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第31話 泡の向こうに見つけた不思議な道

 温泉の湯気が、森の木々の間をゆっくりと漂っている。


「ふわぁ……あったかかったぁ」


 白雪は温泉から上がると、近くに置いていたタオルで髪を拭いた。


 白と淡い青を基調とした装備は、温泉に入る前に外しておいたので濡れていない。身につけ直した《白蒼の疾風》は、相変わらず軽くて動きやすい。


 温泉のそばでは、葉っぱを頭に乗せた茶色い《湯けむり獣》が、まだ気持ちよさそうに丸くなっていた。


「また入ろうね!」


 白雪が声をかけると、湯けむり獣は目を細めて小さく鳴いた。


 そのときだった。


 ぽよん。


「ん?」


 白雪の目の前に、透明な泡がひとつ浮かんできた。


 泡はふわふわと揺れながら、白雪の鼻先を通り過ぎていく。


「おっきい泡!」


 続いて、温泉の水面から白いひげと赤い模様のある水の生き物が顔を出した。


 ぷくぅ。


 その口元が膨らんだと思うと、大きな泡が三つ、ぽんぽんぽんっと飛び出してくる。


「わあ! また出た!」


 白雪は両手を伸ばして泡を追いかけた。


 ひとつ目は指先に触れた瞬間に弾けた。


 ふたつ目は、手のひらでそっと押すと、少しだけ横に動いた。


 そして三つ目は――。


「おおっ!?」


 白雪の指先に押された泡が、弾けずにふわりと浮き上がった。


 まるで見えない手に押されたように、ゆっくりと上へ進んでいく。


「これ、前より大きい!」


 白雪は泡を追いかけて、くるりとその場で回った。


 泡は木の枝の高さまで上がると、風に流されて森の奥へ進んでいく。


「待ってー!」


 白雪は慌てて追いかけた。


 水の生き物は、そんな白雪を見て、ぷくぷくと小さな泡を吹いている。


 まるで笑っているみたいだった。


     ◇


 泡は木々の間を抜け、少しずつ温泉から離れていった。


 白雪は枝を避けながら走る。


「もうちょっと……!」


 泡は不思議なことに、枝にぶつかっても割れなかった。葉っぱに触れると少しだけ形を変え、また元の丸い形に戻っている。


「どうなってるんだろう?」


 白雪は走りながら首を傾げた。


 やがて泡は、木の根元にある小さな岩の隙間へと吸い込まれていった。


「あれ?」


 白雪は足を止める。


 そこには、人ひとりがしゃがめば通れそうな岩の隙間があった。


 少しだけ奥が暗く、隙間から冷たい風が吹いている。


「ここ、通れるかな?」


 白雪はしゃがみ込んで中を覗いた。


 奥には、薄い青色の光が見える。


 以前にも似たような隙間を見つけたことがある。あのときは狭くて入れなかったけれど、今回は少し違うようだ。


 白雪は両手を地面につき、身体を小さくして中へ入ってみた。


「よいしょ……っと」


 マントが岩に引っかからないように気をつけながら進む。


 数歩進むと、急に空間が広がった。


「おおー!」


 そこは、小さな岩の空洞だった。


 天井には青白い石がいくつか埋まっていて、淡い光を放っている。


 地面には浅い水たまりがあり、その水面に天井の光が映っていた。


 そして、その水たまりの上に――。


「泡がいっぱい!」


 先ほど追いかけていた泡が、いくつも浮かんでいた。


 大きなもの、小さなもの、細長く歪んだもの。


 それぞれがゆっくりと空洞の中を漂っている。


 白雪は目を輝かせた。


「すごい! ここ、泡のお部屋だ!」


 さっそく近くの泡に手を伸ばす。


 指先で軽く押すと、泡はふわりと横へ動いた。


 今度は両手で挟むようにしてみる。


 泡は逃げるように上へ浮かび、白雪の手の間をすり抜けていった。


「あははっ。逃げた!」


 白雪は泡を追いかけて、空洞の中を歩き回った。


 すると、足元の水たまりに小さな青い石が沈んでいるのが見えた。


「石?」


 白雪はしゃがみ込んで拾い上げる。


 水に濡れているのに、表面はつるつるしていて、中心に小さな泡のような模様が見える。


 アイテム名が表示された。


《泡紋石》


「泡の模様がある!」


 白雪は石を光にかざして眺めた。


 さらに水たまりの端には、丸い葉っぱがいくつか生えている。


 葉の表面には小さな水滴が乗っていて、触れるとぷるんと揺れた。


《泡葉》


「こっちは葉っぱだ!」


 白雪は採取して、アイテム欄にしまった。


 その直後、システムメッセージが表示される。


《採取スキルの熟練度が上昇しました》


「おっ。上がった!」


 白雪は嬉しそうに頷いた。


 そのまま空洞の中を見回すと、奥の壁際に小さな白い貝殻のようなものが落ちている。


 拾い上げると、表面に青い線が入っていた。


《泡音貝》


