第34話 池の中で見つけた小さな宝物
森の朝は、静かな水音から始まった。
「今日はあっちに行ってみよう!」
白雪は森の中を歩きながら、昨日見つけた池のことを思い出していた。
青い甲羅を持った、カメのような生き物。
水面から顔を出したと思ったら、すぐに潜ってしまった。
「もう一回会えるかな?」
白雪は少しだけ歩く速度を上げた。
木の根を飛び越え、低い枝を避ける。
途中で見つけた赤い実をひとつ拾い、匂いを嗅いでからアイテム欄へしまった。
食べるかどうかは、あとで考えよう。
そんなことを考えているうちに、昨日の池が見えてきた。
「あっ、着いた!」
水面は穏やかで、周囲の草には朝露が残っている。
白雪は池の縁にしゃがみ込んだ。
「おーい。いるー?」
返事はない。
当然だ。相手はモンスターかもしれないし、言葉が通じるとも限らない。
それでも白雪は、しばらく水面を覗き込んでいた。
ぽこっ。
「あっ!」
小さな泡が浮かんできた。
続いて、水草の間から青い甲羅が見えた。
「いた!」
白雪は思わず身を乗り出した。
青い甲羅の生き物は、ゆっくりと水面へ上がってくる。
丸い頭に小さな目。短い足には水かきのような膜がついていた。
昨日よりも少し長く、顔を出している。
「おはよう!」
白雪が手を振ると、生き物は首を傾けた。
そして、ぷくっと泡をひとつ吹いた。
「泡だ!」
白雪が指を伸ばす。
泡は水面を離れ、ふわふわと浮かび上がった。
《泡操作》でそっと動かしてみる。
泡は白雪の手の動きに合わせて、ゆっくりと横へ流れた。
青い甲羅の生き物は、その様子をじっと見ている。
「見て見て。動くよ!」
白雪が泡を近づけると、生き物は少しだけ後ろへ下がった。
驚かせてしまったらしい。
「あ、ごめんね」
白雪は泡を離した。
すると、生き物は少しだけ近づいてきた。
どうやら、泡そのものが嫌いというわけではないようだ。
「ふふっ」
白雪はその場に座り込んだ。
生き物は水面から顔を出したまま、白雪を見ている。
しばらく、二人は何もせずに池を眺めていた。
◇
やがて、青い甲羅の生き物が水中へ潜っていった。
「あれ? どこ行くの?」
白雪は水面を覗き込む。
生き物は池の中央ではなく、岸に近い岩の隙間へ向かっていた。
そして、岩の陰に身体を滑り込ませる。
しばらくすると、また顔を出した。
口には、小さな白い石をくわえている。
「ん?」
生き物はそれを水面近くまで運び、ぽとりと落とした。
白い石は、水底へ沈んでいく。
「落としちゃった?」
白雪は首を傾げた。
生き物はもう一度潜り、今度は別の石を運んできた。
また、ぽとり。
「……もしかして、見せてくれてるの?」
白雪は水面を覗き込む。
そこには、白い石がいくつも沈んでいた。
よく見ると、どれも丸く、表面がつるつるしている。
白雪は水辺に手を入れ、近くの石をひとつ拾い上げた。
《水磨石》
「わあ、綺麗!」
石は白く、中心に淡い青色の模様がある。
水で磨かれたように滑らかだった。
もうひとつ拾う。
《水磨石》
こちらは青い線が少しだけ多い。
「模様が違う!」
白雪は二つの石を並べて眺めた。
その間にも、青い甲羅の生き物は水中から小石を運んでくる。
どうやら、この場所にはお気に入りの石が集まっているらしい。
「ここ、宝物置き場なのかな?」
白雪は嬉しそうに笑った。
生き物が運んできた石を全部持っていくのは悪い気がしたので、手の届くところに落ちていたものだけを少し拾う。
残りはそのままにしておいた。
そのとき、池の底に何かが光った。
「あれ?」
水磨石とは違う、淡い青色の光。
白雪は目を細める。
池の底に、小さな丸いものが沈んでいた。
「何だろう?」
水はそれほど深くない。
白雪は靴を脱いで、足を水につけた。
「冷たっ!」
