第135話 インベントリの大掃除
次のログイン日。
白雪がエターナル・リンク・オンラインの世界に降り立ったのは、いつもの街の中央広場だった。
「こんにちはー!」
誰に向けたわけでもなく、白雪は元気よく声を出す。
周囲ではプレイヤーたちが行き交い、露店の準備をする人や、仲間と待ち合わせをしている人の姿が見えた。
イベントの賑わいが落ち着いた街は、いつも通りの穏やかな雰囲気だ。
「さてと!」
白雪はメニューを開き、フレンド欄を確認する。
黒羽はオンライン。
ユウマはまだログインしていないようだった。
すぐに黒羽からメッセージが届く。
『中央広場にいるわ。こちらに来て』
「はーい!」
白雪は広場の端にあるベンチへ向かった。
そこには黒い髪を揺らしながら、メニュー画面を操作している黒羽の姿があった。
「黒羽ー!」
「おはよう、白雪」
「おはよう!」
「今日は素材整理をする予定だったわね」
「うん! いっぱい持ってきたよ!」
「……どれくらい?」
「いっぱい!」
「そうじゃなくてね」
黒羽は苦笑しながら、隣のベンチを指差した。
「まずは座って、インベントリの中身を確認しましょう」
「分かった!」
白雪は隣に座り、メニューを開いた。
*
「じゃあ、まずは素材の一覧を見せてもらえる?」
「いいよ!」
白雪が素材欄を開く。
すると、画面には大量のアイテムが並んだ。
「……」
黒羽の指が止まった。
「……白雪」
「なに?」
「これ、全部素材?」
「うん!」
「装備品や消耗品は別?」
「そうだよ!」
「そう……」
黒羽は一度画面を閉じ、もう一度開いた。
見間違いではなかった。
草、花、木の実、鉱石、石片、動物の素材、水辺で採れたもの。
種類も数も、想像していたよりずっと多い。
「前に拾ったものも残っているのよね?」
「うん。使ってないのはだいたい残ってる!」
「だいたい……」
「食べたものもあるよ!」
「それは聞かなくても分かるわ」
黒羽は一覧を上から順番に確認していく。
「まずは分類しましょう。植物系、鉱石系、動物素材、水辺素材、それ以外。大まかに分けてから、必要なら細かく整理するわ」
「おおー!」
「白雪も一緒に確認してね。私だけで進めたら、どれが何なのか分からなくなるから」
「もちろん!」
二人はベンチに並んで座り、素材の整理を始めた。
《丘灯花》や《岩間草》などの植物素材は植物系へ。
《丘露石》や《川砂晶》などは鉱石・石材系へ。
《岩背の毛皮》や《樹皮ネズミの毛》などは動物素材へ。
《水泡草》や《水縁貝》などは水辺素材へ。
種類ごとに分類していくと、白雪のインベントリが少しずつ見やすくなっていく。
「これはどっち?」
白雪が《根紋草の種》を指差した。
「植物系ね。種だから、栽培に使える可能性もあるわ」
「植えられるのかな?」
「生産や栽培のシステムを調べれば分かるかもしれないわね」
「植えたら芽が出る?」
「条件が合えば、そういう仕組みはあるかもしれないわ」
「やってみたい!」
「まずは分類を終わらせましょう」
「はーい」
白雪は素直に《根紋草の種》を植物系へ移動させた。
しばらくして、ユウマも広場にやってきた。
「おはよう。もう始めてたのか」
「おはよう、ユウマ!」
「ちょうど素材を分類しているところよ」
「白雪のインベントリか?」
「そうよ」
ユウマは白雪の画面を覗き込む。
「……すごい量だな」
「いっぱいあるでしょ!」
「いっぱいだな」
「えへへ!」
「褒めてないと思うぞ」
黒羽が淡々と告げた。
「そうなの?」
「そうよ」
白雪は首を傾げた。
「まあ、これだけあれば生産に使えるものもありそうだな」
「そうなの! 今日は生産区画にも行ってみたい!」
「なら、整理が終わったら行ってみようか」
「うん!」
*
分類作業は、思った以上に時間がかかった。
何しろ白雪のインベントリには、以前の探索で拾った素材も大量に残っていたからだ。
「これ、いつ拾ったの?」
黒羽が一つの素材を指差した。
《風穴青石》。
「あ、それは風穴に行ったとき!」
「かなり前ね」
「そうだっけ?」
「イベントのときよ」
「あー! そうだった!」
白雪は懐かしそうに画面を眺める。
「こっちは?」
今度はユウマが別の素材を指差した。
《鳴石の欠片》。
「それもイベント中に見つけたやつだよ!」
「よく残してあったな」
「なんとなく!」
「なんとなくか……」
ユウマは苦笑した。
