第42話 森の奥で見つけた風の通り道
「今日はこっち!」
白雪は森の奥を指差した。
昨日見つけた水の洞窟も気になるけれど、あそこはまた今度ゆっくり見に行けばいい。
今は、まだ歩いたことのない道が気になっていた。
白と淡い青を基調とした《白蒼の疾風》の装備を揺らしながら、白雪は木々の間を進んでいく。
雨上がりの森には、まだ水滴が残っていた。
葉っぱの先から落ちた雫が、地面の草に当たって小さな音を立てる。
「雨のあとの森って、きれいだねぇ」
白雪は近くの葉っぱに指を伸ばした。
葉の上に乗っていた水滴が、ころんと転がって指先に落ちる。
「冷たっ」
思わず手を振る。
そのまま歩き出そうとしたところで、足元に白いものが落ちているのに気づいた。
「ん?」
しゃがんで拾い上げる。
それは、小さな羽根だった。
白色を基本に、先端だけが淡い緑色に染まっている。雨に濡れているはずなのに、羽根はほとんど水を弾いていた。
「鳥さんの羽根かな?」
空を見上げてみるが、鳥の姿は見えない。
羽根をアイテム欄にしまい、周囲を見回す。
近くの木の根元には、小さな実がいくつか落ちていた。
丸くて、表面には白い斑点がある。
「これは食べられるかな?」
ひとつ拾って、指で軽く押してみる。
少し柔らかい。
白雪は実を眺め、それから口に入れた。
もぐっ。
「……ん!」
最初はほとんど味がしない。
けれど、噛んでいるうちにほんのり甘くなり、最後に少しだけ酸味が広がった。
「おいしい!」
もうひとつ食べようとしたところで、視界に通知が浮かぶ。
『《白斑の実》を入手しました』
『《味覚》の熟練度が上昇しました』
「あ、これも名前があるんだ!」
白雪は残りの実をいくつか拾い、アイテム欄にしまった。
全部食べてしまうのはもったいない。
……いや、もう少し食べたい気もする。
「あと一個だけ!」
結局、もうひとつ口に入れた。
今度は少し酸っぱく感じた。
「同じ実なのに、ちょっと違うね」
そんなことを呟きながら、再び森の奥へ進んでいく。
しばらくすると、周囲の木々が少しずつ少なくなってきた。
代わりに、背の低い草が増えている。
風が吹くと、草が一斉に同じ方向へ揺れた。
「おおー……」
白雪は足を止めた。
前方には、岩がいくつも並ぶ斜面が広がっていた。
大きな岩、小さな岩、細長い岩。
その間を縫うように、草が生えている。
そして、風が吹くたびに不思議な音が聞こえてきた。
ひゅうう……。
ぽおん。
「ん?」
白雪は耳を澄ませた。
風の音に混じって、どこか笛のような音がする。
もう一度風が吹く。
ひゅうう……。
ぽおん、ぽおん。
「笛みたい!」
音のする方へ歩いていく。
岩の近くまで来ると、細長い穴がいくつも開いていることに気づいた。
風がその穴を通るたび、違う音が鳴っているらしい。
「ここから音が出てるんだ!」
白雪は岩に近づき、穴を覗き込んだ。
中は暗い。
手を入れようとしたところで、風が吹き抜けた。
ひゅうっ。
指先に冷たい風が当たる。
「わっ!」
思わず手を引っ込めた。
もう一度、少し離れた場所から穴を覗く。
今度は低い音が鳴った。
ぽおん……。
「こっちは低い音なんだね」
白雪は岩の周囲を歩き回り、いろいろな穴に耳を近づけてみた。
高い音、低い音、短い音。
風の強さによっても、鳴り方が違うようだ。
「面白いなぁ」
しばらく音を聞いていると、岩の隙間に小さな青い花が咲いていることに気づいた。
花びらは細く、風が吹くたびにくるくると回る。
「わっ、回ってる!」
花の茎をそっと触ると、花びらが小さく揺れた。
白雪は花を摘み取る。
『《風音花》を入手しました』
「風の音のお花?」
名前を見て、もう一度花を眺める。
確かに、風の音が鳴る岩の近くに咲いている。
「ぴったりの名前だね!」
そのすぐ隣には、細長い草が生えていた。
葉っぱの先がくるりと巻いていて、風が吹くと小さな音を立てる。
ちりん。
「鈴みたい!」
白雪は葉っぱを指で弾いてみた。
ちりんっ。
もう一度。
ちりんっ。
「かわいい音!」
草を採取する。
『《風鈴草》を入手しました』
アイテム欄にしまったあと、白雪は岩の上に登ってみた。
そこからなら、風の通り道がよく見えるかもしれない。
ぴょんっ。
軽く跳び上がり、岩の上に着地する。
《白蒼の疾風》の装備のおかげで、以前よりも高く跳べる。
「よいしょっと!」
岩の上から周囲を見渡すと、斜面の向こうに細い道が続いているのが見えた。
