第122話 風車花の丘と地下の水路
「風車花、かわいいなぁ」
白雪は採取した《風車花》をインベントリの中で眺めていた。
花びらが風を受けると、くるくると回る不思議な花。
見ているだけでも楽しい。
「お部屋に飾れたらいいのに!」
ゲーム内の家具として使えるかどうかは分からない。
けれど、いつか何かに使えるかもしれない。
白雪はそう考えながら、草巻きラビットが走っていった方向へ歩き出した。
草地を抜けると、少し開けた丘に出た。
丘の斜面には、風車花がいくつも咲いている。
「わあ、いっぱい!」
風が吹くたびに、花びらが一斉に回転する。
まるで小さな風車が並んでいるようだった。
白雪はしゃがみ込み、花の一つを眺める。
くるくる。
くるくる。
「ずっと回ってるね」
花びらの回転に合わせて、中央の種が小さく揺れている。
白雪が指先で触れると、花は少しだけ傾いた。
「折れないようにしないとね」
そっと手を離す。
すると、丘の上から風が吹き下ろしてきた。
風車花が一斉に回り、白雪の髪がふわりと広がる。
「わっ!」
白雪は目を細めた。
風は少し強く、丘の斜面を吹き抜けていく。
その風に乗って、花の種がいくつか飛び立った。
「種が飛んでいく!」
白雪は一つの種を目で追った。
種は風に乗って丘の向こうへ流れていく。
「どこまで行くのかな?」
白雪はまた走り出した。
種は斜面を越え、草地の先にある低い木々の方へ飛んでいく。
白雪は転ばないように足元を見ながら追いかけた。
やがて種は木の枝に引っかかり、そこで止まった。
「あっ、止まった!」
白雪は木の根元まで近づいた。
枝には、ほかにも小さな種がいくつも付いている。
よく見ると、枝の間に小さな巣があった。
「鳥さんの巣かな?」
白雪は少し離れた場所から覗き込む。
巣の中には、小さな灰色の鳥が丸くなっていた。
その隣には、もう一羽。
《草風スズメ》
「わぁ、ちっちゃい!」
白雪が声を小さくすると、親鳥らしき一羽が枝に戻ってきた。
くちばしには小さな種がある。
親鳥は巣の中へ種を運び、雛たちのそばに置いた。
「ごはんを持ってきたんだね」
白雪はその様子を見守った。
やがて親鳥は白雪の存在に気づき、少しだけ首を傾けた。
白雪は動かず、静かに手を振った。
親鳥は警戒するように一度だけ鳴いたが、すぐに雛の方へ向き直った。
「お邪魔しないようにしよう」
白雪はそっとその場を離れた。
黒羽は地下の水場へ戻っていた。
台座から伸びる三本の溝。
先ほど《根脈の小結晶》を使い、二本目まで水を流すことに成功した。
残る一本は、小さな穴へ続いている。
「ここが最後ね」
黒羽は穴の周囲を確認した。
穴の中には、細い木の棒が一本差し込まれている。
先ほどの台座にあった棒と似ているが、こちらは少し短い。
黒羽は棒を引き抜こうとした。
しかし、動かない。
「固定されているのかしら」
周囲の根を確認すると、棒の根元に小さな金属の輪が見えた。
黒羽は短剣の先で土を取り除いた。
金属の輪には、細い溝が刻まれている。
「……これも結晶を使うのね」
インベントリから《根脈の小結晶》を取り出す。
先ほど台座で使ったものとは別の小さな結晶片を近づけると、金属の輪が淡く光った。
カチッ。
棒がわずかに動く。
黒羽はゆっくりと押し込んだ。
ゴトッ。
最後の溝へ水が流れ始める。
三本すべてに水が通った。
台座の水面が大きく揺れ、中央から淡い緑色の光が広がる。
ゴゴゴ……。
壁の根がゆっくりと左右へ開いていく。
その奥には、小さな石の部屋があった。
「開いたわね」
黒羽は短剣を構えたまま、慎重に中へ入った。
部屋の中央には、古い木箱が一つ置かれている。
その表面には根の模様が刻まれていた。
黒羽は周囲に罠がないか確認し、ゆっくりと蓋を開ける。
中に入っていたのは、いくつかの素材だった。
《根脈の欠片》
《古樹の小片》
《根水晶の粒》
「……悪くないわね」
特別な装備ではない。
だが、これまで見つけた素材と合わせれば、何かに使えるかもしれない。
黒羽はすべて回収した。
その直後、イベントの通知が表示された。
《隠された仕掛けを解きました》
《未発見空間を発見しました》
《イベントポイントを獲得しました》
「これで一区切りかしら」
黒羽は部屋の奥を確認した。
通路は続いていない。
どうやら、この場所の探索はここまでのようだ。
