第120話 風羽チドリの休息地
「いっぱい飛んでるねぇ」
白雪は丘の上に座り、空を見上げていた。
目の前では、白い羽根を持つ鳥たちが風に乗って飛んでいる。
《風羽チドリ》。
淡い青色の翼と、長い尾羽が特徴的な鳥だ。
数羽が草原の上を旋回し、時折、翼を大きく広げて高度を変えている。
「気持ちよさそう……」
白雪は両手を後ろについて、のんびりとその様子を眺めていた。
しばらくすると、一羽の風羽チドリが丘の斜面へ降りてきた。
すたすたと歩き、草の間にくちばしを差し込む。
何かを探しているようだ。
「ごはんかな?」
白雪は少しだけ近づいた。
鳥は警戒する様子もなく、地面をつついている。
その近くには、白い小さな実がいくつも落ちていた。
「これを食べるのかな?」
白雪は一つ拾い上げた。
《風羽の木の実》
「木の実だ!」
手のひらに乗せて眺めていると、風羽チドリがこちらを向いた。
白雪は木の実を一つ、少し離れた場所に置いてみる。
すると、鳥はゆっくり近づき、くちばしで木の実をつまんだ。
「食べた!」
白雪は嬉しそうに笑った。
鳥は木の実を飲み込むと、もう一度白雪の方を見た。
「もっといる?」
白雪はインベントリから木の実を一つ取り出し、同じ場所に置いた。
風羽チドリはそれも食べた。
「おいしい?」
返事はない。
けれど、鳥はその場から逃げず、しばらく白雪の近くを歩いていた。
やがて、別の風羽チドリも降りてくる。
さらにもう一羽。
気づけば、白雪の周りには数羽の鳥が集まっていた。
「わぁ……いっぱい来た!」
白雪は驚きながらも、嬉しそうに鳥たちを眺める。
そのうちの一羽が、白雪の靴の近くまでやってきた。
ちょん。
靴先をくちばしでつつく。
「ん? どうしたの?」
鳥はもう一度、靴をつついた。
白雪が足を少し動かすと、鳥は驚いて数歩下がる。
「ごめんね」
白雪は足を動かさないようにして、じっとしていた。
すると鳥は安心したのか、再び近づいてきた。
「ふふっ」
白雪は小さく笑った。
しばらく鳥たちを眺めていると、風羽チドリたちが一斉に空へ飛び立った。
「えっ?」
白雪が顔を上げる。
鳥たちは丘の向こうへ向かって飛んでいく。
一羽だけが少し遅れて飛び立ち、白雪の頭上を通り過ぎた。
その翼から、白い羽根が一枚落ちる。
ひらり。
羽根は白雪の膝の上に落ちた。
「あっ、また羽根!」
拾い上げる。
《風羽チドリの羽根》
「さっきのと同じだね」
白雪は羽根をインベントリへしまい、鳥たちが飛んでいった方向を見た。
「どこに行くんだろう?」
少し考えたあと、立ち上がる。
「行ってみよう!」
丘を下り、鳥たちの後を追いかける。
途中で何度か見失いそうになったが、白い羽根が風に流れていく方向を目印に進んだ。
やがて、草原の先に低い木々が集まった場所が見えてきた。
そこには、枝の間に鳥たちが止まっている。
「ここが休む場所なのかな?」
木々の下には、羽根がたくさん落ちていた。
白い羽根だけではなく、淡い青色の羽根もある。
白雪は一枚を拾い上げた。
《風羽の青羽根》
「こっちは青いんだ!」
その近くには、細い草が生えている。
《風羽草》
白雪は少しだけ採取した。
すると、木の枝の上から小さな鳴き声が聞こえた。
「ピィ」
見上げると、風羽チドリの幼鳥が枝に止まっていた。
成鳥よりも身体が小さく、翼の色もまだ淡い灰色だ。
「わあ、ちっちゃい!」
白雪が近づこうとすると、幼鳥は枝の上で身体を揺らした。
すぐ近くの枝には、もう一羽の成鳥が止まっている。
親鳥だろうか。
白雪は驚かせないよう、その場にしゃがんだ。
「こんにちは」
幼鳥は白雪を見つめたあと、翼を小さく広げた。
ぱたぱた。
まだ上手には飛べないらしい。
「練習してるの?」
幼鳥はもう一度翼を動かす。
すると、枝から少しだけ浮き上がった。
しかし、すぐに枝へ戻ってしまった。
「あっ、惜しい!」
白雪は思わず声を上げた。
成鳥が近くの枝から飛び立ち、幼鳥のすぐそばへ降りてくる。
そして、ゆっくりと翼を広げた。
幼鳥も真似をするように翼を広げる。
「そっか。教えてるんだね」
白雪はその様子をしばらく眺めていた。
