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第117話 綿毛の向こう側

「ふわふわだねぇ……」


 白雪は手のひらに乗せた《綿尾の綿毛》を眺めていた。


 風に吹かれると、今にも飛んでいきそうなほど軽い。


 指先でそっと触れると、綿毛はふわりと形を変えた。


「これ、服につけたらかわいいかも!」


 白雪はインベントリにしまい、綿尾モモンがいた岩の方を振り返った。


 しかし、そこにはもう姿がない。


「もう行っちゃった?」


 岩の周囲を覗いてみるが、小さな足跡が草の向こうへ続いているだけだった。


「どこに行ったんだろう」


 白雪は足跡を追いかけようとして、ふと立ち止まった。


 足跡は草地の端にある低木の下へ続いている。


 その低木には、白い綿毛がいくつも引っかかっていた。


「ここを通ったんだね!」


 白雪はしゃがみ込み、低木の枝をそっと持ち上げた。


 すると、枝の向こうに小さな穴が見えた。


「ん?」


 穴は大人のプレイヤーが入るには少し狭い。


 だが、白雪なら身体を低くすれば通れそうだった。


「入れるかな?」


 少し考える。


 そして、迷わず四つん這いになった。


「よいしょっと」


 低木の下をくぐり抜ける。


 枝が髪に引っかかり、白雪は何度か立ち止まりながら進んだ。


 ようやく抜け出すと、そこは小さな窪地になっていた。


 周囲を低い岩に囲まれ、風が吹くたびに綿毛がくるくると舞っている。


「わぁ……!」


 地面には柔らかな草が生え、ところどころに白い綿毛が積もっていた。


 その中央で、小さな生き物が二匹、転がるように遊んでいる。


「あっ!」


 一匹は、さっき出会った綿尾モモンだった。


 もう一匹は少し小さく、耳の先が淡い灰色をしている。


「お友達かな?」


 白雪が近づくと、二匹は動きを止めた。


 しばらく白雪を見つめたあと、片方がぴょんと跳ねる。


 それにつられるように、もう一匹も跳ねた。


 ふわっ。


 綿毛が一斉に舞い上がる。


「わあっ、すごい!」


 白雪は両手を伸ばした。


 綿毛が肩や髪に乗り、周囲が白く霞む。


 二匹は楽しそうに走り回り、白雪の足元をくぐり抜けていった。


「待ってー!」


 白雪も一緒になって追いかける。


 窪地の中をぐるぐると走り回り、何度も綿毛を浴びる。


 しばらく遊んでいると、白雪の足元に小さな実が転がってきた。


「あれ?」


 拾い上げる。


 《綿尾の木の実》


「木の実だ!」


 白雪は実を眺め、鼻を近づけた。


 甘い香りがする。


「おいしそう……」


 少し迷ってから、端を小さくかじってみた。


「んっ。甘い!」


 どうやら普通に食べられる実らしい。


 白雪が残りを食べようとすると、綿尾モモンが目の前にやってきた。


「ん?」


 モモンは白雪の手元をじっと見つめている。


「これ、欲しいの?」


 白雪は残っていた実を半分に割り、小さな方を地面に置いた。


 綿尾モモンはそれを両手で抱え、嬉しそうに食べ始める。


「ふふっ。おいしい?」


 もちろん返事はない。


 けれど、もう一匹も近くに寄ってきて、同じように実を食べ始めた。


 白雪はその様子を眺めながら、ゆっくり立ち上がった。


「そろそろ行こうかな」


 窪地の出口を探して周囲を見回す。


 すると、岩の隙間から風が抜けていることに気づいた。


 綿毛がその隙間へ吸い込まれるように流れていく。


「……あっちかな?」


 白雪は岩の隙間へ近づいた。


 そこは人一人が通れる程度の幅しかない。


 奥から涼しい風が吹いている。


「ちょっとだけ見てみよう!」


 白雪は身体を横にして、隙間へ入っていった。


 一方、黒羽は森の外れから少し離れた場所にいた。


 先ほど倒した魔物が掘り返していた地面を確認し、何か痕跡が残っていないか調べている。


「やっぱり、ただの採掘場所ではなさそうね」


 地面には細い溝がいくつも走っていた。


 魔物が掘った跡にしては、規則的すぎる。


 黒羽はしゃがみ込み、溝の先を指でなぞった。


 すると、土の中から小さな金属片が顔を出した。


「これは……」


 取り出してみる。


 《根絡みの金属片》


「昨日の根の仕掛けに似ているわね」


 黒羽は金属片をインベントリにしまった。


 周囲を調べると、近くの木の根に小さな穴が開いている。


 その穴の中には、細い金属の棒が一本差し込まれていた。


「なるほど。ここも何かの仕掛けの一部かしら」


 黒羽は周囲の地面を観察した。


 溝の向き、根の伸び方、金属片の位置。


 すぐには答えが出ない。


「無理に動かさない方がよさそうね」


 昨日の探索で、仕掛けを適当に動かすと面倒なことになるのは分かっている。


