第40話 川のせせらぎと水面を跳ねる小石
ぴょんっ!
ぱしゃんっ!
「おおーっ!」
銀色の魚が、水面から勢いよく飛び上がった。
白雪は川辺にしゃがみ込み、目の前で跳ねる魚をじっと見つめる。
魚は空中でくるりと体をひねると、再び水の中へと潜っていった。
「今の、すごかったね!」
もちろん返事はない。
それでも白雪は楽しそうに頷いた。
さっきから、この川では銀色の魚が何度も跳ねている。水面に輪が広がり、木々の隙間から差し込む光が、その輪の上できらきらと揺れていた。
「もう一回跳ばないかなー」
白雪は川辺に腰を下ろした。
しばらく待っていると、少し離れた場所で魚が跳ねた。
「あっち!」
すぐさま立ち上がり、川沿いを駆けていく。
白と淡い青を基調とした《白蒼の疾風》のマントが、走るたびにふわりと揺れた。
以前よりも軽く、足が自然と前へ進む。
「やっぱりこの服、走りやすいなぁ」
お気に入りの装備を眺めながら、白雪は川辺の石を踏んで進んでいく。
途中で大きな石を見つけると、ぴょんと飛び乗った。
そこから川を覗き込む。
魚は見えない。
「いないねぇ」
残念そうに呟いた直後、足元に丸い石が転がっていることに気づいた。
「お?」
拾い上げてみる。
つるつるしていて、手のひらにちょうど収まる大きさだ。
「これ、投げたらどうなるかな?」
白雪は石を持ったまま、川の方へ向き直った。
ぽいっ。
石は水面に落ちて、ぽちゃんと沈んだ。
「あれ?」
思っていたより普通だった。
白雪は少し考える。
「もっと横に投げたらいいのかな?」
今度は石を横向きに構え、川の水面に向かって投げた。
ぴしゃっ。
石が一度だけ水面を叩いた。
「おおっ!」
白雪の目が輝く。
もう一度。
ぴしゃっ、ぴしゃっ。
今度は二回跳ねてから沈んだ。
「すごい! 水の上を跳ねた!」
白雪はその場にしゃがみ込み、足元の石を探し始めた。
丸いもの、平たいもの、少し楕円形のもの。
いくつか拾っては、川へ投げていく。
ぴしゃっ。
ぽちゃん。
ぴしゃっ、ぴしゃっ。
「これは一回だけかぁ」
何度か繰り返しているうちに、少しずつ投げ方が分かってきた。
腕を振る角度を変えたり、石を持つ位置を変えたり。
そして――。
ぴしゃっ、ぴしゃっ、ぴしゃっ、ぴしゃっ!
「わあっ! 四回!」
石は水面を四度跳ね、川の向こう側へと沈んでいった。
その瞬間、視界の端に通知が浮かぶ。
『スキル《水切り》を習得しました』
「えっ、今ので?」
白雪は通知を読み、手の中に残った石を見た。
「水切りって、あの遊びのことだよね?」
もう一度、川を見る。
「よーし、もっと跳ねさせよう!」
どうやら、まだまだ遊ぶつもりらしい。
その後もしばらく石を投げ続けた白雪だったが、ふと川の向こう側に小さなものが動いたことに気づいた。
「あれ?」
水辺の岩の上に、青い殻を背負った小さな生き物がいた。
以前見かけた、青い殻と葉っぱを持つ水辺の生き物に少し似ている。
ただし、こちらは殻が少し平たく、短い脚をちょこちょこと動かしている。
「こんにちはー!」
白雪が手を振ると、生き物はぴたりと動きを止めた。
じーっ。
白雪もじーっと見つめ返す。
しばらくすると、生き物は岩の隙間へと隠れてしまった。
「あっ、行っちゃった」
白雪は残念そうに頬を膨らませた。
けれど、すぐに別のものが目に入る。
岩の隙間から、小さな白い花が顔を出していた。
「お花!」
近づいてみると、花びらの先が淡い水色に染まっている。
水滴がつくたびに、花びらの縁がきらきらと光った。
「きれいだねぇ」
そっと摘み取る。
『《水縁花》を入手しました』
「水縁花……。水の近くに咲くお花なのかな?」
名前を確かめるように呟き、アイテム欄へしまう。
