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第126話 七つの石柱と帰還の時間

 休憩所へ向かう道


 夕暮れの草原を、白雪はのんびりと歩いていた。


「うーん、今日はいっぱい歩いたなぁ」


 足元の草を踏みながら、白雪は大きく伸びをする。


 《清涼》状態のおかげか、身体にはまだ少し涼しげな感覚が残っていた。夕方の風も心地よく、歩いているだけで気分がいい。


 遠くに見えていた休憩所の建物が、少しずつ大きくなってくる。


「あ、見えてきた!」


 白雪は小走りになった。


 AGIに極振りした身体なら、あっという間にたどり着ける距離だ。それでも、今日は急ぐ理由もない。


 途中で見つけた小さな石を拾い、草むらに咲いていた花を眺め、道端に落ちていた木の実を一つインベントリへしまう。


 そんなことを繰り返しているうちに、休憩所の入口へ到着した。


「ただいまー!」


 もちろん返事はない。


 けれど、建物の中にはプレイヤーの姿がいくつか見える。イベント最終日ということもあって、探索を終えて戻ってきた人が増えているようだった。


 白雪は中へ入り、周囲を見回した。


「あっ、黒羽!」


 奥のテーブルに座っていた黒髪の少女が顔を上げる。


「白雪。おかえりなさい」


「ただいま!」


 白雪は黒羽の向かいに腰を下ろした。


「黒羽、もう戻ってたんだね!」


「ええ。少し前にね。森の探索は切り上げてきたわ」


「そっか! 私はね、今日は風羽チドリとか、草巻きラビットとか、いろんな子に会ったよ!」


「また動物と遊んでいたの?」


「うん!」


 白雪は元気よく頷いた。


 黒羽は小さく笑う。


「イベント最終日なのに、相変わらずね」


「え? だって、かわいかったんだもん」


「そういうところは変わらないわね」


 白雪はテーブルに頬杖をつきながら、今日拾った素材を確認し始めた。


「それにね、今日は石もいっぱい拾ったよ!」


「石?」


「うん。風石とか、風白石とか。あと、羽根もいっぱい!」


 白雪がインベントリの一覧を開く。


 そこには、草花や木の実、石や羽根など、さまざまな素材が並んでいた。


 黒羽はその一覧を覗き込む。


「……相変わらず種類が多いわね」


「そう?」


「そうよ。これ、全部使い道を覚えているの?」


「えっと……」


 白雪は一覧を眺めた。


「……たぶん!」


「たぶん、なのね」


「でも、何かに使えるかもしれないよ!」


「それはそうだけど」


 黒羽は苦笑した。


 白雪のインベントリには、同じ種類の素材がまとまっているものもあれば、一つだけしかないものもある。どういう基準で拾っているのか、黒羽にはいまだによく分からない。


「そういえば、ユウマはまだ戻っていないの?」


「うん。石柱の仕掛けを調べているみたい」


「まだ続けているのね」


「七つのくぼみがあるんだって!」


「七つ?」


 黒羽は少し考えるように視線を上げた。


「仕掛けの解除に時間がかかっているのかしら」


「どうだろう? でも、ユウマなら何とかするんじゃないかな!」


 白雪はそう言って、また素材の一覧に目を戻した。


 黒羽はそんな白雪を見て、少しだけ肩の力を抜く。


 イベント最終日も、残り時間はそれほど長くない。


 二人が戻ってきたのなら、あとはユウマを待つだけだった。


 七本の石柱


 その頃、ユウマは岩場に残っていた。


 七本の石柱を囲むように、風が吹き抜けている。


 石板に並ぶ七つのくぼみ。


 そのうち四つは、淡い光を放っていた。


「残り三つか……」


 ユウマは石柱を見上げた。


 ここまでの仕掛けで分かったことは、石柱の穴を通る風が音を鳴らし、その音と石板の模様が対応しているということ。


 ただし、単純に音を順番に鳴らせばいいわけではなかった。


 風の向きが変わると、石柱から響く音も変わる。


 そして、石柱の側面に刻まれた模様は、それぞれ違う風の通り道を示しているようだった。


「風が弱くなる前に、もう少し確認しておきたいな」


 ユウマは石柱の間を歩き、地面に刻まれた細い溝を見つめた。


 溝は石柱から石柱へとつながっている。


 そのうちの一本は、ほかの溝よりも深く掘られていた。


「ここだけ風が通りやすいのか?」


 ユウマはしゃがみ込み、溝の先を確認する。


