第4話 初めての森と不思議なキノコ
「よーし! 今日は森に行くよ!」
ELOにログインした雪乃は、草原の森の入口に立っていた。
目の前には大きな木々が並び、枝葉が空を覆っている。
草原から吹いてくる風とは違い、森の中からは少しひんやりとした空気が流れてきた。
「わぁ……やっぱり森っていいね!」
雪乃は入口から森の奥を覗き込む。
木漏れ日が地面に落ち、草や小さな花があちこちに生えている。
どこからか鳥の鳴き声も聞こえてきた。
「何があるのかなぁ」
雪乃は一歩、森の中へ踏み出した。
そして、すぐに立ち止まる。
「……あっ!」
足元に、小さな花が咲いていた。
白い花びらの先が淡い青色になっている。
「かわいい!」
しゃがみ込んで、花を眺める。
左右から見たり、少し顔を近づけたり。
「これ、草原の花と違うね」
花びらにそっと触れると、風に揺れて小さく動いた。
雪乃は一本だけ採取する。
『《青縁花》を入手しました』
「青縁花かぁ!」
アイテム欄にしまい、立ち上がる。
「よし、次!」
……森に入ってから、まだ数メートルしか進んでいない。
それでも雪乃は楽しそうだった。
木の上には何がある?
しばらく歩いていると、雪乃は大きな木の前で立ち止まった。
太い幹が空に向かって伸び、低い位置にも何本か枝が張り出している。
「おっきい木!」
雪乃は木の根元に立ち、上を見上げた。
枝の間に、何か白いものが見える。
「……何だろう?」
目を細める。
鳥の巣だろうか。
それとも、花か何かだろうか。
「近くで見たいなぁ」
雪乃は幹に手をついた。
「登れるかな?」
両手で幹を掴み、足をかける。
ぐっ。
少しだけ身体が浮いた。
「おっ、登れそう!」
そのまま、ゆっくりと上へ進む。
幹の表面は少しざらざらしていて、手をかけやすかった。
途中で足を滑らせそうになったが、何とか枝を掴んで持ち直す。
「わわっ!」
一瞬ひやっとしたものの、すぐに体勢を整えた。
『スキル《登攀》を獲得しました』
「おおっ!」
雪乃は枝に腰掛け、表示を確認した。
「登るスキルだ!」
そのまま少し上へ進む。
そして、白いものが見える枝の近くまでたどり着いた。
「これかな?」
そこにあったのは、小さな鳥の巣だった。
中には何もいない。
巣の周りには、白っぽい羽根が何枚か落ちていた。
「鳥さんのお家だ!」
雪乃は巣を壊さないように、そっと覗き込んだ。
「誰もいないねぇ」
近くの枝に羽根が引っかかっている。
手を伸ばして取ってみると、ふわりと軽い。
『《森鳥の羽根》を入手しました』
「わぁ、羽根!」
雪乃は嬉しそうに羽根を眺めた。
それから、巣をもう一度覗き込む。
「また鳥さん来るかな?」
しばらく待ってみたが、鳥が戻ってくる気配はない。
「そっかぁ」
雪乃は木から降りることにした。
しかし、登るより降りる方が難しい。
「……あれ?」
枝から幹へ移ろうとしたところ、足場が少し遠かった。
「うーん……」
雪乃は幹を見下ろす。
「飛び降りたら、いけるかな?」
少しだけ高さがある。
でも、敏捷に極振りしているおかげか、身体は軽い。
「えいっ!」
枝から飛び降りた。
ふわりと身体が浮く。
地面が近づく。
雪乃は足を曲げ、両足で着地した。
とんっ。
「おお!」
思ったより綺麗に着地できた。
『スキル《着地》を獲得しました』
「また覚えた!」
雪乃は自分の足元を見た。
「木に登って降りただけなのに、スキルっていっぱいあるんだね!」
何だか楽しくなってきた。
森のキノコはおいしいのかな?
