第131話 木陰の林と小さな案内人
林の奥へ
街の北側に広がる林。
三人は木々の間をゆっくりと進んでいた。
「思ったより明るいね!」
白雪は頭上を見上げた。
木々の枝葉は広がっているものの、隙間から日差しが差し込んでいる。地面には柔らかな草が生え、ところどころに落ち葉が積もっていた。
森というより、自然に木が集まった場所といった印象だ。
「木の間隔が広いから、周囲を確認しやすいわね」
黒羽は足元を見ながら歩いている。
「ただ、木の根が多い。走るときは気をつけた方がいいな」
ユウマが地面を指差した。
確かに、土の上には太い根がいくつも露出している。
「分かった!」
白雪は元気よく返事をした。
そして、目の前に伸びていた根をまたぐ。
ぴょん。
もう一本。
ぴょん。
さらに、少し高く盛り上がった根へ飛び乗った。
「……白雪?」
「なに?」
「気をつけるように言ったばかりよ」
「うん! ちゃんと見てるよ!」
白雪は根の上で両手を広げた。
バランスを取りながら、ゆっくり進んでいく。
「こうすると楽しい!」
「歩道じゃないんだから……」
黒羽は苦笑した。
ユウマも小さく笑いながら、周囲の警戒を続けた。
そのとき、前方の枝が揺れた。
カサカサッ。
白雪がぴたりと止まる。
「ん?」
枝の向こうに、小さな茶色い影が見えた。
昨日出会った《木陰リス》だ。
リスは幹を伝って下りてくると、地面に落ちていた木の実を拾った。
「いた!」
白雪の声に反応したのか、リスは顔を上げる。
そして、少し離れた木へ移動した。
「待ってー!」
白雪が一歩踏み出す。
リスは逃げるように走り出した。
「また追いかけるの?」
黒羽が尋ねる。
「うん!」
白雪は迷いなく答えた。
「でも、あまり離れないでね」
「はーい!」
三人は木陰リスの姿を追って、林の奥へ進んでいった。
木の実の落ちる場所
木陰リスは、一定の距離を保ちながら木から木へ移動していた。
白雪が近づくと少し先へ逃げ、白雪が止まると自分も立ち止まる。
まるで、こちらの様子をうかがっているようだった。
「なんだか案内してくれてるみたい!」
「偶然かもしれないわよ」
黒羽が答える。
「そうかな?」
「生き物の行動を人間の都合で解釈しない方がいいわ」
「でも、ついていってみようよ!」
白雪は楽しそうだった。
ユウマは周囲の木々を見回す。
「この辺り、地面に木の実が多いな」
足元には、丸く小さな茶色の実がいくつも落ちている。
白雪は一つ拾い上げた。
《木陰の実》
表面は硬く、先端に小さな突起がある。
「これ、さっきのリスが食べていたものかな?」
「形は似ているわね」
黒羽が答える。
白雪は実を指で転がした。
「食べられるのかな?」
「食材として使えるかもしれないけれど、今は分からないわ」
「そっか」
白雪は少し考えたあと、実をインベントリにしまった。
今回はすぐに口へ運ぶことはしなかった。
近くには、同じ木の実がいくつも落ちている。
白雪は二つほど拾った。
そのうちの一つを持ち上げたとき、頭上から小さなものが落ちてきた。
ぽとっ。
「わっ!」
白雪の肩に何かが当たる。
手のひらに落ちたのは、薄茶色の葉だった。
《木陰葉》
「葉っぱ!」
白雪は葉を広げてみた。
葉脈が細かく広がり、表面には淡い模様がある。
「きれいだね」
「この木から落ちたものかしら」
黒羽が近くの枝を見上げる。
枝には、同じ形の葉がたくさんついていた。
「採取できそうね」
黒羽も一枚拾い、素材として回収する。
ユウマは木の根元に目を向けた。
「こっちには、少し違う木の実があるぞ」
地面に落ちていたのは、薄い緑色の小さな実だった。
《若葉の実》
「色が違う!」
白雪はすぐに近づいた。
若葉の実は、木陰の実より柔らかそうな見た目をしている。
白雪は一つ拾い、表面を眺めた。
「これも持って帰ろう!」
インベントリに素材が増えていく。