 そこには小さな石片が挟まっていた。


 指でつまんで取り出す。


 《風削り石》


「こんなところにも素材があるのか」


 ユウマは石片をインベントリへしまった。


 仕掛けの一部なのか、単なる採取素材なのかは分からない。


 しかし、周囲を調べているうちに、石柱の根元にも小さな穴があることに気づいた。


 穴は風の通り道とつながっているようだ。


 ユウマは立ち上がり、石柱の配置をもう一度見直した。


「……そうか。上だけじゃないんだな」


 風は石柱の上部を通るだけではない。


 地面近くの穴を抜け、溝を通り、別の石柱の根元へ流れている。


 その流れが一定の条件を満たしたとき、石柱が音を鳴らすのだろう。


 ユウマは石柱の根元にある小さな石を一つ動かした。


 すると、地面の溝から風が抜ける音がした。


 ヒュウゥ……。


 直後、近くの石柱が低く鳴る。


 ゴン。


 石板の五つ目のくぼみが、淡く光った。


「よし。これで五つ目」


 ユウマは石を元の位置に戻した。


 どうやら、石を動かすことで風の流れを調整できるらしい。


 ただ、残り二つのくぼみはまだ反応していない。


「あと二つだな」


 ユウマは周囲を見回した。


 夕暮れの光が岩場を照らしている。


 イベント終了まで、あまり時間は残されていない。


 それでも、ここまで来た以上、最後まで解いておきたい。


 ユウマは石柱の裏側へ回り込んだ。


 休憩所で待つ二人


「ねえ、黒羽」


「何?」


「ユウマが戻ってきたら、今日のこと聞いてみようよ!」


「そうね。どんな仕掛けだったのか、私も気になるわ」


「七つのくぼみって、全部光るのかな?」


「おそらく、そういう仕組みなんでしょうね」


 白雪はテーブルの上に表示したイベント情報を眺めた。


 イベント終了までの残り時間が表示されている。


「あと少しだね」


「ええ。最終日の探索も終わりが近いわ」


「なんだか、あっという間だったね!」


 白雪は三日間のことを思い返した。


 初めて見つけた場所。


 見たことのない生き物。


 不思議な仕掛け。


 変わった素材。


 そして、何度も出会った小さな動物たち。


「楽しかったなぁ」


「そうね。私も、思っていた以上に楽しめたわ」


 黒羽は手元のインベントリを閉じた。


 森の地下で見つけた仕掛けは、普段の探索ではなかなか見つけられないものだった。時間をかけて調べた分、得られたものも多い。


「白雪は、イベントのポイントを確認した?」


「え? ううん」


「一度くらい見ておいた方がいいんじゃない?」


「あとでいいかな!」


「……本当に興味がないのね」


「だって、まだユウマが戻ってきてないし!」


「それとポイントは関係ないと思うけれど」


 黒羽は小さく息を吐いた。


 そのとき、休憩所の入口が開いた。


 二人がそちらを見る。


 しかし、入ってきたのは別のプレイヤーだった。


 白雪は少しだけ残念そうに入口を眺めたあと、また椅子に座り直す。


「まだかなぁ」


「仕掛けに夢中になっているのかもしれないわね」


「ユウマ、こういうの好きそうだもんね!」


「確かに、謎解きは嫌いじゃないでしょうね」


 二人はそのまま、ユウマが戻ってくるのを待つことにした。


 残された二つの音


 岩場では、ユウマが最後の二本の石柱を調べていた。


 五つ目までのくぼみは光っている。


 残りは二つ。


 ユウマは石柱の側面に刻まれた模様を見比べた。


「この二本は、ほかと違うな」


 一方の石柱には、渦を巻くような模様。


 もう一方には、二本の線が交差するような模様が刻まれている。


 ユウマは周囲の風を確かめた。


 風は岩場の左側から吹き、石柱の間を抜けていく。


 しかし、二本の石柱の穴は互いに反対を向いていた。


「同時に風を通す必要があるのか?」


 ユウマは一度、石柱の周囲を歩いた。


 そして、地面の溝が二本の石柱の根元で交差していることに気づく。


 片方の石柱の根元には、小さな石が二つ。


 もう片方には、石が一つだけ置かれていた。


「これを動かせば……」


 ユウマは二つの石を持ち上げ、交差する溝の端へ置いた。


 すると、地面を通る風の音が変わる。


 ヒュウゥ……。


 石柱の上部を風が抜けた。


 カァン!


