第130話 街の北に広がる丘と林
北へ続く道
街の北側へ続く道を、白雪は軽い足取りで歩いていた。
「こっちって、どんな場所なんだろうね!」
「地図を見る限り、草原の先に丘陵地帯と林があるみたいよ」
黒羽が手元の地図を確認しながら答える。
「丘と林か。魔物の種類も変わるかもしれないな」
ユウマは腰の剣に手を添えた。
イベント中、白雪たちは草原や森、岩場、水辺などを探索していた。
しかし、街の北側にはまだ足を運んでいない。
イベントが終わった今、探索ポイントを気にする必要もない。
今日は三人で、気の向くままに歩いてみることになった。
「何か珍しいものがあるといいね!」
「まずは周囲を確認しながら進みましょう。見慣れない場所だから、魔物にも注意して」
「分かった!」
白雪は元気よく返事をした。
街の門を抜けると、緩やかな坂道が続いていた。
道の両側には背の低い草が生え、ところどころに丸い石が転がっている。
草原のように見通しがいいわけではないが、木々が密集しているわけでもない。
少し先には、丘がいくつも連なっていた。
「わあ、広い!」
白雪は坂道を駆け上がる。
「白雪、先に行きすぎないで」
「はーい!」
返事をしながらも、白雪の足は止まらない。
坂の途中に小さな岩が見えると、すぐにそちらへ向かった。
「これ、何だろう?」
岩の表面には、細かな筋が何本も走っている。
白雪はしゃがみ込み、指でなぞってみた。
《層岩》
「層岩だって!」
「地層が重なったような岩ね」
黒羽も近づいてくる。
「採掘できるのかな?」
「周囲に採掘できる鉱石があるかもしれないけれど、これはただの地形かもしれないわ」
「そっか!」
白雪は岩を軽く叩いてみた。
コン。
乾いた音が返ってくる。
「いい音!」
「……音が気に入ったの?」
「うん!」
ユウマは少し離れた場所で周囲を確認していた。
「二人とも、そろそろ進もう。丘の上が見えてきた」
「はーい!」
白雪は岩に手を振ってから、二人の後を追った。
丘の上の小さな住人
坂道を登りきると、視界が一気に開けた。
緩やかな丘がいくつも連なり、その向こうには林が広がっている。
草原とは違い、地面には小さな石が多い。
風が吹くと、草の穂が波のように揺れた。
「気持ちいいね!」
白雪は両手を広げる。
そのとき、近くの石の陰から何かが飛び出した。
ぴょんっ。
小さな茶色の生き物だった。
丸い身体に短い足。
背中には、石のような模様がある。
「わっ!」
白雪が驚くと、生き物も驚いたように立ち止まった。
《石背ハムスター》
「ハムスターだ!」
白雪は目を輝かせた。
石背ハムスターは頬を膨らませ、白雪をじっと見ている。
「こんにちは!」
白雪がしゃがんで声をかける。
ハムスターは少しだけ近づき、地面に落ちていた小さな種を拾った。
そして、頬袋へ詰め込む。
「かわいい……!」
白雪は手を伸ばしかけたが、ハムスターはすぐに石の陰へ隠れてしまった。
「あっ、行っちゃった」
「警戒心が強いみたいね」
黒羽が周囲を見回す。
岩の隙間には、小さな穴がいくつもあった。
「この辺りに巣があるのかもしれないな」
ユウマが言う。
白雪は穴を覗き込んだ。
「中にいるかな?」
「無理に覗かない方がいいわよ。驚かせてしまうかもしれないから」
「そっか」
白雪は穴から少し離れた。
代わりに、近くの地面に落ちている種を拾う。
《石背の種》
「種だ!」
白雪は一つ拾って、手のひらに乗せた。
小さく硬い種で、表面に薄い模様がある。
「ハムスターが食べていたものね」
黒羽が言う。
「これ、食べられるのかな?」
「食用かどうかは分からないわね」
「じゃあ、今回はやめておこうかな」
白雪は種をインベントリへしまった。
そのとき、岩の隙間から、また別のハムスターが顔を出した。
今度は少し大きい。
白雪は静かにしゃがみ込む。
「おいでー」
ハムスターは一度だけ鼻を動かし、すぐに隠れてしまった。
「うーん、仲良くなるのは難しいね」
「野生の生き物だからな」
ユウマが笑った。
丘の採取
三人は丘を進みながら、周囲にある素材を探すことにした。
黒羽は地面の様子を確認し、ユウマは岩場や魔物の気配を警戒する。
白雪はというと、少し先で見つけた黄色い花に夢中になっていた。
「これ、かわいい!」
小さな花が、石の隙間から顔を出している。
《丘灯花》
白い花びらの中央に、淡い黄色の模様がある。
白雪はそっと摘み取った。
《丘灯花》を採取しました。
「お花ゲット!」
少し離れた場所には、細長い葉がまとまって生えている。
《岩間草》
こちらも採取する。
「草もあった!」
「この辺りは岩の隙間に植物が生えているのね」
黒羽は周囲を確認していた。
「土が少ない場所でも育つ種類なのかもしれないわ」
「すごいね!」
白雪は岩の隙間を覗き込んだ。
そこには、小さな水滴が溜まっている。
「水がある!」
岩の表面を伝った水が、窪みに集まっているようだった。
白雪は指先で触れてみる。
ひんやりとしている。
「冷たい!」
水の近くには、透明な小石が一つ落ちていた。
《丘露石》
「石もあった!」
白雪はそれを拾い、インベントリへしまう。
ユウマは少し離れた岩場を見ていた。
「この辺り、足場が不安定な場所もあるな」
「そうなの?」
「見た目より岩が崩れやすいところがある。走るときは気をつけた方がいい」
「分かった!」
白雪は岩の上に乗り、軽く跳ねてみた。
ぐらり。
「あっ」
足元の岩が少し動く。
白雪は慌てて別の岩へ飛び移った。
「びっくりした!」
「だから言っただろう」
「うん。気をつける!」
ユウマは苦笑した。
岩の間の魔物
丘を進んでいると、黒羽が足を止めた。
「待って」
「ん?」
「前の岩陰、何かいるわ」
三人は少し距離を取った。
岩の向こうから、低い唸り声が聞こえる。
グルル……。
やがて、岩陰から灰色の魔物が姿を現した。
四本足で、背中には硬い岩のような突起が並んでいる。
頭部には短い角が一本。
《岩背イノシシ》
「イノシシか」
ユウマが剣を抜いた。
岩背イノシシは地面を前足で掻き、こちらを睨みつけている。
「突進してくるタイプかしら」
黒羽は周囲の岩を確認した。
「正面から受け止めるのは危険ね。突進を誘って、横へ避けましょう」
「分かった」
ユウマが前に出る。
その瞬間、岩背イノシシが地面を蹴った。
ドンッ!