その後も雪乃は森の中を歩き回った。
大きな葉っぱを見つけて触ってみたり、木の根元に生えている苔を指でなぞったり。
途中で小さな虫を見つけて、しばらく追いかけたりもした。
「待って待ってー!」
虫は草の間に隠れてしまった。
「あっ、逃げられた!」
雪乃は残念そうにしゃがみ込む。
すると、その近くにキノコが生えているのを見つけた。
「……あっ!」
茶色い傘に、黄色い斑点。
見覚えのあるキノコだった。
雪乃はアイテム欄を開いた。
《黄斑キノコ》。
昨日、森の入口で採取したものと同じ名前だ。
「これと同じだ!」
目の前のキノコを指でつつく。
ぷにっ。
柔らかい。
「うーん……」
昨日の茶斑キノコは苦くて、食べたら毒になった。
でも、このキノコはどうだろう。
「黄色いから、ちょっと甘いのかな?」
雪乃は少し考えた。
「……食べてみよう!」
迷いは短かった。
キノコを採取して、ひとかけらだけ口に入れる。
もぐもぐ。
「んー……」
少し甘い。
でも、後から舌がぴりっとした。
「おっ?」
その瞬間、視界に文字が浮かんだ。
『状態異常:麻痺』
「……え?」
雪乃は目をぱちぱちさせた。
「まひ?」
指を動かそうとする。
しかし、手がうまく動かない。
「えっ、えっ?」
腕が少しずつ重くなる。
「ちょっと待って! 動かないよ!?」
雪乃は慌ててアイテム欄を開こうとした。
だが、指が思うように動かない。
「うわぁ! どうしよう!」
何とかメニューを開く。
解毒薬では麻痺は治らない。
アイテム欄を探しても、麻痺を治す薬は持っていなかった。
「えええ……!」
雪乃はその場に座り込んだ。
幸い、HPは減っていない。
ただ、身体が思うように動かない。
「これ、どうしたらいいの……」
しばらくすると、状態異常の効果が少しずつ弱くなっていった。
数分後。
『状態異常:麻痺が解除されました』
「……はぁ」
雪乃は大きく息を吐いた。
「びっくりしたぁ……」
そして、足元に残ったキノコを見た。
「これ、麻痺するキノコだったんだね」
少しだけ反省する。
でも、雪乃の頭の中には別の疑問も浮かんでいた。
「……味は、ちょっと甘かったなぁ」
どうやら、味の感想はしっかり覚えているらしい。
『状態異常を経験しました』
『スキル《麻痺耐性》を獲得しました』
「おっ!」
雪乃は表示を見て、ぱっと笑顔になった。
「麻痺耐性だって!」
説明を確認すると、麻痺状態になりにくくなるスキルらしい。
「へぇー! 毒耐性と同じだ!」
雪乃は嬉しそうに頷いた。
そして、アイテム欄に残った《黄斑キノコ》を見つめる。
「……もう一個食べたら、もっと強くなるのかな?」
少しだけ考える。
「いや、今はやめておこう!」
珍しく自制した。
ただし、今後も食べないとは言っていない。
森の奥から聞こえる音
雪乃は少し休憩してから、再び森の探索を始めた。
今度はキノコ以外のものを探してみることにした。
木の根元には、小さな赤い実がなっていた。
『《森赤実》を入手しました』
「赤い実!」
一つだけ食べてみる。
甘くて、少し酸っぱい。
「これはおいしい!」
雪乃は残りを採取して、アイテム欄にしまった。
さらに奥へ進むと、地面に大きな葉っぱが落ちていた。
「わっ、大きい!」
両手で持ち上げる。
雪乃の顔が隠れてしまうほどの大きさだ。
「これ、傘になりそう!」
頭の上に乗せてみる。
葉っぱが少し垂れ下がり、視界が狭くなった。
「……あれ? 前が見えない」
雪乃は葉っぱを外した。
「うーん、失敗!」
葉っぱを採取してアイテム欄へしまう。
そのときだった。
ガサッ。
森の奥から音がした。
「ん?」
雪乃は顔を上げる。
もう一度。
ガサガサッ。
何かが動いているようだ。
「何かな?」
少しだけ警戒する。
この森にはモンスターもいるはずだ。
雪乃は双短剣を取り出した。
