第114話 夕暮れの草原と最後の寄り道
草原へ戻った白雪は、空を見上げた。
空の色は少しずつ橙色に変わり始めている。
「もう夕方なんだ」
イベントの二日目も、そろそろ終わりが近い。
それでも、白雪はまだ歩くのをやめなかった。
「あとちょっとだけ!」
そう言って、近くの岩場へ向かう。
特に目的があるわけではない。
ただ、まだ見ていない場所があれば、少し覗いてみたい。
それだけだった。
岩場へ近づくと、足元に小さな白い花が咲いているのを見つけた。
花びらは五枚。
中央には、黄色い小さな粒が集まっている。
「かわいい花!」
白雪はしゃがみ込んだ。
花の周囲には、細い茎を持つ草がいくつも生えている。
風が吹くたび、花びらが揺れて小さな音を立てた。
「これも音が鳴るんだね」
白雪は花に触れてみた。
チリッ。
ほんの小さな音だった。
もう一度触れる。
チリリッ。
今度は少し高い音がした。
「鈴みたい!」
白雪は花を一輪だけ採取した。
《入手しました:夕鈴花》
「夕鈴花かぁ。名前もかわいいね」
そのまま周囲を見回す。
岩の隙間には、小さな黄色い実がいくつか落ちていた。
白雪は一つ拾い上げた。
「実もある!」
指先で転がしてみる。
表面は少しざらざらしていて、甘い香りがする。
「おいしそう……」
白雪は少しだけ迷った。
さっきから水辺の素材をたくさん集めていたし、今度は味を確かめてみたい。
「一口だけ!」
小さくかじる。
「んっ……甘い!」
果汁が口の中に広がる。
酸味はほとんどなく、後味にはほんの少しだけ苦みが残った。
「これ、好きかも!」
白雪は残りも食べてしまった。
《味覚》の熟練度が上昇しました。
「おいしかった!」
もう一つ食べようかと思ったが、実はそれほど多くない。
白雪は残りを採取することにした。
《入手しました:夕鈴の実》
そのとき、近くの岩陰から小さな音がした。
カリカリ。
「ん?」
白雪が覗き込むと、小さな生き物が実を食べていた。
丸い体に、短い耳。
背中には黄色い模様があり、尻尾の先がふわふわしている。
《夕鈴リス》
「あっ、リスだ!」
夕鈴リスは白雪に気づくと、食べかけの実をくわえたまま固まった。
「こんにちは!」
白雪が手を振る。
夕鈴リスは一度だけ耳を動かし、すぐに岩の上へ跳び乗った。
「逃げちゃう?」
白雪が近づくと、夕鈴リスは少し離れた岩へ移動する。
しかし、完全に逃げるわけではない。
白雪が止まると、夕鈴リスも止まった。
「もしかして、遊んでくれるの?」
白雪は持っていた夕鈴の実を一つ取り出した。
「これ、いる?」
岩の上にそっと置く。
夕鈴リスはしばらく様子を見ていたが、やがて近づいてきた。
実をくわえると、白雪から少し離れた場所で食べ始める。
「食べてくれた!」
白雪は嬉しそうに笑った。
夕鈴リスは食べ終えると、尻尾を揺らして岩の向こうへ消えていった。
「またねー!」
白雪は手を振った。
そのとき、イベントポイントの獲得通知が表示された。
《未発見の生物との遭遇》
《イベントポイントを獲得しました》
「おっ、またポイント!」
白雪は通知を確認し、インベントリを開いた。
夕鈴花、夕鈴の実、これまでに拾った素材。
今日もかなり増えている。
「そろそろ戻ろうかな」
白雪はようやく帰ることを考え始めた。
◇
黒羽は、地下空間から来た道を戻っていた。
石碑のあった場所を通り過ぎ、根晶の守り手と戦った部屋を抜ける。
「思ったより長かったわね」
黒羽は現在の時刻を確認した。
イベントの二日目は、もう終盤に入っている。
このまま探索を続けるより、一度休憩所へ戻った方がよさそうだった。
通路の途中で、壁に埋まった小さな結晶が目に入る。
黒羽は足を止めた。
「これは……」
近づいて確認すると、結晶の表面には細い根の模様が浮かんでいた。
先ほど手に入れた素材と似ている。
黒羽は短剣の柄で軽く叩いてみた。
コン。
小さな音が響く。
もう一度叩く。
今度は結晶の表面に細いひびが入った。
「採れるのね」
慎重に結晶を取り出す。
《入手しました:根晶の小片》
「これで最後にしましょう」
黒羽は結晶をしまい、通路を進んだ。
やがて、最初に入ってきた場所へ戻る。
外へ出ると、森の空は夕方の色に変わっていた。
