第1話 新しい世界と自由気ままな少女
「ねえねえ、二人とも! もう見た?」
昼休み。
教室の窓際でお弁当を食べていた白瀬雪乃は、向かいに座る黒崎舞と朝倉優真にスマートフォンの画面を見せた。
画面に映っているのは、青空の下に広がる広大な草原。その向こうには森や山、さらに遠くには巨大な城まで見える。
『エターナル・リンク・オンライン』
通称、ELO。
最新技術を使ったフルダイブ型VRMMORPGで、今日の夕方から正式サービスが開始される注目の新作ゲームだ。
「見たよ。今日からサービス開始でしょ?」
黒髪の短い少女、黒崎舞が答える。
「俺も予約してる。かなり自由度が高いらしいな」
朝倉優真もスマートフォンを取り出した。
「そうそう! なんかね、世界中を自由に冒険できるんだって!」
雪乃は画面を操作しながら、楽しそうに説明する。
「森とか山とか海とか、いろんな場所があるみたい! あと、隠された場所とか秘密のダンジョンもあるんだって!」
「そこは普通のRPGにもあるだろ」
「でも、見つける方法が決まってないんだって! 普通に歩いてたら見つかることもあるらしいよ!」
「へえ。それは面白そうだね」
舞が少し興味を示す。
「それに、採取とか採掘とか料理もできるんだって! モンスターと戦わなくても遊べるみたい!」
「雪乃はそっちが目的か?」
優真が尋ねる。
「うーん……どっちも!」
雪乃は少し考えてから、にっこり笑った。
「面白そうなことなら何でもやってみたい!」
「雪乃らしいね」
舞が小さく笑う。
「でも、最初は何をするか決めておいた方がいいんじゃない?」
「えー? どうして?」
「どうしてって……効率よく進めるなら、最初に方針を決めておいた方がいいでしょ」
「うーん……」
雪乃は腕を組んだ。
そして、数秒後。
「まあ、始めてから考えればいいよね!」
「考えてないじゃん」
優真が即座に突っ込む。
「えへへ」
「褒めてないからね」
三人は顔を見合わせて笑った。
ちなみに、三人ともELOを始める予定ではあるが、最初から同じパーティーを組むつもりはなかった。
それぞれ好きなように遊んで、気が向いたら一緒に冒険する。
そんな気楽な約束だけをしていた。
「じゃあ、今日は帰ったらログインだね!」
「私は最初にゲームの仕様を確認するかな」
「俺は戦闘を試してみる」
「私は……うーん」
雪乃は少しだけ考える。
「とりあえず、面白そうなところに行く!」
「それが一番危なそうだけどね」
舞の言葉に、雪乃は笑顔で答えた。
「大丈夫! たぶん!」
「たぶんかよ」
夕方・ログイン
帰宅した雪乃は、夕食と入浴を済ませると、早速自室のVR機器を装着した。
ベッドに横になり、起動する。
『エターナル・リンク・オンラインへようこそ』
視界が暗くなり、次の瞬間、真っ白な空間が広がった。
『プレイヤー登録を開始します』
『プレイヤーネームを入力してください』
「名前かぁ……」
雪乃は少し考える。
本名のままでもよかったが、せっかくのゲームなのだから別の名前にしたい。
「白雪……うん、これにしよう!」
『プレイヤーネーム:白雪』
『登録しますか?』
「はい!」
『プレイヤーネームを登録しました』
続いて、キャラクターの外見設定が始まった。
髪型、髪色、目の色、体格、顔の細かな調整。
雪乃は自分の好みに合わせて、銀色がかった白い長髪と、青みを帯びた瞳を選んだ。
「わぁ……!」
目の前に表示された自分の姿を見て、雪乃は思わず声を上げた。
白く長い髪が背中まで伸び、動くたびにさらさらと揺れる。
服装は初期装備の白い軽装。
「かわいい!」
くるりと一回転する。
髪がふわりと広がった。
「これ、いいね!」
そのまま何度も左右を向いたり、髪を触ったりして遊ぶ。
キャラクター設定だけで、気づけば数分が経過していた。
