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第124話 風が導く七つの音

「風向花って便利だね!」


 白雪は採取した《風向花》を眺めていた。


 細長い花びらは、風が吹く方向へゆっくりと傾く。


 歩いている途中でも、花の向きを見れば風の流れが分かる。


「これを持って歩けば、風の向きが分かるね!」


 もっとも、白雪は風向きを調べて何か計画を立てるつもりはない。


 単純に、花が動く様子を見るのが楽しいだけだった。


 その近くでは、《風羽虫》が花から花へ移動している。


 青い羽根を小さく震わせ、蜜を集めているようだった。


「どこまで行くのかな?」


 白雪は少し離れた場所から、風羽虫を眺めていた。


 すると、一匹の風羽虫が花から飛び立ち、白雪の頭の近くを通り過ぎた。


「わっ!」


 思わず目で追いかける。


 風羽虫は草むらの上を低く飛び、少し先にある岩の陰へ向かった。


「あっちに行くんだ!」


 白雪はゆっくりと後を追った。


 岩の陰には、小さな青い花がいくつも咲いていた。


 先ほどの《風向花》とは違い、花びらが丸く、中央には透明な雫のようなものがついている。


 《風露花》


「今度は風露花だ!」


 白雪はしゃがみ込んだ。


 花の中央にある雫は、風が吹くたびに小さく揺れている。


 指先で触れてみると、ひんやりとした感触があった。


「冷たい!」


 白雪は指先を眺めた。


 雫は水のように透明だが、花びらから落ちる様子はない。


「これ、どうなってるんだろう?」


 しばらく観察していると、風羽虫が花の中央へ止まった。


 細い口を伸ばし、雫のようなものを吸い取っている。


「蜜なのかな?」


 白雪は花を一輪だけ採取した。


 《風露花》


「これも何かに使えるのかなぁ」


 インベントリへしまう。


 そのとき、岩の向こうから小さな羽音が聞こえた。


 ぶんっ。


 白雪が振り向く。


 そこには、先ほどよりも少し大きな虫が飛んでいた。


 青白い羽根が四枚あり、身体の周囲に小さな風の渦をまとっている。


 《風紋トンボ》


「わあ! トンボだ!」


 白雪が近づくと、風紋トンボは空中で静止した。


 羽根を細かく動かし、風の流れに逆らうように浮かんでいる。


「すごいね。飛んでる!」


 白雪は手を伸ばしかけたが、風紋トンボはふわりと上昇した。


 そのまま岩の向こうへ飛んでいく。


「あっ、待って!」


 白雪は走り出した。


 しかし、風紋トンボは高く飛び上がり、白雪の手が届かない場所へ移動してしまった。


「届かないー!」


 白雪は少しだけ跳び上がってみた。


 当然、届かない。


「うーん……」


 少し考えたあと、白雪は近くの岩に登った。


 風紋トンボは岩の上空を旋回している。


「今なら!」


 白雪は風の向きを確認し、勢いよく跳んだ。


 《風受け跳躍》の効果で、身体が風に押される。


 しかし、風紋トンボはさらに高く飛び上がった。


「わわっ!」


 白雪は届かないまま、草地へ着地した。


 風紋トンボはしばらく上空を飛んでいたが、やがて遠くへ消えていった。


「残念!」


 白雪は笑いながら立ち上がった。


 追いかけるのは楽しかったが、今日はもう少し違う場所も見てみたい。


「次はどこに行こうかな」


 白雪は草原の先を見渡した。


 黒羽は森の出口へ向かっていた。


 木々の間から差し込む光が、少しずつ橙色へ変わり始めている。


「そろそろ夕方ね」


 黒羽は歩きながら、インベントリを確認した。


 今日の探索で入手した素材は十分にある。


 根に関係する素材が多く、後で整理するのが大変そうだった。


「素材の名前だけでも整理しておかないと……」


 そう考えながら、森の出口へ向かう。


 すると、前方の木の根元で何かが動いた。


 黒羽は足を止めた。


 短剣を構え、少しだけ身を低くする。


 木の根の間から現れたのは、小さな茶色の生き物だった。


 《根走りネズミ》


 先ほども見かけたネズミだ。


 ネズミは黒羽を見つめ、口にくわえていた木の実を地面へ置いた。


「また?」


 黒羽は少しだけ首を傾げた。


 ネズミは木の実を置くと、木の根の中へ戻っていく。


 黒羽は近づき、木の実を拾った。


 《根実》


「……何度も置いていくのね」


 黒羽は周囲を見回した。


 近くに巣があるのだろうか。


 木の根の隙間には、小さな穴がいくつもある。


 しかし、ネズミがどこへ戻ったのかは分からなかった。


「まあ、ありがたく受け取っておくわ」


 黒羽は根実をインベントリへしまい、再び歩き始めた。


 しばらくして森を抜ける。


 目の前には、イベント用の休憩所へ続く道が見えていた。


「もう少しね」


 黒羽は歩く速度を少し上げた。


 ユウマは七本の石柱を前に、地面に埋まった石板を調べていた。


 七つの丸いくぼみ。


 それぞれのくぼみには、細かな模様が刻まれている。


「石柱と同じ数……」