イベントのことも、ポイントのことも忘れて。
ただ、小さな鳥が飛べるようになる瞬間を見ていたかった。
その頃、黒羽は地下の通路を進んでいた。
《根脈の小結晶》を手に入れた場所から、さらに奥へと続く道がある。
通路は先ほどよりも広く、壁には太い根が何本も張り巡らされていた。
「ここまで根が広がっているのね」
黒羽は周囲を確認しながら進む。
足元には古い木片や小さな石が落ちている。
特に変わったものは見当たらない。
だが、奥へ進むにつれて、空気が少し湿ってきた。
「水が近いのかしら」
そう考えた直後、通路の先から水音が聞こえた。
ぽた……ぽた……。
黒羽は足を止めた。
水が滴る音だ。
慎重に近づくと、小さな空間に出た。
そこには、根に覆われた石の台座があり、その中央に透明な水が溜まっている。
水面には、淡い緑色の光が映っていた。
「……綺麗ね」
台座の周囲には、細い溝が三本伸びている。
黒羽はしゃがみ込み、溝の先を確認した。
一本は通路へ。
もう一本は壁の根へ。
最後の一本は、台座の反対側にある小さな穴へ続いている。
「水を流す仕掛け?」
黒羽は周囲を調べた。
台座の端には、細い木の棒が一本差し込まれている。
抜いてみると、水面がわずかに揺れた。
だが、何も起こらない。
「これだけでは足りないのね」
黒羽は棒を元に戻した。
無理に動かして壊すわけにはいかない。
彼女は周囲をもう一度確認し、溝の先に何があるのか調べ始めた。
ユウマは岩場を離れ、少し開けた場所に出ていた。
先ほどの《白晶トカゲ》との戦闘で、思ったより時間を使ってしまった。
「少し休むか」
ユウマは近くの岩に腰掛け、回復薬を確認する。
残量はまだある。
体力も問題ない。
「今日は最後の日だし、もう少し探索したいところだな」
そう呟いて立ち上がる。
すると、近くの岩の向こうから小さな鳴き声が聞こえた。
キュッ。
ユウマは剣に手を添えた。
「魔物か?」
岩の陰を覗き込む。
そこには、小さな灰色の生き物がいた。
丸い身体に、短い脚。
頭には小さな角が二本生えている。
《岩角リス》
岩角リスはユウマを見ると、すぐに岩の上へ飛び乗った。
「……敵ではなさそうだな」
ユウマは剣から手を離した。
リスは岩の上で周囲を見回し、口にくわえていた木の実を地面に落とした。
ころころ。
木の実はユウマの足元まで転がってくる。
「これか?」
拾い上げる。
《岩角の木の実》
「普通の木の実か」
ユウマはインベントリへしまった。
そのとき、岩角リスが岩の上で前足を動かした。
何かを掘っているようだ。
「何をしている?」
近づいてみると、岩の隙間に小さな穴があった。
リスはその中へ木の実を押し込んでいる。
「……貯めているのか」
冬に備えているようにも見える。
ユウマは邪魔をしないように少し離れた。
すると、岩角リスは木の実をしまい終え、別の岩へ移動していった。
「面白い生き物だな」
ユウマは小さく笑い、探索を再開した。
白雪は風羽チドリの休息地を離れようとしていた。
「いっぱい見られたね!」
鳥たちは相変わらず枝の上で休んでいる。
幼鳥も、何度か翼を広げる練習をしていた。
白雪はその姿を最後にもう一度見て、手を振った。
「またねー!」
すると、枝に止まっていた成鳥が一羽、白雪の方へ飛んできた。
白雪の少し前で旋回し、近くの草地へ降りる。
その足元には、小さな白い羽根が落ちていた。
「ん?」
白雪が近づくと、鳥は一歩だけ横へ移動した。
羽根を拾い上げる。
《風羽チドリの羽根》
「またくれたの?」
鳥は返事をせず、翼を広げて飛び立った。
白雪は羽根をインベントリへしまった。
そのとき、視界にイベントの通知が浮かぶ。
《未発見生物の生息地を発見しました》
《イベントポイントを獲得しました》
「おおっ!」
白雪は通知を見て、嬉しそうに頷いた。
「ここ、みんなのお家だったんだね!」
鳥たちが休む木々を見上げる。
「邪魔しちゃ悪いから、そろそろ行こう!」
白雪は草原へ向かって歩き始めた。
空は少しずつ傾き始めている。
最終日の探索も、まだ終わりではない。
白雪は次に見つけるものを楽しみにしながら、草原の道を進んでいった。




