第2話 草原の寄り道と不思議なキノコ
「こっちこっち!」
白い花を採取した雪乃は、少し離れた場所に生えている青い実へ向かっていた。
小さな草の先に、丸い青色の実がいくつもついている。
「わぁ、いっぱいある!」
雪乃はその場にしゃがみ込んだ。
青い実は、表面がつるつるしていて、太陽の光を受けると少しだけ輝いて見える。
「これ、ブルーベリーみたい!」
指先で一つ触ってみる。
ころん。
実が揺れた。
「……食べられるのかな?」
雪乃はじっと青い実を見つめる。
お腹が空いているわけではない。
ただ、どんな味がするのか気になった。
「うーん……」
少し考えたあと、雪乃は実を一つ摘み取った。
『《青草の実》を入手しました』
「おっ、アイテムになった!」
手のひらに乗せた実を眺める。
「食べられるのかなぁ……」
雪乃は実を口元へ持っていき、ぱくり。
「んっ」
甘酸っぱい味が広がった。
「おいしい!」
思わず笑顔になる。
「これ、当たりだ!」
『《青草の実》を摂取しました』
『満腹度がわずかに回復しました』
「へぇー! 食べることもできるんだ!」
雪乃は残りの実をいくつか採取した。
そのうち一つを口に入れ、もう一つはアイテム欄にしまう。
「あとで食べようっと!」
そのまま立ち上がり、次の気になるものを探し始めた。
気になるものがいっぱい!
少し歩くと、草原の一角に小さな岩場があった。
大きな岩がいくつか転がっていて、その隙間には苔が生えている。
「おっ、なんかある!」
雪乃は岩の近くにしゃがみ込んだ。
苔の横に、白っぽい小石が落ちている。
拾い上げてみると、表面に青い筋が入っていた。
「きれい!」
角度を変えて眺める。
光の当たり方によって、青い筋が少しだけ輝く。
「宝石かな?」
雪乃は石を両手で持って、じっくり観察した。
『《青筋石》を入手しました』
「おおっ! 名前が出た!」
どうやら普通の石ではなかったらしい。
「これ、何に使うんだろう?」
分からない。
でも、綺麗だから持っておくことにした。
そのとき、岩の向こう側から小さな音が聞こえた。
かさっ。
「ん?」
雪乃が顔を向ける。
もう一度。
かさかさっ。
「なにかな?」
岩の向こうを覗いてみると、小さな茶色いキノコが生えていた。
丸い傘に、白い斑点がいくつかある。
「キノコだ!」
雪乃は目を輝かせた。
「かわいい!」
指先で傘をつつく。
ぷにっ。
思ったより柔らかい。
「これも食べられるのかな?」
雪乃は少し考えた。
青い実はおいしかった。
なら、このキノコはどうだろう。
「キノコって、種類によって味が違うよね?」
雪乃はキノコをじっと見つめた。
「甘いのかな? 苦いのかな? それとも、すっぱいのかな?」
考えれば考えるほど、気になってくる。
「……ちょっとだけならいいよね?」
雪乃はキノコを採取した。
『《茶斑キノコ》を入手しました』
「茶斑キノコ……」
名前は分かった。
しかし、食べられるかどうかは分からない。
雪乃はキノコを手のひらに乗せ、しばらく眺めた。
そして。
ぱくり。
「……ん?」
最初は何も起きなかった。
少しだけ土っぽい香りがする。
味は、ほんのり苦い。
「うーん……おいしくはないかも」
雪乃がそう言った直後だった。
『状態異常:毒』
「…………え?」
視界の端に赤い文字が表示された。
「ど、毒?」
身体が少し重くなる。
視界が揺れ、足元がふらついた。
「えっ、えっ、ちょっと待って!」
雪乃は慌ててその場にしゃがみ込む。
「毒って、あの毒!?」
HPゲージがゆっくり減り始めた。
「うわぁ! 減ってる! 減ってるよ!」
慌ててアイテム欄を開く。
何か使えるものはないだろうか。
そういえば、チュートリアルの報酬でもらった薬があったはずだ。
「えっと、薬! 薬どこ!?」
アイテム欄を操作して、ようやく見つけた。
《解毒薬》
「これだ!」
雪乃はすぐに使用した。
『状態異常:毒が解除されました』
「はぁぁ……」
大きく息を吐く。
危なかった。
「びっくりしたぁ……」
しばらくその場で座り込んでいた。
そして、足元に残った茶斑キノコを見つめる。
「……毒キノコだったんだ」
少しだけ反省した。
本当に少しだけ。
「そっかぁ。食べちゃダメだったんだね」
雪乃はキノコを拾い上げ、アイテム欄にしまった。
すると、目の前に新しい通知が表示された。
『状態異常を経験しました』
『スキル《毒耐性》を獲得しました』
「……え?」
雪乃は表示を読み直した。
「毒耐性?」
説明には、毒状態になりにくくなるスキルだと書かれている。
「へぇー! 毒に強くなるんだ!」
さっきまで毒で大騒ぎしていたことも忘れ、雪乃は嬉しそうに笑った。
「さっきのキノコのおかげかな?」
そう言って、アイテム欄を開く。
茶斑キノコ。
まだ残っている。
「……」
雪乃はキノコのアイコンを見つめた。
「これ、もう一個食べたらどうなるんだろう?」
数秒考える。
そして、すぐに首を振った。
「いやいや、さっき毒になったばっかりだし!」
珍しく自分を止めた。
……が。
「でも、さっきは一個だったし、今度はちょっとだけなら……?」
結局、アイテム欄からキノコを取り出すことはしなかった。
今はやめておこう。
雪乃なりに学習したらしい。
まだまだ寄り道!