音のした方向をじっと見る。
すると、木の間から小さなウサギのようなモンスターが顔を出した。
茶色い毛並みに、長い耳。
『フォレストラビット』
「わぁ、ウサギ!」
雪乃の警戒心が少し緩む。
フォレストラビットは、雪乃を見つけるとぴょんっと跳ねた。
「かわいい!」
近づいてみようとした瞬間、フォレストラビットは素早く走り出した。
「あっ、待って!」
雪乃も追いかける。
しかし、フォレストラビットは木々の間をすいすいと抜けていく。
「速いねぇ!」
雪乃は楽しそうに追いかけた。
途中、木の根を飛び越え、低い枝をくぐり、草むらを抜ける。
そして、フォレストラビットが急に立ち止まった。
「やっと追いついた!」
雪乃が近づく。
すると、フォレストラビットは身体を低くして、こちらへ向かって跳びかかってきた。
「わっ!」
雪乃は横へ避ける。
フォレストラビットは地面を蹴り、再び距離を取った。
「びっくりしたぁ!」
どうやら、ただのかわいいウサギではないらしい。
雪乃は双短剣を構え直す。
「よーし、今度はこっちの番!」
フォレストラビットが跳ねる。
雪乃はその動きを見て、横へ移動した。
そして、着地した瞬間に短剣を振る。
「えいっ!」
攻撃が当たった。
フォレストラビットは少し後ろへ跳ねる。
もう一度攻撃を仕掛けてくる。
雪乃は今度も避け、反撃した。
数回の攻防のあと、フォレストラビットは光の粒になって消えた。
『フォレストラビットを討伐しました』
『《森兎の毛皮》を入手しました』
「やった!」
雪乃は嬉しそうに両手を上げた。
「ウサギさん、強かったね!」
そして、落ちていた毛皮を拾う。
「これ、ふわふわしてる!」
手で触ってみる。
柔らかい。
「ぬいぐるみみたい!」
しばらく触っていたが、さすがに持ち帰ることにした。
今日の森探索はここまで!
しばらくすると、ログアウトを促す通知が表示された。
「えー、もうそんな時間?」
雪乃は少し残念そうに森を見回した。
まだまだ奥がある。
木々の向こうには、さらに暗い場所が続いている。
「もっと見たいなぁ」
しかし、今日はここまで。
雪乃はアイテム欄を確認した。
《青縁花》
《森鳥の羽根》
《黄斑キノコ》
《森赤実》
《大きな葉》
《森兎の毛皮》
ほかにも細かな採取物がいくつかある。
「今日もいっぱい集まった!」
そして、今日覚えたスキルを確認する。
《登攀》
《着地》
《麻痺耐性》
「ふふっ、いっぱい覚えた!」
雪乃は満足そうに笑った。
『ログアウトしますか?』
「はーい!」
視界が白く染まる。
今日もまた、寄り道だらけの冒険が終わった。
そして、森の奥にはまだまだ知らない場所が広がっている。
雪乃は次にログインしたら、もっと奥まで行ってみようと考えていた。
……もちろん、途中で気になるものを見つけたら、そちらへ寄り道するつもりだ。
現実世界・学校
「麻痺キノコを食べたの?」
昼休み。
舞は雪乃の話を聞いて、少し驚いた顔をしていた。
「うん! ちょっと甘かったよ!」
「いや、味の話じゃなくて……」
「でも、手が動かなくなっちゃったんだよ!」
「そりゃそうでしょ……」
舞は苦笑した。
優真も呆れたようにため息をつく。
「お前、毒キノコの次は麻痺キノコかよ」
「だって、気になったんだもん!」
「普通は食べないぞ」
「そうなの?」
雪乃は首を傾げる。
「普通は食べないよ」
舞も頷いた。
「えー、もったいないなぁ」
「何がもったいないんだ……」
優真は頭を抱えた。
「でも、麻痺耐性を覚えたよ!」
「それはよかったけど……」
舞は少し考える。
「雪乃、次は何を食べるつもりなの?」
「うーん……おいしそうなもの!」
「そこはせめて安全そうなものにしてね」
「はーい!」
雪乃は元気よく返事をした。
その返事がどこまで信用できるかは、二人にも分からなかった。




