第125話 夕暮れに響く風の音
草原には、夕方の風が吹いていた。
白雪は《風石リス》たちと別れ、ゆっくりと草原を歩いていた。
「今日はいっぱい遊んだなぁ」
風羽チドリに草巻きラビット、風石リス。
気づけば、今日もたくさんの生き物と出会っている。
白雪はインベントリを開き、今日手に入れた素材を眺めた。
《風羽チドリの羽根》
《風羽の青羽根》
《風羽草》
《風羽の木の実》
《風転がり草》
《風転がり草の種》
《風車花》
《草風スズメの羽根》
《風向花》
《風露花》
《風石》
《風石の欠片》
「……いっぱい!」
白雪は満足そうに頷いた。
何に使うかは分からないものも多い。
けれど、気になったものを拾っていたら、いつの間にかこんなに増えていた。
「帰ったら整理しようかな」
そう言ってインベントリを閉じる。
すると、少し先の草むらが揺れた。
カサッ。
「ん?」
白雪が足を止める。
草むらから現れたのは、小さな白い鳥だった。
《草風スズメ》だ。
先ほど見た巣の近くにいた鳥と同じ種類だろうか。
鳥は地面をつつき、小さな種を探している。
「こんにちは!」
白雪が声をかけると、草風スズメは一度だけ顔を上げた。
そして、近くの草の穂へ飛び移る。
その拍子に、小さな羽根が一枚落ちた。
ひらり。
白雪はそれを拾い上げる。
《草風スズメの羽根》
「また羽根だ!」
白雪は嬉しそうにインベントリへしまった。
草風スズメはそのまま草むらへ消えていった。
「またねー!」
白雪は手を振り、歩き始めた。
その頃、ユウマは七本の石柱の前に座り込んでいた。
風が吹くたびに、石柱から異なる音が響く。
カァン。
コン。
カン。
先ほど《風鳴り石片》を使ったことで、石板の一つ目のくぼみが光った。
しかし、残り六つは反応していない。
「風の向きが変わると、鳴る順番も変わる……」
ユウマは石柱の並びを見上げた。
石柱の上部にある穴は、それぞれ向きが違う。
風が通り抜ける角度によって、鳴る音が変わるようだ。
「ただ順番に触るだけじゃ駄目か」
ユウマは立ち上がり、石柱の周囲を歩いた。
一番高い石柱の裏側に、小さな刻印がある。
そこには風を表すような模様が描かれていた。
二番目の石柱には、波のような線。
三番目には、円形の模様。
「それぞれに意味があるのか?」
ユウマは刻印を一つずつ確認した。
そして、石板の七つのくぼみへ視線を戻す。
それぞれのくぼみにも、同じ模様が刻まれている。
「なるほど……石柱の模様と対応しているんだな」
ユウマは石柱の配置と、石板の模様を照らし合わせた。
風が吹く。
カァン。
最初の音が鳴った。
ユウマは石板を見る。
一つ目のくぼみが、わずかに強く光った。
続いて、別の石柱から音が鳴る。
コン。
二つ目のくぼみが淡く光る。
「今の順番か……」
ユウマは音が鳴った石柱を確認した。
どうやら、風が通り抜ける順番に反応しているらしい。
「全部の音を揃えればいいのか」
ユウマは石板の前に戻り、残りのくぼみを確認した。
まだ五つ。
時間をかければ解けそうだった。
白雪は草原の小さな坂を登っていた。
「そろそろ休憩所に戻ろうかなぁ」
そう思いながらも、目の前に気になるものが見えると足が止まってしまう。
坂の上には、背の低い木が一本立っていた。
枝には小さな白い実がいくつも実っている。
「木の実だ!」
白雪は近づいて、実を一つ眺めた。
《風白の実》
「白い実だね」
表面はつるりとしていて、少しだけ光沢がある。
白雪は一つだけ採取した。
そのまま食べようか迷ったが、先ほどから食べ物を口にしていたので、今回はインベントリへしまうことにした。
「これは持って帰ろう!」
木の下には、小さな石がいくつも落ちている。
その中に、丸くて白い石があった。
白雪は拾い上げる。
《風白石》
「また石!」
今日はいろいろな石に出会う日らしい。
白雪は手のひらで転がしてみた。
ころん。
石の表面は滑らかで、少しだけ冷たい。
「これも何かに使えるのかな?」
インベントリへしまう。
そのとき、木の枝が揺れた。
白い実が一つ、地面へ落ちる。
ころん。
白雪の足元まで転がってきた。
「あっ、落ちてきた!」
拾い上げると、実の表面に小さな傷がついていた。