 白雪が耳元に近づけてみると、かすかにぷくぷくという音が聞こえる。


「えっ、音がする!」


 もう一度耳を近づける。


 ぷく、ぷく、ぷく。


「泡の音かな?」


 白雪はしばらく貝殻を耳に当てていた。


 その間にも、泡は空洞の中を漂い続けている。


     ◇


 白雪は、浮かんでいる泡のひとつを両手でそっと包んでみた。


 今度はすぐに弾けない。


「おおっ、捕まえた!」


 両手の間にある泡は、ゆっくりと上下に揺れている。


 白雪が少しだけ手を傾けると、泡はその方向へ動いた。


「こっち?」


 右に傾ける。


 泡が右へ動く。


 左に傾ける。


 泡も左へ。


「すごい! 動かせる!」


 白雪は夢中になった。


 手を上に向けると泡が浮き、下に向けると少しずつ降りてくる。


 もちろん、手を離せば風に流されてしまう。


 それでも、しばらくの間は自由に動かせるようだった。


 白雪は泡をゆっくりと頭の上に持っていく。


「乗るかな?」


 そっと手を離した。


 泡は白雪の頭の上にふわふわと浮かび続ける。


「乗った!」


 白雪は嬉しそうにその場で一回転した。


 泡も頭の上をくるりと回る。


 さらにもうひとつ、別の泡を近づけてみた。


 ふたつの泡が触れ合う。


 ぽよん。


 弾けることなく、ふたつの泡がひとつになった。


「ええっ!?」


 大きくなった泡が、白雪の頭の上に浮かんでいる。


「大きくなった!」


 白雪が両手を上げると、泡はふわりと上昇した。


 そして、天井近くまで浮かんでいく。


 白雪はそれを見上げて、口を開けた。


「おっきいなぁ……」


 その瞬間、目の前にメッセージが現れた。


《スキル《泡操作》を習得しました》


「えっ?」


 白雪は一度瞬きをした。


「泡操作?」


 表示されたスキル名をもう一度読む。


「泡を動かせるようになったってこと?」


 白雪はさっそく試してみる。


 手を上げると、近くに浮かんでいた泡が少しだけ上昇した。


 手を横に動かすと、泡もゆっくりと横へ動く。


「わあ! 本当に動く!」


 白雪は大喜びだった。


 試しに小さな泡を三つ集めてみる。


 ひとつ、ふたつ、みっつ。


 それぞれを少しずつ動かして、白雪の周りをくるくる回す。


「ふふっ。泡の仲間が増えた!」


 泡は白雪の動きに合わせて、ふわふわとついてくる。


 しばらく遊んでいると、ひとつの泡が壁に触れた。


 ぽんっ。


 今度は割れてしまった。


「あっ、割れちゃった」


 白雪は少し残念そうに泡のあった場所を見つめる。


 でも、まだまだ泡は残っている。


「よし、もう一回!」


 今度は大きな泡を動かしてみる。


 ゆっくり、ゆっくり。


 壁にぶつからないように進ませて、空洞の反対側まで運んだ。


「できた!」


 白雪は満足そうに頷いた。


 気がつけば、かなり長い時間ここで遊んでいた。


     ◇


「そろそろ戻ろうかな」


 白雪は泡を見上げてから、岩の隙間へ向かった。


 最後に、近くに浮かんでいた小さな泡をひとつだけ手のひらに乗せてみる。


 泡はしばらく揺れていたが、やがて小さく弾けた。


「また遊びに来ようね!」


 誰に向けた言葉なのかは分からない。


 白雪は泡紋石と泡葉、泡音貝をアイテム欄にしまい、岩の隙間から外へ出た。


 森の中は、もう夕方に近い。


 木々の間から差し込む光が、少しずつ赤みを帯びていた。


「いっぱい遊んだなぁ」


 白雪は伸びをする。


 そのとき、少し離れた場所から、ぷくぅ……という音が聞こえた。


「あっ!」


 振り返ると、白いひげと赤い模様の水の生き物が、岩の隙間から顔を出していた。


「来てたんだ!」


 白雪が近づくと、その生き物は小さな泡をひとつ吹いた。


 ぽよん。


 泡は白雪の目の前を通り過ぎ、ゆっくりと上へ浮かんでいく。


「ありがとう! またね!」


 白雪は手を振った。


 水の生き物も、ひげを揺らしながら岩の隙間へ戻っていった。


「ふふっ。面白かった!」


 白雪は満足そうに笑う。


 今日は新しい場所を見つけて、綺麗な石を拾って、泡で遊んで、スキルまで覚えた。


 とても楽しい一日だった。


 ただ、ひとつだけ気になることがある。


「そういえば、あの子って何ていう名前なんだろう?」


 白雪は少し考えた。


 もちろん、モンスターの名前はまだ知らない。


「今度会ったら、また見てみよう!」


 名前を調べる方法を探すより、また会いに行くことを選んだらしい。


 白雪は森の中を歩き始めた。


 その頭上では、夕方の風に乗って、小さな泡がひとつだけ漂っていた。

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