『初期能力値を設定してください』
「おっ、来た!」
表示されたのは、筋力、耐久、敏捷、魔力、器用などの基本能力値。
最初に与えられたポイントを自由に振り分けられるようだ。
雪乃は画面を眺める。
「うーん……」
どれにしよう。
魔法も使ってみたいし、力が強いのも楽しそう。
でも、雪乃が一番気になったのは――。
「速く動けるのって楽しそう!」
敏捷の項目を見つめる。
走る速度や回避、動作の素早さに関係する能力らしい。
「これにしよう!」
雪乃は迷わずポイントをすべて敏捷に振り分けた。
『敏捷に初期ポイントを全て割り振りました』
『極端な能力配分です。よろしいですか?』
「うん!」
『能力値を確定しました』
これで雪乃の能力は、敏捷に特化した極端な構成になった。
本人は難しいことを考えていない。
ただ、速く走れたら楽しそう。
それだけだった。
次は初期武器の選択だ。
剣、槍、弓、杖、双短剣など、いくつかの武器が並んでいる。
「双短剣かぁ……」
小さな刃が二本。
片手ずつ持って戦う武器らしい。
「これ、かっこいい!」
雪乃は双短剣を選択した。
『初期武器:双短剣を選択しました』
『キャラクター設定が完了しました』
『エターナル・リンク・オンラインの世界へようこそ』
「わぁ、楽しみ!」
雪乃の視界が光に包まれた。
初めての世界
「……おおお!」
目を開けた雪乃の前には、広大な草原が広がっていた。
青い空。
白い雲。
遠くには森があり、その向こうには山々が連なっている。
足元には柔らかな草が生え、風が吹くたびに草原全体が波のように揺れていた。
周囲には同じようにログインしたプレイヤーたちがいる。
「すごい……!」
雪乃はその場でくるりと回った。
後ろを向く。
前を向く。
空を見上げる。
そして、しゃがんで地面に触れた。
「草だ……」
指先で草をつまむ。
引っ張ると、草が少し揺れた。
「本物みたい!」
そのまま地面に手をついてみる。
土の感触まで再現されている。
「すごいなぁ……」
近くにいたプレイヤーが、雪乃の様子を見ていた。
「……あの子、何してるんだ?」
「さあ?」
そんな声は、雪乃には届いていない。
『チュートリアルを開始しますか?』
目の前にウィンドウが表示された。
「チュートリアル?」
説明を確認すると、基本操作や戦闘、アイテムの使い方などを教えてくれるらしい。
「うん、やってみよう!」
『チュートリアルを開始します』
まずは移動方法。
雪乃は表示された説明に従い、前へ歩いてみる。
一歩。
二歩。
そして、少し走ってみた。
「おっ!」
思ったより速い。
もう少し走る。
「わっ、速い!」
雪乃はそのまま草原を駆け出した。
最初は軽く走るつもりだったのだが、身体が思った以上に軽い。
あっという間にチュートリアル用の目印を通り過ぎてしまった。
『チュートリアル範囲から離れています』
「あっ、ごめんなさい!」
慌てて戻る。
しかし、戻る途中で小さな石につまずきそうになった。
「わっ!」
とっさに身体をひねる。
転びかけた身体が、くるりと回って立て直された。
「……おお?」
雪乃は自分の足元を見た。
「今の、ちょっとすごくない?」
もう一度やってみようと、わざと少しだけ足を滑らせる。
ぐらり。
今度は片足で踏ん張った。
「おおお!」
楽しくなってきた。
何度か身体を傾けて、バランスを取って遊ぶ。
『スキル《バランス感覚》を獲得しました』
「えっ?」
突然表示されたメッセージに、雪乃は目を丸くした。
「スキル?」
説明を確認すると、身体のバランスを保ちやすくなるスキルらしい。
「へぇー! 今ので覚えたんだ!」
雪乃は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、いろいろやってみたら、ほかにも覚えるのかな?」