「そろそろ戻った方がよさそうね」
黒羽は来た道を戻り始めた。
ユウマは岩場の先にある斜面を登っていた。
先ほど出会った《岩背モグラ》が掘っていた場所を離れ、さらに高い場所を目指している。
斜面の途中には、灰色の岩がいくつも並んでいた。
その間に、小さな草が生えている。
「ここは風が強いな」
ユウマは周囲を見回した。
斜面の上からは、イベントエリアの草原が広く見渡せる。
遠くには、白い羽根を持つ鳥が飛んでいるのも見えた。
「白雪が好きそうな場所だな」
そう呟きながら歩いていると、足元に小さな石が転がってきた。
ころん。
ユウマは拾い上げた。
《風削り石》
表面が滑らかで、長い時間風に削られたような形をしている。
「風で削られたのか」
近くの岩を見ると、同じような石がいくつも落ちていた。
その中には、細長く削られたものもある。
ユウマは一つを拾い、インベントリにしまった。
すると、斜面の上から何かが転がってきた。
今度は石ではない。
小さな木の実だった。
ユウマが顔を上げると、岩の上に《岩角リス》がいた。
「またお前か」
リスは木の実をくわえたまま、岩の上を走り回っている。
そして、岩の隙間へ消えていった。
ユウマはその後を追わず、斜面の先へ進むことにした。
やがて、岩場の上に小さな平地が見えてきた。
そこには、風に削られたような石柱が何本も並んでいる。
「……何だ、あれは」
ユウマは警戒しながら近づいた。
石柱の表面には、細かな線が刻まれている。
自然にできた模様なのか、それとも何かの仕掛けなのか。
ユウマは一本の石柱に手を伸ばした。
すると、石柱の表面がわずかに光った。
「……反応した?」
ユウマは周囲を確認した。
ほかの石柱も、同じように淡く光っている。
どうやら、何かが起こりそうだった。
白雪は木々の間を歩いていた。
草風スズメの巣から離れ、さらに先へ進んでいる。
「鳥さん、かわいかったなぁ」
白雪は今日出会った生き物を思い返していた。
風羽チドリ、草穂ネズミ、綿尾モモン、草巻きラビット。
今日は鳥や小動物との出会いが多い。
「みんなかわいいね!」
そんなことを考えながら歩いていると、地面に何かが落ちているのを見つけた。
小さな羽根だった。
拾い上げる。
《草風スズメの羽根》
「さっきの子のかな?」
白雪は羽根をインベントリにしまった。
そのとき、少し先の草むらが大きく揺れた。
ガサガサッ。
「ん?」
白雪が立ち止まる。
草むらの中から、何かが飛び出してきた。
小さな白い生き物だ。
長い耳に、丸い尻尾。
しかし、今まで見たラビットとは少し違う。
その背中には、草の穂が何本も立っていた。
《風穂ラビット》
「わあっ!」
白雪が声を上げると、風穂ラビットは驚いて走り出した。
「あっ、待って!」
白雪も追いかける。
風穂ラビットは草原を駆け抜け、低い岩の上へ飛び乗った。
そして、風が吹く方向へ身体を向ける。
背中の草穂が大きく揺れた。
「……何するのかな?」
白雪が見ていると、風穂ラビットは勢いよく跳び上がった。
ふわっ。
風に乗るように、身体が少しだけ浮き上がる。
そのまま草原の向こうへ飛び移った。
「おおっ! すごい!」
白雪は目を輝かせた。
「私もやってみたい!」
白雪は岩の上に登り、風が吹いてくる方向を確かめた。
そして、両腕を広げる。
「えいっ!」
ぴょん!
高く跳び上がる。
風が身体を押し上げるように吹いたが、当然ながら空を飛べるわけではない。
白雪は岩の向こうへ着地した。
「おおっ、ちょっと飛べた!」
実際にはただ跳んだだけだが、本人は満足そうだった。
そのとき、システム通知が表示された。
《スキル《風受け跳躍》を習得しました》
「おっ!」
白雪は通知を確認した。
「風を受けて跳ぶスキルかな?」
もう一度試してみようと、岩の上へ戻る。
今度は風の向きを確かめてから、タイミングを合わせて跳んだ。
ぴょんっ。
先ほどよりも少しだけ遠くへ着地できた。
「おおー!」
白雪は嬉しそうに笑った。
風穂ラビットは少し離れた場所から、その様子を見ている。
「ありがとう! 教えてくれたの?」
ラビットは耳を動かし、草むらへ消えていった。
「またねー!」
白雪は手を振った。
そして、風が吹いてくる丘の向こうを眺めた。
「まだまだ面白いことがありそう!」
イベント最終日の午後。
白雪の冒険は、まだ続いていた。




