第35話 小さな緑の鳥と秘密の花畑
ぴるるっ。
「あっ、待ってー!」
白雪は、木の枝から枝へ飛び移っていく小鳥を追いかけていた。
白い身体に、淡い緑色の羽根。
大きさは手のひらほどで、長い尾羽が二本、ひらひらと揺れている。
鳥は白雪が近づくと少し先へ飛び、しばらくすると枝に止まってこちらを振り返る。
「もしかして、ついてきてってこと?」
白雪は首を傾げた。
鳥が何を考えているのかは分からない。
ただ、逃げ切るつもりならもっと遠くへ飛んでいきそうなのに、わざわざ待っているように見える。
「よーし、行ってみよう!」
白雪は軽く地面を蹴った。
木の根を飛び越え、低い枝をくぐり抜ける。
鳥はときどき羽ばたき、風に乗るように移動していく。
白雪も《風向感知》を使って、吹いてくる風の向きを感じ取ってみた。
木々の間を抜ける風が、頬を撫でる。
「こっちから吹いてる!」
風の流れに合わせて走ると、少しだけ身体が軽く感じた。
鳥はそのまま森の奥へ飛んでいく。
そして、突然大きな木の枝に止まった。
「あれ?」
白雪も足を止める。
その木には、淡い緑色の小さな実がたくさんなっていた。
「わあ! 実がいっぱい!」
白雪は鳥のことを一瞬忘れ、木の方へ近づいていった。
枝にぶら下がった実は、丸くて小さい。表面には白い線が一本入っている。
近くに手を伸ばすと、アイテム名が表示された。
《若葉鈴の実》
「若葉鈴?」
白雪は実をひとつ採取した。
すると、実が小さく揺れて、ちりん、と鈴のような音を鳴らした。
「えっ、音がする!」
白雪は目を輝かせた。
もう一度、実を指先で揺らしてみる。
ちりん。
今度は少し高い音が鳴った。
「かわいい音!」
鳥も枝の上で、ぴるるっと鳴いた。
「一緒に鳴いてるの?」
白雪は実をいくつか採取し、アイテム欄にしまった。
それから、ようやく鳥の方を見た。
鳥は枝から飛び立ち、少し先の木へ移動していた。
「あっ、待って!」
白雪はまた追いかけた。
◇
鳥を追いかけているうちに、森の木々が少しずつ低くなってきた。
やがて、木々の隙間から明るい光が差し込む。
「ん?」
白雪は足を止めた。
目の前には、小さな花畑が広がっていた。
「わあ……!」
白い花、淡い緑の花、薄い黄色の花。
色とりどりの小さな花が、地面いっぱいに咲いている。
花畑の中央には、丸い岩がいくつか並んでいた。
風が吹くたびに、花が一斉に揺れる。
まるで、地面が波打っているようだった。
「綺麗だなぁ……」
白雪はゆっくりと花畑に入った。
足元に気をつけながら、花を踏まないように歩く。
近くの白い花を覗き込むと、花びらの先に小さな水滴がついていた。
《朝風花》
「朝風花……」
名前を読んでから、白雪はそっと採取した。
その隣には、淡い緑色の花が咲いている。
《若葉鈴花》
さらに、黄色い花には小さな粒がついていた。
《風蜜花》
「お花がいっぱい!」
白雪は花畑を歩きながら、気になる花を少しずつ採取した。
すると、花の間から小さな虫が飛び出した。
透明な羽根を持った、緑色の小さな虫だ。
「わっ、虫!」
虫は白雪の周りを一周すると、花の上に止まった。
羽根を閉じると、葉っぱのような形になる。
「葉っぱみたい!」
白雪が指を近づけると、虫はひらりと飛び立った。
そのまま別の花へ移動していく。
どうやら花の蜜を吸っているようだった。
「おいしいのかな?」
白雪は虫が止まっていた花を覗き込む。
花の中心には、透明な蜜が溜まっている。
指先でほんの少しだけすくって、舐めてみた。
「んっ。甘い!」
花の蜜は、ほんのりとした甘さがあり、後味がすっきりしている。
「これ、好きかも!」
白雪は《風蜜花》をひとつだけ採取した。
そのとき、システムメッセージが表示された。
《採取スキルの熟練度が上昇しました》
「おっ!」
白雪は嬉しそうに頷いた。
花畑の中央にある丸い岩にも興味が湧いた。
近づいてみると、岩の表面には細い溝が何本も刻まれている。
「模様かな?」
指先でなぞってみる。
すると、岩の隙間から風が吹き抜けた。
ひゅう……。
小さな音が鳴る。
「音がする!」
白雪は岩の周りをぐるりと回った。
溝の場所によって音が変わる。
以前見つけた風の音が鳴る岩に少し似ていた。
「ここも風が通ってるんだ!」
白雪は岩の上に乗ってみる。