道の先には、木々に囲まれた小さな広場があるようだ。
「あっちにも何かありそう!」
白雪は岩から飛び降りた。
その瞬間、横から強い風が吹き抜ける。
「わっ!」
身体が少し横へ流された。
白雪は慌てて足を踏み替え、転ばずに着地する。
「今の風、強かったね!」
風が吹いてきた方向を見る。
岩の間に、細い通り道ができていた。
そこだけ風が集まっているようで、草が激しく揺れている。
「ここを通ると風が強いのかな?」
白雪は興味津々で近づいた。
通り道に足を踏み入れた瞬間、風が身体を押し上げるように吹き抜けた。
「わっ、わわっ!」
マントが大きく膨らむ。
足元が少し浮き、身体がふわりと軽くなった。
白雪は思わず両手を広げた。
「飛べる!?」
もちろん空を飛べるわけではない。
けれど、風に押されて身体が少しだけ浮き上がっている。
白雪はその感覚を楽しみながら、何度か足を踏み出してみた。
風が強く吹く場所では、軽く跳ぶだけでいつもより遠くへ進める。
「これ、楽しい!」
今度は少し勢いをつけて跳んでみた。
ふわっ。
いつもより長く空中に浮かぶ。
着地する直前、風が背中を押してくれた。
とんっ。
思ったよりも遠くに着地した。
「おおっ!」
白雪は何度も同じことを繰り返した。
跳んで、風に乗って、着地する。
そのうち、風が吹く方向を見ながら跳ぶようになっていた。
すると、視界に通知が浮かんだ。
『スキル《風渡り》を習得しました』
「えっ! またスキル!」
白雪は通知を確認した。
「風渡り……。風に乗って進めるのかな?」
試しに、風が吹いてくる方向へ向かって軽く跳ぶ。
ふわり。
身体が少しだけ浮き、風に押されるように前へ進んだ。
「おおー! 進んだ!」
今度は風が弱まったところで跳んでみる。
さっきほど遠くへは進めない。
「風があるときの方がいいんだね!」
白雪は満足そうに頷いた。
そのとき、岩の向こうから小さな影が飛び出してきた。
ふわっ。
白い毛に包まれた、小さな生き物だった。
背中には薄い水色の羽のようなものが生えている。
「あっ!」
生き物は風に乗って、岩の上をふわふわと移動していく。
「待ってー!」
白雪は追いかけた。
生き物は岩の間をすり抜け、草むらの上を飛び越えていく。
白雪も《風渡り》を使い、風に乗って追いかける。
ふわっ。
とんっ。
ふわっ。
しかし、生き物は思ったよりも素早かった。
小さな身体をくるりと回転させると、岩の向こうへ消えてしまった。
「あー! 行っちゃった!」
白雪は岩の上に立ち、周囲を見回した。
姿はもう見えない。
けれど、草むらの中に白い羽根がひとつ落ちていた。
「これ、さっきの子のかな?」
拾い上げる。
『《風羽毛》を入手しました』
「風羽毛……。ふわふわだね!」
指先で軽く触ると、羽毛が風に揺れた。
白雪はそれを大切にアイテム欄へしまった。
その後、斜面の向こうにある小さな広場へ向かった。
広場には背の低い草が生えていて、中央には丸い岩がひとつ置かれていた。
岩の上には、白い苔のようなものが広がっている。
「何だろう?」
近づいて触ってみる。
ふかふかしている。
「柔らかい!」
少しだけ摘み取る。
『《風苔》を入手しました』
「風苔かぁ」
白雪は岩の周囲を一周した。
すると、岩の裏側に小さな穴があることに気づいた。
覗き込むと、中には丸い木の実がひとつ落ちている。
「おっ、実がある!」
手を伸ばして拾い上げた。
『《風木の実》を入手しました』
「木の実だ!」
白雪はその場で実を眺め、少しだけ迷った。
食べてみたい。
でも、さっきも実を食べたばかりだ。
「……一個だけならいいよね?」
結局、口に入れた。
かりっ。
最初は少し硬い。
噛むと、ほんのり甘く、後からすっとした清涼感が広がった。
「おいしい! なんか涼しい味!」
白雪は残りの実を探そうとしたが、穴の中にはもう何もなかった。
「残念」
それでも、新しい味を知ることができたので満足だった。
広場の端まで歩いていくと、森の向こうに別の岩場が見えた。
風がそちらへ流れている。
「まだまだ先があるね!」
白雪は《白蒼の疾風》のマントを揺らし、風の吹く方へ顔を向けた。
今日は新しい花も、草も、木の実も見つけた。
それに、新しいスキルまで覚えた。
「明日も楽しみ!」
白雪はそう呟くと、森の中へ戻っていった。
その足取りは、いつもより少しだけ軽かった。




