第33話 森の奥で見つけた不思議な木の実
森の中に、夕方の風が吹いていた。
「こっちには何があるのかなー?」
白雪は、まだ歩いたことのない細い道を進んでいた。
道といっても、誰かが整備したものではない。木々の間に草が少なくなっている場所が続いているだけだ。
ところどころに木の根が飛び出し、小さな石が転がっている。
普通なら歩きにくそうな場所だが、白雪は気にせず進んでいた。
ぴょんっ。
木の根を飛び越える。
ひょいっ。
今度は低い枝をくぐる。
「ふふっ、こっちは歩きやすい!」
《白蒼の疾風》の軽い装備のおかげで、足取りは軽い。
白雪はときどき立ち止まっては、周囲を見回していた。
何かを探しているわけではない。
ただ、気になるものがあれば近づいてみる。それだけだった。
「あっ!」
白雪は突然、足を止めた。
目の前に、大きな木があった。
幹は太く、枝が横に大きく広がっている。葉っぱは濃い緑色で、ところどころに小さな黄色い実がぶら下がっていた。
「実がいっぱい!」
白雪は木に近づいた。
黄色い実は、丸くて少しだけ細長い。表面には白い斑点が散らばっている。
手を伸ばしてみたが、枝が少し高い。
「うーん……届かない」
白雪は木の幹を見上げる。
それから、足元に転がっていた石を見つけた。
「これに乗れば届くかな?」
石の上に立って、もう一度手を伸ばす。
あと少し。
「んーっ!」
指先が実に触れた。
しかし、枝が揺れただけで実は取れない。
「むむむ……」
白雪は少し考えたあと、木の幹に手をかけた。
「登ろう!」
木の幹には小さな凹凸があり、足をかける場所もある。
白雪はゆっくりと登り始めた。
途中で枝に手を伸ばし、身体を支える。
以前覚えた《登攀》の感覚を思い出しながら、少しずつ上へ進んでいった。
やがて、黄色い実がたくさんついた枝の近くまでたどり着いた。
「やった!」
白雪は実をひとつ手に取った。
《星斑の木の実》
「星みたいな模様だ!」
白雪は実を眺める。
それから、いつものように口に運びかけて――少しだけ止まった。
「……おいしいかな?」
前に毒や麻痺、眠気に襲われたことはある。
それでも、気になるものは気になる。
白雪は実を軽く匂ってみた。
甘い香りがする。
「うん。食べてみよう!」
ぱくっ。
「んっ!」
最初に感じたのは、さっぱりとした甘さだった。
そのあと、舌の上で小さな刺激が弾ける。
「おおっ。しゅわしゅわする!」
炭酸のような刺激が、口の中に広がった。
「おいしい!」
白雪は嬉しそうに笑った。
もうひとつ食べようとしたところで、枝の向こう側に別のものが見えた。
「あれ?」
葉っぱの隙間に、小さな鳥の巣がある。
巣の中には、淡い黄色の卵が二つ並んでいた。
「卵だ……」
白雪は手を伸ばしかけて、そっと引っ込めた。
卵には触らず、少し離れた場所から眺める。
「誰の卵なんだろう?」
しばらく待ってみたが、親鳥が戻ってくる様子はない。
白雪は巣をそのままにして、木から降りることにした。
◇
木から降りた白雪は、星斑の木の実をいくつか採取した。
それから、近くの草むらを覗き込む。
何かが動いたような気がしたのだ。
「……いる?」
白雪がそっと近づくと、草の隙間から白い耳がぴょこんと出てきた。
「あっ!」
白い小動物だ。
丸い身体に長い耳。背中には、さっき見た風綿草の綿毛がいくつかくっついている。
「この前の子だ!」
白雪が嬉しそうに声を上げると、小動物はびくっと身体を震わせた。
そして、ぴょんっと草むらの奥へ跳ねていく。
「あっ、待って!」
白雪は追いかけた。
小動物は素早く、草の間をすり抜けていく。
白雪も負けじと走る。
木の根を飛び越え、枝を避け、草むらを抜ける。
しかし、小動物は途中で急に方向を変えた。
「わっ!」
白雪は慌てて足を止める。
小動物はそのまま木の根元にある穴へと飛び込んでしまった。
「入っちゃった……」
白雪は穴の前にしゃがみ込む。
奥から、かすかに物音が聞こえた。
白雪は少し考えたあと、アイテム欄から《森赤実》を取り出した。
「これ、食べるかな?」
以前拾った、森で採れる赤い実だ。
白雪は穴の入口から少し離れたところに実を置いた。
そして、少し離れた場所で待ってみる。
しばらくすると、穴から白い耳が出てきた。
小動物は周囲を警戒するように見回している。
それから、置かれた実に気づいた。
くんくん。
匂いを嗅いでいる。
やがて、そっと近づいて実をくわえた。
「あっ、持っていった!」
白雪は嬉しそうに笑った。
