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第134話 帰り道と、気になる寄り道

 林の中に差し込む夕方の光が、少しずつ赤みを帯びていた。


 木々の間を抜ける風は穏やかで、葉の擦れる音が頭上から降ってくる。


 白雪たち三人は、小さな川から林の出口へ向かって歩いていた。


「うーん、楽しかった!」


 白雪は両手を頭の後ろで組み、のんびりと歩いている。


「今日はずいぶんいろいろ見つけたわね」


 隣を歩く黒羽が、インベントリの中身を確認しながら答えた。


「丘陵地帯だけのつもりだったけど、林まで入ることになったしな」


 ユウマも周囲を見渡す。


「だって、木の陰に小さい動物がいたんだもん!」


「それを追いかけて林の奥まで進んだのは白雪だけどね」


「えへへ」


「褒めてないわよ」


 黒羽の言葉に、白雪は不思議そうに首を傾げた。


 どうやら褒められたと思っているらしい。


 ユウマは小さく笑った。


「でも、結果的にはいろいろ見つかっただろ。根の絡んだ大岩の仕掛けも、川の水路も」


「そうそう! あの岩の下に空間があったの、びっくりしたよね!」


「普通なら、あんな場所に地下空間があるとは思わないでしょうね」


「木の根っこがいっぱいだった!」


「見れば分かるわ」


 白雪は両手を広げ、地下空間で見た根の様子を再現する。


 その動きに合わせて、背中の装備が小さく揺れた。


「それに、川もよかった!」


「川の上流はまだ見ていないからな」


「うん! 今度はもっと上まで行ってみたい!」


「今日の時間では無理だったけどね。街に戻るのが遅くなりすぎるわ」


「分かってるよ。だから今日は帰る!」


 白雪は元気よく返事をした。


 その直後、道端の草むらが小さく揺れた。


 ぴょこん。


「あっ!」


 白雪が足を止める。


 草むらから顔を出したのは、見覚えのある小さな生き物だった。


「木陰リスだ!」


 茶色い毛並みと、ふさふさした尻尾。


 先ほどまで林の中で見かけていた木陰リスが、三人の様子を窺うようにこちらを見ている。


 木陰リスは少しだけ首を傾けると、白雪の足元へ近づいてきた。


「また会えたね!」


 白雪はしゃがみ込む。


 木陰リスは警戒する様子もなく、彼女の手元をくんくんと嗅いだ。


「何か欲しいのかな?」


「木の実じゃない?」


 ユウマが言う。


「あ、そうかも!」


 白雪はインベントリを開き、今日拾った木の実を確認した。


 《木陰の実》がいくつか残っている。


「これかな?」


 手のひらに一つ乗せて差し出すと、木陰リスは前足で器用に受け取った。


 くるくると木の実を回したあと、小さな口でかじり始める。


「かわいい……」


 白雪の目がきらきらと輝いた。


「ずっと見ていられるわね」


 黒羽も少しだけ表情を和らげている。


 木陰リスは木の実を食べ終えると、尻尾を揺らしながら草むらへ戻っていった。


「ばいばーい!」


 白雪が手を振る。


 木陰リスは一度だけ振り返り、それから木々の向こうへ消えていった。


「また会えるかな?」


「同じ場所にいるとは限らないけど、林の中に生息しているなら可能性はあるんじゃないか」


「じゃあ、また探そう!」


「探すというより、見つけたら追いかけるんでしょう?」


「うん!」


「否定しないのね……」


 黒羽は小さく息を吐いた。


 それでも、その声には呆れだけではない楽しさが混じっていた。


 *


 林の出口を抜けると、丘陵地帯の景色が広がった。


 遠くには街の建物が見える。


 夕方の光を受けた石造りの屋根が、少しだけ橙色に染まっていた。


「もう街が見えるね」


「思ったより時間が経っていたな」


「今日は結構歩いたものね」


 黒羽がそう言いながら、インベントリの中身を整理し始める。


「そういえば、今日拾った素材ってどれくらいある?」


「えーっと……いっぱい!」


「それは知ってるわ」


「いっぱいの中にも、いろいろあるよ!」


「そういう意味じゃないのよ」


 白雪はインベントリを開き、今日の採取品を一つずつ確認していく。


 《石背の種》

 《丘灯花》

 《岩間草》

 《丘露石》

 《岩背の毛皮》

 《岩背の牙》

 《岩背の硬片》