そんな疑問が浮かぶ。
その瞬間、チュートリアルのことは少し頭から抜け落ちた。
初めての戦闘
「そういえば、武器!」
腰に装備された双短剣を取り出す。
白銀色の小さな刃が、太陽の光を反射した。
「おおー! かっこいい!」
右手に一本、左手に一本。
軽く振ってみる。
ひゅんっ。
空気を切る音がした。
「おおっ!」
もう一度。
ひゅんっ。
「楽しい!」
今度は左右交互に振ってみる。
右、左、右、左。
しばらく武器を振っていた雪乃だったが、ようやくチュートリアルの続きを思い出した。
『戦闘訓練エリアへ移動してください』
「そうだった!」
指定された場所へ向かうと、小さな青いモンスターが数匹いた。
スライムだ。
『訓練用モンスター:スライム』
「わっ、スライムだ!」
雪乃は少し離れた場所から眺めた。
ぷるん。
ぷるん。
身体を揺らしながら、こちらへ近づいてくる。
「かわいい……」
攻撃していいのだろうか。
少しだけ迷ったが、訓練用のモンスターらしい。
「よし、いってみよう!」
雪乃は双短剣を構えた。
スライムが跳ねる。
「わっ!」
横へ避ける。
思った以上に簡単に避けられた。
もう一度スライムが跳ねる。
今度は少し大きく横へ移動する。
スライムが地面に落ちた瞬間、雪乃は近づいて短剣を振った。
ぷるんっ!
スライムの身体が揺れる。
「おおっ、当たった!」
もう一度攻撃。
今度は反対側から。
スライムのHPが減り、最後には光の粒になって消えた。
『スライムを討伐しました』
『経験値を獲得しました』
「やった!」
雪乃は小さく跳ねた。
「倒せた!」
続けてもう一匹。
今度は少し慣れてきた。
スライムの動きを見て、跳ねる瞬間に横へ移動する。
そして、着地したところを攻撃する。
「えいっ!」
スライムが消えた。
『スキル《回避》を獲得しました』
「またスキル!」
雪乃は目を輝かせた。
「えへへ、なんだか楽しい!」
その後も何匹かのスライムを倒し、基本的な戦闘操作を覚えた。
チュートリアルの説明も一通り終わった。
『チュートリアルを終了します』
『自由行動が可能になりました』
「自由行動!」
雪乃は草原を見渡す。
あちらには森。
こちらには小さな丘。
遠くには川らしきものも見える。
「どこに行こうかなぁ……」
普通なら、まずは街へ向かうところだろう。
しかし、雪乃の視線は別の場所に向いていた。
少し離れたところに、白い花が咲いていたのだ。
「……あれ?」
雪乃は目を細める。
小さな白い花。
草の間から、ちょこんと顔を出している。
「かわいい!」
街へ向かうことは、すっかり頭から消えていた。
雪乃は花の方へ走り出す。
そして、花の前でしゃがみ込んだ。
「これ、なんていう花なんだろう?」
指先で花びらに触れる。
柔らかい。
風が吹くと、花が小さく揺れた。
「……持って帰れるのかな?」
雪乃は周囲を見回した。
まだ同じ花がいくつか咲いている。
「一個くらいならいいよね?」
そう言って、そっと花を摘み取った。
『《白草花》を入手しました』
『スキル《採取》を獲得しました』
「おおっ!」
雪乃は手の中の花と、表示されたメッセージを交互に見た。
「採取って覚えた!」
どうやら、何かを採る行動でもスキルを覚えられるらしい。
「じゃあ、ほかにも何かあるかな?」
雪乃は立ち上がり、周囲を見渡した。
少し先に、青い実がなっている低い草が見える。
「……あっちも気になる!」
こうして白雪の初めての冒険は、街へ向かうこともなく、草原の片隅で寄り道を始めたのだった。
本人はまだ知らない。
その何気ない寄り道が、これから先の冒険でも何度も繰り返されることになるのを。
「よーし! 次はあっち!」
白い髪を揺らしながら、雪乃は草原を駆けていった。