「大丈夫かな?」
白雪は実を確認し、傷がある部分を避けて小さくかじってみた。
「ん……甘い!」
ほんのりとした甘さが口に広がる。
しかし、少し後から舌の奥に冷たい感覚が残った。
「お?」
身体に異常はない。
ただ、口の中がすっきりするような感覚だった。
《清涼》状態を獲得しました。
「また清涼だ!」
白雪は前にも似たような状態になったことを思い出した。
「これ、涼しくなるから好き!」
白雪は残りの実をインベントリへしまった。
そして木を見上げる。
「もう一個くらい落ちてこないかな?」
しばらく待ってみたが、実は落ちてこなかった。
「残念!」
白雪は木に手を振り、坂を下りていった。
黒羽は休憩所の椅子に座っていた。
インベントリの整理は一通り終わっている。
「……今日はかなり素材が増えたわね」
黒羽は入手した素材を確認し、必要そうなものを分けていた。
根に関係する素材はまとめておく。
それ以外は種類ごとに整理する。
こうしておけば、後で生産や調査をするときに使いやすい。
「白雪のインベントリは、もっと大変そうだけど」
黒羽は小さく笑った。
あの様子では、拾った素材を整理せずに詰め込んでいる可能性が高い。
「また何を持って帰ってくるのかしら」
そう考えていると、休憩所の入口から一人のプレイヤーが入ってきた。
ユウマではない。
白雪でもない。
黒羽は入口を見たあと、イベントの終了時間を確認した。
まだ少し余裕がある。
「二人とも、そろそろ戻ってくる頃だと思うけれど」
黒羽は椅子から立ち上がり、休憩所の外を眺めた。
夕暮れの空が広がっている。
ユウマは石柱の前に戻っていた。
石柱から響く音を聞きながら、石板のくぼみを確認する。
一つ目と二つ目は光っている。
三つ目のくぼみも、先ほどより少し明るくなっていた。
「あと少しだな」
ユウマは石柱の位置を確認する。
風が吹く。
カン。
三つ目の音が鳴った。
石板の三つ目が光る。
「よし」
ユウマは小さく頷いた。
その直後、石柱の周囲に風が集まり始めた。
地面の草が一斉に揺れ、石柱の穴を通り抜ける風が強くなる。
カァン、コン、カン。
三つの音が連続して響く。
ユウマは石板を見つめた。
四つ目のくぼみが淡く光る。
「まだ続くのか」
石柱の模様が一つずつ光っていく。
残りは三つ。
そのとき、最も高い石柱の表面に新しい線が浮かび上がった。
ユウマは近づき、そこに刻まれた模様を確認する。
風の流れを示すような、複雑な線だった。
「……最後の三つは、風向きが関係するのか?」
ユウマは石柱の上部を見上げた。
風は少しずつ弱くなっている。
今のうちに確認しなければ、次に同じ風が吹くまで待つことになるかもしれない。
ユウマは石柱の前に立ち、風の流れを確かめた。
そして、石板の残り三つのくぼみを見つめる。
「ここまで来たんだ。最後まで解いてみるか」
ユウマは剣をしまい、両手を空けた。
石柱から、再び澄んだ音が響いた。
カァン……。
夕暮れの風が、岩場を吹き抜けていった。
白雪は休憩所へ続く道を歩いていた。
「そろそろ戻ろうかな!」
空は夕焼け色に染まり始めている。
草原の向こうには、遠くに休憩所の建物が見えた。
白雪は歩きながら、今日のことを思い返す。
風羽チドリの休息地。
草巻きラビット。
風車花。
風羽虫。
風石リス。
そして、風受け跳躍。
「今日も楽しかった!」
白雪は笑顔で頷いた。
すると、少し離れた場所に小さな影が見えた。
「あれ?」
白い身体に長い耳。
《風穂ラビット》だ。
ラビットは草の上で立ち止まり、白雪を見ていた。
「また会ったね!」
白雪が近づくと、ラビットは一度だけ跳ねた。
そして、草原の向こうへ走り出す。
「あっ、待って!」
白雪は追いかけようとした。
しかし、休憩所がすぐ近くにあることを思い出した。
「……うーん」
少しだけ迷う。
そして、ラビットの姿を見送った。
「また今度ね!」
白雪は手を振り、休憩所へ向かって歩き出した。
イベント最終日の探索も、そろそろ終わりに近づいている。
それでも、最後まで何が起こるかは分からない。
白雪は今日の冒険を思い返しながら、夕暮れの道を進んでいった。




