第30話 初めての温泉と不思議な泡
「今日は、温泉に入ってみよう!」
ログインした白雪は、森の中を元気よく走っていた。
前回見つけた小さな温泉。
湯気が立ち上り、手を入れるとじんわり温かかった。
あの場所がすっかり気に入ってしまった白雪は、もう一度行くことにしたのだ。
「温泉って、ゲームの中でも気持ちいいのかな?」
そんなことを考えながら、石橋を渡る。
欄干の上を歩くのも忘れない。
《平衡歩行》のおかげで、細い足場もすいすい進める。
「よしっ!」
橋を渡り終えると、森の奥へ向かった。
しばらく歩くと、ぽこぽこと水が弾ける音が聞こえてくる。
「この音、この音!」
木々の間を抜けると、前回と同じ温泉が見えた。
白い湯気がゆっくりと空へ昇っている。
「ただいまー!」
白雪は温泉の縁まで近づき、手を入れた。
「うん、あったかい!」
前回と変わらない温度だ。
周囲を見回すと、岩の上にあの茶色い小動物が座っていた。
頭には小さな葉っぱが一枚。
《湯けむり獣》だ。
「あっ、いた!」
白雪が近づくと、湯けむり獣は目を開けた。
一度だけ白雪を見て、また目を閉じる。
「今日もくつろいでるねぇ」
白雪は隣の岩に腰掛けた。
湯けむり獣は特に気にする様子もなく、のんびりと座っている。
「ねえ、温泉って入ってもいいのかな?」
もちろん返事はない。
白雪は温泉の水面を覗き込んだ。
水は透明で、底の岩まで見える。
温度も熱すぎる感じはしない。
「よし!」
白雪は靴を脱ぎ、脚を水の中に入れてみた。
「わぁ……!」
温かい水が足元を包み込む。
「気持ちいい!」
もう片方の足も入れる。
それからゆっくりと腰を下ろした。
「ふぅ……」
白雪は温泉の中で肩の力を抜いた。
ゲームの中なのに、温かさが心地よく伝わってくる。
湯気が頬に触れ、森の音が遠くに聞こえる。
「ここ、最高かも……」
しばらく何もせず、温泉を楽しんだ。
すると、近くにいた湯けむり獣が立ち上がった。
とことこ歩いてきて、白雪の隣の岩に座る。
「一緒に入る?」
白雪が尋ねると、湯けむり獣は前足を水につけた。
ちゃぷっ。
そして、ゆっくりと温泉に入ってきた。
「わっ、入った!」
湯けむり獣は白雪から少し離れた場所に座り、気持ちよさそうに目を細める。
「ふふっ。気持ちいいねぇ」
白雪も笑顔になった。
しばらく二人で温泉に浸かっていると、水面の向こう側で何かが動いた。
ぽこっ。
「あれ?」
前回見かけた、泡を吐く水生生物だ。
丸い頭に白いひげ、背中には赤い模様がある。
温泉の中から顔を出し、白雪をじっと見つめている。
「こんにちは!」
生き物は口を開いた。
ぽこぽこっ。
小さな泡が二つ、水面に浮かぶ。
「泡だ!」
白雪が手を伸ばすと、生き物は水中へ潜ってしまった。
「あっ、行っちゃった」
しかし、少し待つと再び水面に現れた。
今度は白雪の近くまで泳いでくる。
「おおっ、近くに来た!」
白雪がじっと見ていると、生き物は口から大きな泡を吐き出した。
ぽわん。
泡は水面からふわりと浮かび上がり、白雪の目の前まで飛んできた。
「わっ!」
白雪は両手で受け止めようとする。
ぷにっ。
「……えっ?」
泡は弾けず、手のひらの上に乗った。
まるで透明な風船のようだ。
「すごい! 割れない!」
白雪が指先でつつくと、泡はぷるんと揺れた。
そのまま、ふわふわと空中へ浮かび上がる。
「待って待って!」
白雪は手を伸ばした。
泡は頭の高さまで浮かび、ぽんっと弾けた。
その瞬間、細かな水滴がきらきらと散った。
「わぁ……!」
水滴は白雪の髪や肩に落ちて、すぐに消えてしまった。
すると、システムメッセージが表示された。
《新しいスキルを習得しました》
《泡遊び》
「おっ?」
白雪はすぐにメニューを開いた。
《泡遊び》
泡状の物体を扱う動作に慣れ、泡を弾ませたり、浮かせたりしやすくなる。
「泡を扱うスキル?」
白雪は目の前の生き物を見た。
「もしかして、今の泡のおかげ?」
生き物はまた泡を吐いた。
ぽわん。
今度は白雪の手の上に乗せてみる。
指先で軽く押すと、泡はぷるんと揺れた。
「おおー!」
白雪は泡を両手で挟み、ゆっくりと持ち上げてみた。
泡は手の間をふわふわと移動する。
「これ、面白い!」
何度か触っているうちに、泡が少しずつ大きくなった。
白雪は両手を広げる。
泡はその間に浮かび、まるで小さな風船のように揺れていた。
「大きくなった!」
しかし、次の瞬間。
ぽんっ!