 黒羽は金属の棒を抜かず、周囲に何か手掛かりがないか探すことにした。


 少し離れた場所に、木の根に覆われた小さな石板があった。


 土を払うと、表面に三本の線が刻まれている。


 そのうち一本だけが、根の奥へ続いていた。


「……線の先を探せばいいのかしら」


 黒羽は石板の向きを確認し、根の伸びる方向へ歩き出した。


 ユウマは《白晶トカゲ》と向かい合っていた。


 小さな身体は岩の隙間を自在に走り回り、こちらの攻撃を簡単には受けてくれない。


「くっ……素早いな」


 ユウマが一歩踏み込むと、トカゲはすぐに岩の陰へ逃げ込む。


 追いかければ狭い場所へ誘い込まれる。


 かといって、待っているだけでは攻撃の機会が少ない。


「昨日の岩蜥蜴とは違うな……」


 ユウマは周囲を見回した。


 岩の隙間は複数ある。


 トカゲはその間を行き来しているが、必ず同じ岩の裏側から姿を現していた。


「……そこか」


 ユウマは少し離れた場所へ移動した。


 そして、わざと剣を地面に軽く当てる。


 カンッ。


 音に反応したトカゲが、岩の陰から飛び出した。


「来たな!」


 ユウマはすぐに横へ動く。


 トカゲはそのまま通り過ぎようとしたが、ユウマは剣の柄で進路を塞いだ。


 トカゲの身体が一瞬だけ止まる。


 その隙に剣を振るう。


 ガッ!


 攻撃は当たった。


 しかし、トカゲはすぐに岩の隙間へ逃げ込んでしまう。


「あと少しだったんだが……」


 ユウマは剣を構え直した。


 焦る必要はない。


 相手の行動には一定の癖がある。


 それが分かれば、次の攻撃機会も作れるはずだ。


 白雪は岩の隙間を抜けた先で、立ち止まっていた。


「……ここ、涼しい!」


 そこは細長い岩の通路だった。


 天井は低く、ところどころから外の光が差し込んでいる。


 足元には白い砂のようなものが広がり、壁には綿毛がいくつも付着していた。


 白雪は壁に手を伸ばす。


「ふわふわしてる……」


 指先で触れると、綿毛が小さく舞い上がった。


 そのまま通路を進んでいく。


 少し歩いたところで、天井の隙間から日差しが差し込んでいる場所を見つけた。


 光の中では、綿毛がゆっくりと回転している。


「きれいだなぁ」


 白雪はその場に座り込んだ。


 しばらく綿毛を眺めていると、一つが手の甲に落ちてくる。


 そのまま風に揺られて、指先へ移動した。


「お?」


 白雪が指を動かすと、綿毛はふわりと浮き上がった。


 風の流れに乗って、通路の奥へ進んでいく。


「また飛んでいくの?」


 白雪は立ち上がり、綿毛を追いかけた。


 通路の奥は少しずつ広くなっていく。


 やがて、白雪は小さな空間へたどり着いた。


 そこには、地面から伸びた細い草がたくさん生えていた。


 草の先には白い綿毛がついている。


 風が通るたびに、綿毛が一斉に揺れた。


「わぁ……ここもいっぱい!」


 白雪は草の間を歩き回った。


 《風綿草》


 《風綿の種》


 《綿尾の木の実》


 採取できるものもいくつか見つかった。


「お土産いっぱいだね!」


 白雪は気になったものを少しずつ採取し、インベントリへしまっていく。


 そのとき、空間の奥から小さな音が聞こえた。


 カサッ。


 白雪が振り向く。


 そこには、先ほどの綿尾モモンとは違う小動物がいた。


 白い身体に、淡い茶色の模様。


 大きな尻尾には、綿毛がたっぷりとついている。


 《綿尾の親モモン》


「……親?」


 その後ろから、小さな綿尾モモンが二匹現れた。


「あっ!」


 白雪は思わず笑顔になった。


「さっきの子たちの家族かな?」


 親モモンは白雪を警戒するように見つめている。


 白雪は驚かせないように、ゆっくりとその場にしゃがんだ。


「こんにちは。お邪魔してます」


 親モモンはしばらく白雪を見ていたが、やがて小さな子どもたちの方へ向き直った。


 子どもたちは親の尻尾に飛びつき、綿毛の中へ潜り込んでいく。


「かわいい……」


 白雪はその様子を、しばらく静かに眺めていた。


 やがて、親モモンが尻尾を一度振る。


 ふわりと綿毛が舞い上がり、白雪の前へ流れてきた。


 その中に、小さな種が混じっていた。


 《風綿の種》


 白雪はそれを拾い上げた。


「これも落としてくれたのかな?」


 親モモンは答えず、子どもたちと一緒に草の中へ戻っていった。


「ありがとう!」


 白雪は小さく手を振った。


 そして、空間の出口へ向かう。


「今日はふわふわがいっぱいだね!」


 白雪は満足そうに笑った。


 その頃、イベント最終日の探索は、まだ始まったばかりだった。

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