さらに分類を進めていくと、見慣れない素材も出てきた。
「これは何かしら?」
黒羽が取り出したのは、小さな青紫色の結晶だった。
《水滴晶粒》。
「水のところで拾ったよ!」
「水辺素材というより、結晶系かしらね」
「鉱石の方に入れておくか?」
「そうね。ただ、素材によっては複数の用途があるかもしれないから、後で説明文も確認しておきましょう」
「分かった!」
白雪は説明文を一つずつ開きながら、黒羽の指示に従って分類していく。
その途中。
「あっ!」
白雪が突然声を上げた。
「どうした?」
「これ、まだ持ってた!」
画面に表示されたのは、《風綿の実》だった。
「それは何かしら?」
「前に食べたら、ふわふわした感じになった実!」
「……食べたの?」
「うん!」
「状態変化が起きたやつか」
ユウマが思い出したように言う。
「そうそう! 空中でふわっとしたんだよ!」
「それなら、食材として使う前に効果を確認した方がよさそうね」
「でも、もう一個あるよ!」
「また食べるつもり?」
「気になる!」
「今日は食べなくていいわ」
「えー」
「生産体験をするんでしょう?」
「そうだった!」
白雪は《風綿の実》を大事そうにしまった。
整理を進めるうちに、別の素材もいくつか見つかった。
《風鈴の実》。
《水風の実》ではなく、《風水の実》。
《夕鈴の実》。
《根木の実》。
どれも過去の探索で手に入れたものだ。
「木の実だけでも結構あるな」
「気になったら拾っちゃうからね!」
「食べられるものと、そうでないものがあるでしょう?」
「うん。だから、食べる前にちょっと考えるよ!」
「ちょっとなのね……」
黒羽は小さく笑った。
やがて、素材欄の分類がひと通り終わった。
「これで大体整理できたわね」
「おおー! 見やすくなった!」
「今までが散らかりすぎていたのよ」
「でも、ちゃんと全部残ってたよ!」
「それはそうだけど……」
黒羽は分類された素材一覧を確認する。
「これなら、何か作るときにも探しやすいわね」
「じゃあ、次は生産区画!」
「そうね。行きましょう」
*
生産区画は、街の東側にある。
中央広場から少し歩くと、木材や金属を扱う作業場、料理用の設備が並ぶ建物、裁縫や加工を行う店舗が見えてきた。
そこでは、多くのプレイヤーが生産活動をしている。
金属を叩く音。
布を裁つ音。
鍋の煮える音。
素材をすり潰す音。
さまざまな音が重なり、独特の活気を生み出していた。
「わあ……!」
白雪は目を輝かせた。
「ここ、いろんなことをしてるね!」
「生産プレイヤーが集まる場所だからな」
「専門の設備も揃っているみたいね」
黒羽が周囲を見渡す。
少し先には、料理用の大きな調理台が並んでいた。
その近くでは、プレイヤーが野菜を切ったり、鍋をかき混ぜたりしている。
「まずは料理を見てみたい!」
「白雪らしいわね」
三人は調理台のある場所へ向かった。
そこには、料理をしているプレイヤーが何人もいた。
「いらっしゃい。料理に興味があるのかい?」
調理台の近くにいたプレイヤーが声をかけてきた。
「はい! 料理って自分でもできるんですか?」
「もちろん。基本的な料理なら、設備と材料があれば誰でも作れるよ。料理系のスキルがあれば、作れるものが増えたり、仕上がりが良くなったりするけどね」
「へえー!」
「ただ、最初から難しい料理を作るのは大変だよ。まずは簡単なものから試すといい」
「簡単なもの……」
白雪は調理台の上に並ぶ食材を眺めた。
野菜、肉、魚、木の実、香草。
「これ、何でも料理に使えるの?」
「何でもではないけど、使えるものは多いよ。素材によっては調理すると効果が変わることもある」
「効果が変わる?」
「そう。食材そのものの状態変化が弱くなったり、別の効果がついたりする場合もあるんだ」
「面白そう!」
黒羽が白雪のインベントリを見た。
「今日整理した素材の中にも、使えるものがあるかもしれないわね」
「うん!」
プレイヤーは調理台の一つを空けてくれた。
「簡単な料理なら、ここを使っていいよ。材料は持ち込みで大丈夫」
「ありがとうございます!」
「まずは何を作る?」
「えっと……」
白雪はインベントリを開いた。
そして、今日整理した素材一覧を眺める。
「これ!」
取り出したのは、《木陰の実》だった。
「それを使うのか?」
「うん! 木の実って料理にできそう!」
「食べられる素材なら問題ないと思うけど、味付けはどうするの?」