「よし、元気になった!」
雪乃は立ち上がった。
街へ向かうという考えは、まだ頭の片隅にしかない。
それよりも、周囲には気になるものがたくさんある。
岩の隙間に生えた草。
少し離れた場所にある木。
その向こうに見える小さな丘。
「次はあっちに行ってみようかな!」
雪乃は草原を歩き始めた。
途中で、背の低い植物を見つける。
葉っぱの先に、小さな黄色い花が咲いていた。
「これもかわいい!」
しゃがみ込んで眺める。
花びらを触ると、ふわりと揺れた。
「さっきの白い花とは違うね」
雪乃は花を一つ採取した。
『《黄花草》を入手しました』
『《採取》の熟練度が上昇しました』
「おっ、また強くなった!」
スキルには熟練度もあるらしい。
「いっぱい採ったら、もっと上手になるのかな?」
そう考えながら、近くに生えていた植物も採取していく。
その後、少し大きな石を見つけて持ち上げようとしたり、草むらの中を覗き込んだり、地面に落ちていた枝を拾ってみたり。
特に目的はない。
ただ、気になるものを見つけるたびに足を止めているだけだった。
少し離れた場所では、別のプレイヤーがスライムと戦っていた。
そのプレイヤーは、草むらにしゃがみ込んで何かを探している白い髪の少女に気づく。
「……あの子、さっきから何してるんだ?」
「採取じゃないか?」
「いや、さっき岩の裏にずっと顔突っ込んでたぞ」
「何か見つけたんじゃない?」
「……まあ、楽しそうだし、いいか」
そんな会話が交わされていたが、雪乃はもちろん気づいていない。
本人は今、地面に落ちていた小さな枝を眺めていた。
「これ、武器にならないかな?」
枝を両手で持って、軽く振る。
ぺしっ。
「……弱そう」
すぐにアイテム欄へしまった。
そのとき、遠くから小さな鐘の音が聞こえた。
『まもなく初回ログインから一定時間が経過します』
『安全のため、ログアウトを推奨します』
「あっ、もうそんな時間?」
雪乃は空を見上げた。
ゲーム内の景色はまだ明るい。
「もっと遊びたいけど……今日はここまでかな」
少し残念そうにしながら、ログアウトメニューを開く。
その前に、今日集めたアイテムを確認した。
《白草花》
《青草の実》
《青筋石》
《茶斑キノコ》
《黄花草》
《小枝》
「いっぱい集まった!」
雪乃は満足そうに頷いた。
「明日もいろいろ探してみよう!」
そしてログアウトを選択する。
視界が白く染まり、ゲームの世界から現実へ戻っていった。
現実世界
「ふぅー!」
雪乃はVR機器を外した。
ベッドの上で身体を伸ばす。
「楽しかったぁ!」
特に、草原でいろいろなものを見つけたのが楽しかった。
毒キノコを食べてしまったことは、少し驚いたけれど。
「……あのキノコ、苦かったなぁ」
思い出す。
毒になったときは本当に焦った。
でも、毒耐性というスキルを覚えられたのは嬉しい。
「今度はおいしいキノコがいいな!」
そんなことを考えながら、雪乃はベッドから降りた。
明日もまた、ELOの世界へ行くつもりだ。
そして、今日のことを舞と優真に話そうと思った。
ただし。
毒キノコを食べたことを話したら、二人にどんな顔をされるのか。
雪乃はまだ知らなかった。