小動物は実をくわえたまま穴へ戻っていく。
白雪は追いかけず、そのまま見送った。
「またね!」
穴の奥から返事はない。
けれど、白雪は満足そうだった。
◇
その後、白雪はさらに森の奥へ進んだ。
木々の間が少しずつ開けていく。
やがて、小さな岩場にたどり着いた。
岩場の周囲には背の低い草が生え、地面には白い砂のようなものが広がっている。
「ここ、なんだろう?」
白雪は足元を見た。
白い砂は、よく見ると細かい石の粒だった。
指で触れてみると、さらさらとしている。
少し掘ってみると、その下から薄い青色の石が出てきた。
「石だ!」
拾い上げると、表面には細い線が何本も入っている。
《砂紋石》
「模様が砂みたい!」
白雪は石をアイテム欄にしまった。
その近くには、白い小さな花が咲いていた。
花びらは五枚で、中心が淡い青色になっている。
《砂白花》
「綺麗!」
白雪は花をひとつ採取した。
さらに、岩の隙間に何かが光っているのを見つけた。
「ん?」
近づいて覗き込む。
そこには、小さな青い粒がいくつも落ちていた。
白雪は手を伸ばして拾い上げる。
《砂青晶》
「これも石かな?」
光にかざすと、青い粒の中に白い線が見えた。
白雪は何度か向きを変えて眺めた。
それから、岩の隙間の奥に目を向ける。
少しだけ空間が続いているようだ。
「入れるかな?」
白雪は身体を小さくして、隙間を覗き込んだ。
奥から冷たい風が吹いてくる。
しかし、隙間は狭く、装備をつけたままでは通れそうにない。
「うーん。無理そう」
白雪はあっさりと諦めた。
代わりに、岩の上に登ってみる。
そこから見下ろすと、岩場の向こうに小さな水辺が見えた。
「あっ、水!」
白雪はすぐに岩から降りた。
そして、水辺へ向かって走り出す。
◇
水辺は、森の中にある小さな池だった。
水面は静かで、周囲には背の低い草が生えている。
白雪は水辺にしゃがみ込んだ。
「魚いるかな?」
水面を覗き込む。
すると、すぐ近くを小さな魚が泳いでいった。
「あっ、いた!」
白雪は目で追いかける。
魚は水草の間を通り抜け、岩の陰へ隠れてしまった。
白雪は水辺の石をひとつ拾い上げる。
表面は濡れていて、丸くなめらかだった。
《池丸石》
「丸い石だ!」
白雪は石をしまう。
次に、水面に浮かんでいる小さな葉っぱに気づいた。
葉っぱの上には、透明な水滴が乗っている。
《水浮葉》
白雪はそれも採取した。
そのとき、水面の奥で何かが動いた。
ぽこっ。
「ん?」
小さな泡がひとつ浮かび上がる。
続いて、もうひとつ。
ぽこぽこ。
「泡?」
白雪は水面を覗き込んだ。
すると、水の中から小さな影が現れた。
丸い頭に、短い足。
背中には青い甲羅のようなものがついている。
「わあ! カメさんみたい!」
白雪が声を上げると、その生き物は水面から顔を出した。
目が合う。
数秒間、互いに動かない。
そして――。
ぽちゃん。
生き物は水の中へ潜ってしまった。
「あっ、行っちゃった!」
白雪は水面を覗き込んだが、もう姿は見えない。
代わりに、小さな泡が二つ浮かんできた。
「ふふっ。泡だけ残していった」
白雪は《泡操作》を使ってみた。
泡のひとつが、ふわりと水面から持ち上がる。
「おおっ!」
もうひとつも持ち上げてみる。
ふたつの泡は、白雪の周りをゆっくりと回り始めた。
そのまま少し動かしてみると、片方の泡がもう片方に近づいた。
ぽよん。
ふたつの泡がくっつき、ひとつの大きな泡になる。
「また大きくなった!」
白雪は嬉しそうに笑った。
大きな泡は、しばらく水辺の上を漂っていたが、やがて小さく揺れて消えてしまった。
「楽しいなぁ」
白雪は満足そうに水面を眺めた。
そのとき、池の向こう側で草が揺れた。
さっきの水の生き物が、少しだけ顔を出している。
「あっ、いた!」
白雪が手を振る。
生き物はしばらく白雪を見ていたが、すぐに水の中へ潜ってしまった。
「また会おうね!」
白雪は笑いながら立ち上がった。
◇
空が少しずつ暗くなり始めていた。
「そろそろ帰ろうかな」
白雪は池の周りを一度だけ見回した。
今日は星斑の木の実を見つけて、白い小動物に再会して、知らない岩場と池まで見つけた。
新しいスキルは覚えなかったけれど、楽しい発見がたくさんあった。
「明日はどこに行こうかなー」
白雪は歩き始めた。
その後ろで、池の水面が小さく揺れる。
ぽこっ。
また泡がひとつ浮かび上がった。
白雪は振り返らなかった。
もう帰るつもりだったからだ。
……今のところは。