木陰リスは少し離れた枝の上で、そんな三人の様子を見ていた。
「ありがとうね!」
白雪が声をかけると、リスは尻尾を揺らした。
そして、また別の木へ移動した。
根元に隠れたもの
木陰リスを追っていくと、林の中に少し開けた場所が見えてきた。
そこには大きな木が一本立っている。
幹は太く、根が地面を大きく覆っていた。
周囲には落ち葉が積もり、根の隙間には小さな草が生えている。
「大きな木だね!」
白雪は幹を見上げた。
「かなり古そうね」
黒羽も近づき、幹の表面を確認する。
ユウマは木の周囲を一周した。
「根の近くに何かあるな」
根の間に、小さな穴が開いている。
その奥から、かすかな音が聞こえた。
カリカリ……。
「何か食べている音かな?」
白雪がしゃがみ込む。
穴の中は暗く、奥までは見えない。
「小動物の巣かもしれないわね」
黒羽が言う。
「無理に手を入れない方がいい」
ユウマも注意した。
「うん。見るだけにする!」
白雪は穴から少し離れた。
そのとき、根元に落ちていた小さな木片が目に入った。
拾い上げる。
《古木の小片》
「木片だ!」
表面には細かな筋があり、少し湿っている。
白雪はインベントリにしまった。
さらに根の周囲を見てみると、地面に小さな白い花が咲いていた。
《根元白花》
「またお花!」
白雪はしゃがみ込み、花を眺める。
小さな白い花びらが五枚。
中央には淡い緑色の点がある。
そっと採取すると、素材として記録された。
「かわいい!」
黒羽は花の周辺を調べていた。
「この花、根の近くにしか生えていないみたいね」
「そうなの?」
「ほかの場所には見当たらないわ」
黒羽は少し離れた場所にも目を向けた。
大きな木の根が地面を覆う範囲にだけ、同じ花が咲いている。
「特定の木と関係があるのかもしれないわね」
「じゃあ、この木が好きなのかな?」
「そういう可能性もあるわ」
白雪は大きな木を見上げた。
「木もお花も、仲良しなんだね!」
「……そういう表現でいいのかしら」
黒羽は少し困ったように笑った。
木陰の小さな戦闘
三人が大きな木の周囲を調べていると、近くの落ち葉が大きく揺れた。
ガサッ!
ユウマがすぐに剣へ手を伸ばす。
「何か来るぞ」
落ち葉の山が盛り上がった。
その中から現れたのは、茶色い毛並みの小型魔物だった。
背中には、木の皮のような硬い板が並んでいる。
《樹皮ネズミ》
「ネズミだ!」
白雪が声を上げる。
樹皮ネズミは三人を見つけると、前歯をむき出しにした。
小さな身体を低く構え、勢いよく走り出す。
「速い!」
白雪が横へ跳ぶ。
樹皮ネズミは白雪の足元を通り抜け、そのまま木の根へ向かった。
「こっちに来るわ!」
黒羽が短剣を構える。
樹皮ネズミは急に方向を変え、黒羽へ向かって跳びかかった。
黒羽は身体をひねって攻撃を避ける。
すれ違いざまに短剣を振るい、敵の側面を斬った。
「硬いわね」
樹皮のような背中に攻撃が当たると、硬い音が響いた。
ユウマが前に出る。
「背中は避けた方がよさそうだな」
「腹側か、脚の付け根を狙いましょう」
黒羽は敵の動きを観察していた。
樹皮ネズミは再び地面を蹴る。
今度はユウマへ向かってきた。
ユウマは剣を構え、直前で身体を横へずらす。
樹皮ネズミが通り過ぎる瞬間、剣を低く振るった。
敵の脚に刃が当たる。
「今だ!」
樹皮ネズミの動きがわずかに鈍った。
白雪がその横を駆け抜ける。
双短剣を抜き、敵の側面へ素早く斬りつけた。
一撃、二撃。
樹皮ネズミが身体をよじる。
その反動で、白雪の片方の短剣が弾かれそうになった。
「あっ!」
白雪は慌てて握り直す。
「危ない!」
黒羽が反対側から攻撃を加えた。
樹皮ネズミがそちらを向いた隙に、ユウマが踏み込む。
剣が敵の腹側を捉えた。
樹皮ネズミは小さく鳴き、地面に倒れた。
《樹皮ネズミを討伐しました》
「ふぅ!」
白雪は短剣を収めた。
