第29話 森の中で見つけた小さな温泉
「今日は、ちょっと違うところに行ってみようかな!」
ログインした白雪は、森の中を歩きながら周囲を見回していた。
最近は滝や岩場、音羽鳥の巣など、いろいろな場所を見つけている。
まだ行ったことのない場所もたくさんあるはずだ。
「こっちに行ってみよう!」
白雪はいつもとは違う方向へ進んだ。
木々の間を抜け、少し傾斜のある道を登っていく。
途中、地面に小さな穴がいくつも開いている場所を見つけた。
「何の穴だろう?」
しゃがみ込んで覗いてみる。
中から、ふわっと暖かい風が出てきた。
「……あったかい!」
白雪は手をかざしてみた。
穴の周囲の土も、ほんのり暖かい。
「地面の中に何かあるのかな?」
気になった白雪は、穴の周囲を歩いてみた。
すると、少し離れた場所から、ぽこぽこと水が弾ける音が聞こえてきた。
「ん?」
耳を澄ませる。
ぽこっ。ぽこぽこっ。
「水の音?」
白雪は音のする方へ向かった。
木々が少しずつまばらになり、地面から白い湯気のようなものが立ち上っているのが見えてきた。
「わぁ……!」
そこには、小さな池のような水たまりがあった。
岩に囲まれた水面から、白い湯気がゆっくりと立ち上っている。
「これって……温泉?」
白雪は近づいて、そっと手を伸ばした。
指先を水につける。
「わっ! あったかい!」
冷たい森の水とは違い、じんわりとした温かさが伝わってくる。
白雪は手を水の中に入れ、しばらく温度を確かめた。
「気持ちいいねぇ」
周囲には小さな白い花が咲いている。
湯気の向こうには、丸い岩がいくつも並んでいた。
「ここ、いい場所だなぁ」
白雪は岩の上に腰掛けた。
しばらく足をぶらぶらさせながら、温泉を眺める。
すると、水面に何かが浮かんできた。
ぽこっ。
「あれ?」
水面に浮かんだのは、小さな赤い実だった。
白雪は手を伸ばして拾い上げる。
《湯花の実》を入手しました。
「実だ!」
赤い実はほんのり温かく、表面に小さな白い斑点がある。
白雪は匂いを嗅いでみた。
甘い香りの中に、少しだけ薬草のような匂いが混じっている。
「どんな味かな?」
少しだけ迷ったあと、ぱくり。
「んっ!」
最初は甘い。
そのあと、舌の上にほんのりとした辛さが広がった。
「おおっ、ちょっと辛い!」
《満腹度》が少し回復しました。
白雪は残りの実をインベントリにしまった。
「温泉に浮かんでた実って、珍しいね!」
さらに水辺を歩いてみる。
岩の隙間に、薄い黄色の石がいくつも転がっていた。
拾い上げてみると、表面が少しざらざらしている。
《温石》を入手しました。
「温かい石だ!」
石を両手で包むと、じんわりと温かさが伝わってくる。
「これ、手を温めるのによさそう!」
白雪は温石をインベントリにしまった。
そのとき、湯気の向こうで何かが動いた。
「ん?」
岩の上に、小さな生き物が座っている。
丸い体に短い足。
茶色い毛並みで、頭には小さな葉っぱが一枚生えていた。
目を閉じて、気持ちよさそうに座っている。
「……かわいい」
白雪はそっと近づいた。
生き物は目を開けると、白雪を見た。
そして、また目を閉じた。
「えっ、逃げないの?」
白雪は少し離れた岩に座ってみた。
生き物は動かない。
しばらくすると、前足を伸ばして大きく伸びをした。
「ふわぁ……」
その仕草があまりにも可愛らしく、白雪は思わず笑ってしまった。
「眠そうだねぇ」
生き物は立ち上がり、温泉の縁を歩き始めた。
そして、湯気の中にある小さな岩の隙間へ入っていった。
「あっ、そっちに行くの?」
白雪は追いかけようとしたけれど、隙間は小さくて入れそうにない。
「残念……」
代わりに、隙間の近くに落ちていた茶色い毛を拾った。
《湯けむり獣の毛》を入手しました。
「さっきの子の毛かな?」
白雪は毛をインベントリにしまった。
その後、温泉の周囲を一周してみた。
反対側には、細い水路が流れ込んでいる。
温泉の水はそこから流れ出しているようだった。
白雪は水路のそばにしゃがみ込む。
水の中には、小さな魚が泳いでいた。
「お魚さんもいるんだ!」
よく見ると、魚の体は薄い赤色をしている。
白雪が指先を近づけると、魚はすっと離れてしまった。
「速いねぇ」
しばらく眺めていると、魚の一匹が水面近くまで上がってきた。
その口から、小さな泡が出ている。
ぽこっ。
「おおっ!」
泡は水面に浮かび、すぐに弾けた。
白雪は面白くなって、魚を追いかけるように水路を覗き込んだ。
すると、水の中に小さな白い粒が見えた。
手を伸ばして拾い上げる。
《湯泡石》を入手しました。
「泡の石?」
石の中には、小さな泡がいくつも閉じ込められている。
以前見つけた《泡晶》とは少し違い、こちらは薄い赤色をしていた。
「こっちもかわいい!」
白雪は温泉のそばに戻った。
温泉の縁に座り、もう一度手を水につける。
「はぁ……落ち着くなぁ」
ゲームの中なのに、温かさが伝わってくる。
白雪はしばらく何もせず、湯気の向こうに広がる森を眺めていた。
そのとき、温泉の水面が大きく揺れた。
ぼこっ。
「ん?」
水面から、小さな頭が飛び出した。
先ほどの茶色い生き物とは違う。
丸い頭に、白いひげ。
体は細長く、背中には赤い模様がある。
「……お魚?」
生き物は水面に浮かび、白雪をじっと見つめた。
そして、口を開いた。
ぽこっ。
小さな泡が飛び出す。
「わっ!」
白雪は驚いて少し後ろに下がった。
生き物はそのまま水の中へ潜っていった。
「今の何だったんだろう?」
しばらく待ってみたけれど、もう姿は見えなかった。
「また会えるかな?」
白雪は立ち上がった。
そろそろログアウトする時間だ。
「また来ようっと!」
温泉を振り返り、白雪は森の中へ戻っていった。
ログアウトした雪乃は、ベッドの上で大きく伸びをした。
「温泉、気持ちよかったなぁ」
翌日、学校で舞と優真に会うと、さっそく話を始めた。
「森の中で温泉を見つけたよ!」
「温泉?」
舞が驚いたように聞き返す。
「うん! 小さな池みたいな場所で、湯気が出てたの!」
「ゲームの中に温泉もあるんだな」
優真も興味深そうに言った。
「お湯が温かくてね、ずっと座ってたくなっちゃった!」
「何かアイテムはあった?」
舞が尋ねる。
「《湯花の実》とか《温石》とか! あと、温泉に入ってた小さな生き物もいたよ!」
「入ってたって……温泉に?」
「うん! 気持ちよさそうにしてた!」
優真が笑う。
「お前も入ってくればよかったんじゃないか?」
「えっ、入れるのかな?」
雪乃は少し考え込んだ。
「……今度試してみようかな!」
舞は楽しそうに笑った。
「のぼせないようにね」
「ゲームだから大丈夫だよ!」
そう言いながら、雪乃は次に温泉へ行くのを楽しみにしていた。
森には、まだまだ知らない場所がある。
今度は温泉に入れるのか。
それとも、また別の生き物に出会えるのか。
白雪の冒険は、今日も気ままに続いていく。




