったようだ。


「水の中にもいろいろあるんだね!」


 雪乃は水面を覗き込んだ。


 もっと深いところには、何があるのだろう。


 少し気になる。


 でも、今は森の探索を続けたい。


「また今度ね!」


 雪乃は水場から上がった。


 ふわふわのモンスター!


 水場を離れて少し歩くと、木の根元に丸い影が見えた。


「ん?」


 雪乃は近づいてみる。


 そこには、白っぽい毛並みの小さなモンスターがいた。


 丸い身体に短い足。


 背中には、小さなトゲがいくつも生えている。


『フォレストハリネズミ』


「わぁ! ハリネズミ!」


 雪乃は目を輝かせた。


 フォレストハリネズミは、雪乃に気づくと身体を丸めた。


「……あれ?」


 雪乃はしゃがみ込む。


「丸くなっちゃった」


 少し離れたところから眺める。


「かわいいなぁ」


 そっと指を伸ばしかける。


 しかし、トゲがあることに気づいて手を止めた。


「……痛そう」


 そのとき、フォレストハリネズミがころころと転がってきた。


「わっ!」


 雪乃は慌てて横へ避ける。


 フォレストハリネズミは地面にぶつかって、再び身体を丸めた。


「びっくりしたぁ!」


 どうやら、攻撃してくるらしい。


 雪乃は双短剣を取り出した。


 フォレストハリネズミが再び転がってくる。


 雪乃は横へ避ける。


 そのまま背後へ回り込み、短剣を振った。


「えいっ!」


 攻撃が当たる。


 しかし、硬いトゲに弾かれてしまった。


「わっ、硬い!」


 雪乃は少し距離を取った。


 フォレストハリネズミは、再び丸くなる。


「うーん……」


 正面から攻撃しても、トゲに弾かれてしまう。


 雪乃は少し考えた。


 そして、モンスターが転がってくる方向を見た。


「……あっ!」


 転がってきた瞬間に避けて、身体が伸びたところを狙えばいいのではないだろうか。


 フォレストハリネズミが動き出す。


 雪乃は横へ避けた。


 ころころ。


 モンスターが通り過ぎる。


 そして、身体を伸ばした瞬間。


「今だ!」


 短剣を振る。


 今度は攻撃が通った。


 その後も同じように、攻撃を避けてから反撃する。


 何度か繰り返すうちに、フォレストハリネズミは光の粒になって消えた。


『フォレストハリネズミを討伐しました』


『《森針》を入手しました』


「やった!」


 雪乃は落ちた素材を拾い上げた。


 細くて硬い針。


「これ、何かに使えるのかな?」


 とりあえずアイテム欄にしまう。


 その直後、通知が表示された。


『スキル《連続回避》の熟練度が上昇しました』


「おっ、連続回避!」


 何度も攻撃を避けたことで、スキルの熟練度が上がったらしい。


「避けるの、ちょっと上手になったかも!」


 雪乃はその場で軽く跳ねた。


 今日も寄り道だらけ!


 しばらく森を歩き回ったあと、ログアウトの通知が表示された。


「えー、もう時間?」


 雪乃は少し残念そうに森を見回す。


 今日もいろいろなものを見つけた。


 甘い実。


 麻痺するキノコ。


 小さな水場。


 ハリネズミのモンスター。


「楽しかったぁ!」


 アイテム欄を確認する。


 《森蜜実》


 《黄斑キノコ》


 《森小魚》


 《森針》


 それから、今日採取した花や植物もある。


「いっぱい集まったね!」


 今日覚えたことも確認する。


 《麻痺耐性》の熟練度が上がった。


 《水辺採取》を新しく覚えた。


 《連続回避》も成長した。


「明日は何しようかなぁ」


 雪乃は少し考えた。


 森の奥も気になる。


 でも、水場の魚も気になる。


 それに、まだ見ていないキノコもある。


「うーん……全部!」


 結局、決められなかった。


『ログアウトしますか?』


「はーい!」


 雪乃はログアウトした。


 今日もまた、気になるものを追いかけているうちに時間が過ぎてしまった。


 そして、次の日もきっと同じように寄り道をするのだろう。


 現実世界・学校


「また食べたの!?」


 昼休み。


 舞の声が少し大きくなった。


「うん!」


 雪乃は元気よく頷く。


「前に麻痺したキノコでしょ?」


「そうそう!」


「……どうして?」


 舞は不思議そうに尋ねた。


「だって、前に食べたとき、ちょっと甘かったんだもん」


「それで?」


「もう一回食べたくなっちゃった!」


「また麻痺したんだよね?」


「うん!」


 雪乃は笑顔で答えた。


「でも、麻痺耐性の熟練度が上がったよ!」


 優真は呆れたように机に肘をついた。


「お前、耐性を上げるために食べてるのか?」


「違うよ?」


 雪乃は首を傾げる。


「味が気になっただけ!」


「そっちが理由かよ……」


 舞は苦笑した。


「雪乃って、本当に変わってるね」


「そうかな?」


「うん」


「えへへ!」


 雪乃は嬉しそうに笑った。


 舞と優真は、もう何も言わなかった。


 どうやら、これからも雪乃は気になるものを見つけたら、何をするか分からないらしい。

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