そのすぐ隣には、細長い葉っぱが何枚も生えていた。
葉の表面には小さな水滴が並んでいる。
「こっちは何だろう?」
指先で葉っぱを触ってみる。
水滴がころんと転がり、葉の先から落ちた。
ぽたり。
「おおー。水が転がった!」
面白くなって、葉を少し傾けてみる。
水滴は葉の上を滑り、先端から落ちていった。
『《水珠草》を入手しました』
「水珠草。こっちも水っぽい名前!」
白雪は二つの植物を見比べた。
「水辺って、いろんなものがあるね」
そのまま川沿いを歩いていくと、少し先に倒れた大木が横たわっていた。
幹の表面には苔が生え、ところどころに小さなキノコが顔を出している。
「わぁ、大きな木!」
白雪は木の根元に近づいた。
倒れた幹の中央には、大きな穴が開いている。
中は暗く、奥まで見えない。
「入れるかな?」
少しかがんで覗き込む。
中から、ひんやりとした空気が流れてきた。
「涼しい……」
白雪は迷わず、四つん這いになって中へ入った。
穴の中は思ったより広かった。
立ち上がることはできないが、膝をついて進むくらいなら問題ない。
木の内側は乾いていて、壁には白い菌糸のようなものが細く伸びている。
「なんか秘密基地みたい!」
奥まで進むと、木の幹の反対側に小さな穴が開いていた。
そこから外の光が差し込んでいる。
白雪は顔を近づけた。
穴の向こうには、川とは反対側の森が広がっていた。
「おおっ! 向こうに出られるんだ!」
穴をくぐって外へ出る。
そこは、木々に囲まれた小さな斜面だった。
少し高い位置にあるため、先ほどの川が木々の間から見える。
「ここ、いい場所だね!」
白雪は斜面の端まで歩き、景色を眺めた。
すると、頭上からぽつりと何かが落ちてきた。
「ん?」
頬に冷たい感触。
もう一滴。
ぽつ、ぽつ。
「あれ? 雨?」
空を見上げると、木々の隙間から小さな雨粒が落ちてきていた。
やがて雨は少しずつ強くなり、葉っぱを叩く音が森に広がっていく。
「わっ、降ってきちゃった!」
白雪は慌てて周囲を見回した。
近くに大きな岩がある。
その下には、雨を避けられそうな隙間があった。
「ここにしよう!」
駆け寄って岩の下に入り込む。
雨宿りを始めると、白雪は膝を抱えて外を眺めた。
木々の葉から水滴が落ち、地面に小さな水たまりができていく。
「雨もきれいだねぇ」
雨音を聞きながら、しばらくぼんやりと過ごす。
すると、岩の下の奥から小さな音が聞こえた。
ころん。
「ん?」
足元を見ると、小さな石が転がってきていた。
どこから来たのだろう。
白雪は石を拾い、奥を覗き込んだ。
岩の奥には、細い隙間がある。
そこから水が流れ出していた。
「水が出てる!」
指先を近づけてみると、冷たい水が流れている。
白雪は隙間の中を覗き込んだ。
奥は暗くてよく見えない。
けれど、少し先に青白い光が見える気がした。
「……あっ!」
白雪の目が輝く。
もう少し近づこうとしたところで、雨が弱くなってきた。
木々の間から光が差し込み、雨粒がきらきらと輝く。
「あ、雨やんだ!」
白雪は岩の下から出て、空を見上げた。
まだ葉っぱから水滴が落ちている。
けれど、空は明るくなり始めていた。
「また今度、あの中を見てみようかな!」
そう言って、白雪は岩の隙間をもう一度振り返る。
青白い光は、まだ奥で小さく揺れていた。
気になる。
とっても気になる。
けれど、今はまだ川の方にも見ていない場所がある。
「うーん……」
白雪は少しだけ悩み、やがて頷いた。
「今日は川の続き!」
そう決めると、白蒼のマントを揺らしながら、再び川辺へと駆け出した。
その背中の向こうでは、雨上がりの森が静かに輝いていた。