勢いよく突進してくる。
ユウマは正面から受けず、直前で横へ踏み込んだ。
岩背イノシシはそのまま通り過ぎ、後方の岩へぶつかる。
ゴンッ!
「今よ!」
黒羽が動いた。
岩背イノシシの側面へ回り込み、短剣で脚の付け根を狙う。
敵が振り向く前に距離を取る。
ユウマも反対側へ回り、剣を振るった。
岩背イノシシは身体を揺らし、再び突進の構えを取る。
「また来るぞ!」
ユウマが声を上げる。
白雪は少し離れた場所で、岩背イノシシの動きを見ていた。
「速いね!」
「白雪、近づきすぎないで!」
黒羽の声が飛ぶ。
「うん!」
岩背イノシシが地面を蹴った。
今度はユウマではなく、黒羽へ向かっている。
黒羽は横へ避けようとしたが、近くに岩があり、移動できる範囲が狭い。
その瞬間、白雪が横から飛び込んだ。
「こっちだよ!」
岩背イノシシの進路を横切るように駆け抜ける。
敵の視線が一瞬だけ白雪へ向いた。
その隙に黒羽が岩の陰へ移動する。
岩背イノシシは方向を変えようとしたが、勢いを止めきれず、岩へぶつかった。
ドンッ!
「今だ!」
ユウマが踏み込む。
剣が岩背イノシシの肩口を捉えた。
さらに黒羽が反対側から攻撃を加える。
岩背イノシシは大きくよろめき、地面に倒れた。
《岩背イノシシを討伐しました》
「やった!」
白雪はぴょんと跳ねた。
「白雪、助かったわ」
「えへへ!」
「無茶はするなよ。今回はうまくいったけどな」
「分かってる!」
白雪は頷いた。
ユウマは討伐した魔物の素材を回収する。
《岩背の毛皮》
《岩背の牙》
《岩背の硬片》
「毛皮と牙か。加工素材になりそうだな」
黒羽も素材を確認する。
「硬片は防具や道具に使えるかもしれないわね」
白雪は地面に落ちていた小さな石を拾った。
《岩背の小石》
「これもあった!」
「……それは魔物の素材なのか?」
ユウマが尋ねる。
「分からない!」
「まあ、拾っておけばいいか」
黒羽は呆れたように笑った。
林の入口
丘を越えると、少しずつ木々が増えてきた。
細い幹の木が並び、地面には落ち葉が積もっている。
林の入口には、苔の生えた大きな岩があった。
その周囲には、白い小花が咲いている。
「森とは少し違うね」
白雪が言う。
「木の間隔が広いわね。見通しも悪くない」
黒羽は林の中を確認した。
ユウマは地面に残る足跡を見つける。
「何かが通った跡があるな」
「魔物かな?」
「分からない。まだ新しい跡だ」
白雪は足跡のそばにしゃがみ込んだ。
小さな足跡が、落ち葉の上に続いている。
その先には、木の根元に丸い穴が開いていた。
「ここにも穴がある!」
白雪が覗き込もうとしたとき、穴の中から小さな音がした。
カサッ。
「ん?」
白雪は顔を近づける。
すると、穴の奥から茶色い影が飛び出した。
ぴょんっ!
「わっ!」
小さな生き物が白雪の足元を通り抜け、林の奥へ走っていく。
丸い耳と、ふさふさした尻尾。
《木陰リス》
「リスだ!」
白雪は思わず追いかけそうになった。
しかし、今度はすぐに足を止める。
「……待って」
黒羽が横から声をかけた。
「林の奥へ入るなら、周囲を確認してからにしましょう」
「うん!」
白雪は頷いた。
木陰リスは少し離れた木の幹に登り、こちらを見ている。
白雪はその場から手を振った。
「またねー!」
リスは一度だけ尻尾を揺らし、枝の向こうへ消えた。
「かわいかった!」
「まだ探索を始めたばかりよ」
「うん!」
白雪は林を見上げた。
木々の隙間から、まだ見たことのない景色が続いている。
その奥に何があるのかは分からない。
けれど、気になるものがたくさんありそうだった。
「もっと奥まで行ってみよう!」
「まずは入口付近を確認してからね」
黒羽が地図を開く。
ユウマも剣をしまい、周囲の様子を見た。
イベントは終わった。
ランキングも、ポイントも、もう気にする必要はない。
今日の目的は、ただ新しい場所を見つけること。
白雪は林の奥へ続く道を眺め、楽しそうに笑った。
「次は何に会えるかな!」
三人は木々の間へと歩き出した。
まだ知らない景色が、その先で静かに待っていた。