 ユウマは石柱を一本ずつ確認した。


 高さや形は異なるが、表面にはそれぞれ違う線が刻まれている。


 風が吹くと、石柱が震えて音を鳴らす。


 カァン。


 コン。


 カン。


 それぞれ音の高さも違っていた。


「この音を順番に並べるのか?」


 ユウマは一番高い石柱の前に立った。


 風が吹く。


 カァン。


 次に、少し低い石柱。


 コン。


 さらに別の石柱。


 カン。


 音が鳴るたびに、石板のくぼみが淡く光る。


「やはり関係がある」


 ユウマは石柱の位置と音を確認しながら、石板の前へ戻った。


 七つのくぼみのうち、一つだけが少し深くなっている。


 そこには、先ほど拾った《風鳴り石片》が収まりそうだった。


「これを使うのか」


 ユウマは石片を取り出した。


 くぼみに置く。


 カチッ。


 石板が淡く光った。


 七つのくぼみのうち、一つ目が白く輝く。


「順番に埋めていく仕掛けか?」


 しかし、ほかのくぼみは反応しない。


 ユウマは石柱をもう一度確認した。


 風が吹く。


 カァン。


 コン。


 カン。


 音が響く順番は、風の向きによって変わっているようだった。


「固定された順番じゃないのか……」


 ユウマは腕を組んだ。


 風が吹く方向、石柱の配置、音の高さ。


 それぞれを組み合わせる必要があるのかもしれない。


「少し時間をかけるか」


 ユウマは腰を下ろし、風が吹くのを待った。


 焦っても仕方がない。


 イベントの終了までにはまだ時間がある。


 白雪は草原を歩いていた。


 風紋トンボを見失った後、しばらく草地を進んでいる。


 すると、少し先に何かが集まっているのが見えた。


「あれ?」


 近づいてみる。


 地面には、小さな白い石がいくつも転がっていた。


 その周囲を、数匹の小動物が走り回っている。


 《風石リス》


 丸い身体に、灰色の尻尾。


 尻尾の先には小さな石がくっついている。


「リスさんだ!」


 白雪が近づくと、風石リスたちは一斉に走り出した。


 しかし、逃げるというよりも、石を転がして遊んでいるようだった。


 一匹が前足で石を押す。


 ころん。


 別の一匹が追いかける。


 ころころ。


「石で遊んでるの?」


 白雪も近くに落ちていた石を一つ拾った。


 丸くて、表面が滑らかだ。


 《風石》


「これ、転がるかな?」


 地面に置いて、指で軽く押してみる。


 ころん。


 石は少しだけ転がった。


「おおっ!」


 白雪はもう一度押す。


 今度は少し強めに。


 ころころころ。


 石が草の上を転がっていく。


 風石リスがその石を追いかけてきた。


「あっ、取られちゃう!」


 リスは石を前足で押し、白雪とは反対方向へ転がしていった。


 白雪も追いかける。


 しばらく石を転がして遊んでいると、風石リスの一匹が地面を掘り始めた。


「何かあるの?」


 白雪が覗き込む。


 リスが掘った場所から、小さな白い結晶が顔を出した。


 《風石の欠片》


「わあ! 結晶だ!」


 白雪は手に取って眺めた。


 透明感のある白い石で、光に当てると淡く輝いている。


「きれい!」


 白雪は風石の欠片をインベントリへしまった。


 その直後、イベントの案内が表示された。


 《未発見素材を発見しました》

 《未発見生物との遭遇を確認しました》

 《イベントポイントを獲得しました》


「また増えた!」


 白雪は嬉しそうに頷いた。


 風石リスたちは、また別の石を転がし始めている。


 白雪はしばらくその様子を眺めた。


「みんな、石が好きなんだね」


 一匹が転がした石が、白雪の靴に当たって止まる。


 白雪はそれを拾い上げ、リスの近くへ置いた。


「はい、どうぞ!」


 リスは石を前足で押し、ころころと転がしていった。


 白雪は笑顔で手を振った。


「またね!」


 そして、草原の向こうへ歩き出す。


 休憩所。


 黒羽が到着した頃には、すでに何人かのプレイヤーが戻ってきていた。


「ただいま」


 黒羽は周囲を見回した。


 白雪の姿はない。


 ユウマの姿も見当たらなかった。


「まだ探索しているのね」


 黒羽は椅子に腰掛け、インベントリを開いた。


 今日入手した素材を整理する。


 根に関係するものだけでも、かなりの数がある。


「これは後で調べないと……」


 そう呟いたところで、イベントの残り時間を知らせる表示が目に入った。


 《イベント最終日》

 《終了予定まで残りわずか》


 黒羽は表示を確認し、少しだけ息を吐いた。


「そろそろ帰還する頃かしら」


 まだ白雪もユウマも探索中だ。


 二人が戻ってくるまで、黒羽は休憩所で待つことにした。


 探索祭の最終日は、少しずつ終わりへ近づいていた。


 それでも、草原のどこかでは、まだ新しい発見が待っているかもしれない。

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