 《木陰の実》

 《木陰葉》

 《若葉の実》

 《古木の小片》

 《根元白花》

 《樹皮の欠片》

 《樹皮ネズミの毛》

 《苔水葉》

 《根影石》

 《湿根苔》

 《根木の実》

 《根紋草の種》

 《流れ葉》

 《川浮き草》

 《川砂晶》

 《青尾の鱗》

 《水縁貝》

 《水路石の欠片》

 《清流砂》

 《水泡草》。


「……多いわね」


 黒羽が画面を覗き込んで、思わず呟いた。


「そう?」


「そうよ。種類だけでもかなりあるじゃない」


「気になったものを拾ってたら、こうなった!」


「拾う前に何に使うか考えたりしないのか?」


 ユウマの問いに、白雪は少し考え込んだ。


「うーん……見た目が面白かったら拾う!」


「なるほど。使い道は後から考えるわけか」


「そう!」


「それでインベントリがいっぱいにならないのが不思議だな」


「まだ入るよ!」


 白雪は胸を張った。


 黒羽は自分のインベントリを確認しながら、少し考える。


「今度、素材の整理をする時間を作った方がよさそうね。今日の分だけじゃなくて、前に拾ったものも含めて」


「整理?」


「種類ごとに分けておけば、料理や生産をするときに探しやすいでしょう?」


「たしかに!」


「白雪の場合、何を持っているのか本人が忘れていそうだけどな」


「そんなことないよ!」


「じゃあ、今持っている素材を全部言える?」


「えっと……」


 白雪の視線が宙を泳いだ。


「……いっぱい!」


「ほらな」


「でも、必要なときに探せばいいもん!」


「必要なときに見つからなくて困るのよ」


 黒羽の言葉に、白雪はうーんと唸った。


 どうやら、少しだけ心当たりがあるらしい。


「じゃあ、今度一緒に整理しようよ!」


「ええ。時間が合えば手伝うわ」


「俺も素材の種類を確認したいし、参加するよ」


「やった!」


 三人で素材を整理する。


 それだけの予定なのに、白雪は何か面白い遊びが始まるように喜んでいた。


 *


 街の入口に近づくと、周囲の景色は少しずつ賑やかになっていった。


 プレイヤーたちが行き交い、露店では生産プレイヤーが商品を並べている。


 イベントが終わってから数日が経ち、街の雰囲気もすっかり普段通りに戻っていた。


「そういえば、白雪は生産区画を見に行ったことがあったわよね?」


「うん! 料理してる人とか、服を作ってる人とかいたよ!」


「今日の素材も、何かに加工できるかもしれないな」


「そうだね! 木の実とか、料理に使えるかな?」


「種類によるでしょうね。草や鉱石も、素材として使える可能性はあるわ」


「じゃあ、全部持っていこう!」


「全部?」


「うん!」


「……まずは整理してからにしましょう」


 黒羽は即座に釘を刺した。


「はーい」


 白雪は素直に返事をする。


 ただし、その視線はすでに別のものへ向いていた。


「あっ、あのお店!」


 街の通りに並ぶ露店の一つ。


 そこには、色とりどりの小瓶や、丸い木製の容器が並んでいた。


「何か気になるものでもあるのか?」


「瓶がいっぱい!」


「薬品か何かを売っている店かしらね」


 三人が近づくと、露店のプレイヤーが声をかけてきた。


「いらっしゃい。回復薬や状態異常回復薬、それから簡単な調合品を扱ってるよ」


「わあ!」


 白雪は並んだ小瓶を覗き込む。


 赤色、青色、薄緑色、透明なものまである。


「これ、全部違うの?」


「ああ。中身によって効果が違うんだ。これは小回復薬、こっちは毒消し薬。こっちは麻痺を和らげる薬だな」


「へえー!」


 白雪は瓶を一つずつ眺めた。


「自分で作ったんですか?」


 黒羽が尋ねる。


「そうだよ。錬金系の生産スキルを上げていてね。素材を集めて、調合しているんだ」


「素材は自分で集めるんですか?」


「基本はそうだね。足りないものは他のプレイヤーから買ったり、依頼を受けて作ったりもするよ」


「依頼もあるんですね」


「もちろん。自分で作る人もいるし、専門の生産プレイヤーに頼む人もいる。装備の修理や加工を頼む人もいるよ」


 白雪は並んだ瓶から顔を上げた。


「じゃあ、私が拾った素材も何かに使えるかもしれない?」


「素材の種類によるけど、使えるものは多いと思うよ。珍しい素材じゃなくても、料理や調合の材料になるからね」