思ったよりも冷たい。
それでも、気になるものは気になる。
白雪はゆっくりと池の中へ入っていった。
◇
水は膝の少し下までしかない。
底には丸い石が敷き詰められていて、歩くと足元で小さく動いた。
白雪は転ばないように、慎重に進む。
「どこかな……」
青い光は、水草の陰に隠れていた。
白雪は水草をそっと横へ避ける。
そこには、小さな青い貝殻のようなものがあった。
貝殻の表面には、白い模様が渦を巻くように入っている。
拾い上げると、手のひらに冷たい感触が伝わった。
《水紋貝の欠片》
「貝殻だ!」
白雪は光にかざしてみた。
欠片なのに、青い光がほんのり残っている。
「綺麗だなぁ」
そのままアイテム欄へしまおうとしたとき、足元で何かが動いた。
ぴちっ。
「わっ!」
小さな魚が白雪の足に触れた。
驚いて足を引く。
すると、今度は別の魚が水草の陰から飛び出した。
「あははっ。魚がいっぱい!」
白雪は魚を追いかけようとしたが、魚たちは素早く逃げてしまう。
水の中では思うように動けない。
「待ってよー!」
白雪は水をかき分けて進んだ。
すると、足元の石が滑った。
「わわっ!」
身体が傾く。
慌てて手を伸ばした先には、水面から出ていた大きな岩があった。
白雪は岩に手をつき、どうにか転ばずに済んだ。
「危なかったぁ……」
ほっと息を吐く。
そのとき、岩の表面に小さな穴がいくつも並んでいることに気づいた。
「あれ?」
穴の中には、透明な小さな粒が詰まっている。
白雪はひとつ取り出してみた。
《水泡晶》
「水の中に晶石がある!」
もう少し探してみると、岩のくぼみにいくつか落ちていた。
白雪は採取できる分だけ拾い、アイテム欄にしまった。
そのとき、後ろから水音がした。
振り返ると、青い甲羅の生き物が近くまで来ていた。
「おっ、来てくれたの?」
生き物は水面から顔を出し、白雪の足元を見ている。
そして、ゆっくりと近づいてきた。
白雪は動かずに待った。
生き物は白雪の足先に鼻を近づける。
くんくん。
それから、ぷくっと小さな泡を吹いた。
「ふふっ。くすぐったいよ」
白雪は笑った。
生き物は驚いたように少し後ろへ下がったが、逃げはしなかった。
しばらくすると、白雪の足元に小さな石が転がってきた。
ころん。
「ん?」
拾い上げると、薄い青色をした丸い石だった。
《水守の小石》
「これ、くれるの?」
白雪は生き物を見る。
生き物は、ゆっくりと一度だけ首を傾けた。
「ありがとう!」
白雪は石を大切にしまった。
◇
池から上がった白雪は、濡れた足を布で拭いた。
装備を整え直し、青い甲羅の生き物を振り返る。
「また遊びに来るね!」
生き物は水面から顔を出している。
白雪が手を振ると、ぽこぽこと泡を二つ吹いた。
その泡を《泡操作》で少しだけ動かしてみる。
生き物は泡を目で追い、首を動かした。
「ふふっ。面白いね!」
白雪は泡をゆっくりと水面へ戻した。
そして、池の周りを歩き始める。
まだまだ森には知らない場所がある。
今日はもう少しだけ、別の方向へ行ってみよう。
そう思ったところで、近くの木の枝が揺れた。
がさがさっ。
「あっ!」
枝の上に、小さな鳥が止まっていた。
白い身体に、淡い緑色の羽根。
鳥は白雪を見つめると、短く鳴いた。
ぴるるっ。
「初めて見る鳥!」
白雪が近づこうとすると、鳥は枝から枝へ飛び移った。
逃げるのかと思ったが、少し先で止まり、こちらを振り返る。
「ついてきてってこと?」
白雪は首を傾げた。
鳥はもう一度鳴くと、森の奥へ飛んでいく。
「待ってー!」
白雪は慌てて追いかけた。
池のそばには、まだ青い甲羅の生き物が残っている。
その生き物は水面から顔を出し、白雪が走っていく方向をじっと見ていた。
ぽこっ。
小さな泡がひとつ、静かな池に浮かんだ。