「えっと……」
白雪は調理台を見回した。
近くにあった塩と、簡単な調味料を確認する。
「これを使ってみよう!」
「木の実をどうするつもりだ?」
「焼く!」
「焼くのか……」
「焼いたらおいしくなるかもしれないよ!」
白雪は木陰の実を調理台に置いた。
プレイヤーから簡単な調理方法を教えてもらい、木の実を軽く加工する。
小さな鍋に少量の油を入れ、木の実を転がすように炒めていく。
じゅうっ。
「おお!」
香ばしい匂いが広がった。
「いい匂い!」
「焦がさないようにね」
「分かってるよ!」
白雪は木の実を丁寧に転がした。
しばらくすると、表面にほんのり焼き色がついた。
最後に少量の塩を振り、完成。
できあがった料理は、小さな皿に盛られていた。
《焼き木陰の実》
木陰の実を軽く炒めた簡単な料理。
香ばしく、自然な甘みがある。
「できたー!」
「初めてにしてはいいんじゃないか?」
ユウマが皿を覗き込む。
「一つ食べてみるね!」
白雪は焼き木陰の実を一つ口に入れた。
「……!」
少し噛むと、表面の香ばしさと中の甘みが広がった。
「おいしい!」
「本当?」
黒羽も一つ手に取り、口に運ぶ。
「うん。思ったより甘いわね」
「自分で作った料理って、なんだか嬉しいね!」
「そうだな」
ユウマも一つ食べた。
「これは普通においしい」
白雪は嬉しそうに笑った。
そのとき、視界の端に通知が表示された。
《料理》の熟練度が上昇しました。
「あっ!」
「どうしたの?」
「料理の熟練度が上がった!」
「実際に料理をしたからでしょうね」
「また作ったら、もっと上がるかな?」
「経験を積めば上がると思うわ」
「じゃあ、次は別のものも作ってみたい!」
「その前に、使える素材を確認してからにしましょう」
「うん!」
白雪は残った焼き木陰の実を一つ手に取り、もう一度眺めた。
自分で拾った素材を、自分で料理する。
それは、いつもの探索とは少し違う楽しさだった。
*
調理台を離れた三人は、生産区画をもう少し見て回ることにした。
次に目に入ったのは、布や糸を扱う裁縫の作業場だった。
「ここは服を作っているのかしら」
「そうだな。装備の一部や、普段着なんかも作れるみたいだ」
ユウマが作業台の上を覗き込む。
そこでは、プレイヤーが布を広げ、糸を通した針を動かしていた。
「いらっしゃい。裁縫に興味があるの?」
「どんなものが作れるのか気になって」
黒羽が答える。
「衣服や装備の一部、小物なんかも作れるよ。素材によって仕上がりも変わるし、専門にしているプレイヤーなら複雑なものも作れる」
「自分で作ることもできるんですか?」
「もちろん。簡単なものなら、基本的な裁縫設備で作れるよ」
白雪は作業台に並んだ布を眺めた。
白い布、青い布、淡い緑色の布。
「かわいい色がいっぱい!」
「白雪はこういう色が好きそうね」
「うん!」
「布の素材は、採取できる植物や動物の毛などから作ることもあるよ」
「動物の毛?」
「そう。加工して糸にしたり、布にしたりするんだ」
白雪は自分のインベントリを開いた。
そこには、《岩背の毛皮》や《樹皮ネズミの毛》が入っている。
「これも使えるのかな?」
「加工できる可能性はあるね。ただ、毛皮と毛では用途が違うから、素材に合った加工が必要だよ」
「なるほど!」
白雪は素材をしまった。
今すぐ作ることはできないが、いつか試してみたい。
「今度は裁縫にも挑戦してみたいな」
「料理に裁縫に、やりたいことが増えていくわね」
「楽しいことがいっぱい!」
黒羽とユウマは顔を見合わせた。
白雪のインベントリがどうしてあれほど大量の素材で埋まっていたのか、二人には少し分かった気がした。
拾うことそのものが楽しい。
そして、拾ったものを使って何かを作るのも楽しい。
白雪にとって、素材はただのアイテムではないのだ。
「今日はこのくらいにしておこうか」
ユウマが言った。
「そうね。料理の基本も分かったし、裁縫についても少し知れたわ」
「次は何を作ろうかな!」
「それは素材を確認してからね」
「はーい!」
白雪は元気よく返事をした。
その後、三人は生産区画を出て、街の中央広場へ戻った。
今日の探索はなかったけれど、いつもとは違う楽しみ方を見つけられた。
そして白雪のインベントリには、まだ使い道の分からない素材がたくさん残っている。
「次は川の上流!」
白雪はそう言って、次の冒険を楽しみにするのだった。