「そっか!」


 白雪は嬉しそうに頷いた。


 黒羽は露店の商品を見ながら、いくつか質問をしている。


 調合に必要な素材や、作成にかかる時間、プレイヤー間での取引方法など、具体的な内容だった。


 一方の白雪は、透明な小瓶を光にかざしていた。


「これ、きれい!」


「それは水系の調合品を入れるための瓶だね。中身は空だよ」


「空なんだ!」


「そう。容器だけでも売ってるよ」


「へえー!」


 白雪は瓶を元の場所に戻した。


「ありがとうございました!」


「また来てね」


 三人は露店を離れた。


「生産も面白そうだな」


「うん! いつかやってみたい!」


「まずは素材の整理からね」


「分かってるよー!」


 白雪は少しだけ頬を膨らませた。


 *


 街の中央広場まで戻ってきたところで、ユウマが足を止めた。


「俺はそろそろログアウトするよ。今日はこの後、少し用事があるんだ」


「そうなんだ。今日はありがとう!」


「こちらこそ。林の探索、なかなか面白かったよ」


「次は川の上流だね!」


「ああ。時間に余裕がある日に行こう」


「私も賛成。上流は地形が変わっているかもしれないし、準備もしておきたいわ」


「じゃあ、次は三人で!」


 白雪が嬉しそうに両手を上げる。


「その前に素材整理もするんでしょう?」


「あっ、そうだった!」


「忘れていたのね……」


 黒羽は苦笑した。


 ユウマは二人に手を振る。


「それじゃあ、またな」


「またねー!」


「また今度」


 ユウマの姿が光に包まれ、ログアウトしていった。


 白雪と黒羽は広場に残った。


「白雪はどうする?」


「うーん……」


 白雪は周囲を見回す。


 生産区画の方向には、まだ人の姿が多く見える。


 反対側には、道具屋や露店が並ぶ通り。


 そして、少し離れた場所には大きな掲示板が設置されていた。


「今日はもうログアウトしようかな」


「珍しいわね。まだ何か見つけそうな顔をしているけど」


「えへへ。ちょっとだけ気になるものはあるよ」


「ちょっとだけ?」


「うん。いっぱい!」


「やっぱりね」


 二人は笑い合った。


「次回は素材整理をして、それから川の上流を見に行きましょう」


「うん!」


「時間があれば生産区画も見てみたいわね」


「料理もやってみたい!」


「白雪が料理をしたら、どんなものができるのかしら」


「おいしいもの!」


「その自信はどこから来るの……?」


「食べるの好きだから!」


「作るのと食べるのは別よ」


 黒羽の冷静な指摘に、白雪は少しだけ考え込んだ。


「……じゃあ、最初は簡単なものから!」


「そうね。それがいいわ」


 白雪は満足そうに頷いた。


 その後、二人は街の広場で別れ、それぞれログアウトした。


 *


 現実世界。


 雪乃はフルダイブ機器からゆっくりと身体を起こした。


「ふわぁ……」


 小さく伸びをする。


 今日は丘陵地帯から林へ進み、地下空間を見つけて、小さな川まで探索した。


 思い返してみれば、かなり長い時間遊んでいた気がする。


「楽しかったなぁ」


 ベッドの上で膝を抱え、今日のことを思い出す。


 木陰リス。

 根の絡んだ大岩。

 地下にあった小さな空間。

 川にいた生き物たち。


 そして、まだ見ていない川の上流。


「次はもっと奥まで行きたいな」


 雪乃はスマートフォンを手に取り、舞と優真に短いメッセージを送った。


『今日はありがとう! 次は川の上流に行こうね!』


 すぐに舞から返信が届く。


『ええ。次回までに素材整理の時間も考えておくわ』


 続いて優真からも返信が来た。


『次は早めに集合しよう。上流を見てからでも十分探索できるように』


「うんうん!」


 雪乃は嬉しそうに頷き、スマートフォンを置いた。


 次の冒険は、川の上流。


 その前に、素材整理と生産体験。


 やりたいことが少しずつ増えていく。


 けれど、雪乃はまだ知らない。


 今日拾った素材の中に、後になって思いがけない形で役立つものがあることを。


 今はただ、次にログインする日が楽しみだった。

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