「背中、すごく硬かったね!」
「木の皮に似た外殻で守っていたみたいね」
黒羽は討伐した魔物を確認する。
《樹皮の欠片》
《樹皮ネズミの毛》
《小さな前歯》
「樹皮の欠片は加工素材になりそうだな」
ユウマが素材を回収した。
白雪も地面に落ちていた小さな欠片を拾う。
「これも使えるかな?」
《樹皮の小片》
「同じ素材の小さいものね」
黒羽が答えた。
「じゃあ、これも持って帰ろう!」
白雪は嬉しそうにインベントリへしまった。
林の水たまり
さらに奥へ進むと、木々の間に小さな水たまりが見えてきた。
水は浅く、底に小石がいくつも沈んでいる。
周囲には湿った土が広がり、苔が生えていた。
「水だ!」
白雪は近づいていく。
水面には木々の枝が映っている。
風が吹くと、水面が小さく揺れた。
「ここは日陰だから、なかなか乾かないのかもしれないわね」
黒羽が周囲を確認する。
白雪は水たまりの縁にしゃがみ込んだ。
指先を水につける。
「冷たい!」
水の中には小さな生き物が動いていた。
透明に近い身体で、細長い形をしている。
「魚かな?」
白雪が目を凝らす。
生き物は石の隙間に隠れた。
ユウマも水面を覗き込む。
「小さな水棲生物みたいだな」
「捕まえられるかな?」
「無理に追いかけると逃げてしまいそうね」
黒羽が言う。
白雪は水面をじっと眺めた。
すると、石の隙間から別の小さな生き物が顔を出した。
丸い身体に、小さな触角。
水の中をゆっくりと進んでいる。
《苔水ミズムシ》
「ミズムシだ!」
白雪が嬉しそうに声を上げる。
生き物は水底の苔をつついている。
白雪は水面に手を近づけた。
ミズムシは一度だけ触角を動かし、少し離れた場所へ移動した。
「逃げちゃった」
「水辺の生き物は警戒心が強いのかもしれないわね」
黒羽は水たまりの周囲を調べていた。
縁には、小さな丸い葉が浮かんでいる。
《苔水葉》
「これ、採取できそうよ」
白雪も近づき、一枚拾い上げる。
葉の表面には細かな水滴がついていた。
《苔水葉》を採取しました。
さらに、水底には白い小石が見える。
白雪は手を伸ばし、拾い上げた。
《苔水石》
「石もあった!」
「水辺の素材がいくつか見つかったわね」
黒羽は苔水葉を確認し、インベントリにしまった。
ユウマは少し離れた場所で周囲を警戒している。
「ここは魔物の気配が少ないな。休憩するにはよさそうだ」
「じゃあ、少し休もうよ!」
白雪は水たまりのそばに腰を下ろした。
木々の向こう
三人は短い休憩を取った。
白雪は水面を眺めながら、今日手に入れた素材を確認している。
《木陰の実》
《木陰葉》
《若葉の実》
《古木の小片》
《根元白花》
《樹皮の小片》
《苔水葉》
《苔水石》
「今日もいっぱい拾ったね!」
「まだ林に入ってからそれほど時間は経っていないけれどね」
黒羽が答える。
「この先にも何かありそうだな」
ユウマは林の奥を見た。
木々の間から、少しだけ地面が高くなっている場所が見える。
そこには、木の根が複雑に絡み合った大きな岩があった。
岩の周囲は苔に覆われ、根の隙間には暗い空間が広がっている。
「洞窟かな?」
白雪が立ち上がる。
「まだ分からないわ。根が岩を覆っているだけかもしれない」
黒羽は地図を確認した。
その場所は、まだ地図に記録されていない。
「行ってみたい!」
白雪は目を輝かせた。
「少しだけ近くで確認しましょう。危険そうなら引き返すわよ」
「うん!」
ユウマも頷く。
「俺が先に周囲を確認する」
三人は水たまりを離れ、木々の奥へ向かった。
歩くたびに、落ち葉が小さく音を立てる。
木陰リスの姿はもう見えない。
けれど、林の奥にはまだ何かが隠れていそうだった。
白雪は前方の大きな岩を見上げた。
「何があるんだろうね!」
その先に広がる景色は、まだ誰にも分からない。
三人は慎重に、根の絡み合う岩へと近づいていった。