泡が弾け、白雪の顔に水滴が飛び散った。
「わぷっ!」
白雪は目を閉じた。
湯けむり獣が隣で身体を揺らしている。
「……笑った?」
もちろん、ただの仕草かもしれない。
白雪は笑いながら顔についた水滴を拭いた。
「もう一回!」
その後も、泡を触って遊んだ。
水生生物は何度も泡を吐き出してくれた。
どうやら、泡を見せるのが好きらしい。
白雪は十分に遊んだあと、温泉から上がった。
「はぁー、楽しかった!」
湯けむり獣はまだ温泉の中でくつろいでいる。
白雪は身体を軽く拭き、装備を整えた。
そのとき、水辺に小さな白いものが落ちているのを見つけた。
「あれ?」
拾い上げると、薄い膜のようなものだった。
透明で、触るとぷるぷるしている。
《泡膜》を入手しました。
「これも泡の生き物が落としたのかな?」
白雪はそれをインベントリにしまった。
温泉の水面をもう一度覗き込む。
赤い模様の生き物は、少し離れたところからこちらを見ていた。
「今日はありがとうね!」
白雪が手を振ると、生き物は小さな泡を一つ吐き出した。
ぽこっ。
「また遊ぼうね!」
白雪は温泉をあとにした。
森の中を歩きながら、覚えたばかりの《泡遊び》を試してみる。
手のひらを上に向けると、小さな泡がふわりと浮かんだ。
「おおっ! 泡が出た!」
指先でつつく。
ぷるん。
「ふふっ、面白い!」
泡は少し浮かんだあと、ぱちんと弾けて消えた。
白雪は満足そうに笑った。
今日もまた、森で不思議なものを見つけることができた。
ログアウトした雪乃は、ベッドの上で大きく伸びをした。
「温泉、気持ちよかったぁ!」
翌日、学校で舞と優真に会うと、昨日の出来事を話した。
「ついに温泉に入ったよ!」
「本当に入ったんだ」
舞が笑う。
「うん! すっごく気持ちよかった!」
「ゲームなのに温泉の感覚があるのか」
優真が少し驚いたように言った。
「ちゃんと温かかったよ。それにね、前に見た泡を吐く子が近くまで来てくれたの!」
「仲良くなれたの?」
「うん! 泡を手に乗せて遊んだんだよ!」
雪乃は両手を広げて、泡の大きさを表現した。
「それでスキルも覚えたの!」
「また新しいスキル?」
舞が笑う。
「《泡遊び》っていうんだって!」
「そんなスキルもあるんだ……」
優真は少し呆れたように呟いた。
「泡を浮かせたり、弾ませたりできるんだよ!」
「戦闘で使えるのかな?」
舞が尋ねる。
雪乃は少し考えた。
「うーん……分かんない! でも楽しいからいいの!」
舞はくすっと笑った。
「白雪らしいね」
雪乃は次に温泉へ行く日を楽しみにしていた。
温泉には、まだまだ不思議な生き物がいるかもしれない。
そして、新しく覚えた泡のスキルも、どんな使い方ができるのか分からない。
白雪は、そんなことを考えながら帰りの時間を過ごした。