黒羽はイベントの順位を確認する。
現在の表示は変わっていない。
一位は白雪。
二位は自分。
三位はレイ。
四位はユウマ。
五位はセツナ。
「白雪、また何か見つけたみたいね」
黒羽は小さく笑った。
「最後まで何をしているのか分からないわ」
そう言いながら、黒羽は休憩所へ戻る道を歩き始めた。
◇
ユウマは《白晶の岩蜥蜴》との戦闘を続けていた。
背中の水晶は残り二つ。
しかし、岩蜥蜴の攻撃はさらに激しくなっている。
水の塊を吐き出し、尾を振り回し、突進を繰り返す。
「かなり厄介だな……!」
ユウマは床にできた水たまりを避けながら、相手との距離を保っていた。
岩蜥蜴が口を開く。
青白い光が集まった。
「また水か!」
ユウマは横へ走る。
水の塊が床にぶつかり、しぶきが飛び散った。
しかし、ユウマはその直後に反対方向へ踏み込んだ。
岩蜥蜴の体勢が崩れている。
「今だ!」
剣を振るう。
狙ったのは、背中に残った水晶の根元。
刃が当たり、硬い音が響いた。
水晶にひびが入る。
岩蜥蜴が体をひねり、尾を振る。
ユウマはすぐに後ろへ下がった。
「あと少し!」
今度は岩蜥蜴が突進してくる。
ユウマは柱の残骸を利用し、相手の進路を少しだけずらした。
岩蜥蜴の体が岩壁へぶつかる。
ガンッ!
背中の水晶が揺れた。
ひびの入った水晶が、根元から折れかける。
ユウマはすぐに踏み込んだ。
「これで!」
剣を横に振り抜く。
パキンッ!
水晶が砕け散った。
残る水晶は一つ。
岩蜥蜴は大きく体を震わせた。
背中の光が弱まり、動きが少し鈍くなる。
「よし……!」
ユウマは一度距離を取った。
最後の水晶を壊せば、相手の防御も崩れるかもしれない。
だが、相手もそれを守るように動き始めていた。
岩蜥蜴は背中をこちらへ向けず、体を横にして警戒している。
「最後は簡単にはいかないか」
ユウマは剣を構え直した。
戦闘は、まだ終わらない。
◇
白雪は草原を歩きながら、休憩所へ戻る道を探していた。
「こっちだったかな?」
少し歩いてから、周囲を見回す。
見覚えのある岩場が見えた。
「あっ、あそこ!」
白雪はそちらへ向かった。
途中、草むらから小さな音が聞こえる。
ガサッ。
白雪は足を止めた。
「ん?」
草むらの中を覗き込む。
しかし、何もいない。
少し待ってみる。
今度は反対側から音がした。
ガサガサッ。
「こっち?」
白雪が移動すると、草の間から小さな鳥が飛び出した。
白い体に、薄い橙色の羽。
尾羽が二本に分かれていて、飛ぶたびに小さく揺れている。
《夕風チドリ》
「鳥さん!」
夕風チドリは白雪の頭上を一周し、近くの岩に止まった。
白雪が近づくと、また飛び立つ。
少し離れた岩に止まる。
「待ってー!」
白雪は追いかけた。
しかし、夕風チドリは岩から岩へと移動するだけで、遠くへ逃げようとはしない。
白雪が立ち止まると、鳥も止まる。
「もしかして、ついてきてほしいのかな?」
白雪は鳥の後を追ってみた。
夕風チドリは草原の端にある小さな岩棚へ飛んでいく。
そこには、白い羽根が数枚落ちていた。
「羽根だ!」
白雪は一枚拾い上げた。
《入手しました:夕風の羽根》
「ふわふわ!」
もう一枚拾おうとしたところで、夕風チドリが短く鳴いた。
ピィッ。
そして、草原の向こうへ飛び去っていく。
「ばいばーい!」
白雪は羽根をしまった。
イベントポイントの通知が表示されたが、白雪はもう確認するだけで、すぐに歩き出した。
空の色はさらに夕暮れへと変わっている。
「今度こそ戻ろう!」
白雪は休憩所へ向かった。
今日もたくさん歩いて、たくさん見つけた。
インベントリの中身を整理するのは、また今度でいい。
今は、今日出会った生き物たちのことを思い出しながら、帰るだけだった。
◇
イベントの二日目は、終わりに近づいていた。
白雪は休憩所へ戻る道を進み、黒羽も森から帰還を始めている。
ユウマはまだ戦闘を続けていたが、勝利まであと一歩のところまで来ていた。
それぞれが過ごした二日目。
同じイベントに参加していても、見つけたものも、歩いた道も、戦った相手も違う。
そして、残された時間は少なくなっていた。
二日目の終わりまで、あと少しだった。