 一つの音が響き、六つ目のくぼみが光る。


「あと一つ!」


 ユウマは最後の石柱を見上げた。


 そこには、これまでの六本とは違う模様が刻まれている。


 七つの線が一つに集まるような模様。


 ユウマは石板へ目を向けた。


 最後のくぼみにも、同じ模様が刻まれていた。


「全部の風を集めるのか……?」


 ユウマは周囲の石柱を確認する。


 それぞれの穴から吹き抜ける風は、少しずつ向きが違う。


 それらを最後の石柱へ集めることができれば、最後の音が鳴るのかもしれない。


 ユウマは石柱の根元へ向かった。


 そこには、今まで気づかなかった小さな溝があった。


 溝は七本の石柱の中心へ向かって伸びている。


「これが最後の仕掛けか」


 ユウマは慎重に溝の中を調べた。


 小さな石片が一つ、奥に挟まっている。


 それを取り出すと、風の流れが変わった。


 ヒュウゥゥ……。


 七本の石柱が、ほぼ同時に震え始める。


 ユウマは石板を見た。


 六つのくぼみが、淡く光っている。


 そして、最後の石柱から澄んだ音が響いた。


 カァァン――!


 七つ目のくぼみが光る。


 石板全体に淡い光が広がり、石柱の表面に刻まれた模様が一斉に輝いた。


「解けた……!」


 ユウマがそう呟いた直後、石板の中央がゆっくりと開いた。


 中から現れたのは、小さな石の箱だった。


 派手な装飾はない。


 箱の表面には、風の流れを表すような線が刻まれている。


 ユウマは箱を開けた。


 中には、いくつかの素材が収められていた。


 《風削り石》

 《風鳴り石片》

 《風紋の小片》

 《風通しの砂》


「なるほど。仕掛けの報酬か」


 ユウマは素材を回収した。


 その直後、システムメッセージが表示される。


 《未発見の仕掛けを発見しました》

 《イベントポイントを獲得しました》


「ポイントも入ったか」


 ユウマはイベント情報を確認した。


 順位はまだ確定していない。


 それでも、これ以上の探索を続ける時間はなさそうだった。


「そろそろ戻るか」


 ユウマは石柱群を振り返った。


 七本の石柱は、もう音を鳴らしていない。


 夕暮れの風だけが、静かに岩場を吹き抜けていた。


 帰還の時間


 ユウマは転送地点へ向かい、休憩所へ戻る手続きを行った。


 光に包まれ、次の瞬間には見慣れた休憩所の建物が目の前に広がっていた。


「お、ユウマ!」


 白雪がすぐに気づいて手を振る。


「おかえりなさい」


 黒羽も立ち上がった。


「ただいま。待たせたな」


「石柱の仕掛け、どうだった?」


 白雪が身を乗り出す。


「ああ、七つ全部反応した。最後に箱が出てきて、素材も手に入ったよ」


「おおー!」


 白雪の目が輝く。


「何が入ってたの?」


「風削り石や風鳴り石片、あとは風紋の小片とかだな」


「石がいっぱい!」


「そうだな。石が多かった」


 ユウマは苦笑した。


 黒羽は興味深そうに尋ねる。


「どういう仕掛けだったの?」


「石柱の穴を通る風の向きと、地面の溝が関係していた。最後は七本の風を中央に集める仕組みだったみたいだ」


「なるほど。単純な順番ではなかったのね」


「ああ。最初は音の順番だと思っていたけど、地面の溝に気づいてから分かった」


「面白そう!」


 白雪は楽しそうに言った。


「今度、私も見に行ってみたい!」


「イベントが終わったあとでも、仕掛けが残っていれば見られるかもしれないな」


「本当? じゃあ今度行こう!」


「時間が合えばな」


 三人はテーブルを囲むように座った。


 それぞれのインベントリには、三日間の探索で手に入れた素材が詰まっている。


 白雪は今日出会った生き物の話をし、黒羽は地下の仕掛けについて話し、ユウマは石柱の謎解きについて説明した。


 話しているうちに、イベント終了の時刻が近づいてきた。


 休憩所の壁に表示された残り時間が、少しずつ減っていく。


「もうすぐ終わりだね」


 白雪が表示を見上げた。


「そうね。三日間、長いようで短かったわ」


「俺は石柱にかなり時間を使ったけどな」


「でも、最後まで解けてよかったじゃない!」


「ああ。途中で諦めなくてよかったよ」


 そのとき、休憩所の中にシステム音が響いた。


 《イベント終了まで、残りわずかです》


 三人は顔を見合わせた。


 白雪は少しだけ名残惜しそうに、休憩所の窓から外を眺める。


「また、いろんな場所を探検したいな」


「イベントが終わっても、探索はできるでしょう?」


「そうだね!」


 黒羽の言葉に、白雪は笑顔で頷いた。


 イベントの最後の時間が、静かに近づいていた。

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