すると、花畑の向こう側に小さな木の橋が見えた。
「あっ、橋!」
白雪は岩から降りると、そちらへ向かった。
◇
橋は、細い木の板を並べただけの簡素なものだった。
下には浅い小川が流れている。
水は透明で、底の石までよく見えた。
「ここ、渡れるかな?」
白雪は橋の手前で立ち止まった。
板は少し古く、ところどころに苔が生えている。
ゆっくりと足を乗せてみる。
ぎしっ。
「おお……」
板が小さく音を立てた。
白雪は慎重に一歩ずつ進む。
途中で風が吹き、橋の上に落ちていた葉っぱが舞い上がった。
白雪はその葉っぱを目で追う。
葉っぱは橋の端を越えて、小川の上へ落ちていった。
水面に触れる直前、ふわりと風に押し戻される。
「あれ?」
葉っぱは水面を滑るように進んでいった。
その先には、小さな岩の上に何かが乗っている。
「何だろう?」
白雪は橋を渡り終えると、川辺へ降りた。
岩の上には、丸い白いものがあった。
拾い上げてみると、柔らかい感触がする。
《風綿の実》
「綿みたい!」
白い実は、触るとふわふわしている。
軽く押すと、少しだけ形が変わって、すぐに元へ戻った。
白雪は両手で包み込んでみた。
「ふわふわー」
そのとき、近くの水面が揺れた。
小さな魚が一匹、岩の陰から顔を出している。
「あっ、魚!」
白雪が近づくと、魚はすぐに水中へ逃げてしまった。
「逃げちゃった……」
白雪は川辺にしゃがみ込んだ。
水の中を覗き込むと、小さな石がいくつも沈んでいる。
その中に、淡い緑色の石があった。
手を伸ばして拾い上げる。
《若葉水晶》
透明な石の中に、葉っぱのような模様が入っている。
「これも綺麗!」
白雪は石を光にかざした。
太陽の光が通り抜け、緑色の模様がきらきらと輝く。
しばらく眺めてから、アイテム欄へしまった。
◇
花畑に戻ると、先ほどの小鳥が丸い岩の上に止まっていた。
「あっ、いた!」
鳥は白雪を見ると、ぴるるっと鳴いた。
「ここを見せてくれたの?」
白雪が近づく。
鳥は逃げなかった。
それどころか、白雪の肩の近くまで飛んできて、少し離れた枝に止まった。
「近くに来た!」
白雪は嬉しそうに笑った。
鳥の名前が表示される。
《ミドリオトリ》
「ミドリオトリ……」
白雪は名前を繰り返した。
鳥は花畑の中へ降り立つと、風蜜花の近くで何かをついばんだ。
その後、花畑の端にある低い木へ飛んでいく。
木には、小さな実がいくつもなっていた。
《若葉鈴の実》と同じような実だが、こちらは少しだけ色が濃い。
白雪が近づくと、ミドリオトリは枝の上で鳴いた。
ぴるるっ。
「これも食べられるのかな?」
白雪は実をひとつ採取する。
《風音の実》
「風音?」
手のひらに乗せると、実の中から小さな音が聞こえた。
ころん。
白雪は耳に近づけた。
ころころ。
まるで小さな鈴が中に入っているようだ。
「不思議!」
白雪は実をひとつだけ食べてみた。
ぱくっ。
「んん?」
最初は甘い。
そのあと、舌の上でぱちぱちと小さな刺激が弾ける。
「さっきの星斑の木の実に似てる!」
けれど、こちらの方が少し爽やかな味だった。
「おいしい!」
白雪は残りの実をアイテム欄にしまった。
ミドリオトリは、そんな白雪を見ている。
「ありがとうね!」
白雪が手を振ると、鳥は一度だけ大きく羽ばたいた。
そして、花畑の奥へ飛び去っていった。
「あっ、また行っちゃった」
白雪は少しだけ見送った。
でも、追いかけるのはやめた。
今日はこの花畑で、もう少し遊びたい気分だったからだ。
白雪は花畑の中央に座り込んだ。
風が吹く。
花が揺れる。
小さな虫が飛び回り、遠くで鳥の声が聞こえる。
「ここ、好きだなぁ……」
白雪は目を細めた。
しばらくの間、何もせずに風の音を聞いていた。
そして、ふと思い出したように立ち上がる。
「そうだ! 泡で遊ぼう!」
白雪はアイテム欄から《泡操作》を使うための泡を探した。
しかし、ここには泡がない。
「……あっ、ないんだった」
白雪は少しだけ残念そうに頬を膨らませた。
それから、風に揺れる花を眺める。
「まあ、いっか!」
今日も新しい場所を見つけられた。
それだけで十分だった。
白雪は花畑をあとにして、森の中へ戻っていった。
背後では、ミドリオトリが枝の上から白雪を見送っていた。
ぴるるっ。
その鳴き声は、森の風に乗って遠くまで響いていった。




